あれから数日、二人の目の前に一つの街が広がっていた。その街こそ、まさに二人が目指していた街であった。
ここまでたどり着く道中、小規模なレイダーの集団と撃ち合い、凶暴な野生生物と戦い。更には廃墟で比較的状態の良いアンバー用の衣服や靴等を調達してきた。
「あれが目指してきた街、コロッサスシティさ」
「凄い、ねぇ、あれって宇宙船?」
「そうさ、コロッサスシティは戦争当時に不時着した軍用宇宙船の残骸を利用して街を形成しているんだ。あ、因みに街の名前も、その軍用宇宙船の名前が由来なんだよ」
街に近づきながらツルギは街の簡単な説明をしていく。
ツルギの説明通り、野生生物やレイダー対策と思しき高い鉄や廃材で作られた壁に囲まれた街には、街の壁よりも天高く地表に突き刺さっている宇宙船の船体が見られる。
また、ただ壁を作るだけではなく。巨大な開門式の出入り口や見張り台を設ける事により、人々の往来をより安全に行えるように気配りがなされている。無論、有事に備えての設備も抜かりはない。
「凄い、こんな大きな街、私、初めて」
アンバーがこれまでどんな環境で育ってきたのかは定かではないが、少なくともこれ程までに高い安全性と居住性を兼ね備えた集落で過ごした事がないのは確かなようだ。
外から見てもその巨大さが窺えるが、壁の内側に足を踏み入れると更にその凄さが窺える。宇宙船を中心としてバラック造りが多いとはいえ、かつてこの大地で当たり前に見られた光景がそこには広がっていた。
商店が立ち並び、町の住民が買い物をして、酒場や道の端々で雑談や笑い声が響き渡る。人間社会のあるべき姿が、そこには現在進行形で繰り広げられているのだ。
「コロッサスシティはこの辺りじゃ一番栄えているからね、自然と人や物が集まるんだ」
行き交う人々の間を縫うように進む二人は、街のメインストリートと思われる道を脇にそれ、細いわき道を進んでいく。
そして、わき道を進んだ二人の目の前にバラックの建物が現れた。
「着いたよ、ここが一応コロッサスシティでの俺の自宅兼事務所」
ここに着くまでに見てきた他の住宅と同様、デザイン性など全く持って皆無な直線的なバラック。唯一違う点を挙げるとすれば、扉の上にかけられている『ツルギの何でも屋』と書かれた手作り感満載の看板だろう。
上質な資材など一切使っていないであろう外観から見える申し訳程度の窓に雨風を凌ぐだけの屋根、継ぎ接ぎだらけの壁と、まさに必要最低限の設備しか備えぬ住宅だ。
だが、そんな住宅でも今やウェイストランドでは高嶺の花のような存在だ。特に、コロッサスシティのような安全な社会が形成されている中にあるものならなお更。そして、そんな住宅を持ち家としているのだ、ツルギは。
それだけでも、このツルギと言う何でも屋がどれ程すごい男なのかが窺える。
「さ、どうぞ」
扉を開けレディーファーストの精神で自宅の中へと誘うツルギ、そんなツルギに誘われるがままに扉を潜るアンバー。
アンバーが扉を潜り目にしたのは、外観からは想像も出来ないほど整えられた自宅内部の光景であった。
ツルギの手自らで改装したのか、まず目に飛び込んでくるのは事務所らしく小奇麗なテーブルや椅子等の家具。更に棚には綺麗に並べられた小物類に、壁には絵が飾られている。
また奥に行けば、冷蔵庫に食器棚、更にはキッチンと、充実した調理スペースが広がっている。更にその隣には、コンパクトな水周りが設けられている。
「二階もあるよ」
マットを敷いた階段を使い二階へと上がると、そこには部屋が三つ。まず足を踏み入れたのは客室と思しきベッドや棚等必要最低限の家具が設けられた部屋。次に足を踏み入れたのは、物置なのか数は少ないが大小様々な箱等が置かれた部屋。
そして最後に踏み入れたのは、ツルギ個人の自室だろう。どちらも充実した本棚に洋服棚、それにパソコンが置かれた机にテレビ台に置かれたテレビ。少し大きめのベッドに壁には古風な壁掛け時計がかけられている。
「凄い」
これ程の住宅を見たことがないのだろうアンバーの口から自然と言葉が零れる。と同時に、これ程の自宅に自分も住めるのかと思うと目の輝きが一層増していく。
が、彼女は一つ勘違いをしていた。
「さて、本当は地下室もあるんだけどそれは話を終わった後に」
「え?」
「アンバー、少しいいかな、大事な話なんだ」
先ほどまでと異なり出会ってから見たことがないような真面目な、どこか怖さすら感じるツルギの雰囲気に、アンバーは一瞬固まってしまう。そして、そんな彼の言葉にアンバーは本能的に従うしかないと悟った。
再び一階へとやって来た二人は、対面するようにテーブルへかけるとツルギが申した通りに話を始める。
「ねぇアンバー、アンバーはこれからどうしたい?」
「え、どうしたいって、どういう事?」
「そのままの意味さ。俺はこの街に一緒に来ないかとは言った、けど、街に着いてからの事は何も言ってない」
「あ……」
ツルギの言葉に、アンバーは自身の勘違いに気づく。この数日共に行動していたことで自然とツルギの仲間としての地位が約束されているなどと勝手に思ってはいたが、実際にはコロッサスシティに到着するまでの間の仲でしかない。
コロッサスシティに無事に到着した今、その後の事までツルギが面倒を見る筋合いはない。それはつまりアンバーの今後の人生は自分自身で切り開いていかなければならないと言うことだ。
ただ、それはツルギに出会う前までのアンバーの人生そのものだ。環境が多少変わっただけの。
が、そのちょっとした環境の変化は、アンバー自身にとってはとてつもなく大きなものに感じていた。
「そ、そうだったよね、街まで一緒にって、一緒に暮らそうなんて言ってないよね」
「だから」
「分かった、大丈夫よ! 今までだって一人で生きてきた、これからだって一人で生きていく。だから今までありがと、それじゃ」
同時にツルギの優しさも知っている、だからこそ慰めの言葉を聞けば余計に辛くなると思い、アンバーは急いで立ち上がるとツルギの自宅を出て行こうとする。
が、そんなアンバーを止めるかのように、ツルギがアンバーの腕を掴んだ。
「待って、まだ話は終わってないんだ」
「だから大丈夫だって! 私はこの街でも一人で」
「そうじゃないんだ! 誰もアンバーを追い出すなんて言ってない!」
「ふぇ」
ツルギの腕を振り払おうとするアンバーであったが、ツルギの言葉を聞きその勢いを急速に失わせる。
「アンバー、君さえ良ければ一緒に何でも屋をやらないか? あ、撃ち合いとか危険な業務が嫌なら家事代行とか事務とか、そういった安全な業務をまわす」
予想もしていなかったツルギからの提案に、アンバーは開いた口が塞がらないままの、なんとも間の抜けた表情で聞いている。
「だから、ここにいてくれないか、アンバー」
そして、ツルギが自身の返事を待っていると理解すると、まるで緊張の糸が切れたかのように膝から崩れ落ちた。
「は、はは。なんだ、それならそうと、早く言ってよ」
「え、アンバー?」
「もう、また私、一人で馬鹿みたいに考えすぎて、一人で慌てて。本当、馬鹿だよね」
ツルギに聞こえないように小声で独り言を呟くと、その後、意を決したかのように立ち上がるとアンバーはツルギと正面から向かい合う。
「私、決めた。ツルギ、こんな私だけどこれからもよろしくね」
「それじゃ」
「えぇ、一緒に何でも屋をするわ」
「ありがとう、アンバー!」
ツルギの掴んだままの手が一旦離れ、今度は両手でアンバーの手を取る。
握手を交わす二人、ここに、ツルギの何でも屋に新たに一人の従業員が増えた瞬間であった。
読んでいただき、どうもありがとうございます。