それは偶然か、それとも必然か。
部下の者達が同じ部屋の中で戦前の下世話な雑誌に載せられている内容で盛り上がる中、彼は、一人ソファーで仮眠を取っていた。
だが、不意に音が聞こえた。そんな気がして、彼は閉じていた瞳を開き、そしてゆっくりと上半身を起こした。
「ボス? どうかしたんで?」
部下の一人が、不意に起きた上司に対して声をかける。
そんな声を他所に、彼は脇に置いてあった溶接マスクを頭に被る。
そして、寝起きのストレッチを終えると、彼はソファーから起き上がった。
栄養が偏り、健康的な発育が難しいと言えるウェイストランドの住人にあって、彼は、その身長が二メートルに届こうかと言うほど高かった。
それだけでなく、その腕も足も、十分なほどの脂肪と筋肉を蓄え。特にお腹周りは十分過ぎるほど蓄えていた。
そんな体格に加え、綺麗に刈られたスキンヘッドと溶接マスクの下の凶悪な人相も相まって。彼は、武装集団の長として相応しいほどの見た目を有していた。
また拘りなのか、防護具の上からかけた汚れたエプロンと腰にぶら下げた肉切り包丁が、更にその凶悪さを引き立てている。
「おい……」
そんな凶悪な見た目にピッタリな野太い声で部下に声をかけると、彼は部下の一人に歩み寄る。
「な、なんです?」
その巨体がゆっくりと近づく様は、例え部下であっても威圧感と恐怖心を覚えずにはいられない。
故に、自然と少々腰が引けてしまう。
「お前ら、今銃声がしなかったか」
「へ?」
「だから、銃声が聞こえなかったかって言ってるんだ!」
部下の間の抜けた返事に、彼は寝起きだからか少々気分を斜めにしつつも、部下に質問していく。
「い、いえ! 銃声は聞こえなかったかと」
「……、なら警備の状況はどうなってる?」
「へ? 状況、ですか?」
「そうだ、どうなってる?」
「あ、安心してください! 集落の出入り口に人を配置してます! これでどんな奴もこの集落のな……」
と言いかけていた部下の顔に、上司の巨体に似合う巨大な手が勢いよく迫った。
刹那、部下は吹き飛び部屋の隅に置かれていた照明器具に背中をぶつける。
「それだけか? それだけしか警備の奴を配置してねぇのか?」
「っっちっう、ぼ、ボス! 待ってください! 一応集落の中を巡回する奴を一人と、この建物の出入り口にも一人、警備を置いて……」
「それだけなのか!?」
「へ、へい! と言いますか、この集落はフェンスで囲まれてます! 出入り口に人を置いときゃ、誰も入ることは……」
背中をぶつけた痛みなど気にせず、部下は上司に説明を続ける。
今にも泣き出しそうな声で説明を続ける部下の姿に、上司である彼は溶接マスクの下で小さなため息を吐いた。
思い返せば、部下に警備を丸投げした自分自身も悪いのではないか、そう思ったからだ。
だが、かと言ってそれを口に出したりはしない。
また、同じ考えに部下達を行き着かせない為にも、彼は声を挙げた。
「馬鹿野郎! フェンスに囲われてるから安心だなんて思うな! 入って来るやつはフェンスなんて問題にはしねぇ!!」
「で、ですが……」
「兎に角! さっき銃声が聞こえた、さっさと確かめて来い!!」
「へ、だ、誰がですか?」
「てめぇに決まってるだろうが!! さっさといかねぇとてめぇも切り刻むぞ!!」
「は、はいぃぃっ!!」
部下の男は彼が腰にぶら下げた肉切り包丁に手をかけようかとした瞬間、大慌てで部屋を出て行く。
だが、それで彼の矛先が納まった訳ではなかった。
起きてから先ほどまでの二人のやり取りを黙って見ていた他の部下に、今度は矛先が向けられる。
「てめぇら! てめぇらも何ボーっとしてんだ!! てめぇらもさっさと行くんだよ!!」
「は、はい!!」
今度は自分達にその矛先が向けられ、部下達は我先にと部屋を後にする。
こうして、先ほどまで賑やかであった部屋の中は、一気に静寂が支配するに至る。
「はぁ……」
そして、そんな部屋の中には、彼の、スライス・ザ・リッパーと言う名を持つ巨漢の男のため息の音しか聞こえなかった。
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