それから、二人はどれくらい歩いただろうか。
廃墟とその先に広がる荒廃した大地との境界線、廃墟の一番外縁部とでも言えばいいか。その一角に在る比較的状態の良い建物の一階部分に二人の姿はあった。
「それじゃ、貴方が私を助けてくれたの」
「ん、まぁね」
有言実行とはまさにこの事か。建物に入り運よく放置されていたまだ使える椅子に腰を下ろしたツルギは、本当に特に何をするでもなく話をし始めた。
そして、同じく椅子に腰を下ろしたアンバーをレイダーの魔の手から救った事を平然と話したのだ。
「でも待って、どうして? どうして助けてくれたの!」
「そりゃ……、今にも殺されそうな人がいれば助けるのは当然でしょ」
実はアンバーはあのレイダー達の仲間で、一芝居して隙を見てその装備品をいただこうとか。そんな可能性を微塵も考えず、何の見返りも求めず人を助ける者がウェイストランドに一体どれ程いるだろうか。
善人はウェイストランドでは真っ先にカモにされ、骨まで貪り尽くされ地獄の炎に焼かれる。無用な関わりは持たず、或いは見返りを求めて常に動く。そうでなければ、ウェイストランドでは生きてはいけない。
にも関わらず、ツルギと言う男は善意で行動した。
「ねぇ、本当に殺されかけてたから助けただけなの! 本当は私の体目当てとかじゃないの!」
「いや、本当に善意だけで……」
それなりにウェイストランドで人生を送っているアンバーは、ツルギの言葉に嘘偽りはないだろうと感じていた。そもそも、もし本当に少しでも下心があるのならば、今すぐにでも彼は自身を襲っている筈だからだ。
「呆れた……。まだそんな馬鹿な信条を持った人がいたなんて」
「おいおい、馬鹿だなんて」
「でもそうでしょ、ここ(ウェイストランド)じゃ少しでも隙を見せれば生きてはいけないのよ。それを自ら、死ぬようなものでしょ」
「でも君は俺を殺そうとは思わないだろ? あ、もし俺の装備をかっさらおうと考えてるなら、残念だけど縄で縛らせてもらうけど」
アンバーはツルギの言葉が何処まで本気なのか分からなくなっていた。
恐らくレイダーを難なく片付けた事から、彼自身相当の腕は持ち合わせていると思われる。であるならば、体格差も考慮して彼から文字通り装備を奪う事は不可能に近いだろう。女性特有の色仕掛けと言う名の武器を使えば、チャンスはあるかも知れないが。
「一応命の恩人だし、そんな事はしないわ」
「なら、よかった」
その後も終始、ツルギの言葉にアンバーが振り回されるような形で会話が進み。お互いに少しだけ互いを知る事が出来た頃、ツルギがアンバーにある提案を持ちかけた。
「そうだ、もしよかったら。一緒に街まで来ないか?」
突然のこの提案に、アンバーは思いがけず言葉を詰まらせた。
善意で命を助けてくれたのみならず、共に街まで行かないかとの誘い。それも、何の見返りらしいものも要求せずにだ。
彼の心からの善意に乗れば、この地獄から、少なくとも今後は少しは人らしい生活を送れるかもしれない。そんな思いがアンバーの心の中に芽生えていた。
しかし、そんな甘い言葉を持ちかけ自らの欲望を満たすだけ満たし、用が無くなれば捨て去る。そんな人の皮を被った悪魔たちをその目で見てきた事もあり、心の何処かでは疑念の念が湧かない訳ではなかった。
だが、それでも彼女の心の中は彼ならば、そんな気持ちが芽生え膨らみ続けていた。
「……いいの?」
「え?」
「私なんかで、いいの」
最後の判断材料とばかりに、アンバーは再び尋ねる。ただ、彼女としては殆ど気持ちは決まっており、最後にツルギの口から自身の踏ん切りをつけたい言葉が出てくるのを待っていたのだ。
「いいよ。これも何かの縁、かも知れないしね。それに、やっぱり一人より二人の方が旅は楽しいしね」
ツルギの口から出た言葉で踏ん切りをつけたアンバーは、彼に共に街に行く事を了承する旨を伝えると徐に手を差し出した。
どれ程の期間か分からないが、共に旅するのだ。その挨拶を改めてと言う意味を込めて手を差し出したのだ。
「よろしくね、アンバー」
「こちらこそ」
差し出された手に応えるようにツルギも手を差し出すと、軽い握手を交える。
こうして二人で街へと向かう事が決まると、ツルギは何かを思い出したかのように不意に背負っていたバックパックを降ろすと、何かを取り出すかのようにバックパックを開けるや手を入れた。
そして、バックパックから黒光りする物を取り出すと、その取り出した物をアンバーに差し出した。
「服や靴はないんだけど、これ位はと思って」
旅をするに適していると言い難い恰好であるアンバー。しかも当然ながらツルギは替えの衣服や靴などを持っていない。
だが、衣服や靴よりもウェイストランドで旅をするのに欠かせないある物については持ち合わせがあった。
それは、片手で使用可能な携帯を目的として開発された小型銃器の総称、『拳銃』と呼ばれるものであった。
そして、細かく言えば拳銃と呼ばれるものの中でも手動によらず、弾丸発砲時のエネルギーを利用し排莢と次弾装填を行う拳銃。即ち『自動拳銃』である。
「使い方、分かる? もし分からないなら教えるけど?」
差し出された拳銃を受け取ったアンバーは、受け取った拳銃をまじまじと見つめていた。
その様子から、彼女は拳銃というものを始めて手にしたのではと思ったツルギは、すかさず声を掛ける。
しかし、どうやらその考えは間違いであったようだ。
「大丈夫、これなら以前使った事があるから」
どうやら彼女が拳銃をまじまじと見つめていたのは、懐かしさからであったようだ。
慣れた手つきで拳銃を構えてみせると、先ほどの発言が嘘ではないでしょと言わんばかりにツルギに視線を送る。
「はは、本当みたいだね。なら、予備のマガジンも」
彼女の言葉に嘘偽りなしと分かるや、ツルギはバックパックから手渡した拳銃の予備のマガジンも手渡すと、必要な提供は終えたとバックパックを閉じるや再び背負った。
「目指す街はここから歩いて数日程度はかかるんだ。極力避けるつもりではあるけど、野宿する可能性もなくはないけど……」
「大丈夫よ。伊達にここ(ウェイストランド)で生きて来た訳じゃないわ」
「なら、早速行こうか。あのレイダー達の仲間が探しに来ないとも限らないしね」
腰を上げ椅子から立ち上がると、ツルギは目的の街を目指すべく建物を後にする。アンバーも彼の後ろに付いて行くように建物を後にする。
廃墟を後に二人が荒廃した大地に足を踏み入れ幾分経過しただろうか。既に周囲には人工物の影は見えず、視界の中に広がるのは水平線の向こうまで続く荒廃した大地のみ。
青い空に浮かぶ太陽から降り注ぐ光が、荒廃した大地に二人の影を作り出させる。
「そうだ、疲れた時は遠慮なく言ってね。休憩時間は作るから」
「え、えぇ。分かったわ」
楽しげに会話して、と言う事はなく。時折声を掛けながら黙々と歩き続ける二人。道を知っているであろうツルギが先導し、アンバーがその後に続く。
ツルギの背を追いかけながら、アンバーは不意に考えを巡らせる。どうして彼は会って間もない自分に背を向けていられるのだろうかと。
背後から撃たれる心配はしていないのか、視界内に置いておかなくてよいのだろうか。
様々な考えを脳内で巡らせ、そして辿り着いたのは、この考え自体が愚かだと言う事であった。
背後から撃たれる心配をしていたのなら、最初から拳銃など渡す筈がない。それも予備のマガジンも共に。
信頼の証、拳銃を渡した時点でそれは成立していた。ならば、その証を自ら壊してしまうような考えは愚かなことでしかない。
ウェイストランドの大地にはレイダー以上に凶暴で厄介な生物が多数生息している。そんな大地で生き残るには、協力が必要だ。仲間割れなど、自ら破滅に追い込むだけの愚かな行為でしかない。
「……馬鹿ね、私」
「ん? どうかした。休憩?」
「い、いえ。何でもないわ」
不意に漏れてしまった声を慌てて誤魔化し、アンバーは愚かな考えを払いのけた。
そして、周囲に気を配りつつツルギの背を追いかけ続けた。
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