ポクによる時に一方的に、時にツルギやアンバーが相槌を入れて会話が成立しているかのようなやり取りを行いつつ、一行はその後特にトラブルにも戦闘にも巻き込まれる事なく順調な移動を続けた。
そして遂に、大地が暁に染まる頃、一行はウェルキッドを見渡せる丘の上に到着していた。
未だに立ち上る黒煙の原因究明、ウェルキッド全体を見渡せるこの位置から双眼鏡を使い探ろうと言うのである。何が原因かわからない以上、迂闊に近づきすぎるのは良くないとの判断からだ。
因みに、ポクはカメラのズーム機能のようなものが備わっていそうなものだが、何故か貸してもらった双眼鏡を器用に使っている。ただ、モニターに双眼鏡を密着させるその姿は、シュール以外の何者でもない。
双眼鏡を使い覗き見たウェルキッドの姿は、少し異様であった。
先ず始めに覗き見たのはウェルキッドの玄関口たる入り口、そこには四人ほどの武装した者達が屯していた。また、夜に備えての灯りか、廃材か或いは価値のない戦前の本か、それらを燃料にして火をたいている。
「何だ、あれ……」
そこまでなら、他の集落でも見られる光景であった。集落の自警団が夜の外敵に備えている光景だ。
だが、今ウェルキッドで見られるその光景の中には、一点だけ他とは明らかに異なる部分が存在していた。そして、その存在を確認したツルギは、思わず言葉を漏らす。
それは、入り口の脇を固めるフェンスに存在していた。
頭が一つに胴体一つ、腕が二本に足が二本。それは紛れもなく、人間の体であった。それも、大事な部分を一切隠す事無く、いや隠せる物を何も着せられぬまま、まるで見世物のようにフェンスに吊るして晒されている。
おそらく既に事切れているのであろう。その証拠に、胸元に痛々しい十時の切り傷を付けられていても、全く痛がる素振りを見せないのだから。
しかも、吊るされているのはその一人だけではなかった。男女問わず十人ほどがフェンスに吊るされている。
幾ら戦前の常識と言うものが失われて久しいウェイストランドにおいても、同じような光景を頻繁に見るということはない。
「うぐぐ、何だかぼくちん、吐きそうです」
そして、そんな光景はロボットのポクにとっても衝撃的なのか、ロボットにあるまじき台詞を漏らしてその感情を表現している。
そんなポクを他所に、ツルギは考えを巡らせていた。
何に対してか、それはあの吊るされた死体の数々と、それを目の前にして談笑する武装した四人の関係性についてだ。
あの様な酷い死体を前にして笑っていられるなど、もはや正気の沙汰ではない。だが武装した四人はまるで死体など気にする素振りもなく、それが当たり前の如く振舞っている。
であれば、少なくとも彼らはウェルキッドの自警団でないのは確かだ。守るべき者達の骸を前にあのように振舞えるなど到底有り得ない。
ならば、次に考えられる関係性は一つ。略奪した側とされた側だ。前者は武装した四人、そして後者は吊るされた死体達である。
こうして関係性についての考えは纏まったが、まだ疑問は尽きない。それは、武装した四人が何者なのかと言うことである。
あのような酷い略奪の仕方、真っ先に思いつくのはレイダーであろう。レイダーは時に自分達が略奪した証として様々な形で死体を晒し、自分たちの行為を示すことがある。
だが、彼らの身なりはレイダーのものとは異なり、何処か小奇麗で生態ピラミッドの底辺にいる者達とは思えない。
であれば侵略行為を行う他の勢力の人間であると考えられる。少なくとも、スーパーミュータントやデスクロー等といった人ならざる者の仲間でない事は確かだ。
しかし、であれば一体何処の勢力の人間なのだろうか。考えを纏めるにしても、今の段階では情報が少なすぎる。
そこでツルギは、更にウェルキッドの中心部へと目を向けた。
かつては滑走路として使用されていた場所に建てられた数々のバラック。その中心部に意図的に開けられた空間、おそらく憩いの広場として設けられていたのだろう。
そこには現在、先ほどの入り口とは比較にならないほど大きな火がたかれていた。おそらく、そこから発生している黒煙こそ、プロジェクターからも確認されたものだろう。
だが、それは夜の明かりに備えての火とは到底思えないものであった。
燃料となっていたのは、先ほどの入り口のものとは異なる、人の死体であったのだから。
「酷い……」
おそらく火力を維持する為に廃材等他の燃料も燃やしていると思われるが、それでもそれらが見えなくなるほど、火の中には数多くの骸が放り込まれていた。
その周囲には、先ほどの四人と同様に、各々武装した小奇麗な装いの者達が談笑したりしている。
その脇には、順番待ちか積まれた死体が置かれていた。
ウェルキッドの人口は聞いた限りでは七十人ほどであったが、入り口に吊るされた数と火にくべられた数、それに順番待ちの死体の数を合計すると、大まかに数えても半数近くは既に息絶えている事になる。
一体何処の誰がここまで惨たらしい事を行ったのか。
その情報を少しでも見つけようとウェルキッド内を隅々まで見渡していたツルギの目に、管制塔の出入り口にとある旗が掲げられている事に気がつく。
それは赤を背景に白い髑髏を中心に交差する肉切り包丁が描かれたもの。
その紋章が何を意味するのか、ツルギは既に理解していた。そして、同時にこの惨劇を作り出した犯人も特定するに至った。
「『肉屋』か……」
ツルギはそう呟くと、探るのを止め、一旦アンバーとポクと共に丘の影に身を潜める。
惨劇を目にし言葉が出ないアンバーと、気を紛らわすためかそれとも単に黙ってられないのか、小さく呟き続けるポクを前に、ツルギは今後の行動を説明し始める。
「本来なら、ここで至高のロード・ミロンさんに無線機で連絡を入れるのがいいんだろうけど。でも、俺はその前にやらなくちゃならない事がある」
「え? ちょっと待って!?」
いつもとは異なるツルギ様子に何かを感じ取ったのか、アンバーはその後続く言葉を予期して止めに入る。
が、ツルギはそんなアンバーにふといつもの優しい笑みを見せると、優しくアンバーの制止を振り切る。
「大丈夫、死にい行く訳じゃないから。ただ……、彼らには犯した罪の清算をしてもらわなくちゃならないと思うんだ」
「それは、別にツルギがする事じゃないでしょ! タロンの人々にだって……」
「確かにそうかもしれないけど。でも、もう決めたんだ」
ツルギの意思は変わらない。アンバーはそう悟ったのか、静かに説得を諦めた。
「なら約束して! 死なないって!」
「うん、約束するよ」
そして、代わりにツルギと約束を交わす。
「あの……、ぼくちんも約束したほうがいいのかな?」
「ポクは大丈夫だよ。あ、でも、その代わりポクには少し手伝って欲しいんだ」
「ん? なになに?」
「その前に、ポクの積んでいるミサイルの数を数えさせてもらってもいいかな」
その後、ツルギはポクの搭載しているミサイルの残弾を確認すると、いよいよ今後の具体的な作戦行動を説明し始めた。
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