それから時間が経過し、夜が深まりウェルキッドを襲った集団が死体も気にせず夕食を食べ、満腹感に次いで眠気が襲い掛かってきた頃。
ツルギの姿は、一人ウェルキッドの入り口とは反対方向のフェンスの傍にいた。
アンバーもポクもその姿は見えず、またツルギ自身も、闇夜の中でも行動し易いようにその頭部には暗視装置を装着している。
この別行動こそ、ツルギが考えた作戦行動の一部であった。
アンバーとポクはあの丘の上で待機している。二人、と言うより一人と一台は闇夜に紛れて突入するツルギの支援として待機しているのだ。
さて、ではウェルキッドに突入するツルギの様子に話を戻そう。
「……よし」
ウェルキッドを取り囲む、外敵からの脅威を守るフェンス。ツルギはその一部を、バックパックに入れていた工具を使い切断していく。
暗視装置により狭まった視界の中、慣れた手つきで工具を使い切断してゆき。程なくして、人一人分が通れる程度フェンスを切断する事に成功する。
こうしてフェンスを切断し終えたツルギは、工具を戻すと、切断した部分を通ってウェルキッドの内部へと潜入する。
夜の闇に包まれ、未だに死体が焼かれる火がウェルキッドの中心部を照らし続ける中、ツルギはバラックの間を縫うように移動する。
「ここが片付いたら次は何処だ? 南か? 北か? それとも東か?」
「東だ! サーンタって集落に屯するレイダー達を狩りに行く」
「ヒュー! 久々のレイダー狩りか! ワクワクするねぇ」
相変わらず火の近くで談笑している武装集団は、勝利の宴か或いは仕事終わりの一杯か。兎に角コップを片手にお喋りに夢中になっている。
そんな彼らに気付かれぬよう、ツルギはバラックの影から影へと物音を立てぬように移動していく。
「ったくよ、何で俺が巡回なんかよ」
と、そんなツルギの前に、松明を持った武装集団の内の一人が何やら文句を垂れながら現れる。
咄嗟に彼から見えない位置に隠れると、ナイフホルスターからナイフを抜き取り構える。
「糞がよ。これじゃ折角飲んだ酒の後味が不味くなる」
文句を垂れ流しながら、歩哨の役目を与えられた者は歩哨を行っていく。
と言っても、かなり適当な様で、ツルギの存在に気がつく事もなく歩いていく。が、進む先はツルギの進行方向。
「ねぇ、大将」
「あ? んだ……」
となれば取る手段は一つ。音もなく背後に近づくと、声をかけ振り向いた瞬間その首筋目掛けてツルギは構えたナイフを振るった。
歩哨の男は最後まで言葉を言う事無く、松明の明かりに一瞬自身の鮮血を映し出すと、そのまま地面に伏してしまう。
障害は排除された。新たな骸が誕生した場所はバラックの裏手なので、中心部に屯する者達からは死角になって見えないだろう。
だが、時間がたてば歩哨が戻って来ない事を不審に思う者が出てくる。あまり時間をかけてはいられない。
ツルギはナイフに付着した血を振り払うと、再び歩き出した。しかし今度は、やや速度を上げながら。
その後、特に歩哨と遭遇する事無く、ツルギはウェルキッドで一番高い建物である管制塔の脇に辿り着いた。
ツルギの読みでは、中心部の火の近くに屯する者達の中に襲撃集団のリーダー格はいない。いるとすれば、旗が掲げられているこの管制塔だろう。そう読んでいた。
バラックの建物と異なり、戦前から残るこの管制塔は防衛する側にとっては強固な砦となる。
そして、そんなツルギの読みは当たった。管制塔の出入り口には警備の者が佇み、その手にはパイプピストルが握られている。
とは言え、警備の人数はその一人だけで。その警備担当の者も、何処かだるそうな表情を見せ、とても職務に熱心とは言いづらい。
幸いな事に、中心部から管制塔の出入り口へはバラックが障害となって見えない為、音を出さなければ排除しても問題は少ない。
「んぁ」
暢気にあくびをしていた警備の顔が、暗視装置越しにその表情を強張らせる。
ツルギの手にしたナイフが彼の喉元を貫いたからだ。
こうして警備を排除したツルギだったが、そのまま管制塔の中へと潜入する事はない。その前に、備えを行う。
管制塔への出入り口はこの一箇所のみなので、相手の突入を遅らせる為のブービートラップを仕掛けていく。その仕掛けは簡単、先ほど死んだ警備の死体の下に起動した地雷を置いておくと言うものだ。
バックパックから対人地雷を取り出し起動させると、その上に先ほど始末した警備の死体を置く。
こうすれば、他の仲間が死体の確認の為に動かした瞬間、周囲は炸裂した対人地雷の餌食と化す。
加えて、更にその先にもブービートラップが仕掛けられているのではないかと躊躇させ、突入を躊躇う可能性も出てくる。
こうしてブービートラップを仕掛け終えたツルギは、いよいよ管制塔の中へと足を踏み入れる。
立て付けの悪くなった扉を潜り中に入ると、建物同様戦前から残る棚や壊れて使えなくなった機材などが並ぶ。加えて、武装集団が持ち込んだのか、既に照明が使えなくなって久しい管制塔に灯りを得る為、照明器具が配置されている。
灯りがあるなら暗視装置は不要なのでバックパックへと戻すと、続いて、流石にここから先は見つかる確立が高くなると踏んで、ホルスターから拳銃を抜く。
手にしたのは10mmピストルでもパイプピストルでもない、『ガバメント』と呼ばれる11.4mm、45口径の大口径弾を使用する拳銃である。
また、流石にそのままでは発砲した際に音で武装集団を集めかねないので、45口径の大口径弾と相性がよいサプレッサーを取り出し装着する。
それらの準備が整うと、ツルギはいよいよ管制塔の奥へと、身を低く、そしてゆっくりとした足取りで進んでいく。
出入り口に隣接する、戦前は受付や事務作業を行っていたであろう部屋を、ブービートラップを警戒しながら進み。
やがて、二階へと昇る為のエレベーターと階段の前へとやって来る。だが、エレベーターは既に壊れて久しいのか、扉が半分開いたままだ。実質、階段しか選択肢は残されていない。
そんな階段に足をかけ、二階へと上ろうとした矢先。二階から二つの足音が聞こえてくる。
その足音は紛れもなく階段を下り、同時に話し声も聞こえる事から、二人が下りて来ている事になる。
「ったくよ、何でそんな歳して一人でトイレに行けねぇんだよ」
「っるせぇ! いいだろうが!」
何やら幼稚な会話を繰り広げながら下りて来る二人に気付かれぬように、ツルギは咄嗟に階段の隅へ身を潜める。
やがて階段を下りた二人は、ツルギの存在に気付くこともなく、近くにあったトイレへと向かって行った。
こうしてやり過ごせたかと思われたが、トイレに入ったのは一人だけで、あとの一人はトイレの出入り口で待っている。
これでは階段を上ろうにも、上ろうとした瞬間に見つかってしまう。
そこでツルギは、相棒のトイレが終わるのを待つ彼を始末することを決意する。
サプレッサー付きのガバメントであれば階段の隅から狙えない事もない。が、幾らサプレッサーを付けていると言っても完全に音を消す事は出来ないので、トイレの中の者に音が聞こえる可能性もある。
そこで、ツルギはナイフで始末する事に決めた。
「まったくよ、一体何歳児だって言うんだよ……」
付き合わされた愚痴を零しながら、しかしちゃんと相棒を待つ彼が視線を別のほうへと向けた瞬間、ツルギは階段の隅から一気に彼目掛けて駆けた。
「っな!」
自身に向かってくるツルギの姿に、反射的に敵だと認識した彼は、手にした密造短機関銃の銃口を向けようとした。
が、彼はそのトリガーを引く寸での所で、ツルギのナイフによって絶命を遂げる。
こうして障害を一つ排除したツルギであったが、安心したのも束の間。トイレから先ほど排除した者の相棒が現れたのだ。
「いや~、悪い悪い、おまた……」
「っ!」
トイレの直後だった為、パイプピストルは腰のホルスターにぶら下げたままであった。その為、咄嗟に撃とうとするも焦りからなかなかパイプピストルをホルスターから抜けないでいた。
一方のツルギも、咄嗟にナイフで、と思ったが。ナイフはまだもたつく彼の相棒に刺したままであった。
その為、瞬時に頭を切り替え、ツルギはもう一方の手にしていたガバメントの銃口を、もたつく相手に向ける。
刹那、微かな銃声がその場に木霊した。
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