トイレの前に出来上がった二つの死体をトイレの個室内に収納し終えたツルギは、再び階段を上ろうとして上から足音が聞えてくる事に気がつく。
そこで再び階段の隅に身を潜め様子を窺っていると、大慌てで階段を駆け下りてくる、先ほどの二人の仲間であろう男性の姿を捉える。
一瞬、先ほどの二人を探しに来た者かと身構えたが、男性はトイレの前の血痕等気にする素振りもなく。大慌てで管制塔の出入り口の方へと行ってしまった。
やり過ごせた。と思った刹那。また階段を下ってくる複数の足音を捉える。
「くそ、あいつがボスに下手な説明なんてするから、俺達までとばっちりを食らう羽目になった!」
「おい、そういやドリースとルーロフの奴らは何処行ったんだ?」
「確かトイレに行くとか言ってたが」
「トイレだぁ!? けっ! どうせトイレとぬかして我慢できなくなって死体とでもやってんじゃねぇのか」
「見つけたらあの二人にも存分に手伝ってもらわねぇとな!」
先ほど大慌てで通り過ぎて行った男性の仲間であろう者達は、各々言葉を漏らしながら、やはりトイレの前の血痕等気にする素振りもなく。同じように管制塔の出入り口の方へと姿を消す。
こうして無事にやり過ごせたツルギだったが、彼の中にはある疑念が生まれていた。それは、自身の潜入に気づかれたのではないかと言うものだ。
ただ、先ほどの者達の様子からして確信を得ている訳ではない様だが、それでも、侵入者がいると騒ぎ立てられるのは時間の問題だろう。
ならば、効果的な支援が行える今の内に支援の要請をしなければならない。
そう感じたツルギは、急ぎ借りていた無線機でポクと連絡を取ると、支援を行うように指示する。
「りょうかいで~す! 派手なショータイムの始まりよー!」
無線機越しにポクの了承する声が聞こえ、一瞬気が抜けるツルギではあったが、無線機を切り再び気を引き締めると、ガバメントを構えながら三度目の正直で階段を上る。
先ほどやり過ごした者達の素振りから見て、特にブービートラップの類は警戒しないでいいだろうと判断したツルギは、一気に二階へと駆け上がる。
と、階段を駆け上がった所で、爆発音が聞えてくる。しかし音の大きさからして、ツルギは自身が仕掛けたブービートラップが作動したのだと認識する。
その刹那、今度は先ほどのものとは異なる、大きく、それでいて連続的な爆発音が聞えてくる。加えて、爆発の影響で管制塔にも微かな揺れが伝わる。
この爆発こそ、支援のミサイル攻撃であるとツルギは認識する。
「ったく、何だ」
と、この爆発音につられて、二階の部屋から一人、廊下に姿を現す。
ツルギはその人物がまだ自身の存在に気付いていない内に始末すべく、ガバメントの銃口を相手の頭部に向け、そして、トリガーを引いた。
「っお!」
金属がぶつかる音と共に、撃たれた人物は一瞬ふらつくも。倒れる事無く持ちこたえると、まるで撃たれたことなどなかったかのように、銃弾が飛来した方向を見据える。
「おいおい、眠気覚ましに一発お見舞いしてくれたのはお前さんか?」
溶接マスクにより致命傷が防がれるという悪運に恵まれたその者は、誰であろうスライス・ザ・リッパーその人であった。
彼は銃口を向けられていると言うのに、まるでツルギとお喋りを楽しむように声をかける。
「なら、どうだと言うんですか?」
「いや、お陰でバッチリ目が覚めたぜ。……所で、さっきの爆発音、あれもお前さんの仕業か?」
「だとしたら、どうします? 肉屋のリッパーさん」
「ほぅ、俺様の名を知ってるのか、ふむ。……そうだな、どうするか、よし、そうだな」
爆発音が鳴り止み、一瞬の静寂が再び訪れた。かと思われたが、今度は断続的な銃声が二人の耳に入ってくる。
「とりあえずは、お前さんを切り刻んでから考える!!」
刹那、スライス・ザ・リッパーは腰にぶら下げた肉切り包丁を手に取り構えると、ツルギ目掛けて突進する。
それに対処するように、ツルギは再びガバメントのトリガーを引いた。
再び微かな銃声と共に放たれた45口径の大口径弾は、有効射程内であるため大幅に軌道変更する事無くスライス・ザ・リッパー目掛けて飛来する。
が、そんな飛来する45口径の大口径弾を避ける素振りもなく、スライス・ザ・リッパーは空いている片腕で頭部を守りながら、突進を続ける。
三発もの45口径の大口径弾を腕に受けながらも進む事を止めない相手の姿に、ツルギは一瞬判断が鈍った。
その一瞬の隙を、スライス・ザ・リッパーは見逃さなかった。
一気にスピードを上げると、まるで子供のように見えるツルギのその体を、巨体に内包するそのパワーで吹き飛ばす。
「うぐっ!」
吹き飛ばされたツルギは、廊下の行き止まりの壁にその身を打ち付ける。
痛みが全身を駆け巡り、手にしていたガバメントを手放してしまう。
「は! そんな豆鉄砲で、俺様を止められるとでも思ったのか?」
打ち付けられた痛みで伏しているツルギを他所に、スライス・ザ・リッパーはゆっくりとツルギのもとへと近づいてく。
片腕からは自身の血が滴っているが、そんな事など気にする素振りもなく、ゆっくりと近づいてく。
「所で、お前さん誰の差し金だ? ん? フィッチか? タロンか? それとも、N.E.R.か?」
「くっ!」
「まぁ、誰だっていいか。お前さんを切り刻んで荷物を調べれば分かることだ……」
やがてツルギの前にやって来たスライス・ザ・リッパーは、手にした肉切り包丁を高らかに振り上げた。
「さぁ、お前さんは一体、どんな肉質をしてるんだろうな!」
痛みで力が入らず、もはや避ける事もかなわぬとツルギの頭の中で死が過ぎる。
そして、約束を守れなかった事を、小さく謝った。
「っしゃぁぁっ! ……あ!」
高らかに振り上げられた肉切り包丁が勢いよく振り下ろされようとした、刹那。
何かが飛来する音に続いて、スライス・ザ・リッパーの横の壁が、勢いよく爆発した。
「ぬぉぉぉっ!」
飛び散るコンクリートブロックと共に襲い掛かる爆発エネルギーには、流石のスライス・ザ・リッパーも耐え切ることは出来ない。
その勢いに飲まれ、彼は二階の廊下から丁度真横にあった階段の踊り場まで吹き飛ばされる。
「くそ! 何だ!!」
先ほどまで自身が立っていた真横の壁に空いた大穴を見つめながら、スライス・ザ・リッパーは吼えた。
が、そんな大穴に気を取られていた彼の視界の端に、再び起き上がり銃口を向けるツルギの姿を捉える。
「ちっ!」
どうやら先ほどの爆発に運よく巻き込まれずに済んだのか、吹き飛ばされた痛みから何とか解放されたツルギは、再びスライス・ザ・リッパーと対峙する。
だが、どうやらツルギにその気があってもスライス・ザ・リッパーにはその気はないらしく。
再び放たれた45口径の大口径弾を避けると、そのまま階段を下っていく。
「待て!」
逃亡を図ったスライス・ザ・リッパーを追おうと、ツルギも階段を下ろうとするも、どうやらまだ追いかけられるほど体は回復しきっていないようだ。
膝を付くと、追跡を諦めざるを得なかった。
「くそ、何だ、何だってんだ!!」
一方、ツルギとの戦闘を諦め逃走を測ったスライス・ザ・リッパーは、管制塔の外へと出ていた。
管制塔の出入り口付近では、ツルギの仕掛けたブービートラップにかかった部下達の無残な姿を目にし。そしてウェルキッドの中心部付近では、たかれた火を目印に、丘の上から放たれたポクのミサイル攻撃の餌食となった部下達の姿を目にする事になる。
ミサイル攻撃でちょっとしたクレーターが出来、バラックが吹き飛ばされ火の手が上がる中、スライス・ザ・リッパーは生き残りの部下を探した。
「おい誰か! 誰かいねぇのか!!」
戦闘の興奮と冷静に行動しなければとの、本能と理性とのせめぎ合いの中で、スライス・ザ・リッパーはやや理性的に行動していた。
「あ、ボス! ご無事で!!」
やがて、ウェルキッドの入り口付近で、丘の上目掛けて各々発砲する部下達の姿を捉える。
彼らに近づくと、部下達もスライス・ザ・リッパーに気がついたのか、数人が近寄ってくる。
「それより状況は!? 敵は何人だ!!」
「暗くてよく分かりませんが、戦闘ロボットが一台に人間が一人、だと思います」
声を荒げるスライス・ザ・リッパーの気迫に脅えつつも、部下は把握している敵の情報を彼に伝える。
暗視装置などを持たない彼らでは、やはり夜間の戦闘である為、どうしても情報は不正確な部分が多い。
「多分あの丘の上から移動してないと思います。どうします、ボス? まだこっちには十人ほどいます、回り込んで襲いますか?」
「いや、それよりも逃げるぞ!」
「えぇ! ですが」
「ですがもくそもねぇ! 奴らが囮の可能性だってある。それに、あっちの火力はこちらの倍以上かも知れねぇんだぞ!」
ブービートラップにミサイル攻撃、完全に奇襲を許す形となった自分達がここから更に戦えばどうなるか、スライス・ザ・リッパーは冷静に分析していた。
故に、ここは逃げの選択を選ぶことを決める。
「兎も角逃げるぞ!! 従わねぇ奴は切り刻む!!」
溶接マスクの下の顔が苦虫を噛み潰したかのような表情に変わる中、手にした肉切り包丁をちらつかせると、部下達は素直に彼の言葉に従った。
小さく戦利品を惜しむ声もあったが、それでもスライス・ザ・リッパーと生き残った部下達は、ウェルキッドを後に、一路南へ向かい夜の闇の中にその姿を消した。
彼らが去り、丘の上からアンバーとポクが潜入したツルギの身を案じてウェルキッドに突入し、そして、管制塔内でツルギの生存を確認した頃。
夜明けが、少しずつ地平線の向こうから現れようとしていた。
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