オラリオの黒騎士 作:コズミック変質者
残念だな!あるのは兎との触れ合いだけだよ!
すんません。マジ調子のってました。
UA数7000越えありがとうございまああああす!
豊饒の女主人は【ロキ・ファミリア】、と言うよりは冒険者にとっての憩いの場である。一日の疲れを酒と共に飲み込む者、不満を吐き出す物など様々である。
いつも騒がしいこの店は、【ロキ・ファミリア】の宴の影響でいつも以上の喧騒に包まれている。
そんな豊饒の女主人の一角の席に、ミハエルは一人、仲間達の宴の様子を見ている。
ガレスがロキと酒の飲み比べをしたり、リヴェリアは『ママ』の名に恥じない働きをする。べートは少しでもアイズに近づこうと努力し、そんなべートをティオナが揶揄う。フィンにベタベタのティオネ。
いつも通りの騒がしい光景だ。
ミハエルは運ばれてきた料理や酒を、この光景をツマミにしながら食す。これもいつも通りの光景。
「そうだアイズ!あの話聞かせてやれよ!」
騒がしい場から、更に大きい声でべートが叫んだ。レベル5であるべートが、宴会の場で話す話を皆が興味を持って彼らに近づく。同時にミハエルの視界の端で銀髪の少年がビクッ!と震えた。
「帰る途中に逃げ出したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ?あん時いたトマト野郎の!」
ミハエルはべートが言いたいことを理解した。ミハエルが来た直後に、アイズを見て叫んで逃げていった返り血の少年。
ミハエルが一人思い出している間に、べートの話は続いていく。ミハエルはべートに対してあまり好感を持ってはいない。べートは狼人族であり、彼等は強さに固執する。弱者を見下し、強者に難癖を付けてくる。
オラリオ最強であるミハエルに、べートは何度も噛み付いてくる。それはミハエルが自分の強さを誇らず、自らが弱者と見なしたものに手を差し伸べるのが気に食わないからだ。
ミハエルは知らないが、べートの片思い中の相手であるアイズが————。
べートの話は下劣な方向へ加速していく。ミハエルはこの空気に耐えられず、と言うよりもべートの話に聞く価値すらないと判断し、席を立ち店を出ようとする。
「どこへ行く気だい、マキナ?」
いつの間にか隣にいたフィンに話しかけられる。フィンはどうにかしてティオネのことを掻い潜ってきたのか、少し疲れているようにも見える。
「ダンジョンにでも行くのかい?」
その選択肢はなかった、と思いミハエルはダンジョンに行くという選択肢を追加する。
「マキナのやることに僕は文句を言わないよ。でもこれだけは分かって欲しい。・・・・・・死ぬなよ」
フィンはマキナが何を求めているかを知っている。マキナは目の前に至高と判断するものがあれば、即座にそれを優先するだろう。
フィンにマキナを止めることは出来ない。何を思い、戦うかはマキナ本人の自由であり、いくら団長であり家族とはいえ、本人の心からの渇望を否定することは出来ない。
「分かっている。まだ何処にも、俺の求める至高の終焉は存在しない」
それだけ言うとマキナは席を立ち、店から出ていく。フィンは椅子にもたれかかり、エールを煽り一息つく。
「君は本当に変わったよ、マキナ。『あの日』、家族を失った時から・・・」
フィンが思い浮かべるのは、今のマキナを『作り出した』一つの事故。その日からマキナは『至高の終焉』に向かって走り出した。もうマキナを止めることは出来ない。それが例え、神の力でも。
「団長〜!もっと飲みましょうよ〜!」
フィンの思考は自身に抱きついてくるティオネの対処へと移り変わった。
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————雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ!
銀の狼人の言葉を聞いた時、ベル・クラネルは金を置いて『豊饒の女主人』から逃げ出した。あの狼人が言っていたことは的を得ている。
自分が憧れたアイズ・ヴァレンシュタインはレベル5。それに対して自分のレベルは1。釣り合うどころかそれ以下だ。
ミノタウロスに襲われて、彼女に助けられた時、憧れの感情が芽生えた。いや、憧れだけではない。恋心もだ。
だからこそ、狼人に言われた言葉が深く自分の心に突き刺さった。
店を飛び出し、ダンジョンに向かって夜の街を全力疾走する。涙で前が見えなくなるが、目を瞑り無理矢理押し止める。そうでもしないと、心が壊れてしまいそうだから。
ドンッ!
「うわっ!」
誰かにぶつかった。ベルはそう思いながらも尻餅をつく。尻がジンジンと痛むが、無理矢理立ち上がろうとする。だが次の瞬間、自分に向かって黒い手袋を付けた手が差し伸べられていることがわかる。
「大丈夫か?」
ぶつかった人物は180を超える身長に、全身を黒い服で包んでいる。胸元から見える白いシャツにはシミの一つもない。
「はっ、はい・・・。すみません、前を見ていなくて」
ベルの顔を見ると、目の前の男は少し驚いたように目を見開く。だがすぐに戻り、ベルの手を引っ張り起き上がらせる。
「君はさっきまで『豊饒の女主人』にいた奴だな。すまなかったな、うちの団員が」
「・・・ッ!いえ、大丈夫です・・・」
先ほどのことを思い起こされて少し不快になる。だが目の前の男が【ロキ・ファミリア】だということは分かった。
「名乗るのが遅れたな。ミハエル・ヴィットマン。それが俺の名だ」
「は、はい・・・。ベル・クラネルです・・・って。ええええええええええェェェェェェェ!!??」
ベルは目の前の男の名を聞いて思わず大声で叫んでしまう。
【鋼の英雄】ミハエル・ヴィットマン。
ベルがいた村でも、その名前は知っている。若くしてレベル7となり、作り上げてきた逸話は数しれず、武器を持たず、己の身一つでダンジョンに挑む最新最強にして、今も尚英雄譚に伝説を書き加え続ける無双の英雄。
ベルは目の前の相手から全力で距離を取り縮こまってしまう。まさかぶつかった相手が【鋼の英雄】だとは思わないだろう。何せ相手はベルが憧れ続けた英雄。
「あ、あの、ミ、ミハエル・・・ヴィッ、ヴィットマンさんですか?」
ミハエルは何も言わない。沈黙は肯定と取っていいだろう。目の前の男はやはり、ミハエル・ヴィットマンなのだろう。ミハエル・ヴィットマンの名前を名乗る悪党なのかもしれないが、本人の威圧からそれはないだろう。
「今から、ダンジョンに行くのだろう?なら早く行くといい。強くなりたいのなら、一秒でも躊躇うな」
ミハエルはそれだけ言うとダンジョンの方へと指を指す。ベルはその言葉を聞いた瞬間、弾かれたように感銘を受けながらダンジョンへと走り出した。
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「似ている・・・」
ベルを見届けたミハエルは再度ダンジョンへ向けて歩き出す。ミハエルが思い浮かべるのはベルと、かつてミハエルの『親友』であり、『戦友』だった男。
髪の色も、瞳の色も違う二人。だが、彼等は似ていた。どこか根本的な、魂の部分が。
ミハエルは夜空の元、酒に酔った自分の目を覚まし、ダンジョンに潜る。
思い出すのは、かつてダンジョンで共に研鑽を重ね、その末で消えていった男。
その日から数日、ミハエルの姿を見た者はいない。