第七話
コロッサスシティ、それは不毛な大地たるウェイストランドにおいて数少ない人間としての社会が残る場所。
街の中では商人が商売をし、手に職を持つものが各々の仕事を行い、住人が今夜の献立を考えながら買い物をする。酒場には、疲れた人々が疲れを癒すべく安い自家製酒を求めやってくる。
そして、食堂と呼ばれる場所には、腹を空かせた人々が空腹を満たすためにやって来る。
太陽が真上に差し掛かるお昼時ならば、その勢いは他の時間帯の比ではない。
「イラッシャイマシェ、ナンニイタセントネ」
Mr.ハンディとは異なる二足歩行型の接客用と思しきロボットが、出入り口からやって来るお客に対して機械的な音声はもとより特徴的な方言で接客をしている。
全体的に曲線的な丸みを帯びたレトロチックなほぼ人型のロボット、三本の指を器用に使い注文された料理を配膳している個体もいる。
プロテクトロンと言う名のこのロボット。そしてこのロボットが従業員の一員として働くこの食堂の名は、その名の通り『プロテクトロン食堂』である。
街の中心部と言う好立地に店を構えているこの食堂には、多くの住人たちで溢れている。
「ゴチュウモンンテイショクタイ、ゴユックリドゲンゾ」
テーブルに置かれる料理、そこから湯気が立ち香ばしい匂いが食欲を刺激する。
そんな食欲を刺激される人物は誰であろうアンバーであった。無論、テーブルを挟んで向かいにはツルギの姿もある。
二人は午前中の仕事を終えたので午後からに備えこの食堂で昼食を取るべくやって来ていた。因みに、アンバーもツルギの正式な相棒となってからそこそこの日数が経過し、すっかりコロッサスシティでの生活にも慣れてきたようだ。
「この食堂の味は相変わらず美味しいけど、プロテクトロン達が言ってる事はやっぱり聞き取り辛いかな」
しかし、この食堂で働くプロテクトロン達の方言にはまだ慣れず、苦戦しているようだ。
そんな苦労を漏らしつつ食事を続けていると、二人が座るテーブルに向かって見知った顔が近づいてくるのを見つける。
「どうも、アンバーちゃん、昨日ぶりだね。あ、ツルギも」
二人が座るテーブルの脇で立ち止まったのは、誰であろう銃砲店の店主たるジョージであった。しかもその手には、ランチプレートを持っている。
どうやら座席探しで食堂内を回っていたところに、ツルギとアンバーの姿を見つけて歩み寄ってきたのだろう。それに、二人のテーブルにはまだ余裕もある。
「お得意様なのについでなんだ」
「おいおい、勘違いしないでくれよ。ツルギは大切なお得意様だ、だが、お前も男なら分かるだろう、ボインってのは敬わなければならないんだ! 夢の詰まった資産価値だぞ、大事にしなきゃならないだろうが、当たり前だろうが!」
本人を目の前にしている事を忘れていたのか、それとも気にしない性分なのか。本人を前に聞いていて恥ずかしくなるような熱弁をふるうジョージ。
このジョージの熱弁に、アンバーは包み隠すことなく引いており。ツルギは軽くため息を吐いた。
「分かった分かった、もう分かったから。いつまでも立ってるのは辛いだろうし、ここどうぞ」
これ以上余計なことを言って更にアンバーの中でのジョージの価値を最安値更新しない内に、ツルギは席を譲るとジョージにテーブルに腰掛けさせる。
ツルギからのありがたい申し出を受けたジョージは、晴れやかな表情で空いた席に腰を下ろす。自身をまるで汚物でも見るかのような目で見ているアンバーの事など気にもしないで。
「……、お、そうだ。そう言えば聞いたかツルギ」
三人になっての昼食を再開して暫くした後、ジョージがなにかを思い出したかのように不意にツルギに話題を振りまいた。
「ん?」
「N.E.R.の連中、また東側に調査隊を派遣するらしいぞ」
「……そうか」
ジョージの口から出た『N.E.R.』と言う言葉に、ツルギは何処か嫌悪感を示すかのごとく表情を見せる。
その表情の変化を見過ごさなかったアンバーは、ツルギの表情に変化を与えたN.E.R.の意味を知るべく、二人の話に割って入る。
「あ、あの」
「ん? なんだいアンバーちゃん」
「N.E.R.って一体なんなの?」
「あ、そうか、アンバーちゃんはまだ知らなかったな。N.E.R.って言うのは『新エデン共和国』の略で、戦争の影響が少ないヘイブンと呼ばれる大地を領土とする国家さ。ウェイストランドがウェイストランドと呼ばれる以前の支配者達の生き残り、と言っても厳密に言えばその中でも星から出れない居残り組みが作った国家の事さ」
ジョージの説明に耳を傾けるアンバーとは対照的に、ツルギはまるで聞きたくないかの如く食事に集中し始める。
「ウェイストランドのみならずこの星の復活を掲げてはいるが、問題がない訳じゃない。他の奴らはN.E.R.はこの星に残された最後の楽園だなんて言う奴もいるが、噂じゃN.E.R.の国民は厳しい管理下に置かれ、一部の特権階級との格差や中央の腐敗。その他色々と内外に問題を抱えてて、知れば知るほど幻滅するような国さ」
「へぇ、そうなんだ」
「ただ、どれだけ腐っても旧支配層の子孫らだ。N.E.R.の持つ力は侮れない。コロッサスシティだって下手に機嫌を損ねて目をつけられれば一捻りにされる」
自分の知らないこの世界の真実に、アンバーは何処かまだ実感を見出せないでいた。
凶悪なレイダーや野生生物の脅威をものともしないコロッサスシティの力すら赤子の手をひねる程度の存在にしか捉えていない存在がこの空の下にいる。実際にその目で見た事のないアンバーには、何処か他人事のように思えてならなかった。
と同時に、そのN.E.R.とツルギとの関係が気になって仕方がなかった。
「それで、その、N.E.R.ってツルギとどんな関係なの?」
だから、その辺りの事情を知っているであろうジョージにその疑問をぶつけてみたのだが、その答えが返ってくることはなかった。
その辺りの事情を知られたくないのか、いつの間にか食事を終えたツルギに話を遮られると、結局うやむやのままこの話題は終わりを迎える事となった。
その後一足早く昼食を終えたツルギとアンバーは、ジョージと別れ食堂を後に一旦自宅へと戻ることに。
その道中、ツルギは不意にアンバーに先ほどの話題の釈明を始めた。
「アンバーがどうしても知りたいって思うんなら。今はまだ言えないけど、いつか、いつか必ず言うよ」
「え?」
「だから、今は黙って聞き流していてほしいんだ。ね」
「……分かったわ」
「ありがとう」
短い会話の中、ツルギの気持ちを汲み取ったアンバーはこの話題については暫く自身の心の奥に留めておくと誓った。
こうしてアンバーの中のもやもやが多少解消した頃、二人の前に安心の我が家が迫っていた。
「それじゃ、午後からの仕事も頑張ろうか」
「えぇ、そうね」
自宅に玄関に手をかけ潜ると、安心の我が家へと足を踏み入れる二人。自宅で準備を整えれば、午後からの仕事に出かける。
こうして今日もまた二人の一日が、ウェイストランドの歴史の一節が書き綴られていく。
読んでいただき、どうもありがとうございます。