ウェイストランドの大地は不毛で、その地平線は何処までも続くかのごとく広大だ。そしてそれは、コロッサスシティの在る地域よりも遥か東にまで続いている。
ウェイストランドを照らす同じ太陽の下、荒廃した大地に廃墟が墓標の如く佇むその地。文明も文化もまるで全てが止まったまま、いや、少しずつ死に絶えている。
かつてどの様な名で呼ばれていたかは定かではないが、今やこの地域は『キャピタル』と言う名で親しまれている。
地獄と謳われたウェイストランドの中でも本当の地獄、それがキャピタル。ウェイストランドに住む者の中にはそう呼ぶ者も少なくはない。
だが、そんな場所でも人は生きている。もっとも、他の地域とは異なり、今日を、いや数時間先を生きるのに必死になっての生活ではあるが。
「やぁ、いらっしゃい」
かつては大都市であったのであろう無数の廃墟が立ち並ぶ地区の一角、そこに小さな集落が存在している。廃材などを集めて作った自家製の壁が頼りなくも外敵からの脅威から住人達の身を守っている。
名前があるのかどうかは定かではないが、柱と屋根だけの簡素な家やちょっとした商店の姿も見られる。
ここに住まう人々は皆、小奇麗と言う言葉すら貴重なほどに、その肌も衣服も大なり小なり汚れ、衣服には継ぎ接ぎも多く見られる。まさにこの地での生活の過酷さを物語っている。
そんな集落の唯一といってもいい商店に、集落の住人とは異なる装いをした一人の男性が来店していた。
「これとこれ、あとこれをくれ」
特徴的な青を貴重とした全身タイツのような衣服を身に纏い、その上から戦闘等に必要と思しき様々なポーチやベルト等を着用している。また、片方の腕に妙な機械を装着している。
ヘルメットなどは被っておらず、さらけ出されているその顔は、三十代半ばと思しき男性であった。
「毎度あり、締めて四十キャップだよ」
店主の男性の言葉に、客である男性は麻袋からボトルキャップを四十枚取り出すとカウンターに差し出した。
どうやらこのキャピタルと言う地域では、瓶の蓋が独自の通貨として使われているようだ。
「毎度どうも」
支払いを済ませた男性は、購入した品々を大き目の麻袋に入れると店主の言葉を背に店を後にする。そしてそのまま集落を後にすると、一人廃墟の中へとその姿を消した。
「ん? 銃声」
廃車や瓦礫の散乱する廃墟を歩く男性、先ほど集落を後にしたあの男性である。
その男性の耳に、突如として銃声が聞こえてくる。幸い、聞こえる音の大きさからして発生源から距離はあるようだが。
「レイダーとスーパーミュータントが喧嘩でもしてるのか」
銃声の正体は分からないが、男性は大雑把な予測を立てるとホルスターから拳銃を取り出し、慎重な足取りで道を進んでいく。
やがて、程なくして銃声が聞こえなくなった後も慎重さを崩さずに進んでいたが、とある通りで目にした光景を前にその警戒心を寄りいっそう強めることになる。
「レイダー同士の喧嘩だったか」
集落の住人とは異なる攻撃的な装いの、廃車や瓦礫の一部となった物言わぬ死体の数々。周囲には彼らが生前使っていたであろう品の数々が散乱している。
しかも、死体の状態はまだ出来立てと呼ぶに相応しいほど真新しく、先ほど聞こえた銃声の発生源であったのだと容易に想像できる。
加えて、どの程度の人数が銃撃戦を繰り広げたかは分からないが、双方が文字通り全滅したとは考えにくく。生き残りが周囲に潜んでいないとも限らない。
「ま、遺品は有難く使わせてもらうか」
だが、それでも身に染み付いた習慣からなのか。周囲の警戒を行いつつも手馴れた様子でレイダー達の遺品を回収し麻袋に入れていくと、程なくして全ての遺品の回収を終える。
「大量大量」
パンパンに膨れた麻袋を目にしご満悦な表情を浮かべながら、長居は無用と男性はその場を急ぎ足で後にする。
その後は特に危険な場面に遭遇することもなく、男性は廃墟郡を抜けると荒廃した荒野へとその姿を現す。標識も看板も、大半が無意味と化してしまった大地を迷うことなく歩き続ける男性。
ひび割れた道を歩き、時に道なき道を歩き、やがて彼の前に一つの建造物がその姿を現す。
赤いロケットのモニュメントが特徴的なその建造物は、燃料の補給設備が備わっている事から、かつてはガソリンスタンドとして使用されていたのだろう。
かつての賑わいなど見る影もなく、赤いロケットのモニュメントは長い手入れされず間雨風にさらされた結果、所々外装が剥がれ店舗の看板も一部朽ち果てている。
しかし、建物自体には人の手が今でも加えられているのか、廃材などで作った壁や階段などが設けられ、周囲には柵が設置されている。防衛用の自動迎撃装置の姿も見られる。
まさにちょっとした要塞といっても差し支えないほどの建造物、その建造物が男性の目的地なのか、迷うことなく近づいていく。
「ただいま、じいさん」
自動迎撃装置も男性には特に反応することなく安全に近づくと、かつてガレージとして使われていた建物に勝手知ったる場所のように躊躇なく入っていく。
そこでは、工具や廃材などが散乱する中、ツナギ姿の一人の老人がガレージ内に設けられた設備に置かれた鋼鉄の鎧を手入れしていた。
規則正しい金属音がガレージ内の響き渡っている。
「なんじゃ、また無傷に帰ってきおったんか」
そんな中で男性の声に老人は反応すると、作業の手を止め横目に男性の姿を確認するや毒のある歓迎で迎える。
対して男性は、もはやこの老人の態度に慣れているのか特に気にする事もなく軽く受け流すと、背負ってきた麻袋をガレージ内に置かれたテーブルの上に置く。
刹那、油まみれの手を布切れで拭いた老人が近づき、麻袋に手をかける。
「今日は随分と量が多いの」
「ここに来る途中でちょっとお宝の山に遭遇してね」
「ふん、そうかい」
老人は麻袋を開けると、その中身の確認をし始める。手にした廃材部品や基盤等の部品を手に取り見極めると、おそらく使える物と使えない物とに分けているのだろう。それぞれの箇所に置いていく。
こうして麻袋の中身を見極め終えると、使える物を別の麻袋に詰めてガレージの一角へと無造作に置く。
「まぁ、今日はこんなところじゃな」
そしてガレージに置かれた金庫を開け中から幾つかのものを取り出すと、それを男性に手渡した。
複数の缶であるそれは、側面のパッケージに水の文字が見て取れる。
「あぁ、使えん物はお前さんが好きに使っていい」
「了解」
複数の缶と使えない物とされた廃材等の残りを麻袋に入れると、もはや用件は済んだとばかりに男性はガレージを後にしようとする。
すると、作業を再び再開しようとした老人から男性に声がかけられる。
「あぁ、そうだ。日頃のお礼だ、冷蔵庫のヌカコーラ一本飲んでいいぞ」
「一本だけかよ」
「ふん、一本だけでも飲ませてやるんだ、有難く思え!」
「はいはい、分かったよ」
これ以上粘って折角の一本すらも台無しにしたくないと判断したのか、男性は早々に引くことに。
そしてそのまま軽く手を振りガレージを後にすると、ガレージの隣にある事務所に赴き、その中に置かれている冷蔵庫の中からヌカコーラと呼ばれる清涼飲料水の瓶を一本だけ取り出す。
こうして老人の言い付け通りヌカコーラを一本だけ貰うと、事務所を後にするとそのままガソリンスタンドを後にする。
ガソリンスタンドに立ち寄る前よりも軽くなった麻袋を背負いながら、男性は道なき道を歩き続けると、かつては青々と茂っていたであろう木々の中に小さな小屋が現れる。
小川の近くにひっそりと建てられている廃材製の小屋。どうやらそこが男性の自宅なのか、男性は迷うことなく小屋に近づくと、小屋の玄関を潜った。
「ふぅ、ただいま」
みすぼらしい外観とは異なり小屋の中は男性が集めてきたのか、クラシックな棚や小物、冷蔵庫やキッチン等の生活に必要な家具が揃えられている。
ベッドの脇に麻袋を置くと、男性は暗くなる前にライトを灯す。窓のない小屋はまもなく訪れる夜になれば言わずもがな小屋の中は文字通り真っ暗になるからだ。
「っと」
小屋の明かりを灯すと、男性はベッドに腰掛ると麻袋から先ほど老人から貰ったヌカコーラの瓶を取り出し、蓋を開けて瓶の口を自身の口に近づける。
清涼飲料水特有の清涼感が喉を刺激し、香りと味が口の中に広がる。
「……ふぅ」
瓶の中身を全て飲み干すと、空になった瓶をごみ置き場に使用している別の麻袋の中に入れると、ベッドから起き上がり冷蔵庫に近づく。
冷蔵庫を開け中から今夜の夕食を取り出すと、再びベッドに腰掛て夕食を食べ始める。
程なくして夕食を食べ終えゴミを麻袋に入れると、ベッドに寝転がった。
こうしてベッドに寝転がっている内に、だんだん瞼が重くなっていく。と同時に、眠気と言う名の案内人が男性の意識を夢の世界へと誘おうとする。
もはや抗うことは無意味と、男性はその意識を夢の世界へと旅立たせるべく瞼を閉じた。程なくして、男性は夢の世界へと旅立つ。
読んでいただき、どうもありがとうございます。