オラリオの黒騎士 作:コズミック変質者
それと、ミハエルは残念ながら今回はほとんど出ません。その代わりに〇〇〇が出ます。
花型のようなモンスターの触手がティオネたちに襲いかかる。ティオネとティオナはレフィーヤを庇っているせいで動けない。
数多の触手が彼女達を捕らえようと迸る。だがそれと同時に、銀色の剣閃が触手を切り落とした。剣閃はそれだけでは止まず、懐に入り込みモンスターの首を刈り取った。
「アイズ!」
モンスターを斬ったのはアイズ。アイズは逃げ出したモンスター六体を斬った後、遠方からティオネ達を襲っているモンスターを視認した。
魔法を使い全力でこの場へと駆けつけ、ティオネ達をこの状況から脱却させることに成功した。
アイズが倒れているレフィーヤに駆け寄ろうとする。だがまるでその動きを阻害するかのように、地面が微細に揺れ始めた。
破壊された石畳を押しのけながら、モンスターは体を晒した出した。
黄緑の、先ほどアイズが倒したモンスターが、都合3体。それもアイズを取り囲むように這い出てきた。しかも今回は出てきてからすぐに、蛇型から花型へと開花した。
だからどうした?アイズには関係ない。襲いかかる敵は【剣姫】の名の通りに切り伏せる。アイズは目を細め、いざモンスターに斬り掛かろうとすると、
ビキッ、という亀裂音を出しながら、アイズの持っていたレイピアが粉砕した。
アイズが手にしていたのは急場で借りたレイピア。それはアイズがいつも使っているデスペレートよりも確実に脆い。それが何を意味するか、簡単だ。
レイピアはアイズの魔法の風と、卓越された剣技に耐えきれずに粉砕したのだ。
それだけではない。アイズはレイピアを愛剣であるデスペレートと同じように扱ってしまったのだ。レベル5上位の冒険者が扱うような武器が、そこらに置いてあるはずもなく、アイズの無茶によって壊れてしまった。
全員が呆然としている時に、食人花が咆哮のようなものを上げて襲いかかる。アイズは上へ跳躍することで回避。刃を失ったレイピアの柄頭をモンスターの体に振り下ろす。
感触は手応えなし。幾ら何でも無茶すぎだろう。風を付与してもダメージを与えられそうにないので、アイズは攻撃を諦める。
「ちょっとこっちに見向きもしないなんて!」
「魔法に反応している・・・?」
姉妹も参戦するが、食人花は一向に興味を示さず、アイズを執拗に狙い続ける。それは先ほどのレフィーヤと同じ現象。
3人は触手による猛攻を紙一重で回避し続ける。隙を見て攻撃するも焼け石に水、どころか太陽に水位には意味がない。その証拠にモンスターはアイズ達の攻撃を避けないでその身に受け続ける。
アイズは特に猛攻が酷いので、魔法を解除しようとする。スピードは落ちるが、通常の状態でも問題ないと判断した。解除しようとしたその時、アイズは見た。
屋台の裏に隠れるように座っている獣人の子供がいる。モンスターの触手はあの屋台を狙っている。
アイズは迷わずに風を全力で使い、そして————
捕まった。
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「けほっ、けほっ・・・」
アイズ達が戦闘している場所から少し離れた場所。ティオネ達の助力もあり、腹部を貫かれたレフィーヤは回復魔法やエリクサーなどを使い、目覚めることが出来た。
まだ腹部は痛むが、それほどでもない。この程度の苦痛なら耐えられる。
こうしていられないと、アイズ達が戦闘している通路へと姿を現そうとするが、通路を見た瞬間、躊躇ってしまった。
アイズが食人花のモンスターに捕まっていた。レフィーヤが最後に見た時よりも食人花は数を増やし、3体になっている。そのうちの2体はティオネとティオナの足止めをしている。
レフィーヤが咄嗟に駆けつけようとするが、エルフのギルド職員に止められる。当然だろう。レフィーヤはついさっきまで死ぬかもしれない大怪我を負っていたのだ。次助かるという保証はない。
「【ガネーシャ・ファミリア】の救援がもうすぐやって来ます。彼らに任せて早く避難を!」
【ガネーシャ・ファミリア】。武装した彼等ならアイズ達を助けてくれるだろう。事実、彼等はレベルが高い冒険者が多い。
レフィーヤは俯いて立ち上がる。血が出るほど左手を握り締める。
「私はっ、私はレフィーヤ・ウィリディス!神ロキと契を交わした、このオラリオで最も強く、誇り高い、偉大な眷属の一員!逃げ出す訳にはいかない!」
レフィーヤの腹部が熱を発する。傷は治ったが痛みは完全に引いた訳では無い。だが歩けるなら、動けるなら、レフィーヤはアイズ達を助けに向かう。
それが【ロキ・ファミリア】だから。
(分かっている!私がいたって、足手纏いにしかなれない!あの人達の憧れの人みたいに上手くできない!)
レフィーヤはアイズを尊敬すると共に、憧れている。だからこそ、理解してしまう。自分が彼女達の足枷だと。過去現在未来、誰かに守られていく。
皆に、アイズに置いていかれるのだ。そんなのは嫌だ。置いていかないでほしい。
追いつこうとして追いかけても追いつくことが出来ない。目の前に広がるのは彼女達の後ろ姿のみ。
追いつきたい。どんなことをしても。それが彼女の、『レフィーヤ・ウィリディス』の【渇望】なのだから。
(追いつけないのなら、足を引っ張ればいい!置いていかれたくないから、縋り付けばいい!あの人達はその程度で動きなんか変わらないんだから!)
それはきっと、間違った願いなのだろう。抱いてはいけない願いなのだろう。だからどうした?
強くなりたいと思うのは悪いことなのか?モンスターがいない平和と言える世界なら間違っているだろう。強くなっても意味などないのだから。
だがここは、オラリオはどうだ?
モンスターはダンジョンに勃興し、冒険者達は強くなるために狩り尽くす。
冒険者達は強くなるために神と契約し、ステイタスを手に入れる。例え契約したのが悪神と言われる神でも。
ならば足を引っ張ることがなぜいけない?お前達は『至高の終焉』に向かって走っている冒険者を、崇め、讃え、担ぎあげているだろう?
ならばこの渇望も間違いではない。
思い込みは願いへ、願いは渇望へ、渇望は狂信へと変わっていく。
どこか彼方、この物語を見ているのか、描いているのか、どこかの誰かが、レフィーヤに向けて何かを言った。
————「素晴らしい。君の願いは、渇望は私に聞き届けられた。故に私は与えよう。君の願いを叶え、彼女等の隣にいるための力を。それは卑怯ではない。なぜなら君は己の渇望を私に聞かせたのだから。君に期待しているよ。『レフィーヤ・ウィリディス』」
レフィーヤは確かに聞いた。誰かの声を。背中のステイタスが書き換わっていくのがわかる。誰がやったかなどどうでもいい。大事なのは何を得たかだ。
「ものみな眠るさ夜中に
In der Nacht, wo alles schläft
水底を離るることぞうれしけれ。
Wie schön, den Meeresboden zu verlassen. 」
レフィーヤの口から自然と漏れる聖句。それはミハエルの詠唱と似ているようで異なっている。違うのは込められている思いだろう。ミハエルとレフィーヤでは願うものが違う。だが、二人は狂信と言える位置まで願っている。
「水のおもてを頭もて、
Ich hebe den Kopf über das Wasser,
波立て遊ぶぞたのしけれ。
Welch Freude, das Spiel der Wasserwellen」
アイズはレフィーヤの憧憬の相手だ。レフィーヤはアイズを最高の冒険者だと思っている。ならば足を引っ張っても問題はあるまい。レフィーヤの思い込みは加速する。
「澄める大気をふるわせて、互に高く呼びかわし
Durch die nun zerbrochene Stille, Rufen wir unsere Namen
緑なす濡れ髪うちふるい
Pechschwarzes Haar wirbelt im Wind
乾かし遊ぶぞたのしけれ!
Welch Freude, sie trocknen zu sehen. 」
詠唱と同時に魔法を発動する。発動したのはエルフに伝わる自らの影を操る魔法。その魔法に攻撃力、防御力等の利便性はない、エルフの中では使えない魔法だが、使い手がレフィーヤならばその魔法は最高の魔法となる。
「創造
Briah——」
どれだけの時間が経っただろうか。レフィーヤの意識は既に目の前の敵にあり、些細なことは考えていなかった。
「拷問城の食人影
——Csejte Ungarn Nachatzehrer 」
レフィーヤの詠唱が完成する。発動したのは影。それだけだ。だがその影は、何人たりとも動くことを許さない。
「行って!」
レフィーヤが影に命令すると、影は食人花のモンスターへと向かっていく。アイズ達も影に気付いた。そして影を辿ればレフィーヤの元へと行くことも。
「何・・・これ・・・?」
どこかミハエルと同じような力を影から感じた。少なくとも、アイズ達はこんな影の魔法は知らないし聞いてない。
影は食人花を捕らえると、食人花は金縛りにあったように動けなくなる。
これがレフィーヤの『拷問城の食人影』の能力。影に触れたものの動きを止める。
レフィーヤはそれだけでは止まらない。いくら金縛りをしたとはいえ、食人花はまだアイズ達を捕らえているのだ。レフィーヤが前に手を翳し、新たに魔法を詠唱する。
「【ウィーシェの名のもとに願う!森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ!】」
レフィーヤが唱えるのは自らの二つ名の由来となった魔法。
「【繋ぐ絆、楽園の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ妖精の輪。どうか————力を貸してほしい】」
その根本に込められた願いは、どこかの変質者と同じ物なのかもしれない。彼女を守り、彼女に仇なす全ての敵を打ち払おうとするその想いが、似ているのだろう。
「【エルフ・リング】」
魔法名が紡がれるとともに、レフィーヤの山吹色の魔法円が翡翠色に変化した。モンスターは動けぬ体を振り絞って、レフィーヤの方を見る。より強い魔法の源へ振り向く。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」
完成した魔法にさらに魔法を重ねる。魔法のためのスロットは3個しか存在しない。だが魔法はスキルによって使える数が変化する。
レフィーヤが習得した魔法に『召喚魔法』というものがある。これはエルフの魔法に限り、詠唱と効果を記憶した魔法を己の魔法として行使することが出来る、前代未聞のレアスキル。
詠唱時間と精神力を犠牲に、レフィーヤはあらゆる魔法を行使することが出来る。
そしてレフィーヤの創造『拷問城の食人影』によって、回避することは不可能となった。
「【閉ざされた光、凍てつく大地】」
神々がレフィーヤに与えた二つ名は【千の妖精】。レフィーヤの魔法はその名の通り千を超える。
「【吹雪け、三度の厳冬——我が名はアールヴ】!」
解放されたアイズ、ティオナ、ティオネが食人花のガードしようとしている触手を攻撃してどかす。終わるとすぐに退避。レフィーヤの放つ魔法は下手をしなくても味方まで巻き込むだろう。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」
厳冬が訪れ、モンスター達を凍らせていく。地面に逃げようとも、影が邪魔をして動けない。
動かぬ氷像となった3体のモンスター。モンスター達からレフィーヤの影が引いていく。
「ナイス、レフィーヤ!」
「散々手間を焼かせてくれたわね、この糞花っ!」
ティオネとティオナの回し蹴りがモンスターを二体破壊する。二人はいい仕事した〜、と言いたそうに息をつく。
「アイズ〜!」
ロキが剣を持ってアイズの所へとやって来る。どうやらアイズの為に剣を持ってこようとしてくれたみたいだ。アイズは食人花のモンスターの氷像を見上げ、ゆっくりと歩み寄る。
鞘から剣を抜き、ティオネ、ティオナ、ロキ、そしてレフィーヤが見守る中、持った剣で氷像を切り裂こうとすると———
———民家を突き破って、見覚えのある黒い影が、氷像を突き破りながら地面に膝をついた。
「マキ・・・・・ナ?」
アイズの絞り出したような声と共に、ミハエルはその体を地に沈めた。
問題ないよね?こんなことしても。
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