脱落者の生理現象   作:ダルマ

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第六話

 こうしてツルギの新たなる相棒となったアンバーは、その後他言無用を条件に秘密の地下室を拝見させてもらい。ツルギの自宅兼事務所、そして今後自分の自宅にもなる建物の見学を終えた。

 そして自宅の見学を終えると、今度は街の案内も兼ねてアンバーの今後の生活に必要な生活品を買出しに行くことに。

 

「あの、いいの? 私持ち合わせ……」

 

「心配ないよ、これから仕事を頑張ってもらえればそれでいいし。……あ、でも。もし負い目を感じてるなら、またあの時みたいにしてもらってもいいよ」

 

 あの時、それが意味するのがいつなのか。アンバーには顔を一瞬で真っ赤にしたことから理解しているようだ。

 

「な、なな! そんな事するわけないでしょ! あれはあれよ」

 

「冗談だよ。さ、行こう」

 

 慌てふためくアンバーをツルギは軽く受け流すと、買出しに行くべく扉に手をかける。

 そんなツルギの後を追うように、冗談なのかそれとも本気なのか、ツルギの気持ちを図りかねているアンバーも続く。

 自宅を後にした二人は再び街のメインストリートに戻ってきた、更にそこから街の中心部へと歩いていく。やがて、街の中心部付近にやって来た二人の前に広がったのは、市場経済が崩壊したウェイストランドにおいておそらく数少ない市場と呼ばれる場所の光景であった。

 需要があれば略奪と言う名の供給を行う、そんな需要と供給の関係が築かれ市場などとっくに崩壊したと思われていたが。やはり人が人らしく生きている場所には、それまで人類が築いてきた体系が生き続けているようだ。

 

「凄い」

 

 活気に満ち溢れた市場を前に、この様な光景を見慣れていないアンバーは半ば呆気にとられながら感想を漏らす。

 

「さ、先ずは衣服から見て回ろうか」

 

 そんなアンバーとは対照的に、既に幾度となく見て見慣れた光景であるツルギは、買出しを行うべく必要な品を揃えている店へと足を進める。

 そこにワンテンポ遅れ、アンバーもまたツルギの後を追う。

 

 衣服を取り扱う店から始まり、家具や雑貨、更には街の外に出た際に必要な装備等々を必要な店で買い揃えていく。なお、買った品物は全て『ハンディ印の宅配サービス』と言うサービスを用いて自宅へと配送してもらっている。

 余談だが、このサービス名の肝とも言うべきハンディとは、ウェイストランドはもとより惑星ゾーラにおいは一般的な自律機動ユニット、所謂ロボットであるMr.ハンディの事を指している。

 基本的に丸みを帯びたデザインは銀色の色合いに三つのメインカメラ、三本のマニピュレーター、見た目には安全とは思えぬブースターを制御し浮遊しながら移動を行う。家庭用として運用されていたロボットだ。

 

「おぉ! ツルギ。帰ってきたって聞いてたからいつ立ち寄るのかと思ってたぞ!」

 

 そして、いよいよ買出しも最後に差し掛かり、やって来たのは逞しい顎鬚を蓄えた初老の男性店主が営む銃砲店であった。

 他の商店同様外観はバラックの似たり寄ったりな造りではあるが、内装はやはり銃砲点らしく棚やガラスケースに様々な銃器が整然と並べられている。無論、本体のみならず消耗品の類や弾薬等の品揃えも整っている。

 

「すいません、色々と買出ししてたら時間がかかっちゃいました」

 

 店主とは顔見知りなのか、店に入ったツルギは店主と親しげに会話を交わしている。それに続くように店に足を踏み入れたアンバーは、二人の親しげな雰囲気に割り入れず一歩引いていた。

 すると、アンバーの姿に気がついた店主が話しの話題の中心にアンバーを添える。

 

「おぉ、その娘(こ)か。ヘンリーが言ってたツルギが連れて来た美人さんってのは」

 

「え、び、美人!」

 

 突然自身が話題に上り、しかも今まで言われ慣れていない褒め言葉も添えられ動揺を隠し切れないアンバー。対してツルギは、アンバーを褒められまるで自身の事のように何処か嬉しそうな表情を見せる。

 因みに店主が言ったヘンリーとは、街の守衛の一人で店主やツルギの知り合い。ツルギとアンバーが街に入る際に一声かけていたのだ。

 

「ははは、お嬢さん、そんなに驚かなくても。本当のことを言ったまでだ、素直に受け取っておいてくれ」

 

「え、えっと」

 

「ジョージ、アンバーはそう言ったお世辞に慣れてないんだ。出来ればあまりからかわないでくれるか」

 

「ん? ははは、そりゃすまなかった」

 

 ジョージと呼ばれた店主はツルギの代弁にアンバーの気持ちを汲み取ったのか、その後は美人と言ってからかうことはなくなった。

 その後、改めて互いの自己紹介を終えた三人は、本来の目的を果たすべくそれぞれ売る側と買う側に分かれる。

 

「さてと、それじゃ今日はなんの用件で?」

 

「アンバー用の銃を買おうと思って」

 

 カウンター越しに売買の話を進めるツルギとジョージ。アンバーは、特に意見がある訳でもなくツルギに全面的に任せているようだ。

 一歩下がって二人の話に耳を傾けている。

 

「ここ(コロッサスシティ)に着くまでに何度か撃ち合った際にアンバーは遠距離よりも中・近距離での距離での戦闘が得意と思ったんだ」

 

「ふむ、なら小銃系統よりも短機関銃や拳銃といった系統のほうがいいか?」

 

「うん、そうだね。そのほうがいいかな」

 

「よし、ちょっと待ってな、軽く見繕ってくる」

 

 大雑把ながら買い求める銃器の傾向が決まると、ジョージは見繕う為にカウンターの奥へと消えていく。一方残された二人は雑談を交えつつ軽く今後の仕事の方針などを話し合う。

 そして、話が一段楽したのを見計らったかのように、奥に消えたジョージが何挺かの銃器を抱えて戻ってくる。

 

「とりあえずオーソドックスなやつを中心にいくつか見繕ってきたぞ」

 

 カウンターに並べられる銃器の数々。ちゃんとした設備のもとに製造されたであろう物から、何処からどう見ても職人とは言えない素人が見よう見真似で作った撃てるだけの品物まで。

 まさにピンからキリまで並べられている。

 

「アンバー、とりあえず自分がいいと思うものを選んでみて」

 

「え、ツルギが選んでくれるんじゃないの?」

 

「それもいいけど。やっぱり使う本人が選ぶのが一番いいから」

 

「そうそう、ま、ツルギの戦闘能力は俺が保証するが万が一って事もある。そんな時、最後に頼れんのはこういった相棒だからな」

 

 ジョージが得意げに語り拳銃を手にしてみせるが横からツルギの、でもそう言ってるジョージの銃の腕前はからっきしだけどね、との突っ込みにジョージ本人は慌てながら否定する。そんな二人の掛け合いにアンバーの表情に自然と笑みがこぼれる。

 程なくして気を取り直したジョージがカウンターに並べた銃器の簡単な説明を始めていく。

 

「まぁ、その、見た目で選ぶのもいいがやっぱり性能で選んでくれたほうがありがたいね。といっても、よほど危ない選択をしない限りアンバーちゃんの意見を尊重するがね」

 

「これは、何度か使ったことがあるわ」

 

「これか。ま、ウェイストランドじゃ流通量の多い拳銃だからな、同じ型のを使ってても不思議じゃないな。が、折角他の銃器もあるんだ、使い慣れてるからって無理に選ぶことはない」

 

 カウンターに並ぶ銃器の中にアンバーにとっては数少ない見慣れた拳銃の姿。機能美と言えば聞こえはいいが、もはや弾丸を発射するだけの粗悪な外見は、素人感満載である。それもそうだろう、この拳銃は所謂ジップ・ガン。メーカー製ではないのだから。

 一体誰が作り始めたのかは分からないが、その容易に複製できる単純な構造からウェイストランド各地で大量に生産され、今やウェイストランドを代表する拳銃の一つになってしまった銃器。

 廃材と加工した木材を主な材料とするその拳銃は、正式な名はないがその外見から『パイプピストル』の名で人々に知られている。

 

「あ、これは今私が使っている銃ね」

 

「N99型10mmピストルか、元々軍が制式採用してただけあって頑丈で使い勝手はいい。迷ったらこの一挺ってのに最適な拳銃だな。っと、今使ってるなら選ぶわけないか」

 

 その後も幾つかの銃器を手に取り構えた際の感覚を確かめるアンバー、そしてその際に一言二言付け加えるジョージ。

 こうして品定めを続ける事幾分か。遂に、アンバーが良いと思える銃器と運命の出会いを果たす時がやってきた。

 アンバーが手にしたのは一挺の短機関銃。それも、取り扱いを向上させる改修が施されているあたり、カスタム品である可能性が高い。

 

「お、そいつに目をつけるとは、アンバーちゃんはお目が高いね。そいつは最近入荷した品物で、MP5って言う名前の短機関銃の小型版、MP5Kってバリエーションのやつだ。そしてそれを基に内外に改修を加えたのがこの一挺ってやつさ」

 

 銃床(ストック)の交換に光学照準器の装着を容易にするレイル インターフェイス システムの装備、更に消炎器(フラッシュサプレッサー)の交換等。外装だけでもそれだけ手を加えられており、おそらく内部の部品等についてもジョージの言葉通り手が加えられているのだろう。

 

「こいつ(MP5K)の使用する弾薬は9mmだからN99型10mmピストルとは弾薬の相互性はないな。ま、10mmを使用するバリエーションもなくはないんだが、生憎と今うちでは取り扱ってないんだ」

 

 ジョージが簡単な説明を続ける中、アンバーは手にしたMP5Kを構えて自身の体に馴染むかどうかの確認を行っていく。

 

「で、どうよ、アンバーちゃん? 決まったかい」

 

「えぇ、決めたわ。これにする」

 

「まいどどうも!」

 

 自身の命を預ける相棒を決めたアンバー、すると後ろで見ていたツルギが話しに入ってくる。何故なら、この先はお支払いの作業が待っているからだ。

 

「さてと、それじゃお会計になるんだが。ツルギ、こいつ(MP5K)は見ての通りのカスタム品、しかも手に入れるのに色々と苦労してるんでね。ま、お値段はざっとこれ位だな」

 

 カウンターに置かれた紙切れかあるいはメモ帳かなにかに手早く金額を書くジョージ、その書かれた値段を目にしたツルギは眉をしかめる。

 また、横からちらりとその紙に目を通したアンバーも、今まで見たこともないような額に驚きを隠せなかった。

 

「あぁそれから、長い付き合いだから分かってるとは思うが、俺は値切りはしない。作り手が丹精込めて作った品物を叩き売ったりはしない、それがモットーなのは知ってるだろ。悪いが、びた一文もまけるわけにはいかないんでね」

 

「分かってるよ」

 

「もし金がないなら物々交換でもいいぞ。俺の見立てならお前さんの持ってる幾つかの品物の中には、こいつ(MP5K)を買ってもお釣りがくる位の物があるだろ」

 

「なんとなくジョージが言ってる物の見当はつくけど、生憎と、どれもあまり手放したくない物ばかりだ」

 

「ん? それじゃどうするんだ、まさかアンバーちゃんを目の前にして買わないなんて言うんじゃないだろうな」

 

「いや、買うよ。現金払いで」

 

 するとツルギは、布あるいは皮製の袋を取り出し、そこから黄金に輝く硬貨を取り出すとカウンターに置いていく。黄金に輝くちょっとした山が形成されるのに時間はかからなかった。

 

「ヒュー、流石はツルギ、相変わらず稼いでるね。……さてと、それじゃこっちも頑張って計算させてもらいましょうかね」

 

 ジョージはカウンターに置かれた硬貨を一枚一枚数えその総額を頭の中に弾き出す。

 やがてカウンターに置かれた硬貨を全て数え終えると、弾き出した額とMP5Kの値段の差額を弾き出す。

 

「それじゃ、これがお釣りと。……で、こいつはアンバーちゃんの門出を祝っての俺からのプレゼントだ」

 

 お釣りの硬貨と共にカウンターに置かれたのは、クリーニングキット一式とMP5Kの使用弾薬である9mm弾の弾薬箱であった。それも一箱ではなく複数。

 この予期せぬプレゼントにアンバーは少々戸惑い気味ではあったが、ツルギは慣れた様子でお釣りとクリーニングキット一式、それに弾薬箱を受け取るとアンバーに声をかけ店を後にしようとする。

 

「またなにか入用があったらいつでもどうぞ、お二人さん!」

 

 ジョージの声を背に二人は店を後にすると、買出しも無事に終わったので自宅へと帰ることに。

 何事もなく自宅へと帰ってくると、玄関先にはハンディ印の宅配サービスで配送してもらった品物の数々と、配送係のMr.ハンディが待っていた。

 

「ご苦労様」

 

「サインもろた、お届けかんりょーう! 蛙が鳴ったから帰るかえるぅ! ……はぁ、マジこのキャラつか」

 

 独特な言い回しを使用するMr.ハンディは自身の役割を終えたので、ふわふわとそのボディを揺らしながら帰っていった。最後の最後に聞いてはいけないような独り言を漏らしながら。

 

「さ、品物を運び入れようか」

 

「うん」

 

 ロボットでも苦労はあるのだなとしみじみ感じながら、二人は玄関先に置かれた品物の数々を自宅へと手分けして運び入れていく。

 そして自宅に運び終えると、今度は一階から新たにアンバーの部屋となった二階の客室へと運んでいく。大型の家具などはなくても、そこそこ重量のある物もあり、全てを運び終えるには相応の時間がかかってしまう。

 こうして全ての作業が終了する頃には、空はすっかり夜の闇に覆われてしまっていた。

 

 しかし、廃墟などで過ごした夜とは異なり、コロッサスシティの夜は夜の闇が隅々まで支配しているわけではない。街は眠ることを知らないのか、闇を照らす明かりが消えることはない。

 勿論、ツルギとアンバーの自宅兼事務所も街のシンボルたる軍用宇宙船から街全体に供給される電気のお陰で明かりを灯し、夜でも快適な生活を送れる。

 更にはそれだけではない、素材が素材だけに、出来立ての美味しいと思えば美味しい料理が食べられるのである。缶詰やパウチ等とは異なるまさに五感の全てを使って楽しめる料理が味わえるのだ。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 勿論、料理を作ったのはツルギである。残念ながら、アンバーはまだ料理の腕前はお世辞にも人並み程度とは言い難いので。

 なお、今夜の献立はしなしな野菜たっぷりのポトフに双頭の牛バラモンのステーキ、ぬかたっぷりの米に飲み物。缶詰などと比較して豪勢な献立となっている。

 

「美味しい。……こんな美味しい料理、始めてかも」

 

 ナイフとフォークを使ってバラモンのステーキをほうばるアンバー。その美味しさに、自然と感想が零れだす。

 零れた観想を耳にしたツルギは、作った甲斐があったと言葉を返す。

 

「……、う、ひっく」

 

「え? あ、アンバー?」

 

 すると、突然アンバーの手が止まったかと思えば、予想に反して彼女の目から一粒の涙が零れ始める。

 この突然の出来事に、ツルギはとっさの対応がとれず固まってしまう。

 

「こんなに暖かくて、こんなに楽しい食事、今までしたことなかった。こんな食事が今後も出来るんだって思うと、嬉しくて、だから涙が出ちゃって」

 

「そっか」

 

 俯きながら涙の理由を話していたアンバーであったが、次の瞬間顔を上げツルギの顔を正面に捉えると、何かを決意したかのように話し始めた。

 

「だから、私、頑張る。少しでもツルギの力になれるように、少しでもこの幸せが続くように!」

 

「う、うん、ありがとう。なら俺も、頑張らないと。……さ、冷めないうちに食べよう」

 

 新たなる決意を語ったアンバーとそれを受け止めるツルギ。二人の行く末は、二人の未来にはどんな結末が待っているのだろうか。それは誰にも分からない。

 しかしまだまだ二人の物語は始まったばかり。硝煙と欲望、それに魑魅魍魎をコンクリートミキサーでかき混ぜ、味付けに混沌を添えたこの大地、ウェイストランドの歴史のほんの一節でしかない。

 

 そう、全てはまだ始まりに過ぎない。二人の夜も、そして、その歴史も。




読んでいただき、どうもありがとうございます。

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