せかんどらいふ   作:にゃー1

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5 図書館の幽霊と落ちこぼれ魔術師

精神魔術理論は自分にとって、臨んだものを手に入れる手段となった。

その魔術書の知識を学び、知識を深める都度求めるものに手が届くと予想できた。

この魔術書を解読するのに尽力してくれた両親には感謝しかない。

 

自分は基礎魔術書、魔術言語と魔術用語という魔術書を読むための初級本、そしてルキスラから貰った精神魔術理論を両親に補佐してもらいつつ、およそ一月半程かけ全て読み覚える事ができた。

魔術師でもない両親は、今や普通の人より魔術知識が豊富なことだろう。

 

そして、自分の意識と視覚を他者に繋げる魔術を完成させた。

本来は他者の意識を乗っ取るといった魔術が確立されているのだが、それを一度分解し、必要な部分だけを編み込み、プロセスを変更した。

他者の意識を乗っ取ってしまえば乗っ取られた方はいずれ気がつくだろうし、それで問題にでもなったら目も当てられない。そう言ったリスクを取り去る目的もあったが、それとは別の大きな利点のためにもこういった魔術に変質させる必要があった。

 

これは他者との意識と視界をリンクさせることによって、相互の理解を補完し合える。

リンクされた対象者が見たものを理解した時はこちら側もその理解を得、また対象者が理解できなかった場合でもこちら側が理解できれば、対象者もまたその理解を得ることが可能だ。

 

そして遂に、その魔術を行使する。

 

 

ーAnother Viewー

私は魔術師の家系に生まれた。両親共にギルド協会に在籍しており、優秀な協会員らしい。

幼いころから魔術を教えられ、辛いこともあったけれど、魔術は楽しかったし自分なりに頑張っても来たつもりだった。

 

13を迎え、魔術アカデミーへ入学を果たした私に待っていたのは・・・―――落ちこぼれという烙印だった。

 

入学して半年ほどが過ぎた頃、ほとんど授業について行けなくなった。

頑張ろうとすればするほど空回りし、私から魔術に対する興味を一種のやらなくてはならない強迫観念のようなものに変質させていく。

 

そのころから私はこう呼ばれるようになった。

 

トリアタマのリリー・ヴァン。

 

なんて間抜けなあだ名だろう、そう呼ばれていると知った時は悔しくておかしくなりそうだった。

 

早朝から読んでいた魔術基礎理論を閉じ、魔術アカデミーの寮の自室で溜息をつく。

そろそろ支度をしなくては、授業が始まってしまう。

飾り気のない部屋を見渡し、姿見の鏡の前に立った。

目元を隠すように長い前髪をあげると、憂鬱そうな眉根の下がった青い瞳が顔を出す。

小顔で端正な鼻の上あたりにある小さなそばかすを撫で、また長い前髪を下げた。

銀色の綺麗な髪のショートカットだが、長い前髪が顔を隠し暗いイメージを抱かせてしまう。

 

分かってはいるけれど、いつしか私はこうやって顔を隠すようになってしまっていた。

黒と白を基調としたドレスのような魔術アカデミーの制服を着、マントを羽織る。

教科書を入れたカバンを持てば準備は完了だ。

 

また退屈で憂鬱な一日が始まった。

 

アカデミーの一年生達がゾロゾロと教室へと入っていく中、私もその波にただ従うだけの人形のように無気力に歩く。

 

教室内は教卓を中央に扇形に生徒たちの机が並んでおり、机と机の切れ目には階段がある。後ろに行くごとに高く遠くなる。机は一つに3人が利用でき、一つの机ごとに椅子が3つ備え付けてあった。

私は一番奥で端の机に着席する。誰も近くには来ることがない。

机も椅子も生徒数以上に備え付けており、空いているところもままある。

 

中央あたりの机に固まっている貴族の子達がこちらをちらりと見ては、クスクスと嘲笑を繰り返す。

私はただ俯き、時間が過ぎ去るのを待つだけしか出来なかった。

 

悔しくて零れそうになる涙ですら、この長い前髪は隠してくれた・・・。

 

自分が何も理解できないうちに足早に進む授業は、私にとってとても長く辛い時間だ。

アカデミーの授業時間は朝は7時から11時までと夜は18時から22時までのどちらかを選べる。

もちろん両方を受けることも出来るが、授業内容は特に変わらない。

私が受けているのは朝の部のほうで、11時を過ぎると放課後になる。

漸く授業終了の鐘が鳴り、生徒たちは放課後を謳歌しに教室を出て行く。

 

その日私は昼食を軽く取ってから、返す予定のあった本を手に図書館へと向かっていた。

アカデミー内に建てられた円形状の塔のような建物が魔術図書館と呼ばれており、各国や世界的に有名な魔術師達により寄贈された様々な魔術書が所蔵されている。

 

重厚な扉を開くと、木と古書の香りが広がり、大きな窓からの光が小さな埃を映し出している。

借りていた本を受付に持っていき、司書さんと一言二言挨拶を交わしてから図書館内を散策する。

 

ふと見上げた本棚に魔術構築と分解と書かれた本を見つけ、手に取った。

それを手に、館内に備えられた読書と勉強のための机に陣取りページを開く。

 

魔術構築、そして分解は私が最も苦手とする分野で、頑張って理解しようとしても上手く理解できなかった。苦手意識もあってかどんどん嫌悪感が膨れ上がる。

 

その時だった―――。

突然、私の中に何か得体の知れないものが入ってくる感覚がして、ゾクリと心臓が震えた。

 

(これは魔術!?何で!?魔術的な取扱が難しい本なんてこのあたりにはないはず!一体何が起こったの・・・!?怖いッ!誰かの悪戯?誰、誰なの、やめてっなんで・・・っなんで私ばっかりこんな目に合わなきゃならないのよ!!やめてよ・・・やめて・・・お願いだから・・・っ)

 

取り乱しそうになる私に、声というよりも思い、心そのものみたいな思考が直接頭に浮かぶ。

それはとても穏やかでいて、優しそうなもので、落ち着いてと君をそんなに驚かせるつもりもなかったと響くように広がる。

心そのものが私に繋がっている感覚は、この人物が男性であることを感じさせた。

 

(一体貴方は誰?どうしてこんな魔術を?私に何をさせたいの・・・?)

 

私がそう思い浮かべると、またさっきの感覚が広がる。

ただ、魔術を学びたいと君がここで本を読む間どうか一緒に学ばせてもらえないかと・・・。

 

(どうして・・・私が、そんなことをしなくちゃいけないの!?私だって勉強しないといけないのよ!これ以上魔術でみっともなく才能の欠片もない落ちこぼれでいたくないのよ!!・・・っ!私には・・・私には誰かの面倒まで見る時間なんて・・・ないのよ・・・)

 

心配ない?これは君から何も奪うものではない・・・?ただ繋がっているだけで君が何かをしなくてはいけないこともない・・・そういう感じのものが浮かんでくる。

 

一体どういうことなのだろうか。この魔術を私にかけた本人は一体何を望んでこんなことをしているのだろう。

確かに、私の中に何かが入ってきたような感覚はすでに気になっておらず、私自身五感も思考も自由だ。ただ、こんな魔術を使えるなら、自ら魔術を学べばいいではないか。

人に寄生するような真似などせず、自分で魔術書の知識を求めればいいではないか。

悔しさにも似た感情がぐるぐると私の中を巡り廻る。

そして私は答えを出した。

 

(・・・わかったわ。ただし、一度きり。この本を読む間そして途中でも読み終える時にはこの魔術を解いて!・・・もし解かなければこのことは先生達に話すし、一度きりを守らないときも同じよ)

 

了解したと頭に浮かび、私は目の前の本に集中することにした。

 

文字を追い、ページを捲る。

 

――魔術構築における魔力伝達による工程には様々な種類が存在し、それを正しく行う・・・

――工程を分解しその本質を理解した上で別種または、同種でも別の効果を(もたら)すものも・・・

 

文字を追い、ページを捲る。文字を追い、ページを捲る。

 

――構築における魔力の色彩は個人特有の色にも反映され、その効果も個々人により・・・

――魔術構築の細分化により派生した特に、稀な種類の神秘に属する項目はそれらを・・・

 

文字を追い、ページを捲る。文字を追い、ページを捲る。文字を追い、ページを捲る。文字を追い、ページを捲る。文字を追い、ページを捲る。文字を追い、ページを捲る。

 

楽しい。楽しい。楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい―――。

 

心が踊り、気持ちが高揚する。

私は、目の前の文章を、理論を、考察を・・・―――理解・・・出来ている。

 

まるで幼いころ、両親に厳しくも優しく、丁寧に分かりやすく教わった魔術のように。

その思考は不可解を噛み砕き、曖昧さを照らし出し、複雑を紐解いてくれる。

 

分かるってこんなにも嬉しいものだったんだ・・・。

 

私は滲んだ世界を袖で乱暴に拭うと、先へ先へと知識を貪欲に求めた。

私は時間の経過すら感じられず、ただ知識の探求に心躍らせた。

 

ありがとう、もう行かなくてはと意識に浮かぶ思考にハッとする。

どれくらいの時間が経過したのかと、図書館の時計を確認すると、ゆうに三時間は経過していた。

私はぐるぐると自分の気持ちが理解できないほどに暴れまわっていることに驚いて、我に返る。

 

手放したくない。

 

当たり前だ、こんな事象を目の当たりにして二度と巡り会えないなんて納得できない。

心が軋むほどに苦しい。私は心底に願う。この人物の再来を・・・彼の眼鏡にかなう自分でいられることを。

 

「待ってっ」

 

焦りが言葉を先に生む。滑稽な私を彼はどう思うだろうか。

見限られたくはない、もっと私といて欲しい、私に理解を与えて欲しい。自分勝手な醜い思いを抱く私はなんて浅ましいだろうか。

 

瞳を閉じて、彼に伝える。

 

(お願いします・・・私に、私にっ、もっと魔術を教えてください!!先程の失礼を謝りますっ!貴方が何か求めるなら何だってします・・・っ!私に・・・知識を与えてください・・・)

 

彼の思考が、穏やかで優しい声音のように私に広がっていく。

困ったように、君が認識してるのは間違っていると、優しく諭すように、この魔術は繋がった者同士の思考を、知識を相互扶助しているだけにすぎないと。

教えているのではなく、お互いに助け合っているんだよと――――。

 

「あ・・・あぁ・・・っ」

 

自分の意志なんて関係なく、感情が全てを塗りつぶす。

私は泣いていた。前髪でも隠しきれないほど涙が頬を伝い落ち、机に幾つも幾つも水滴を作る。

 

彼の心が思いが伝わるからこそ、それが嘘偽りもない本当の思いだと分かるからこそ―――。

 

人に認められたのはいつ以来だろうか。嬉しくて嬉しくて幼子のように泣きじゃくる。

彼に認められたのが嬉しい、彼が私を頼ってくれていることが嬉しい。

 

―――私を必要としてくれることが心を震わせる。

 

「あり・・・っ、がどう・・・ござい、ます」

 

心で思うよりも先に口をついて出た言葉は感謝だった。

こんなにも滑稽な私を彼は笑うこともなく、陽だまりのように暖かく春風のように優しく・・・。

 

また、ここで会おう。

 

そう告げてくれた―――。

 

 

ーAnother View Endー

 

 


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