東方蟹怪談   作:夜鯨の町長

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不定期更新さることながら
携帯のデータがアルマゲドンしたことで、今回書いていたものは一度リセットされてしまい、元に戻せたかが心配でならない....

今回からサイコホラーに挑戦。
かなり無理矢理なミステリー展開に加え、話がスピーディすぎてシリアスが意味を成していません。よろしくお願いしますどうぞ。


濡れている隣人の話

幻想郷の夏至。

燦燦(さんさん)として高らかに笑うような太陽が、一年で一番長く地上を見据えてくる日。

人々は太陽の熱烈な視線から逃れるべく、家には(すだれ)を、外出には笠を、影に隠れてやり過ごす。中にはその眼差しに応えるように(ふんどし)一丁となって水浴びに興じる者もいる。皮膚が赤く見えるのは含羞(がんしゅう)(照れ恥じらうこと)かそれとも火傷か。

 

当然私は蟹を自負して生きている。

きっとそれが無くとも、私は暑い日を嫌う。

何かに見られながら生活するのは落ち着かないし面白くない。例えそれが太陽であってもだ。

そんな私にとっての夏至(げし)は一言で言って...

 

遊柳「お寺の人たちから西瓜(すいか)貰ったよー!」

 

......これさえなければ完全に嫌いになっていただろう。

 

饅頭「っしゃあ皆無!塩もってこい!」

 

皆無「.....」

 

珍しく皆無がウキウキしながら台所へと走って行く。ああ見えて果物が好きなところがあるんだとか。

遊柳が貰ってきた西瓜は丸々として大きく、子供用のバランスボール並みの大きさだった。

聞くところによると、この幻想郷には作物を荒らすような粗暴な鳥や虫が殆どいないそうだ。

それらの生き物は妖怪などの配下であることが多い為、妖怪と仲良くしている幻想郷では、天候以外での不作はないという。

なので、こんな立派な果物が育つってことだ。

美しきかな幻想郷。

 

遊柳「じゃあ切るねー」

 

遊柳は大きな皿の上に西瓜を置くと、仕込み刀に手をかけ、抜刀で西瓜を裁断した。

わずか一秒も経たずに西瓜は花が開くように、半月形の綺麗な形になって皿に並んだ。

 

饅頭「よし、片付けよう」

 

あとは机の上にある雑多な物を片付ければ用意は万端となる。あ、種を捨てるようの小皿を用意しなくちゃならない、

 

饅頭「皆無ー!塩のついでに小皿持ってきてくれないー?」

 

魔理沙「それなら用意してるぜ」

 

饅頭「おー、用意がいいな。どうやって入ってきた」

 

魔理沙「客に店の入り方を聞くなんておかしいぜ」

 

突如として目の前に現れた白黒の帽子に、視線を西瓜の位置に固定したまま問答を行う。

霧雨魔理沙さんの登場である。

 

饅頭「君が客として振舞ってくれているならそんなことは聞かないよ。挨拶くらいして入るべきじゃないのか?」

 

魔理沙「邪魔するぜー。じゃあ客として振舞ってやるから西瓜のサービスをいただくよ」

 

そう言って魔理沙は本棚の下に置いてあった木箱に腰を下ろした。

 

遊柳「あら、いらっしゃい魔理沙。何の用かしら?」

 

魔理沙「遊びに来ただけだぜ。ここに来る前に香霖っていう道具屋から面白い道具を貰ってきたんで、ここいらで試してみようと思ってな」

 

そう言って魔理沙は被っていた帽子をひょこりと持ち上げる。

魔理沙の小さな頭の上には、金髪の癖っ毛に抱えられるように小さな箱が置かれていた。

 

饅頭「これはなんだい?」

 

魔理沙「『ほっちきす』っていう。紙を閉じる道具らしいんだけど、使い方がわからなくてな」

 

その箱を開けると、外の世界ではよく見かけるホッチキスが入っていた。しかし見た所、コの字型の針が装填されていないようだ。

 

遊柳「名前も用途も知っていて、なんで使い方がわからないの?」

 

魔理沙「そういう奴なんだよあいつは」

 

遊柳の質問によくわからない答えを返す魔理沙。聞き手にもわかるように説明してほしい。

 

饅頭「しかし魔理沙。ここにそのホッチキスを使うような物はないよ」

 

魔理沙「そうか、それは残念だ。でもどちらにしろ使い方がわからないんじゃあ意味ないな」

 

まぁ、私は使い方を承知しているが。

ホッチキスの使い方を教えるなんて空しい時間はいらない。よって流し聞きしておくに決めた。

 

ちょうど皆無が台所から塩と小皿を持って戻ってきたので、その準備を手伝いながら店の入り口を見て、浅くため息をつく。

 

饅頭「しかし、君らが乱暴に扉を開け閉めするもんだから、換気も兼ねて扉を開放していたら、今度は音もなく入って来るんだからどうしようもなくなってきたぞ」

 

0か1かで動く人間ほどどうしようもない人間はいない。やはり人は人らしく十進法で生きていかなくては。

 

魔理沙「おぉ、この西瓜すごく甘いぜ!種も少ないし」

 

饅頭「あぁ、なんで用意した人達より先に食べるんだよ」

 

魔理沙「西瓜は待ってくれないぜ」

 

饅頭「もう遊柳が息の根を止めてるからそこから逃げないよ」

 

なんて奇妙な言葉を交わしながら西瓜にかぶりついたその時。

 

ガンッ、という衝突音が入り口から聞こえてきた。

無表情の皆無を除くその場にいた全員が驚いて、全員の視線が入り口へと集中する。

 

??「ったた〜、ありゃあ壊れてやしないかねぇ」

 

そこには、両側頭部ににょきりと角の生えた幼女が、戸の縁の部分を撫りながら困ったような顔をしていた。

 

魔理沙「お、萃香じゃないか。お前が外を歩くなんて珍しいじゃないか」

 

萃香「おん?誰かと思えば魔理沙じゃないか。神社に顔出さなくなりおって久しいなぁ」

 

萃香と呼ばれた幼女は、手に持った瓢箪を口に運びラッパ飲みするような仕草をしながら魔理沙の呼びかけに応じた。

どうやら見た所魔理沙の知り合いらしいが、あの角のといい言動といい、何やら只者ではない感じがしてならない。

 

饅頭「魔理沙、あの子供は君の知り合いなのかい?」

 

魔理沙「あぁ、紹介しよう。博麗神社の居候、伊吹萃香(いぶきすいか)だ。見ての通り鬼の一族で、子供に見えるけど蟹より遥かに年上だぜ」

 

萃香「ぷはーっ!お初にお目にかかるぞよ饅頭蟹。評判は予々(かねがね)霊夢から聞いてるよぉ?」

 

萃香さんは瓢箪の中を飲み干したように爽快な顔をして自己紹介をした。どうやらあの紅白巫女と同居しているらしい。

前に言っていたウチの鬼っていうのはこの子だったようだ。

 

饅頭「それはそれは、ってお客さんそれもしかしてお酒ですか?」

 

萃香「当たり前だろう蟹よ、鬼が酒以外の何を飲むっていうのさ」

 

なんとも豪快な幼女である。

この威風堂々とした立ち居振る舞いから、鬼という魔理沙の説明に納得してしまう。見た目的にはオレンジジュースが似合いそうなのだが。

察するに先ほどの衝突音は、馴鹿(トナカイ)のように伸びた角が戸の幅に納まらず引っかかるように衝突したのだろう。

ここの住人は入り口を壊すことに生き甲斐でも感じているのだろうか?扉を開けていても玄関を壊されそうになるなんて、次なる対策を考えなくてはならない。

 

遊柳「すいか」

 

饅頭「あー、風水的に引き寄せられたのかもしれないな。寺から貰ってきたんだろ?」

 

仕方がない。魔理沙と違ってきちんと音を立ててやって来た客だ。丁寧に対応しなくてはならないな。

食べかけの西瓜を机の端に寄せ、軽く付近で机を拭いて萃香さんを案内する。

 

饅頭「ここはお酒は置いてないんですが、どうしますか?」

 

萃香「この伊吹瓢で十分さぁね。この瓢箪は鬼の逸品の一つで、無限に酒が湧く瓢箪なのさぁ」

 

しれっと凄いことを暴露して、また瓢箪の中の酒をラッパ飲みする。しかし鬼の逸品とは非常に興味深い。

 

萃香「おっと、この酒は鬼が酔うほどに強烈だ。ここから無限に酒を湧き出して酒屋で一儲けなんて考えないほうがいいよ?」

 

まるで過去に同じ事を考えた人がいるかのように釘を刺された。

まぁ怪談屋から酒屋に転業しようなんて考えちゃいないけどね。

 

饅頭「では萃香さん。今日はどんな要件で?よもや扉を壊しにきたことが目的ではありませんよね?」

 

萃香「あぁもちろんだ。君のところの扉を壊したぐらいで何かが満たされるわけじゃないからね」

 

この人の破壊衝動の規模が気になるところだ。

 

萃香「怪談を売りにきた。という所かな、自分で持ってても意味が無いしね。酒か喧嘩が手に入るなら手放すつもりはないけどな」

 

闘争心の塊のような女の子だ。

鬼という種族は誰しもがこうなのだろうか?

だとしたら今頃鬼ヶ島は世紀末だろう。

 

饅頭「ではその怪談をお聞かせ願いますか?」

 

萃香「はいよ任せな、鬼の語りをご覧にいれよう」

 

酒の肴になる話が得意なのか、快く語り部を引き受けてくれた。

萃香さんの小さな口から漏れる濃い酒の臭いに顔を歪めながら、私は「鬼の語り」とやらを傍聴した。

 

 

 

 

 

 

『濡れている隣人』

 

私が少し前に、神社に遊びにきていた寺子屋通いの妖精たちから聞いた話だ。

 

妖精たちが人里に住んでいる友達の家に遊びに行った時の話だ。

その友達は最近この町に越してきて、家は住宅が建ち並ぶ団地のような通りの真ん中に立っていて、隣人との付き合いが深く、その友達の近隣の住民に恵まれており、とても優しい人達に囲まれて住んでいたらしい。

だが、その友達の家の隣の家に住んでいる男だけは、ひどく奇妙な人らしく。

何故かいつもずぶ濡れなのだという。

彼だけではなく、彼の家もまたずぶ濡れだったらしい。

男も家も、決して乾くことなく、いつ見てもずぶ濡れであった。

 

ある日。いつもよりきつい陽射しを感じながら

その友達が外出しようと外に出ると、玄関の前に蛆の湧いた烏の死骸が落ちていた。

 

すぐにその友達の家族は死骸を処理してもらったが、その翌日から友達家族は、何故かその隣の男に突然水を掛けられるようになった。

 

男は家から出てくる家族を待ち伏せしてすかさず水を掛け、そのまま無言で逃走し、またしばらくすると現れて水を掛けては逃げるのだという。日によってはその友達の家にまでも水を掛けるという。

 

隣の男は家の近くには隠れた井戸があり、そこから水を汲んでは一家をずぶ濡れにしていたのだ。

 

ある日、耐えかねた友人の家族が

隣の男が寝ている間に、戸に板を打ち付けて出られないようにした。反省するまで出さないようにしたのだ。

 

初めはひどく抵抗し暴れていたが。

その日で大人しくなった。

そして二日後。その板を外して男の反省を確認しようとした友人家族は絶句した。

家の中は窓という窓を板で塞がれていたような跡があり、その薄暗い部屋の真ん中には、例の男が乾涸びた木乃伊(ミイラ)となって家の真ん中で死んでいた。

そして男の死体は、何かを抱きかかえるように腕を組んでおり、こじ開けて見てみるとそこにあったのは、足の3本生えた子供のような木乃伊だった。

 

そして男が死んだ二日後。

友人家族全員が、男と同じように木乃伊になって死んでいるのが発見された。

 

その後。男の使っていた水には男の呪いがあると噂され、その井戸は埋められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

萃香「って話だ。ひどく胸糞悪い話ではあるが、あくまでも噂なもんでなぁ、気になるから買い取ってはくれないかねぇ?」

 

全てを話し終えた萃香さんは再びガブガブと酒を飲みだし、遊柳の用意したサラミを満足そうにかじっている。

饅頭「これは稀に見る恐ろしい怪談ですね」

 

狂人。異常心理。奇行。

怪談において、生物の垣根を超えて、恐怖が脳ではなく心に抉りこむ、言わば怪談業界で最も心臓に悪い領域である。

外の世界では「サイコ」と呼ばれる分野だ。

 

そういえば、今までここで売買されていた怪談というのは、怪物や妖怪や幽霊といったものが登場するような話ばかりだった。

しかし、よくよく考えてみれば、ここにはその怪物や妖怪や幽霊なんてごまんと居るじゃないか。というより共存しているじゃないか。

一部の臆病者を除いて、この地にはそう言った魑魅魍魎を怖れるものがいない。

 

これから先。怪談屋としての商戦として、こちらはこのサイコホラーの先駆けとして、流行を生み出していけば、今よりは収入が安定するのでは?

とくれば、このようなサイコな話は沢山あって困ることはない。この怪談は喜んで買い取ることにしよう。

 

饅頭「ではこの怪談、鑑定してきますのでしばらくお待ちを」

 

萃香「おぉ〜う」

 

酔いが回っているのか、すっかりいい気分の顔になっている萃香さんは、了承の返事を返すと、涅槃(ねはん)に入って惰眠を貪りはじめた。

魔理沙もその横で近くの書物を読みだしたので、私はその二人を尻目に、先ほどの語りを記録した草子を片手に持って遊柳と皆無の元へと戻る。

 

 

 

三人が向かい合うように座り、真ん中に西瓜と草子を置いて鑑定会議が始まる。

 

饅頭「さて、この話どう思う?」

 

鑑定会議の切り口は大体こうだ。

 

遊柳「普通に考えれば、濡れている隣人っていうのが謎すぎて怖いね。濡れなくなったとたんに木乃伊になっちゃうってのが意味不明さを加速させてる」

 

饅頭「普通に考えてみればそうだな。さしずめ『呪い水』の怪談か。しかし、どうも引っかかるところがある」

 

一番引っかかるのは、3本足の人骨だ。

異様すぎると同時に場違いにも程がある。

男の奇行だけでも十分に異常なのに、また別の方向に異常なものが転がっているのだから当然である。

つまりこれは、この場違いな異常もこの怪談の要因として組まれている。ということだろう。

 

皆無「..........」

 

饅頭「その場に行って確かめるのは、鑑定額が決まってからがいい。だから外に出る準備はしなくていいよ皆無」

 

遊柳「あ、ちょっと待って蟹さん」

 

と、遊柳は住宅地の地図を紙に簡単に描いて、男の家を確認した。

 

遊柳「男の家は住宅地の真ん中、両脇に一軒ずつ家があって、その周囲を囲むように家が立ち並んでるわ。そしてかなりぶっ飛んだ可能性なんだけど....」

 

と、遊柳の見解を一通り聞いた私は、

背筋に氷柱でも突っ込まれたかのようにゾッとした。

 

饅頭「これは、ちょっとまずいな」

 

遊柳「この可能性がもし通ってしまったら、この怪談は相当な値で買うことになるわよ?」

 

遊柳の言う通り、これは前回までとは桁違いに恐ろしい話だ。すぐにでも確かめに行かなくてはならない。

 

饅頭「筋書きは決まった。私は霊夢を呼んでくるから、遊柳と皆無は萃香さんを連れて現場に向かってくれ。萃香さんへの説明は任せたよ」

 

鑑定額『10円』の鑑定書を走り書きし、それを遊柳に託した後、本棚の壁に寄りかかってうたた寝していた魔理沙を叩き起こして、博麗神社への道案内を頼んだ。

 

寝起きの魔理沙はすごく機嫌が悪く、ついに八つ当たりで扉に蹴りをいれられてしまった。そろそろ本気で扉を開け修繕を頼まなきゃな。

手土産にと西瓜を渡さなかったら入口を吹き抜けにされていたかもしれない。

 

結局は、魔理沙の箒にぶら下がるようにして、博麗神社を目指してひとっ飛びした。

 

 

 

 

 

 

 

 

蟹さんが魔理沙と飛び立ってすぐ、私と皆無さんは破顔している萃香ちゃんを引き連れて、件の住宅地へと向かった。

 

萃香「しっかし10円ってのは驚くねぇ。これが終わったら宴会でもしようかな?」

 

道中、萃香ちゃんは頻りにそう呟きながら酒を飲んでいた。飲み歩きだ。

銭ある時は鬼をも使う。なんて言ったら怒られるかしら?

 

遊柳「蟹さん下戸だけど大丈夫かな?」

 

皆無「.......」

 

蟹さんはお酒があまり得意ではない。

飲んだら飲んだ分吐き出してしまう。

酒は憂いの玉箒っていうけど、蟹さんはその酒に憂いを感じるんだからかわいそうね。

そんな私も酒は飲める方じゃないんだけど。

 

萃香「それで、なんで君らはそんなに血相を変えて私を連れ出したのかい?」

 

遊柳「はい。実は貴女が売りに来ていただいた怪談なんですが、大変なことになってしまっていたのかもしれないということがわかったのです」

 

疑問形の文を過去形で挟むという日本語の荒技から、私の推論は始まった。

 

遊柳「まずこの話の注目すべき点は、登場している二つの異常です」

 

こういう話すことは蟹さんの領分なんだけど、私だって人並みには話し上手なつもりだ。

 

遊柳「つまり、奇行を繰り返す男と、3本足の木乃伊ですね?」

 

萃香「まぁそうなるね。しかし3本足ってのがね、ちょいと知ってる節があるんだ」

 

遊柳「八咫烏のことですね?」

 

萃香「そうさ。『八咫烏』、天照大御神の使いとして太陽の力を与えられた日本の神獣にして守護神」

 

そう。外の世界でもなの知れ渡っている空想上の生物。球蹴の日本代表のエンブレムのデザインにも起用されている3本足の烏。

 

遊柳「人々の中にはこれに畏怖の念を抱くものがいることもある。祟り神としての信仰ね」

 

萃香「祟り神にも知り合いがいる。最近めっきり会ってないけどな」

 

交友関係のスケールな違いすぎる発言に冷や汗が滴れる。八咫烏に祟り神。宇宙人にも友達がいそうだ。

 

遊柳「では本題に戻ります。外の世界ではよく知られることなんですが、この幻想郷には『奇形児』という赤ちゃんは存在しますか?」

 

萃香「...うーん。悪いが寡聞にして聞いたことがないねぇ。竹林の医者なら何か知ってるかもしれないけどね」

 

「竹林の医者」というと、先日やって来たという燃えるような真っ白い少女の案内で行けるという病院のことね。

 

遊柳「では説明しましょう。実は外の世界で、普通とは異なる形や、手や足や指が普通より多く生えた状態で産まれてくる、奇形児と呼ばれる新生児が稀にいるのです」

 

萃香「奇形児。なんだかあまりいい呼ばれじゃないな。人間らしい差別的な言葉じゃないか」

 

遊柳「私も医者じゃないから偉そうに言うことはできないけど、遺伝的な問題で起こることがあるんだとか。手足が余計についてきてしまうのは、その時生まれるはずだった双子がくっついてしまったっていうことが大半らしいの」

 

私は二本指で人を表し、両手をくっつけるジェスチャーで萃香ちゃんに説明する。

 

遊柳「ある村では、股の下にそのまま頭の無い妹になるはずだった身体をくっつけて産まれてきた子供がいて、千手観音を想起させることから神として崇められ、分離手術を行う為に村追い出された少女がいたらしい」

 

萃香「なぜ村を追い出される?手術という人間が生み出した治療法なら、少なくとも人間らしい体に戻れるのだろう?」

 

遊柳「神様の生まれ変わりを切り取るなんてとんでもない、ってことなのよ。神様の姿で産まれてきたのに、人の子に戻すなんて罰当たりなことをしてはいけない、ってね」

 

萃香「...私が昔出会ってきた人間もいる大概醜い奴等だったさ。だが、今でも外の人間ってのは酷い奴等がいるもんだな」

 

萃香ちゃんは凄く凄く寂しそうな顔をします。

昔を思い出し、また哀れむように。

そんな泣きそうな顔をされると抱きしめたくなっちゃうよ?

 

遊柳「今回も、その珍しい事態がここで起きたと考えられるの。つまり、足が3本生えた子供がいたの。八咫烏のようにね」

 

男は抱きしめていたのだが。

男が抱きしめる相手として思いつくのは子供か女性だ。私に衆道で頬を緩めるような気は無い。

 

遊柳「八咫烏が祟り神とされる住人に囲まれていたのだとすれば、八咫烏の子供は早々に排除したいと考えるよね?」

 

ここでらようやく目的の住宅地に着いた。

カラカラに乾いた家が二つ並んで建っているのが遠目に見てもわかる。

 

そして、その家の周り家々の壁には、何故か姿見が設置されていた。

 

遊柳「やっぱり....」

 

萃香「どういうことさ?」

 

辺り一帯を見回して、殆どすべての家に、設置場所はバラバラだが姿見などの鏡が設置されていた。

 

遊柳「皆無さん」

 

皆無「............」

 

ふっ。

と、皆無が少し手を握ると、町全体がほんの少し暗くなった。

鏡の反射が無くなり、眩しかった景観が一瞬で大人しくなる。

 

遊柳「さて、確認も終えたことだし帰るわよ」

 

萃香「何故帰るんだ?せっかくここまできたのに」

 

遊柳「帰りながら説明してあげる。お酒でも買って帰りましょう、なんなら今日はウチで飲んで行かない?」

 

蟹さんには申し訳ないが、そういうことでいいだろうか。

 

萃香「うぅん?私には何が何だかさっぱりわからないが...でもあの住宅地、なんか妙ね」

 

遊柳「あら、気づいたの?」

 

萃香「いや、私の力は【疎と密を操る能力】で、能力の副作用なのか知らないが、萃まるものに敏感になるんだ。あの住宅地には、何かのエネルギーのようなものが集中していた」

 

あら鋭いわ

 

遊柳「あの鏡が、今回の怪談を作り上げた小道具の一つよ。あの鏡の配置、幻想郷に降り注ぐ日光を反射させて、あの家に一点集中させていたのよ」

 

かの昔、アルキメデスの敢行した恐るべき攻撃でローマ軍の軍艦を炎上し轟沈した。アルキメデスが生み出した攻撃方法は、放物線を描くパラボラ型の鏡を使って日光を一点集中させ発火させるというもの。

また、山岳地帯に囲まれ、冬になると陽の光が届かないノルウェーのリューカンという町では、冬場になると鏡を使って町に日光を送るようにする習慣がある。

 

遊柳「太陽の使いである八咫烏。その祟り神を鎮めるために、あるいは沈めるために、太陽の光で彼らを日光照射したと考えられるわ。ここ最近は夏至に近づいていて日が長かったし」

 

萃香「まて、それは勘ぐりすぎじゃあないか?あの鏡は鳥避けとかに使われてたかもしれないじゃないか?」

 

確かに鳥避けに鏡を使うこともあるだろうが...

 

遊柳「この幻想郷には、鳥避けをしなくちゃならないような鳥被害を受けることがない。ここの鳥は皆おとなしい生き物のはずよ。鳥避けに鏡なんていうのは考えられないわ」

 

お寺の畑であんな立派な西瓜が育つのだ。鳥や虫が悪さするはずがない。

そもそも、鳥避けならもっと鳥の被害が及びそうなところに設置するべきだ。

家の玄関や屋根に角度をつけて配置するものじゃない。

 

萃香「なら、男が水を被っていたっていうのは」

 

遊柳「単純に焼かれない為じゃないかしら?打ち水も兼ねて体が濡れていれば、少なくとも火が上がることはないわ。水を一瞬で蒸発させるような熱量を一点集中させたら確実に騒ぎになるわよ」

 

他には気づかれないように殺す必要があるのだ。最近越してきたという友人家族から倫理的な問題として突かれるわけにはいかないから。

 

萃香「じゃあ、隣の友人家族に水をかけていたのは...」

 

遊柳「たまたま落ちていた烏の死骸から、飛び火で同じような目にあわされるかもしれないという心配があったのよ。実際に、男が木乃伊になってすぐに、その友人家族も木乃伊になっているわ」

 

萃香「で、でも何で友人家族にまで矛先が向いたのか?」

 

遊柳「うーん。烏の死骸っていうのも考えられるけど。きっと一番には...」

 

 

私はここで、明らかに異常だが、外の世界ならばある程度理解されてしまうことを、

それはもう簡単に口にしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

遊柳「やってみたかったからなのかもね」

 

 

 

 

 

 

 

もういちどやってみたかった

みてみたかった

どうなるか知りたかった

太陽光の集中照射。

何食わぬ顔をして生活しているだけで、攻撃されているとさえ気づかずに木乃伊になる。

そんな恐ろしくもあり、また異質な現象に対して興味。純粋な好奇心だ。

好奇心は、良心と隣り合わせであり、決して同体ではない。

好奇心は良心を覆い尽くすことだってある。

 

そして、そんなあまりにも人倫離れした発言に

 

皆無「............!」

 

 

 

鬼が激昂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長く居座り続けた太陽もついになりを潜めはじめる時刻。

私は霊夢と魔理沙に町の一斉摘発を依頼し、のんびりと徒歩で帰宅すると。

 

左頬を真っ赤に膨らました皆無が、長椅子で横になっていた。

 

饅頭「どうしたんだ⁉︎皆無が怪我をするなんて!」

 

皆無はどんな物でも消すことができる恐ろしい奴だ。そうおいそれと拳を入れられるほどヤワではない。ましてや剣の手練れである遊柳がついていながら、頬を腫れさせるような怪我をするというのは全くの想定外。

 

遊柳「あ、蟹さん遅かったね。大丈夫だった?」

 

饅頭「遊柳、一応霊夢達は引き受けてくれたが、これは一体?」

 

萃香「あー」

 

と、ここからは死角で見えなかった萃香さんがゆっくりと姿を見せた。

 

萃香「すまない。ついカッとなって」

 

 

 

事の顛末を聞いた私は唖然とした。

遊柳の不用意な発言に憤慨した萃香さんが、鬼の鉄拳を遊柳に放ち、それを皆無が身代わりになって受け止めたのだという。

 

遊柳「思ったより衝撃が大きかったみたいで、衝撃を消しきれなかったんだって」

 

申し訳なさそうにそう告げた遊柳が、皆無の頬に濡れたタオルを置く。

 

萃香「今日ほど不気味な経験をしたことはない。人間は、ここまで狂った生き物だったなんて...」

饅頭「だからって殴ることはないだろうに」

 

皆無がぐったりと寝ている横に座り、萃香さんを嗜める。

 

饅頭「人は鬼ほど芯の通った生き物じゃない。言い訳して、安楽を求めて、心も行動も簡単にひねくれる。この世で最も怖いものは、死んだ人間じゃない。凄まじく生きている人間だ」

 

萃香さんは唇を噛み締めて俯いた。

よっぽど悔しかったのだろう。

自分の信じていた人間の理想像が、見るも無残に瓦解したのだから。

 

霊夢「あ、蟹さん。なに萃香をいじめてるのよ?」

 

と、丁度よく博麗お母さんの迎えが来た。

向こうは向こうで片付いたのだろう。

 

霊夢「蟹さん。あれは西瓜一つじゃ割に合わないわ。今度改めて依頼料を追加でいただくわ」

 

饅頭「勘弁してほしいよ。ただでさえ金がないんだから」

 

私は元気のない萃香さんに買取金を握らせ、霊夢におんぶさせる。

 

霊夢「じゃ、世話になったわ」

 

饅頭「こちらこそ」

 

遊柳「お疲れ様〜」

 

皆無「...........」

 

皆無は密かに親指を立てて、二人を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

遊柳「源氏に騙し討ちされたことは知っているけど、少なくともここには簡単に嘘をつく人はいない。すぐに元気になるといいわね」

 

二人が帰ってしばらくすると、遊柳がそんなことを呟いた。

なんだ遊柳も知っていたのか。

 

 

伊吹童子。またを酒呑童子。

大江山に棲んでいたとされる大酒豪で有名な鬼だ。萃香さんと名前も言動も通じるものがあり、辿り着くのにそう時間はかからない。

 

酒呑童子はその昔、四天王を引き連れて京の都を脅かしていた鬼で、源頼朝に騙され鬼封じの酒を呑まされた酒呑童子はそのまま討たれ、「鬼に横道なし(鬼でもここまで卑劣な輩はいない、恥を知れ!)」と激怒し、首だけで頼朝を襲ったという逸話がある。

 

萃香さんは実は人間を好きになりたい反面、死ぬほど憎んでいるところがある。

今回の怪談も、心優しい男と狂った町民。描写の仕方は全くのあべこべだった。

誰がおかしくて、誰が正しいのか。

現代の怪談は、明確な悪が定まっていない。

 

だからこそ。自分を信じきる必要があるのだ。自分の存在を信じることができなければ、この現代の怪談を生きることはできない。

 

間違いを恐れる気持ちが狂いを生む。

正しさを求める心が歪みを生む。

自分が何者であり、何をしていて、

どうしてここにいるのか。

 

饅頭「ややこしい話だけど、人間社会で生きるっていうのはそういうことなのかもしれない」

 

ならば、この世の狂いを記録していけば、

おのずと正しい道が導かれるではないか。

 

怪談屋としての存在意義がどんどん膨らんでくる。まるで今朝の西瓜のように、丸々艶々と、美味しそうに大きくなる。

 

 

 

 

翌日。魔理沙にホッチキスの使い方を教えてやることにした。

魔理沙は興味津々でホッチキスの針が装填されるのを見る。

 

魔理沙「で、これからどうなるんだぜ?」

 

饅頭「まぁ見てて」

 

私は昨日の怪談を記録した手記を、袋綴じにするようにホッチキスで綴じていく。

 

魔理沙「おぉ!なんだこりゃ、これなら簡単に本が作れるぜ!」

 

魔理沙は大興奮だった。

これなら昨日の粗相も忘れているに違いない。

一安心である。

 

魔理沙「あ、そうだ。今日は博麗神社で宴会があるそうだ。もちろんお前らもいくよな?」

 

と、魔理沙が衝撃の事実を言い放つ。

 

遊柳「そういえば昨日萃香ちゃんが言ってたわね。買取金で派手に宴会するって」

 

思わずホッチキスで封印していた初期を落とす。

宴会。すなわち酒を飲む席。

しかも相手は底なしの天狗や鬼などの妖怪達。

 

遊柳「竹林のお医者さんにつきっきりになってもらおうよ蟹さん」

 

饅頭「行かない手はないのか...」

 

まぁ、萃香さんの鬱憤ばらしの為だ。

怪談屋は全員出席するべきなのだろう。

 

まぁ、あの怪談のように。

人は顔の見えない人間にはどこまでと非情になれるものだり

ならば、この郷に住む者達と顔を合わせることで、怪談屋は自分を見失わなわず、ミイラ取りがミイラになることなく、怪談を扱うことができるようになるだろう。

 

完全に全ての面を綴じ終えた私は、『濡れている隣人』を一番奥の棚に突っ込んだ。

 

宴会までの時間はまだある。

今のうちに筋書きを決めて、私の器に入る酒だけは水になるように仕向けておこう。

 

私は卑怯にも、セッセと自己防衛に勤しんだ。

 

 

 

 

 

 

 




次はもっと粋なオチを考えたいです。

これからはサイコホラーな作品が増えると思いますが、
お嫌いな方の為にもミステリーの要素を強く入れていきたいと考えております。
長い間待たせることになりますが、皆さんに楽しんでもらうためにも精一杯頭を絞っていきます。

ここまでの閲覧。ありがとうございました!

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