東方蟹怪談   作:夜鯨の町長

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キャラ紹介も兼ねたぬるめな一作目。
暇を持て余したとはいえ
まさかミステリーを書くことになろうとは....

少しだけ原作の作風を意識したつもりです。
本格ミステリーを期待してしまったみなさんご注意ください。
では、母のような温かな目で見守ってください。


紫陽花畑の話

幻想郷の夜。

それは古き良き日本の夜。

鰻の香ばしい煙と、橙色に磨り硝子を染める提灯の灯り。その提灯に映る人々の往来。

窓から刺す月の光が、畳に反射して部屋を照らし、そして目の前にいる紅白の少女に美しい陰影を齎していた。

 

??「ねぇ聞いてるの?」

 

??「聞いてなくても話してくれるんだろう?それにしても、こんな綺麗な初冬の夜に、何の御用かな?」

 

 

私の名前は『饅頭蟹(まんじゅうがに)』。

本名ではないが、ここでは常にこの名前を名乗っているので実質本名みたいなものか。

ダークスーツに中紅色のネクタイ。腰まで伸びる長髪に目の下に刻まれた隈。そして頭にかぶる饅頭蟹を模した着ぐるみのような帽子。仲間とともにこの地に来たのは一週間ほど前だが、この容姿からかあっという間に知れ渡ってしまった。

人里の北東の端に住まいを構える私の家は、自慢では無いがそこそこに広い。この辺りの外観を無視するが如く、和洋折衷の大正浪漫的な家で、大きさだけなら山の上にある妖怪僧侶の寺と同じぐらい広いだろう。

 

??「今日はあなただけしか居ないようね?」

 

饅頭「そうだな、今は二人とも買い出しに出かけている。よって君の話を聞けるのは僕だけってわけだ」

??「あなたにしか用が無いのだから好都合よ」

 

饅頭「まぁ都合良くなるのは私の領分だからね」

 

食べていた蜜団子の手を止め、博麗神社の巫女様に残りの団子を差し出す。

 

 

博麗の巫女。

この幻想郷を囲む巨大な結界を管理し、また妖怪退治の請負人とされている少女だ。

名は博麗霊夢(はくれい れいむ)。脇の主張が強い紅白の巫女服に大きなリボンの奇妙な容姿をしている。

最近この地に来た私にはいまいち理解していないが、幻想郷で一番名の知れ渡っている人間らしい。

 

霊夢「怪談を売りに来たのよ。相応の額で受け取ってもらえるかしら?」

 

饅頭「ほほう、それはそれはまたご苦労様なことで、なら早速見せてもらおうかな?」

 

すると博麗霊夢は、紅くて広いスカートの中から一冊の草子を取り出した。

 

饅頭「この中に怪談を?君が記したのかい?」

 

霊夢「知り合いに渡されたのよ。除霊とか供養とかは専門じゃないの、私は要らないから売りに来たの」

 

人から渡されたものを即座に売り捌くなんてとんでもない奴だ。

 

饅頭「確かに私は怪談に関しての請負人だ。売るし買うし解決するし考察もする。鑑定眼も持ち合わせているし自分で作ることも吝か(やぶさ)ではない。しかし、君が渡されたということは君が解決しなくてはならないのでは?」

 

霊夢「つべこべ言わないで仕事しなさいよ」

 

それはこっちのセリフなんだがね。

まぁ下請けみたいなものだと考えれば納得できる。霊夢が渡されたという怪談を私が買い取り鑑定し、その結果霊夢はこの怪談を渡して来た知り合いに解決策を提示でき、霊夢自身も儲かるってわけだ。

 

饅頭「しかし、これじゃあ私へのメリットが少ないな」

 

この地に来て、損得勘定がだんだんと得意になってきているような気がする。

 

霊夢「そうかしら?私は儲かる。知り合いの怪談は解決する。あなたは怪談が手に入る。皆が幸せになるいい方法だと思わない?」

 

饅頭「つまり君は何もしてないってことじゃないか。君の知り合いは怪談を経験したし、僕は鑑定して解決しなくてはならなくなった。君は中継しただけだ」

 

霊夢「私の専門じゃないって言ってるのよ、服の仕立て屋は自分で注文した上に針や鏡まで自分でつくるのかしら?」

 

暴論だ。これはもう何を言ってもひん曲がった正論が返ってくるだけだろう。

 

霊夢「それで?この怪談はいくらになるのかしら?」

 

どうやら私が鑑定を進めることで話が進んでしまっているようだ。

 

霊夢「あ、待ってる間は暇だからお茶淹れとくわね」

 

さらに他人の家の台所に勝手で立ち入るつもりのようだ。

 

饅頭「新茶なら右の棚の下から二番目の引き出し、紅茶ならそのもう一つ上の引き出しだよ」

 

霊夢「あらそう。蟹さんは何がいい?」

 

饅頭「珈琲(コーヒー)

 

霊夢「左の戸棚ね、じゃあ頑張ってちょうだい」

 

なんで知ってるんだろう?

まぁ二日に一回くらいのペースでここに来ていればそれくらい覚えるだろう。今日で5回目だし。それじゃあ最初の私の助言は意味がなかったようだ。

台所で陶器の擦れる音がし始めたので、私も怪談の鑑定に取り掛かった。

 

 

 

 

ここで言うところの外の世界。

私の言うところで元の世界。科学を崇拝し幻を虱潰しに否定していく世界から私はやって来た。迷い込んだともいうべきだろうか。

 

二人の仲間と共にこの地に放り出された私達は、この人里へと辿り着き、外の世界に戻れるその日までここに住まいを構える事にしたのだ。

しかし、いかんせん生活していくためには何かしらの仕事をしなくてはならない。現代社会をのうのうと生きてきた私達にとって、この盛大な時代遅れの社会の仕事をまともにこなせるわけがなかった。

 

よって開業である。

 

この世界に浸透していない科学を駆使し、この世界に浸透している幻を集め、知識を売るという仕事だ。都市伝説、怪奇現象、恐怖体験、すべてを一括して『怪談』と呼んで、怪談を売り買いする商売を始めたのだ。

 

怪談の商売は思いの外評判はよかった。

だが、決して儲かってる訳ではなかった。

理由は2つ。

 

一つは、金にならない怪談が多い事だ。

探偵や情報屋に近いことをしている訳だが、外の世界の知識を持てば非常に簡単な現象の怪談が多かったり、時代錯誤な価値観の違いからか恐ろしい内容の怪談が無く、集まった話はどれも内容は薄っぺらかった。持ってこられた以上は買い取る(解決する)他はなく、簡単な仕事に高い金を受け取ることも出来ない。二束三文とも言える取引を続けているのだ。

 

そしてもう一つは、この幻想郷には既にそういった怪事件の解決役が存在していたということだ。商売敵という訳だ。

しかもあちらの方が知名度も信頼度も歴史も圧倒的に上なのだから悲しい。

開業して間も無く、その解決役の方々がここを訪れたのだが、怪談を売る様子も買う様子もなく、頻繁に来ては一瞥してお茶を飲んで帰る。それが先日まで続いていた。

これでは多少は繁盛しても、儲かってるとは言い難い。

 

なので、今回初めてまともに取引をしに来てくれたといえる。私自身、外面は揶揄うような態度をとっていたが、内心は結構興奮気味だ。

 

霊夢「お待たせ、珈琲よ」

 

饅頭「ありが......って、湯飲みに珈琲を淹れたのか?」

 

霊夢「何に淹れても同じでしょう?」

 

饅頭「文化の違いを重んじなさい」

 

しかもアイスコーヒーだった。

なんだか缶コーヒーでも飲んでる気分になった。ここに缶コーヒーの概念はないが。

 

 

 

 

 

暫くして、一通り渡された怪談を鑑定し終え、奥の商品棚を漁っていた霊夢を呼びつけた。

 

饅頭「待たせたね、とりあえず鑑定してみたよ」

 

霊夢「あらそう、意外と早いわね。それで?いくらになったのかしら?」

 

霊夢が頭のリボンを整えながらそう尋ね、私の見解を述べようとしたその時だった。

家の扉(店の扉でもある)が勢いよく開け放たれ、白と黒の人影が飛び込んで来た。

 

??「おう蟹!遊びに来たぜ!...って、霊夢も居たのか」

 

霊夢「魔理沙じゃない、ちょうど良かったわ。今あんたからもらったあの草子を見てもらっていたのよ」

 

魔理沙「私のじゃない、アリスのだ」

 

この人達は又貸しすることに抵抗がないのだろうか?

飛び込んで来た白黒の魔法使いは、霧雨魔理沙(きりさめ まりさ)という女の子だ。日本人離れしたその金髪といい、黒いとんがり帽子といい、魔法使いを体現したかのような少女だ。

どうやら霊夢と同じ請負人をしているようで、古くからの友らしい。ここには霊夢よりも来ることが多い。盗人として名が知れてるためこっちはひどく神経を使う。

 

饅頭「魔理沙か、この()()()()()()()は君が持ち込んだのかい?」

 

魔理沙「厳密には私のじゃないぜ。私の友達のアリスって奴から渡されたんだ。私じゃあどうにもならないから霊夢にあげたはずなんだが」

 

絵に描いたようなタライ回しだ。

しかし....

 

饅頭「魔理沙。君の友人から貰った話といったね?」

 

魔理沙「あぁ、そう言ったぜ」

 

饅頭「その友人はどこに住んでいるんだい?」

 

魔理沙「魔法の森だぜ?さっきまで私がいた場所だけど。なんでそんなこと聞くんだ?」

 

饅頭「なるほど...」

 

私はしばらく考えて、霊夢の方に向く。

そして草子を指差して言い放った。

 

饅頭「霊夢、現状この怪談は2銭だ」

 

2銭。この時代で言うところの400円くらいの値段だ。

 

 

霊夢「え、それって新聞くらいしか買えないじゃない」

 

饅頭「そうか?私の知ってる店なら月見うどんが一杯食べれるよ?」

 

はっきり言ってこれでも奮発したくらいだ。

正直この怪談も、今まで同様に大したことのない怪談だった。ある一点を除いては...

 

饅頭「二人とも、この怪談はどこが怖いのか言ってごらん?」

 

魔理沙「はぁ?その怪談なら....」

 

馬鹿にしてるのかと言わんばかりの顔で、魔理沙はその怪談を要約しながら話し始めた。

 

 

 

今回渡された話というのは、

ある少女(きっとアリスと呼ばれた友人だろう)が紫陽花畑で出くわした怪談だ。

今から遡って梅雨の時期の話だ。

その少女の住んでいる家の近くに、青と紫の大きな紫陽花畑があったのだという。

ある日その少女がいつものように紫陽花畑を訪れると、そこに奇妙な人影を見たのだという。よく目を凝らしてみると、それは自分と姿形のそっくりな少女だったのだという。

もう一人の自分は、ユラユラとおぼつかない足取りで花畑の奥へと消えたらしい。

少女はいつの間にかそれを追いかけていたようで、畑の奥へと吸い込まれるように進んでいった。

そして、もう一人の少女に追いつく寸前。

今まで青と紫だけだった紫陽花畑が一転し、赤の紫陽花畑の真ん中に立っていた。そしてそれに気づいて立ち止まった次の瞬間、背筋が凍った。

少女のその一歩前には、切り立った深い谷が広がっており、落ちたら確実に死んでいた高さだった。

そしてその崖の下では、風の音に混じって、

 

「もう少しだったのに...」

 

と聞こえたそうだ。

 

 

 

 

 

朗読を終えた魔理沙はふぅと一息ついてこちらを見た。

 

魔理沙「こんな感じの話だったはずだぜ」

 

霊夢「つまり何?その女の子があと一瞬気づくのが遅かったら、悪霊に殺されてたってこと?」

 

霊夢は霊の話に慣れているのか、然程怖がる様子もなく感想を述べた。巫女であるとはいえ、悪霊を怖がらない世界というのも末恐ろしい。

 

饅頭「そうだね、確かに恐ろしい話だ。だが、ここでこの話が終わってしまえば、残念ながらこの怪談の値は2銭より上がらないんだよ」

 

魔理沙「どういうことだぜ?」

 

そう言いながら魔理沙は、霊夢と同様に勝手に台所へお邪魔してお茶を淹れ始めた。

 

饅頭「よし魔理沙、君の靴を少し貸してくれないか?」

 

魔理沙「はぁ?靴なんか何に使うんだぜ?」

 

饅頭「いいから貸して、この怪談を値上がりさせたいならね」

 

「値上げ」という単語を聞いた魔理沙は、複雑な顔をしながら私に片方の靴を渡した。

土のついたローファーだ。見た目に反して少し重い。

 

魔理沙「これでいいのか?」

 

饅頭「いいとも、少し待っててくれ」

 

そして私は奥にある部屋へと靴を持って行った。

 

 

 

数分後。

 

 

饅頭「お待たせ」

 

??「あら饅頭蟹、分析室なんかで何してたの?」

 

二人の元へ戻ると、お使いに行かせていた仲間の一人が帰って来ていた。

 

饅頭「おかえり遊柳。いやなに、この二人が怪談を持ち寄って来てくれたんだけど、今回は今までとは少し違うようなんでね」

 

遊柳と呼ばれた私の仲間の側では、霊夢と魔理沙が不思議そうな顔をして、私の手に握られた黒い靴を凝視していた。

 

私の仲間の一人である『遊柳(ゆらぎ)』は、短髪で背の高い女性だった。桃色のケープに白いワンピースで、黒いヘッドホンを常に身につけている。名の通り背中の腰椎あたりから柳のような木が伸びているのだが、葉はほとんど生えて無く、頭の横に一輪だけ桃色の花が咲いているのだ。

ちなみにこの無数の枝のうち一本は仕込み刀だ。

 

饅頭「その草子を見てくれ、それでわかるはずだ」

 

遊柳「草子?あぁこれね」

 

遊柳は魔理沙が読み直していた草子を渡してもらい、中を軽く読み始めた。

 

遊柳が草子を読み終わる前にと、霊夢と魔理沙に最終鑑定の結果だけを伝えることにした。

 

饅頭「霊夢に魔理沙、これで怪談の値段が完全に決定したぞ」

 

霊夢「値上がりしたんでしょうね?」

 

魔理沙「私はいくらでも構わないけどな、アリスに早く結果を教えてやりたい」

 

胸の前で腕を組む霊夢と、頭の後ろで手を組む魔理沙。私は借りた靴を机の上に置いて、はっきりと結果発表をした。

 

饅頭「これは下手をすれば1円近い値がある」

 

1円。即ちこの時代で見れば3800円ほどの額。この時代の1ヶ月の仕事の収入とほぼ同じだった。

 

霊夢「ほ、本当なの!?」

 

魔理沙「なんでそんなに値がつくんだよ?」

 

二人は机に身を乗り出して私に迫った。

おぉ、すごい剣幕だ。

 

饅頭「あ、うん。最後に確認なんだけど、この人里でさ、梅雨入りする前に行方不明事件が起きなかったかい?」

 

霊夢「うん?」

 

魔理沙「それは聞かないな」

 

霊夢「私たちはあまり人里には来ないから」

 

なんだ、てっきり二人とも人里にはよく来てるのだと思った。ということは、わざわざ私達の店に来るためだけに人里にほぼ毎日来ていたということか。

それはそれで恐ろしいな。ヤベェな。

 

遊柳「それならあったと思うよ」

 

と、草子を読み終えた遊柳がそう言った。

 

饅頭「ほう?」

 

遊柳「前に買い物していた時に聞いた話なんだけど、今年に入ってすぐ、人里で若い女性が連続で行方不明になる事件が発生していたらしいの」

 

今でもまだ娘が帰って来ないと嘆いている老人がいた、と遊柳は教えてくれた。

 

遊柳「なるほど、蟹さんの言いたいこと。わかったよ。確かに今までのとは違うね」

 

遊柳は下唇に指を当ててクスリと笑った。

 

饅頭「これではっきりした。この怪談が、ドッペルゲンガーなんかよりもよっぽど恐ろしいってことがね」

 

草子を持って振り返ると、霊夢と魔理沙は遊柳が出したと思われる茶菓子を頬張りなが、わけがわからないといった顔でこちらを見ていた。

 

 

 

 

私と遊柳は、未だ茶菓子を頬張る2人を連れて、魔法の森へと足を踏み入れていた。

 

饅頭「その少女が見たという紫陽花畑、魔理沙は知ってるのか?」

 

魔理沙「当然だぜ!この森のことなら私以上に詳しい奴はいないぜ」

 

霊夢「で、その紫陽花畑に行ってどうするつもりなの?」

 

霊夢は森の湿気が苦手のようで、露骨に不快な顔をしながら尋ねてきた。

 

饅頭「この怪談の本当に怖がるべき点について教えてあげるんだよ」

 

私は前を歩く霊夢と魔理沙に、ことのすべての説明を始めた。

 

饅頭「まず、少女が見たというもう1人の少女。これは科学的に説明できる現象なんだ」

 

霊夢「かがく?あぁ、外の世界の学問よね?」

 

魔理沙「香霖のところにあるコンピューターとかいう式神のことか?」

 

饅頭「似たような分野だよ。よし話を戻そう。紫陽花が咲いている梅雨時の話だったよね?」

 

魔理沙「そうだぜ」

 

饅頭「梅雨の時期に、こんなただでさえ湿気の多い森の中。この森に誰よりも詳しい魔理沙なら、ここで頻繁にあるものが発生することは知っているはずだ」

 

魔理沙「もしかして霧のことか?」

 

魔理沙は手をフワフワと揺らめかせる手振りでそう答えた。

 

饅頭「ご名答。霧というのは空気中の不純物が混ざった水蒸気のことだ。そしてその時発生していた霧は、おそらくスクリーンの役割になっていたのだと考えられる」

 

霊夢「スクリーン?」

 

饅頭「銀幕のことさ。知らない?」

 

魔理沙「河童の連中が作った映写機とか言うものと抱き合わせのやつだな?」

 

饅頭「それだね。光を投影して映像を映し出す役割を、この霧が担ったのさ。少女自身の影が霧の中に投影されて、あたかもそこにもう一人の自分がいるかの様に見えたのさ」

 

それは主に山岳地帯などで見られるといわれており、ドッペルゲンガーを解明する有力説と言われている。

外の世界ではこの自然現象のことを

「ブロッケン現象」と呼んでいる。

 

饅頭「山の中でもう一人の自分を見たら死ぬ。と言う都市伝説があるけど、霧で視界も足場も悪くなった状態で、さらにありもしない幻影を映し出されれば、不注意で落石にぶつかったり、うっかり崖から落ちたりするのも納得できるだろう?」

霊夢「そのもう一人の少女がふらついていたっていうのは、単純に霧に映った自分だからユラユラしてただけってことね?」

 

饅頭「そのとおり、まあそこから先は崖の手前で偶然気がついただけだし、風の音に紛れて聞こえたという声も、恐怖の中で聞いた空耳だといわれても筋は通るね?」

 

魔理沙「なーんだ。結局自分の影を追っかけて死にそうになったってだけの話だったのかね

 

霊夢「確かに、これは怪談じゃないわね。あながち不当に安かったわけじゃなかったようね」

 

饅頭「なんてことを言うんだ」

 

商売人の名を傷つけられた気分だ。

別に2銭でもよかったんだけど。

と、最初の説明を終えたところで、例の青い紫陽花が見えてきた。

 

饅頭「よし着いたね、じゃあその少女が見たと言う『赤い紫陽花』のあるところまで行こうか。そこに本当の怪談が待ってるよ」

 

霊夢と魔理沙が軽く身震いをしたのは、辺りに発生し始めた薄い霧のせいだろう。

遊柳が二人に上着を被せたところで、説明を再開した。

 

饅頭「さて本来、梅雨時に咲く紫陽花は青か紫と相場が決まっているんだ。というのも、魔理沙の靴についていた土を調べてみると、魔法の森の土は若干のアルカリ土になっていて、アルミニウムイオンが豊富に含まれていたんだ」

 

魔理沙「なんだ、あの時は私の靴の土を調べてたのか」

 

霊夢「あるみにうむいおん?なにそれ」

 

饅頭「そう、土の中に混じっている金属の成分の一種だよ、紫陽花が紫色になるのはこの『アルミニウムイオン』が原因なんだ。アルミニウムイオンは水に溶けやすくて、普段は土の中で動かないんだけど、雨水に溶け込むことで紫陽花に吸収されて、梅雨時期の紫陽花を紫にするんだ」

 

魔理沙「だから紫陽花が赤くなるのはおかしいってことか?」

 

霊夢「じゃあこの先にある赤の紫陽花畑にだけは雨が降らなかったってこと?」

 

それはそれで面白い怪奇現象だけどね。

二人はなんとなく原理を理解したようで、各々考察を始めだした。うーん、いいところまで来てるんだけどなぁ。

 

饅頭「いーや、私は魔法の森のことはよくわからないが、少なくともその紫陽花畑にも雨はしっかり降ってただろうよ、育ってるんだから」

 

魔理沙「んー?そう言われればそうだな」

 

饅頭「にも関わらず紫陽花の色が赤になった。ということは、この紫陽花はこの土壌でアルミニウムイオンを吸収していないということになる。ここまでは二人も理解したようだけど、ここで私はあるお約束に気づいたんだよ」

 

霊夢「お約束?」

 

饅頭「恐らく土壌のアルミニウムイオンが、土の中のある別の物質と結合してしまい、紫陽花が吸収するアルミニウムイオンが不足したと考えられるんだけど...」

 

霊夢「?」

 

饅頭「外の世界の科学では、この世の殆どの物質は、酸性、中性、アルカリ性の三つに分けることができるんだ。そして酸性の物質とアルカリ性の物質はほぼ確実に結合してくれるとされている。さっき説明したアルミニウムイオンはアルカリ性の物質で、このアルミニウムイオンと強く結合してくれる酸性の物質に、『リン酸』という物質があるんだ」

 

魔理沙「りんさん?それってなんだ?」

 

魔理沙の質問に、後ろを歩いていた遊柳が答えてくれた。

 

遊柳「人間の身体のエネルギーになっている物質よ。生き物が魔理沙みたいに活発に動くための燃料として、特に骨の中なんかに多く含まれてるのよ」

 

と、遊柳が説明を終えると同時に、問題の赤い紫陽花畑に到着した。

向こうは崖になっているというので、用心して畑の真ん中に立つ。

 

魔理沙「んー?だとしてもさ、それがなんだっていうんだ?」

 

霊夢「...............っ!!」

 

遊柳の説明を聞き終えた霊夢の顔が真っ青になった。

 

霊夢「ま、まさか....そんなことが...」

 

饅頭「お、気づいたみたいだね?よし、じゃあ掘ってみるか」

 

遊柳「そうね」

 

と、私も遊柳はあらかじめ持って来ていた大きなスコップで紫陽花畑を掘り返す作業を始めた。

 

魔理沙「なぁ霊夢。二人とも何してるんだ?」

 

霊夢「いい魔理沙、よーく聞きなさい。蟹さんのいうアルミニウムイオンっていうものは、人の体に入ってるっていうリン酸と強くくっつくってことなのよ、そしてこの花畑はアルミニウムイオンが不足している。土の中でリン酸と結合してしまったと考えることが出来る。つまりどういうことかというと....」

 

霊夢は震えながら紫陽花畑の下を指差し、魔理沙に真実を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

霊夢「この一面の紫陽花畑の下に、何人もの人間が埋められてるってことなのよ」

 

 

 

 

 

 

 

魔理沙「...............はぁ!?」

 

饅頭「外の世界では有名な話だよ。死体が埋められた場所の花の色が変わるっていうのはね」

 

遊柳「『ウチの蟹さんがね?』ってやつ?」

 

饅頭「『カミさん』な?」

 

と、紫陽花畑の中央を50センチほど掘り出したところで、白い石のようなものが出て来た。

 

饅頭「ビンゴ!早く掘り出してあげよう」

 

それから5分ほど周りを掘って白いものを取り出すと、人間の上半身の骨が掘り起こされた。大きさからしてまだ若い人間、頭蓋骨に残っている何本かの髪の毛の長さや骨盤の形から、女性のものであることが推察できた。

 

霊夢「あの少女は、死体が埋まっている花畑に知らず知らずのうちに足を踏み入れていたってことになるのね」

 

魔理沙「うへぇ........気持ち悪い...」

 

遊柳「行方不明になっていたという女性達は、多分何者かに殺されてここに埋められていたんだろうね。脊髄に残された痕跡から、恐らく縄か何かで絞殺されたと思われるけど、どうするの蟹さん」

 

饅頭「私らは探偵でもなければ警察でもない、犯人捜しなんていうのは別の奴の仕事だよ。それこそ、そこの二人がうってつけじゃないか?」

 

気が抜けたようにその場に座り込んでしまった霊夢と魔理沙を指差してそういう。

 

霊夢「ごめんなさいね、今はとてもじゃないけどそんなことできる気分じゃないわ」

 

魔理沙「私もだ。もう夜もいいところだし、早く人のいる所に行こう」

 

遊柳「だ、そうよ?」

 

二人の手を引いて起き上がらせる遊柳が、こっちを見て困ったような顔をする。

 

饅頭「うーん...どうしようかな。恐らく犯人はそろそろここに来ると思うんだよね」

 

霊夢「え?」

 

魔理沙「え?」

 

遊柳「え〜。もしかして蟹さん能力使ったの?」

 

まぁそういうことになる。

都合が良くなる能力。

【筋書きを決める程度の能力】。

これから先に起こる未来を創りあげ決定する能力。この地に降り立って開花したと思われる能力だ。

 

遊柳も似たような能力を持ち、彼女は

【筋書きを修正する程度の能力】。

過去の事象を修正、変更したり、既に決められた未来を修正させる能力。同じくこの先に降り立って初めて開花した能力。

 

真実を作る能力と、真実を変更する能力。

余程のことがないと使わない能力で、滅多なことで使うわけにはいかない能力だ。

 

饅頭「すでに私の能力で、この犯人がここに来るという未来を決定している。どうしようかな」

 

遊柳「私が倒そうか?」

 

遊柳が仕込み刀に手をかける。

 

霊夢「あなた達って弾幕ごっこ出来るの?」

 

遊柳「できないわよ?でもこう見えて刃物の扱いには慣れてるの。2秒あれば牛でもふぐ刺しみたいにできるわよ?」

 

すごく綺麗だけど物凄くグロテスクだ。

今度からお使いは自分で行こう。。。

 

霊夢「うぇぇ〜」

 

霊夢が心底気持ち悪がる顔をしている。

遊柳の技術への恐怖なのか、それともただ単純に哺乳類のふぐ刺しを想像してなのか。

 

饅頭「殺しちゃダメだ。今後のことも考えて」

 

こんなところで商売人としてスキャンダルどころじゃない不祥事をしでかすのはマズイ。

今後の御贔屓になってくれそうな霊夢や魔理沙までドン引きして来なくなってしまっては、いよいよ生計が成り立たなくなる。元の世界に帰る前にこの地に骨を埋めることになるのは御免だ。

 

遊柳「じゃあ仕方がない。ねぇ霊夢、この辺に警察みたいな人たちいないの?」

 

魔理沙「けいさつ?」

 

霊夢「あ〜、『御用だ御用だ!』って人?」

 

遊柳「そうそう。人間の悪事を取り締まっている人たち」

 

霊夢「いないこともないけど。ここまで来てくれないわ。妖怪だらけの魔法の森だし」

 

妖怪だらけとかいうな、と魔理沙が霊夢を咎めたが、確かにその通りだ。真っ当な人間なら夜中にこんな視界の悪い鬱蒼とした森に踏み入るはずがない。

 

霊夢「悪事を取り締まるっていう目的なら、閻魔がいるわよ?」

 

遊柳「閻魔って、あの嘘つくとケツの穴に指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたる人?」

 

饅頭「舌を抜かれる、じゃないのかよ。そんなゴロツキみたいな閻魔がいてたまるか」

 

そんな奴に地獄送りにされてはたまったものじゃないだろう。

 

遊柳「居るならいい。私の能力を使って、私たちは高みの見物といきましょう」

 

魔理沙「もしかして、蟹と同じような能力で閻魔をここに呼びつけるつもりか?」

 

遊柳「ご名答!じゃあはじめるよー!」

 

ざわざわ、と遊柳の背中の枝がざわざわと揺れる。遊柳は念じるように目を閉じ、口角を上げてにやけていた。

そして不意にカッと目を見開いた。

 

遊柳「閻魔様登場30秒前!」

 

饅頭「犯人登場30秒前」

 

私たちは頭上を覆っていた木の陰に隠れるように飛び上がり、息を潜めて紫陽花畑を見下ろした。

 

しばらくして、見上げる赤い紫陽花畑の上を、一人の人影が横切った。夜中だったことと薄く張った霧が相成って顔も性別も確認できないが、静かな森である為に声だけはしっかりと聞き取れた。

なにやらブツブツ独り言を言っている。

そして、掘り起こされて外に転がる人骨に気がつくと、腰を抜かして尻餅をついた。

 

 

饅頭(怪談のオチとしては弱いけど、倫理的な考え方で行くと、これが最善なんだろうな)

 

霊夢(いいじゃないの。怪談よりもミステリーの方が売れるわよ?)

 

饅頭(うちは両方扱ってるんだ。今後ともよしなに)

 

木の枝にしがみついて小声でやり取りしながら物語の顛末を見物なんて、えらく前衛的な寄席だな。

 

 

 

 

 

翌日の朝。私の手元には人里で正規に発売されている新聞があった。新聞といっても、ある種の号外のようなもので、あの傍迷惑な天狗の新聞のように、人里に関係する大きな出来事などが起きた時に書かれる新聞である。

新しきを聞けると売るつもりなら、毎日売ってもいいと思うが。

 

遊柳「この時代の印刷の文明じゃ、新聞を毎日書けというのは酷ってものよ?」

 

饅頭「じゃあこの怪談屋は酷の宝庫だ」

 

二つ折りの新聞には、連続殺人鬼として逮捕された四宮菊という女が、閻魔によって裁かれたという話題で埋め尽くされていた。

昨夜、私達が木の上で眺めていた光景がそのまま記事になっている。

それにしても、「四季映姫・ヤマザナドゥ」なんて、すごい名前の閻魔も居たもんだ。

閻魔って一人じゃないんだな。

 

饅頭「しかし、あの紫陽花畑であの女が断罪

されて、そのまま閻魔によって地獄に連行されたはずだから、このことが人里の人間に知られているはずがないんだけどなぁ」

 

全てを見届けた後、魔法の森に住んでいる魔理沙とはここで別れ、博麗霊夢は一度人里に戻ってから神社へ帰ることになり、そのまま真っ直ぐ帰らせたんだが。

 

遊柳「どっちがタレ込んだのかしらね?」

 

饅頭「別にどっちでも構わないけど、なんならうちの宣伝になるように記事を書いて欲しかった」

 

霊夢と魔理沙のどちらかが、己の手柄の如く新聞屋に話を売ったことに関してはなにも思っちゃいないが、私達の名前が載っていないというのが癪だった。

やはり昨夜のうちに買取金を渡したのは失敗だったようだ。

 

魔理沙「よう蟹ー!新聞見たかー?」

 

饅頭「チクったのはお前か?」

 

魔理沙「悪いことじゃないからチクるって言いかた良くないぜ」

 

扉が乱暴に開けられ、白黒の金髪魔女がニコニコしながら店の中へ押し入って来た。

悪びれている様子は全くなかった。

 

饅頭「どうせならうちの宣伝になるように記事を書いて貰えば良かったのに。これじゃあ折角張り切って仕事した意味がないじゃないか」

 

霊夢「別にいいじゃない。空いている方が入りやすくて私はいいもの」

 

いつの間にか紅白の巫女まで入って来ていた。

 

霊夢「人を不法侵入者みたいにするのはやめてちょうだい?一応客なんだから、それなら魔理沙にいうのが一番でしょう?」

 

遊柳「泥棒の入店はお断りしてますってことかしら?」

 

と、遊柳は客人用のお茶菓子を台所から持って来た。ちょっと贅沢な最中だ。勿体無い。

 

魔理沙「しっかり玄関の敷居を跨いだんだから不法侵入者呼ばわりされる筋合いは無いぜ」

 

饅頭「器物破損未遂ってことに関しては文句言っても筋は通るかい?」

 

開け閉めが乱暴な所為で、蝶番にガタがきている扉を指差す。それを見た魔理沙は、

 

魔理沙「じゃあこれあげるから許せ」

 

そんな横柄なことを宣い、ポケットから小銭を取り出して私の机に置いた。

 

魔理沙「お釣り。買い取った金は霊夢にあげたみたいだけど、あの話は元を辿れば私の友人の話だし、私自身も今後こんな面白そうな場所から出入り禁止を食らうのは勘弁なんでな」

 

合わせて98銭。とても安いとは思えない金額だが、これはなんだろうか?

考えても分からなかったので、分かっているからだで受け取ることにしよう。

 

饅頭「じゃあ遠慮せずに貰うよ。これで路頭に迷わなくて済むよ」

 

魔理沙「よくいうぜ」

 

その後、魔理沙は店内を軽く回ってそのまま帰っていった。

残って最中を食べていた霊夢が、私の机の上の小銭を見て呆れた顔をした。

 

霊夢「魔理沙、変なところで律儀ね」

 

饅頭「どういうことだね?」

 

質問すると霊夢は、そばに置いてあった新聞を指差して、面白くなさそうに答えた。

 

霊夢「結局この怪談は、新聞に載る程度の怪談だったってことでしょ?つまり魔理沙は、最初に蟹さんが提示した2銭という新聞くらいしか買えない額が打倒だと考えたのよ。だから、買取金のお釣りとして、あなたに残りのお金を返したのよ」

 

霊夢の話をポカン顔で聞いていた私を見て遊柳が笑った。

 

 

霊夢が帰ったあと、私はまだ机の上に98銭を置いたままにしていた。別になんてことは無い。ただこのお金が、魔理沙が友人の悩みを解決してくれたことに対する礼のように見えてきてしまい、懐に入れるのがなんだか悪い気がしてきたのである。

なので、今日で使ってしまおう。

最近美味しいと有名な甘味屋が近くにできたと聞いている。次の客のために買っておくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 




3人組の最後の一人は次に出てきてくれます(きっと)

これから徐々にでもクオリティーを上げていけるよう頑張ります。
まずは誤字脱字を無くすところから....


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