第十五話
ウェルキッドはプロジェクターから南へ一日ほど歩いた距離にある集落である。
戦前は乾いた大地にぽつんと佇む小さな空港が存在し運用されていたようだが、現在では当然ながら空港として使用などされておらず。戦後も奇跡的に残ったフェンスを活用して、このウェイストランドの厳しい環境の中でも安全と言うものを得ていた。
そんなウェルキッドから立ち上る黒煙の原因究明の為に現地へと赴く事にしたツルギとアンバーの二人は、今、プロジェクターとウェルキッドの丁度中間地点辺りにいた。
空に昇った太陽の位置が変わる以外は変化の乏しい殺風景な乾いた大地、とひび割れた一本道の中に突如として現れた一つの廃墟。長年の年月により外装は所々剥がれ落ち、いつ崩壊するとも知れないその廃墟は、戦前はドライブインとして使用されていたようだ。剥がれ落ちた看板にその面影を見出すことが出来る。
「この、この!」
そんな元ドライブインの廃墟の前に差し掛かった時、ツルギとアンバーの二人は廃墟の前で何かを囲んでいじめている、放浪者の子供と思しき一団を見つける。
薄汚れた惨めな衣服を身に纏っているという統一感を持つ子供達の手には、レンチや傘、或いは木の棒など、各々が危険な物を手にして何かに向かって振り下ろしている。
「や、止めて下さい! ぼくちん悪い奴じゃないですぅー!」
モールラットの子供でもいじめているのか、兎も角いじめはよくないと注意しようと近づこうとした矢先。何やら助けを求める声が子供達の輪の中から聞こえてくる。
その声が聞こえた瞬間、ツルギは子供達のもとへと駆け寄る。駆け寄り始めたツルギにつられるように、アンバーもまた子供達のもとへと駆け寄った。
「君達! 何してるの!?」
「ん? なんだよ?」
ツルギが駆け寄り彼の存在に気がついた子供達は、一旦手にした危険な物を振り下ろすのを止めた。
そして、何故ツルギが突然止めに入ってきたのかを不思議に、同時に不服そうな表情で尋ねる。
「おっさんとおばさんには関係ないだろ! あっちいけよ」
「そうだそうだ! こいつは俺達の手で壊すんだ」
「やっちまえ! やっちまえ!」
「B・K・D(Break Down)ハイ! B・K・D(Break Down)ハイ!」
リーダー格の子供の言葉に賛同するように、他の子供達も一斉に部外者には関係ないと言い放つ。
そして、再び自分達が囲んでいたもの。青い塗装が施された金属製のボディに古臭く繊細さや美しさを欠く頑丈だけが取り柄そうなモニター、レトロなアンテナ。そして、安定性に難がありそうな一輪車仕様。
プロテクトロンやMr.ハンディとは異なる、この辺りではあまり見慣れないロボットに、再び凶器を振り下ろそうとする。
「止めるんだ!」
「五月蝿いな! 放せよ!!」
だが、振り下ろされる直前でツルギに腕をつかまれ、見慣れぬロボットに凶器が振り下ろされることは阻止される。
しかし、リーダー格の子供はツルギの手を振り解いて暴挙を続けようとするも、やはり大人と子供とでは力の差があるからか、振り解くことは難しい。
「お前ら、構わずやれ!」
もはや敵わないと悟ったからか、リーダー格の子供は他の子供達に指示を飛ばす。
が、暴挙に及ぼうとしたそんな子供達の手を、今度は別の者が掴んで放さない。
「あんた達、さっき私の事『おばさん』って言ったでしょ? んん?」
子供達が振り向くと、そこには笑顔だけれども笑顔じゃない、そんな表情をしたアンバーの姿があった。
「ヒィ!」
「ご、ごめんなさぁーい!!」
子供なりに、アンバーの背中から漏れる黒いオーラに気がついたのか。子供達の目に見る見るうちに涙が溢れていく。
そして、一刻も早くこの恐怖から逃げたい一心で、子供達は凶器を手放し次々に一目散にその場から逃げて行った。
「あ! お前ら!」
こうして、気がつけばその場にはツルギとアンバー、そしてリーダー格の子供に見慣れないロボットの三人と一体が残されることになった。
「ほら、仲間はいなくなった。君もそんな危ないものを振り回すのは止めるんだ」
「くそ! うるせえよ! 放せよ!」
しかし、仲間がいなくなってもリーダー格の子供は暴挙を止める素振りは見せない。
これはもはや言い聞かせる事は困難と判断したのか。ツルギは暴れるリーダー格の子供の手を放すと、勢い余って尻餅をつくリーダー格の子供を他所に、指の間接を鳴らし始める。
「ここまで言っても解らないなら、ちょっと痛いけど、身をもって知ってもらうしかないね」
「な、何だよ! 殴るのかよ!」
指の関節を鳴らしまさに殴る準備だと言わんばかりのツルギに、リーダー格の子供は威勢よく言いかかる。
だが、体は正直なのか、震えが止まらずにいた。
「君が聞き分けのない子だから、ちょっと愛の鞭を使わざるを得ないと思ってね」
「何だよそれ、訳わかんねぇ!」
「人生の授業料とも言うかな……」
やがて、ツルギは尻餅をついたまま動けないリーダー格の子供を片手で立たせると、空いたもう一方の手で握り拳を作る。
「それじゃ、いくよ」
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
振りかぶられた握り拳が自身に目掛けてやってくる。直視したくないからか、リーダー格の子供は固く目をつぶり視覚を遮る。
だが、殴られると思っていたが、いつまでたってもその感覚が訪れることはない。
不思議に思いつぶっていた目を恐る恐る開けると、そこには寸での所で止まっているツルギの握り拳があった。
「あ、あぁ……」
「これに懲りたら、今度から動物でもロボットでも、いじめちゃ駄目だよ」
「は、はい……」
構えていたものが一気に放出されたからか、先ほどまでの勢いをなくしたリーダー格の子供は、ツルギに諭されるとその後とぼとぼと先に逃げた子供達の後を追う様にその場を後にした。
こうして子供達がいなくなり、ツルギとアンバー、そして見慣れないロボットがその場に残される。
すると、子供達の暴挙から開放された見慣れないロボットは、蹲るのを止め、自身を助けてくれた二人に向き合うと感謝の言葉を述べ始める。
「ありがとう! ありがとう! ぼくちんを助けてくれて本当にありがとう!」
「どういたしまして。所で、何処か壊れた所はない?」
「大丈夫、大丈夫! この通りぼくちん何処も壊れてないよ~。子供に壊されるほど柔じゃなうぃーすっ!」
プロテクトロンやMr.ハンディと言ったロボットには表情と言うものはないが、この見慣れないロボットにはそれがあった。その証拠に、モニターに映し出された簡単でしかし何処か愛嬌のある顔のイラストが、ウィンクしたのである。
それに合わせる様にロボットの腕がモニターの近くに添えられる。おそらく当人としてはピースでもしている感じなのだろうが、指が五本もないため今一伝わらない。
「そ、そう。それはよかった……」
そんなロボットに対して、ツルギはロボットの性格に少々面を食らっていた。
「このご恩は一生忘れませーん! あ、そうだ! ぼくちんご覧の通り今一人ぼっちなんですよ。だから、ぼくちんを仲間に加えてちょーだい」
「うわ……、何だかこのロボット図々しい」
しかも間髪いれずに仲間に加えて欲しいと頼み込んでくる。これにはアンバーも呆れずにはいられなかった。
「ちょ、ちょっと待って! 一人ぼっちってどういう事? そもそも君、セキュリトロンだよね」
「おや、ぼくちんの名前を知ってるんですか?」
「まぁ、ちょっとね」
「まぁ、理由はどうあれ知っているなら話ははやうぃーです! ぼくちんを仲間に加えてちょうだいちょうだいっ!」
何故かこのロボットの名前、セキュリトロンと言う名を知っていたツルギ。
しかしセキュリトロン当人はその事を特に気にする様子もなく、相変わらず仲間に加えてくれと迫る。
一方のアンバーも、特にツルギが名前を知っている事を深く気にする様子もない。
「いやでも……」
「ぼくちんとっても、とーっても約に立ちますよ。荷物だって一杯持てます! 戦闘だってこの重武装で相手はデデデノデーストロイです。それにそれに、移動の間もずっとずーっとお喋りして、寂しくなんてないんでーす! 凄いでしょ、凄いでしょー!」
「もうここまでくると清清しいわね。ウザさも通り越したわ」
成り行きを見守っているアンバーは、セキュリトロンの態度にもはや感心さえする程であった。
一方のツルギは、仲間に加えて欲しいと猛烈アピールするセキュリトロンを本当に仲間に加えるかどうかを頭の中で考えていた。
確かにあの少々難が有りそうな性格を除けば、荷物持ちとしても優秀であるし、戦闘力に関しても何やらボディのハッチを開けてミサイルを発射できると自慢している辺り相当に高いことが窺える。
メリットを全てかき集めてもマイナスになってしまうようなデメリットを持ってはいるが、それでもメリットが多いことは確かだ。
「分かった。そこまで必死に頼まれたら断れないからね」
「え、えっ! それってそれって、ぼくちん、仲間になってもいいの!?」
「いいよ」
「うふぉー! ヤッホー! あざーっす!!」
回ったり万歳したり、全身を使って文字通り喜びを表現するセキュリトロンを他所に、ツルギはアンバーに首根っこを掴まれながら少し離れた場所に移動させられ、何やら内緒話を始めた。
「ツルギの決めた事にあまり文句は言いたくないんだけど。本当にあのロボット連れて行くの?」
「うん。折角あれだけ熱心に頼み込んできているし、それに、ロボットでもやっぱり一人ぼっちは寂しいと思うから」
「アレだけお喋りなら一人でも寂しくないと思うけど……」
「それにアピールしてた様に色々と役に立つと判断したからね。彼がいれば重い荷物を持つ時や運ぶ時に、アンバーに負担はかからなくて済むと思うから」
さりげなく自身の事も考えて決断したと言われ頬を赤く染めるアンバー。
こうしてアンバーもセキュリトロンを仲間に加える事に理解を示した所で、二人が内緒話をしているのが気になったのか、二人のもとにセキュリトロンが忍び寄る。
「ねぇねぇっ! ぼくちんに内緒で何話しているのぉ~!?」
「うわ! キャッ!」
「うぶっ!」
しかし、忍び寄り声をかけたので、それに驚いたアンバーが反射的にセキュリトロンにビンタを繰り出す。
が、相手は鋼のボディを有するセキュリトロン。セキュリトロンはモニターに映し出されたイラストも含めオーバーに痛みを表現しているが、おそらくさほどの痛みもないだろう。
それに対して、アンバーはビンタした手を押さえながらビンタした事を後悔していた。
「び、ビックリするでしょ! 急に後ろから声かけないでよ! せ、セキュトロン!」
「いゃ~、メンゴメンゴ。……あ、それと、正しくはセキュリトロンね」
「呼びにくい!」
「ん~、あ! それじゃ、ぼくちんの事、これから『ハルポクラテス』って呼んで」
「余計に呼びにくいわよ!」
「それじゃ、ハルポクラテスを略して『ポク』って呼んで!」
「……まぁ、それならいいけど」
こうしてセキュリトロンの新しい愛称が決まる頃には、アンバーの手の痛みもすっかり引いていた
「所で所で、二人でこそこそ何の内緒話してたのぉ~?」
「まだ君に、ポクに自己紹介してなかったって話だよ」
「あ、そう言えばそうだった! ぼくちん、まだ二人の名前聞いてないや!?」
名前も聞かずに仲間になった事を思い出したポク。仲間ならば、お互いの名前を知っていて当然である。
「それじゃ、今更だけど自己紹介。俺の名前はツルギ」
「私はアンバー」
「それじゃ改めて、ぼくちんはポク。これからどうぞ、よろしくでぇーす!」
こうしてお互いに自己紹介が終わった所で、ツルギは早速ポクにアンバーの背負っているバックパックを持たせる。
と言っても、ボディの背の部分に落ちないようにロープで固定するというものなので、背負うと言うのは異なる。
こうしてアンバーの負担が軽減された所で、ツルギは自分達がこれからウェルキッドへと向かう事、そしてそこから立ち上る黒煙の原因究明を行うことをポクに説明する。
「りょうかーい! それじゃ、さくっと行ってささっと終わらせましょー!」
理解の早いポクは、再びウェルキッドへ向けて歩き出した二人の後を追う様に移動し始める。
それまであまり楽しくお喋りしながらの移動と言うものは少なかったツルギとアンバーであったが、ポクが加わった事により、その状況は一変した。
「酷いんだよ~、ぼくちん、ただ楽しくお喋りしながら歩いてただけなのに、あの子達ったら悪魔の取り付いた悪いロボットめって襲い掛かってきたんだ……」
二人が聞いていようがいまいが関係なく、静まる事を知らないポクによるお喋りの雨あられにより、傍から見て退屈には見えないであろうあろう状況に変化していた。
読んでいただき、どうもありがとうございます。