コロッサスシティのようなバラックだらけの風景とは異なり、戦争以前から建てられていた建物を活用している為か、村はまるで時間の流れが異なるような風景を醸し出している。
と言っても、流石に全く手を加えていないという訳でもなく。基本は戦前のレンガ造りの建物だが、何処かから拾い集めてきたトタンや木材等で補強が成されている。
そんな村の中心地に建つ村唯一の娯楽施設とも言うべき酒場、そんな酒場に足を踏み入れた二人は、酒場のカウンターでまだ日も暮れていないうちから飲んでいる一人の男性のもとへと近づく。
「村長さん、ご依頼通り給水施設の近くに屯するゲッコー達を片付けてきましたよ」
「お、おぉ! そうか、ありがとう! ありがとう!」
頭頂部から前頭部にかけて遮るものがないもない、寂しい様子をさらけ出しているものの。口元にはそんな事等全く感じさせないほどの立派な髭を生やし、そこに年輪を重ねたしわの刻まれた肌が相まって貫禄だけはありそうなそんな見た目の男性。
その者こそ、この村の村長であった。
「いゃ~、君達は我が村のヒーローだ。ノエリア! 彼らに祝いの一杯を!」
村長がカウンターにいる一人の妙齢な女性に祝い酒を出すようにと声をかける。
すると、ノエリアと呼ばれた妙齢な女性は、酒を出す前に村長の方へと詰め寄る。
「あら村長、祝い酒を出すのはいいですけど、その前に。ご自身がこれまで溜めてこられたツケの清算、そちらの方が先ではなくて?」
ノエリアから告げられた言葉を聞いた村長、その表情から見る見るうちに笑顔が消えていく。
「お、そ、そうじゃ! これは少ないが報酬だ。……それでは、わしは村長業務がまだ残っとるのでこの辺りで失礼させていただく!」
慌てた様子でポケットから数枚の硬貨を取り出しツルギに手渡すと、村長は足早に酒場から逃げるように去ってしまった。
「……まったく、何が村長業務よ。いつも昼間っから飲んでるくせに、こういう時だけ村長ずらして」
村長が去った後、眉間にしわを寄せて文句を漏らしながら村長が使っていたジョッキを片付けるノエリアであったが。それを終えると、打って変わって営業スマイルを振り撒きながらツルギとアンバーの二人に対応し始める。
「ごめんなさいね、あんなだらしのない村長で。さ、かけてかけて、ゲッコー達を片付けてくれたお礼に私から一杯おごるわ」
着席を促され促されるままにカウンターの席に座る二人、その間にもノエリアは二人分のグラスを用意するとそれぞれのグラスにお酒を注いでいく。
こうしてお酒が注がれた二人分のグラスがカウンター席に座った二人の前に差し出される。
「さ、遠慮せずにどうぞ。村の問題を解決してくれたヒーローさん」
「それじゃ、遠慮なくいただきます!」
「あ、アンバー……」
「プハーッ! 美味い!」
言葉に甘えて遠慮なくお酒を堪能するアンバー、そんなアンバーに対してツルギは少しは慎ましやかに振舞うべきと言葉をかけるも、ノエリアはアンバーの飲みっぷりを気に入ったようだ。
「いいのよ、むしろそうやって豪快に飲んでくれた方がおごった甲斐があって嬉しいわ」
「そ、そうですか?」
「えぇ、だから、本当に遠慮せずに飲んで頂戴」
「では、いただきます」
グラスを手に、アンバーに負けず劣らず男らしく飲むツルギ。その飲みっぷりに、ノエリアはご満悦であった。
こうしてお酒を飲み終えた二人は、次いで先ほど採取したゲッコーの肉を使って料理を作ってもらうようにノエリアに頼む。無論、先払いでだ。
「なら、手によりをかけて、美味しいゲッコーステーキを作らないとね」
麻袋から取り出したゲッコーの肉を受け取ったノエリアは、それを持って一旦カウンターの奥へと消える。
程なくすると、奥から調理音と共に肉の焼ける良いの匂いが漂ってくる。
やがて、調理音が聞こえなくなると、カウンターの奥から再びノエリアが姿を現した。両手にステーキ皿を持って。
「さ、お待たせ! 美味しいゲッコーステーキよ!」
「わぁ~、美味しそう!」
二人の前に置かれたステーキ皿には、美味しそうに焼けたゲッコーの肉のステーキが載せられていた。
美味しそうな焼き色が視覚による食欲を誘い、香ばしい匂いが嗅覚による食欲を誘う。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
「いただきますっ!」
共に置かれたナイフとフォークを手に、二人はゲッコーステーキを堪能し始める。
行儀よく食べるツルギに対して、アンバーは初めてのゲッコーステーキだったのか、少々落ち着きなくがっつくように食べている。
「ふふ、そうやって美味しそうに食べてくれると作った甲斐があったと思えるわね」
にこやかに二人の食事風景を眺めるノエリアを他所に、二人は一心にゲッコーステーキを食べ続けた。
やがて、ほぼ同時に二人のステーキ皿は空になった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま!」
こうしてゲッコーステーキを堪能し終えた二人、その美味しさに満足してか二人ともその表情は満足感で満たされている。
それから暫くのんびりとした後、二人は酒場を後にした。そして、その足で向かったのは、村唯一の宿泊施設であるホテルであった。
ただし、戦前の建物が残る村のホテルと言っても十数階建ての豪華な外観をしたものではなく、一階建てのこじんまりとしたものである。
そんなホテルへと足を踏み入れた二人は、外観に違わぬこじんまりとしたエントランスに設けられた椅子に腰掛けている一人の初老の男性を見つけるや、その人物に近づく。
「ヨーゼフさん、戻ってたんですか」
「おぉ、お二人とも! お二人も御用時はもうお済で?」
「えぇ、無事に終わりました」
ヨーゼフと呼ばれた初老の男性は、身嗜みとは無縁と思われるウェイストランドの多くの住人達とは異なり、まるで戦前のサラリーマンの如く上下黒のスーツに身を包んでいた。
とは言え、やはり環境のせいなのか少々汚れてはいたが、それでも継ぎ接ぎだらけよりかは大分とマシな状態である。
さて、そんなヨーゼフと二人の関係であるが、簡単に言えば依頼を出した者と依頼を受けた者である。
依頼の内容はヨーゼフ氏の護衛、そう護衛なのだ。にもかかわらず、何故二人が護衛対象のヨーゼフ氏と別れて行動していたのか。
それを説明するには、彼らの行動の足跡を順を追って説明しなければならない。
ヨーゼフ氏はウェイストランドにおいて『キャラバン』と呼ばれる行商人の一人で、主に西部を中心に商売を行っている。
同氏はキャラバンガードと呼ばれる護衛役の者達と共に西部各地を巡り、そしてコロッサスシティへと到着した。
しかし、到着後にトラブルが発生したのか、次の目的地への出発日が迫る中、護衛役の者達が護衛任を降りると言い出したのだ。
思いとどまるよう説得などを試みるも、結局ヨーゼフ氏は護衛役の者達を失い、この危険な大地を安全に移動する術を失った。
だが、それでヨーゼフ氏の行商が終わった訳ではなかった。確かに護衛役を失ったとは言え、失ったのならまた新たに雇い直せばいい。
そして白羽の矢が立ったのが、コロッサスシティでも腕利きの何でも屋であると有名であったツルギであった。
丁度アンバーと言うヨーゼフ氏のお眼鏡に最低適った者もいたために、二人を新たな護衛役として雇い入れることになったのだ。
とは言え、ヨーゼフ氏は直ぐに長期的な契約を結ぶことはなかった。
それはヨーゼフ氏の商人としての資質からか、二人が本当に自身にとって有益な護衛役たるかを見極めるべく、本採用ではなく先ずは仮採用として次の目的地までの間の期間限定として契約は成された。
こうして契約を結んだヨーゼフ氏と二人は準備を整え、ヨーゼフ氏の取り扱う商品を載せたバラモンと共に、次の目的地であるコナモを目指しコロッサスシティを後にした。
予定通り出発日に出発した一行は、道中野生生物やレイダー達と遭遇し戦闘、或いはやり過ごしながら歩みを進め。何度かの野宿等を経て、中継地点である村へとたどり着いたのだ。
この村で必要な物資の補充と数日の休息を経て、またコナモを目指し歩み始める、その予定であった。
だが、村に着いた所で予定に変化が現れる。
村からコナモへと通じるルート上の通過点たるバッファロー・プリムと言う街でトラブルが起こり、現在街は立ち入り禁止になっているのだとか。
しかも、トラブル解決の目処が立たず、いつ立ち入り禁止の制限が解除されるか分からないと言う状況であった。
この情報を聞きつけたヨーゼフ氏は頭を抱えた。何故なら、バッファロー・プリムを通過するルートがコナモへと向かう最短でもっとも安全なルートだったからだ。
バッファロー・プリムは南北を隔てる様に連なる岩山の山間部にある街で、行商人達にとっては岩山を最短距離で越えられる貴重な中継地点として重宝していた。
が、その街が使えないとなると、後は間道を使い山を越えるか山を迂回して行くかのどちらかしかない。
しかしどちらにしても、当初の予定よりも大幅に日数を消費してしまうことは確実で。更には道中の危険度も高まる事もうけあいだ。
この為ヨーゼフ氏は、コナモで得られるであろう利益とルート変更によるリスクとを天秤にかけて頭を悩ませることになる。
こうしてヨーゼフ氏がホテルの一室で頭を悩ませている間、手持ち無沙汰になったツルギとアンバーは部屋に篭って決断に悩んでいるヨーゼフ氏の承諾を得て、暇潰し兼ちょっとした小遣い稼ぎに村での困りごとを解決すると言う簡単な仕事を行うことにした。
そうつまり、二人がコロッサスシテより六百キロ以上も離れた場所でゲッコー狩りを行っていたのは、上記のような理由からなのだ。
では、彼らの行動の足跡を説明し終えた所で、再び現在の彼らの今後に注目していきたいと思う。
「それはよかった。お、そうだ、お二人にお話があるので私(わたくし)の部屋に来ていただけますか?」
椅子から立ち上がりエントランスから自身の部屋へと移動するヨーゼフ氏の後を追う様に、ツルギとアンバーの二人もまた歩き出す。
こうして、外観同様特に豪華でもなく必要最低限の物が備えられている質素なホテルの一室へと足を踏み入れた。
各々が椅子やベッドに腰を下ろした所で、ヨーゼフ氏が話を切り出す。
「では、前置きをなしで端的にお伝えしたいと思います」
そして一旦言葉を溜めると、やがてヨーゼフ氏は本題を切り出した。
「お二人の腕前は大変に申し分ないものでしたが、如何せん、今回はご縁がなかったと言う事で」
「そうですか……」
「いやはや、私としても十分に熟考したのですが、やはり長年連れ添った彼らとたった一度の縺れ合いで永遠に別れると言うのは、やはり如何なものかと思いまして」
「短い間でしたが、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらの方こそ。……、おぉ、そうだ。本来ならばコナモに到着してからなのですが、コナモまで彼らと同行しても、その、お二人だけでは何かと後が大変でしょうから、ここまでの分の報酬をと。あぁ、無論、私の勝手でここまでと言う事になりましたので、少なからず色は付けさせていただきました」
そう言うとヨーゼフ氏は自身の少々古ぼけたトランクを開け、中から布製の袋を取り出しツルギに手渡す。
受け取ったその手に加わる重み、そして袋を動かすたびに中から聞こえる金属音。袋の口を開けて中を確かめると、そこには黄金に輝く硬貨の姿があった。
「では、そろそろ出発の時間がありますので」
「あ、お見送りしますよ」
「いえいえ、お心遣いだけで結構。……、お、そうだ。ホテルの宿泊延長に関してですが、明後日までの分、既に支払いも済ませていますので。どうぞお二人、ご自由にお使いください。それでは」
ヨーゼフ氏は先ほどの少々古ぼけたトランクを手に持つと、別れの言葉を残して部屋を後にした。
程なくして、外からウェイストランドにおいては少々珍しい車のエンジン音が聞こえてくる。部屋の窓からは、村を後にする一台のトラックの姿が見えた。
こんな世の中だからか、各所に防弾用の廃材などが取り付けられたそのトラックの荷台には、見覚えのあるバラモンがロープで固定され乗せられていた。
「ねぇ、よかったの?」
「何が?」
「あの行商人の人との契約諦めて」
「ん~。確かに長期の専属契約は魅力的ではあるけど、やっぱりそれだと困ってる他の人をなかなか助けられなくなるから、無事に本採用になってたとしても丁寧に断ってたと思う」
部屋に残されたツルギとアンバーの二人は、そんなやり取りを繰り広げつつ、今後の予定についての話し合いを始める。
さて、二人が今後の予定について話し合っている間に、何故二人がヨーゼフ氏との契約を途中で解除されたのかについて説明を行いたいと思う。
事の発端は、昨日の事であった。その日、村唯一のホテルに、村の者ではない数人の者達がやって来たのだ。それも、改造トラックに乗って。
皆一応に銃器で武装していたのはこんな世の中であるからして特に不思議なことではなかったが、それよりも不思議であったのは彼らがヨーゼフ氏の所在を尋ねてきた事であった。
一体彼らは何者なのか、その答えは、対面したヨーゼフ氏自身の口から語られる事になった。
そう、彼らはコロッサスシティで護衛任を降りると言い出した元護衛役の面々だったのである。
しかも、彼らがまるでヨーゼフ氏の後を追う様にこの村にやって来た目的が、再びヨーゼフ氏のもとで護衛役として働きたいと言うものであった。
自ら辞めると言っておいて再び雇い直してほしいとは何とも都合のいい話。
しかしヨーゼフ氏は、そんな彼らを追い返す事もなく、それどころか話し合いの場を設けて判断すると言い出したのだ。
そして、ツルギとアンバーがゲッコー狩りを行っている間に話し合いが行われ、その結果は、先ほど見た通りである。
ヨーゼフ氏は再び彼らを雇い直し、彼らの乗ってきた改造トラックに乗って、山を迂回するルートを使いコナモへと向かって行った。
と、ヨーゼフ氏との契約解除について説明を行っている間にも、二人は今後の事についての予定を決めたようだ。
読んでいただき、どうもありがとうございます。