脱落者の生理現象   作:ダルマ

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第九話

 翌朝、地平線の彼方から太陽がその姿を現したと同時にベッドで寝ていた男性の瞼がゆっくりと開かれる。

 窓がなく大要がその姿を現したと感じられないながらも、長年の習慣からか太陽光の有無はあまり関係ないようだ。

 

「ふぁ」

 

 軽い欠伸をしつつ上半身を起こすと、軽く体を解す。それが終わると、ベッドから起き上がり朝食の準備をする。と言っても、冷蔵庫にある物を取り出し食べるだけではあるが。

 こうして何の問題もなく朝食を終えると、早速出かける準備を始める。

 昨日背負っていた麻袋の中身を整理し、それが終われば武器の手入れを始める。そして全ての準備が終わる頃には、すっかり脳は覚醒していた。

 

「さて、行くか」

 

 準備を終え麻袋を背負った男性は自宅の小屋を後にすると、道なき道を目的地目指して歩き始める。

 昨日とは異なる風景を横目に男性は淡々と歩き続ける。やがて、荒れ果てた道路を歩き続けていた男性の目の前に無数とも思える廃墟がその姿を現す。

 瓦礫や廃車、それに野生生物や人の死体など。廃墟そのものが名もない墓標の如く、様々な死がそこには広がっていた。

 

 その間を慎重に進んでいくと、やがて廃墟郡を抜けたのか開けた場所へと出る。その先に広がっていたのは、海とも思えるほど両岸の間の距離が長い川であった。

 そんな川を眺められる川岸を歩いていくと、突然川岸に人工的な構造物が現れる。それは、まるで連絡橋のようであった。

 そして、その連絡橋と思しき橋の先には、更に巨大な構造物。かつては大海原を生き生きと白波を立てながら航行していたであろう、巨大な船が座礁していた。

 

「おい、そこで止まれ!」

 

 巨大な座礁船とそれに架かる連絡橋へと男性が近づくと、男性の姿を確認したのか、連絡橋の出入り口に立っていた警備の人間と思しき者達に声をかけられる。

 銃弾からその身を守る為に胴体や手足にいかにも頑丈そうな防護具を身に纏っている。その表情は被られたヘルメットによってあまり窺い知ることは出来ないが、手にした突撃銃、その銃口を向けている事から彼らの警戒心が見て取れる。

 

「何者だ、名を名乗れ!」

 

 立ち止まった男性に対して複数で詰め寄っていく警備員達、特に抵抗するそぶりも見せずそれどころか余裕を見せている男性に対し、警備員達はまるで余裕がないかの如く声が荒がる。

 

「何者って、見ての通りただのスカベンジャーさ」

 

 スカベンジャー、それはこのウェイストランドにおいてありふれた職業の一つである。

 死体を或いは廃墟などからゴミを漁り、そこで得た物を売りさばき或いは使用して日々の糧を得ている者達。ゴミに事欠かないこの大地においてはまさに天職と呼べるものだ。

 

「スカベンジャーだと?」

 

「そう、ただのスカベンジャーさ」

 

 男性の言葉に耳を貸すような素振りを見せているとは言いがたい警備員達、それに対して、男性はもっと確信的なことを言わなければならないのだと理解したようだ。

 

「レッドロケットの所のじいさんの手伝いをしてるだけの、しがないスカベンジャーさ」

 

「レッドロケット? って事は、まさか」

 

 男性の言葉になにか思い当たる節があるのか、警備員達は一瞬その手にした突撃銃の銃口を収めようとした。が、再び構え直すと、その警戒心を収めようとはしなかった。

 

「いや、本当に本人かどうか分からん! とりあえずそのホルスターに収められている銃を地面に置いて両手を挙げろ!」

 

「はぁ、どうかもなにも俺は紛れもなく……」

 

 一触即発のこの状況が劇的に変化するのは、この直後の事であった。

 突如として警備員達の後ろから男性の声が響く。警備員達が声の主のほうへと顔を向けると、そこには警備員達と同じ装いをした一人の男性が連絡橋から近づきつつあった。

 

「あ、警備長!」

 

 ヘルメットを被っておらず、むき出しであるその顔はと言えば、一言で言って強面といって差し支えない。

 そんな人物が、眉間にしわを寄せさらに怖さを増した表情を浮かべながら彼らのもとへと近づいてゆく。

 

「一体何事だ、何か問題か!」

 

「は、はい。ハルマン警備長、それがですね」

 

 警備員達は一斉に銃の構えを解くと、今起こっている問題の経緯をハルマンと呼ばれた警備長に報告する。

 すると、ハルマンは問題の原因たる男性のほうに視線を移し、そしてその顔を確認するや再び警備員達に声を飛ばした。

 

「もういい、お前達、この件は終わりだ。さっさと通常の業務に戻れ!」

 

「は、し、しかし」

 

「彼は本物だ、俺が証明する。それともなにか、俺の言ってることが信用できないか?」

 

「い、いえ! 了解しました、通常の業務に戻るべく配置に戻ります!」

 

 警備員達はハルマンに敬礼すると、各々自らの業務に戻るべくそれぞれの持ち場へと戻っていく。

 こうしてその場には、男性とハルマンの二人が残される事となった。

 

「すまなかったな、あいつらは最近一人前の警備として入った新米たちで、お前さんの事も一応言い伝えてはいたんだが。いや、すまなかった」

 

「別にいいさ、いつもみたいに顔パス出来ると勝手に思ってた俺も悪かった」

 

「そう言ってくれると助かる。最近この近くでひと悶着あってな、それもあってあいつらの警戒心も必要以上に上げてやがったんだ」

 

「それが仕事だろ、いいさ、もう気にしてない」

 

「そうか、それじゃ行くか。いつものようにアンディの店だろ?」

 

「あぁ」

 

 男性はハルマンと顔見知りらしく、親しく言葉を交わし終えると並んで連絡橋へと足を運ぶ。

 長年の雨風に晒された事で腐食の目立つ箇所もちらほらと見られながらも、まだまだ現役として使われる連絡橋を渡り、二人は座礁船の船内へと足を踏み入れた。

 船内に入ったところでハルマンと分かれた男性は、地上と異なり空間に制限のある船の中、人一人が通れるのがやっとの通路を通り慣れた様子で船内を移動していく。

 

 

 初めて訪れる者なら似たような造りの船内に迷うこと間違いなしだろうが、男性は迷うことなく目的地である船内の一角に到着する。

 そこは、圧迫感のある船内と比べ格段に開放感のある、巨大な空間であった。

 この座礁船が座礁する以前、この場所がどの様に使用されていたかは分からないが。今は、廃材等で作られた商店や住宅が所狭しと立ち並び、船内とは異なる窮屈さを与えている。

 

「よぉ、あんたかい」

 

 そんな座礁船の中に作られた町へとやって来た男性は、お目当ての店、アンディの店と呼ばれた商店の前へと足を運ぶ。

 すると、おそらくアンディと言う名の人物であろう店主が、男性の姿に気付き声をかけてくる。

 

「どうも」

 

「また今日も残り物の処分かい?」

 

「あぁ、頼むよ」

 

「了解、それじゃ、今日はどんな物かね」

 

 店に来た目的を既に予想していた店主は、男性が背負っていた麻袋をカウンターの上に置くと、手馴れた手つきで麻袋を開け中身を拝見していく。

 中から取り出した様々な品物を見定め、それぞれの価値を頭の中にたたき出していく。やがて、麻袋の中身の拝見を終えると、店主は古びたレジからなにかを取り出すとカウンターの上へと置いた。

 

「そうだね、ま、今回はこんなとこだね」

 

 数十枚もの数のボトルキャップ、それはまさにキャピタルでの通貨であった。つまり、二人の間で行われていたのは麻袋の中身の売買であったのだ。

 

「ありがと」

 

「また用があったら寄ってくれ」

 

「それじゃ」

 

 男性とアンディの商売が成立し終えると、男性は数十枚ものボトルキャップを慣れた手つきで財布代わりの麻袋へと入れ、その後は淡々としたやり取りで店を後にした。

 店を後にした男性は、その後座礁船内の町に特に他用もないのか、来た通路をそのまま戻り連絡橋の出入り口までやって来ていた。

 

「よ、もう終わったのか?」

 

「あぁ、今回もたんまり換金させてもらったよ」

 

「そりゃよかった」

 

 と、そこで偶然にもハルマンと再会した男性は、ボトルキャップがたんまりと入った麻袋を見せびらかし今回の成果を披露する。

 

「それじゃ、またな。これからまたじいさんの為にたんまりとゴミ漁りしてくるわ」

 

「あ、そうだブロ、ちょっといいか」

 

「ん? 何だ?」

 

 こうして座礁船での用事を終えた男性、ブロと呼ばれた男性は座商船を後にしようとしたが、ハルマンから名を呼ばれ踏み出した足を止める。

 

「あぁ……、実はな、少し前にN.E.R.の連中がウチ(座礁船)を訪れて、議会の連中と何か話をしたみたいなんだ」

 

 ハルマンの口からN.E.R.の単語が飛び出した途端、ブロの表情が少しばかり強張る。その変化が一体何を意味するのか、それはまだ分からない。

 

「それで、何を話したんだ?」

 

「さぁ、細かい内容までは分からない。ただ、N.E.R.の連中が帰った後で議会の連中に呼び出しをくらって、そこで今後の警備人員の増員計画の前倒しを要求されたんだ」

 

「前倒し?」

 

「あぁ、俺個人としては一定の質を確保する為にも計画の前倒しはあまり呑みたくはなかったんだが……。予算の増額や装備の拡張等を餌にされちゃ、首を横には振れないさ」

 

「……、そうか」

 

 一体何を思ってハルマンがこの様な話をブロに話したのか、それは当人にしか分からない事であるが。少なくとも、話されたブロは話から何かを感じ取ったようだ。

 

「しかしよかったな、今まで色々と文句を垂れてた成果がやっと実って」

 

「おいおい、そりゃ予算の増額や装備の更新なんか愚痴を零してたが。セットで計画の前倒しが付いてて、こっちとしては仕事量が一気に増えて今から頭が痛くなってるんだぞ」

 

「はは、嬉しい頭痛じゃないか」

 

「はぁ……、その点、一匹狼は気楽でいいよな」

 

「……、そうでもないさ」

 

 何処か物悲しそうな声と共にブロは話を切り上げると、止めていた足を再び踏み出し始める。

 

「それじゃぁな、色々と頑張れよ、警備長殿」

 

「お前もな、ブロ」

 

 こうしてハルマンに別れの挨拶を言い残して、ブロは連絡橋を使い座礁船を後に、一路廃墟郡に向かう。

 座礁船に向かう道中に通り抜けた廃墟郡は、相変わらず生と死が濃密に入り混じっていた。




読んでいただき、どうもありがとうございます。

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