さて、こうして昨夜をお楽しんだツルギが次に目を覚ましたのは、おそらく地平線から太陽が顔を覗かせて間もない頃。日頃からの習慣か、例え夜を少しばかり楽しんだ所で彼が目を覚ます時間帯はそうそう変わる事はないようだ。
彼が不意にもう一つのマットレスへと視線を動かすと、そこには可愛い寝息を立て無防備に、夢の世界を未だ楽しんでいるアンバーの姿があった。
なお、体調の事もあるが想定外の事態が起きないとも限らないため、昨夜の大胆な姿ではなく、既に見慣れた衣服を身に纏っている。
「ふぅ……」
ツルギ自身も一時的とは言えありのままを曝け出していたが、今ではアサルトスーツを着込んでいる。
さて、一足早く目が覚めたツルギは朝食の準備に取り掛かる。と言っても、昨日の夕食と同じく基本は缶詰とパウチではあるが。
しかしそこは工夫次第、つまりは腕の見せ所だ。今日一日を乗り切るのに大事な朝の食事、気分を削がれ喉を通らなくされては困る。
バックパックから新たに取り出した食器を事務所内の机に並べ、そこに缶詰やパウチの中身を盛り付けていく。それだけでも、印象ががらりと変わるものだ。
「よし、完了」
朝食の準備が整うと、ツルギは未だ夢の世界を楽しんでいるアンバーのもとへと近づく。
「アンバー、アンバー。朝だよ」
アンバーの肩に優しく手を置くと、同じく優しくゆすりながらアンバーの意識を現実世界へと呼び起こさせる。
声をかけながら肩を揺らしていると、程なくしてアンバーの意識が夢の世界から現実の世界へと引き戻される。そして、ゆっくりと開けられたその瞳がツルギの顔を捉えた。
「あ、あ。……お、おはよう」
自身を覗き込むかのような姿勢のツルギと目と目が合ったアンバーの顔は、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。どうやら、意識がはっきりしていくと共に昨夜の事を思い出してしまっているようだ。
それを察したのか、それとも目が覚めたからなのか。ツルギは朝食の用意が終わったことを告げると、朝食のある机のほうへと移動してしまう。
「う、うん」
未だ頬を赤らめながらもアンバーは起き上がると、ツルギの後を追うように朝食のある机へと移動する。
机の上に置かれた昨晩と同じ缶詰とパウチとは思えぬ朝食の姿に、アンバーは微かに驚きの声を漏らす。
「いただきます」
「い、いただきます」
そしてそれぞれ椅子に腰掛けると、朝食を食べ始める。が、昨夜と異なり二人で朝食を食べていると言うのに、そこに楽しそうな会話はない。
と言うのも、アンバーはまだ昨夜の出来事が脳裏に残っているのか、ツルギの顔を見るたびに顔を赤らめ会話を楽しめる雰囲気ではない。ツルギの方もアンバーの態度に気を使って声をかけない為、必然的に二人の間に会話が生まれない。
「ご馳走様でした」
「ごちそうさま」
こうして終始会話のない静かな朝食が終わると、ツルギは食器の後片付けをはじめ昨夜仕掛けた防犯装備を回収すべくてきぱきと動き出す。
対して、アンバーはツルギの声かけも相まって特に何かをするでもなく、椅子に腰掛ツルギの用事が終わるのを待っていた。待つ間に顔の赤らめ度合いを更に増しながら。
「終わったよ」
「ぴぃぁぁっ!」
「え?」
しばらくした後ツルギが声をかけると、アンバーはまるで火山が爆発したかのごとくまるで頭から湯気が噴出したかのように、しかし可愛らしい声を挙げると椅子からずり落ちる。
そんなアンバーの姿に一瞬呆気にとられるが、次の瞬間には自然と笑いが漏れ出していた。
「ちょ、ちょっとそんなに笑わないでよ!」
「ごめんごめん。でも、後ろから声をかけただけなのにあんなに驚く思ってなくてさ」
「だ、大体、そんな爽やかな顔してあれがきょ、凶暴なんて、卑怯でしょ」
「え?」
「そ、それに……。あぁ、もう! もういい、早く街を目指すんでしょ、ならさっさと準備して行くわよ!」
照れ隠しのように立ち上がると慌しく出発の準備を始めるアンバー、一方のツルギはそんなアンバーの姿に柔らかい笑みを浮かべつつ、自身も出発の為の準備を始めた。
こうしてお互いに準備が整うと、二人は濃厚な一夜を過ごした事務所を、そして廃工場を後にし。街を目指して歩き始めた。
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