ーAnother Viewー
ベグレッド王国領トリティン―――この街の中央に建てられた大聖堂。女神を信仰する教会の支部だ。本部は5つの国に接した大陸のど真ん中に存在し、女神神殿とも言われている。
俺達の家はトリティンではあるが街からは少し外れた場所にあるため、中心部に行くには少しばかり時間がかかる。
イツキに特性が認められ、数日後にルキスラが認定書を作ってよこした翌日、俺達はそれを持って大聖堂へと向かっていた。
「しかし、最初は冗談で特性見てもらう感じだったんだけどね。まさか本当にあるとはなぁ」
「そうね・・・私は少し複雑な感じかも。仕方ないとは思うけど私達と同じ姓を名乗ることができなくなるとおもうと・・・ね」
「それは俺もだよ、エリーン。少し寂しいけどさ、イツキが俺達の子供であるのは変わらない。だったら胸を張って、どうだうちの息子すげーだろって思うことにしたよ」
俺は少しだけ切なそうにしているエリーンを元気つけるようにそう言って、抱いていたイツキを掲げるように抱き上げて見せた。
その様子を見たエリーンが吹き出すように笑い、そうよねと呟いた。
大聖堂に着いた俺達は荘厳な門をくぐり、扉を開く。
反射したステンドグラスの光が女神の像を照らしていた。その女神像の前から石畳に敷かれた赤い絨毯を厳かに歩いてくる人物。この大聖堂の司祭様だ。
「ようこそ、礼拝ですかな?」
「御機嫌よう司祭様。実は俺達の息子に特性がありました、これが証明書です」
「ほう、それは珍しくも喜ばしいことです」
歳のころ60代だったろうか、司祭様は俺の手渡した証明書を受け取り、年齢相応の深いシワを刻んだ細い目で微笑む。
真っ白い白髪に白い司祭服がよく似合っている。
「アルゴム・リーヴァン。この教会の司祭を務めております」
「イツァール・ヴァールズ。こちらは息子のイツキ、それから妻のエリーンです」
「よろしく、ヴァールズさん。シスター、エルフ郷の聖霊水を持ってきてもらえますか」
後ろに控えていたシスターは一礼をし、奥の扉へと消えた。
それから少しして、小さな水瓶を抱えてきたシスターに司祭がありがとうと小さく言うと、一礼し、また後ろに控えるように立った。
「ヴァールズさん、イツキ君を女神の像の前に」
「あ、はい!」
俺はイツキを腕の中で抱え直し、司祭様の後ろを歩く。
女神像の前に着くと司祭様はこちらに振り向きながら手を広げて女神像の羽根の部分を指す。
「女神様の羽根を触れさせてください」
「はい。イツキ、手を伸ばして女神様の羽根を触るんだ、そっとでいいからな」
「・・・はい」
イツキが羽根の部分をすっと撫でるように触ると、司祭様はシスターが持ってきた水瓶を俺達の目の前に差し出すようにすると、手を水の中へと言った。
「これは・・・これが
イツキが水瓶の水に手を浸すと見たことがない文字が浮かび上がった。
「その子は、会話を理解出来ますか?ヴァールズさん」
「え?あ、はい。大丈夫です」
「それは結構。聡明な子のようだ。さて、イツキ君その文字は君には分かるはずだね。それは女神様から賜る
イツキは司祭様の話を聞き終わると、じっと水に浮かぶ光る文字を見つめ呟くように口を開いた。
「・・・神代・・・」
ーAnother View Endー
水瓶に浮かび上がった光る文字を少し驚きとともに見つめていた。
自分にとっては馴染み深い日本語の漢字が浮かんでいたのだ。
何故この世界でこの文字がという疑問もあるが、その問題は後回しにすることにして問われたことに答えることにした。
「・・・神代・・・」
「なるほど、カミシロと女神は告げられたのですね。ならばイツキ・ヴァールズはこの日この時より女神より賜れし
司祭は厳かにそう告げると、自分に聖霊水を指先に浸けて額に触れた。
そうして
その後は教会に名前が保管されるということが説明され、教会施設の利用も自由にできると告げられた。
三人で教会を後にし、少しばかり街を見て回ることになった。
石造りの街並みは中世ぽさを感じさせられ、どこかワクワクとしている。
あの屋台は何か、あの看板は、あの建物はと、しきりに指差し訊く自分を両親は微笑ましく見ながら丁寧に答えてくれた。
「イツキは初めてだものね、珍しいものが沢山で楽しい?」
「はい、たのしいです」
「ふふ、そっか。じゃあたまにこうして街に来ましょうね、イツキ」
「はい、かあさん」
楽しそうに自分を抱いて歩く母と会話をしていると、父がそういえばとこちらに近づいて言う。
「イツキは、どうしてそういう喋り方なんだろうなぁ・・・何というか丁寧というか礼儀正しいんだが・・・エリーンが教えたのかい?」
「どうだったかしら・・・確かに言葉や文字を教える時はそうだったし、本を読んであげてたからそれのせいもあるかしら・・・?」
「イツキ、父さんや母さんとお話するときはな、もっとこう・・・砕けた口調でいいんだぞ?」
「とうさん、ぼくはこれがはなしやすいです」
「むぅ、そうかじゃあ仕方ないか・・・その、悪いわけじゃないんだが他人行儀でどうにもなぁ」
困ったように眉根を下げ、後ろ手に頭を掻く父を見て思う。
そうか、確かに他人行儀で余所余所しい話し方になっているかも知れないと。余り他人と親しく関わることが無かった自分は、家元を離れた時から家族にすらどこか余所余所しく話していた。
営業職をやってたこともあり、普段から話す言葉は敬語でそれに慣れすぎたところもあった。
確かにもうこの世界に生まれ直したのだから、前のことは置いておいて父の希望に添ってあげたいがどうにも上手く話せる自信もなかった。
「ごめんなさい、とうさん」
出来れば貴方の思いに応えてあげたいのだが・・・。
「あ、いや、イツキ謝ることはないんだ。イツキは悪いってわけじゃあないんだしさ・・・あーすまんなぁ、その、イツキが遠慮してるんじゃないかとか色々と考えちまってな・・・だからいいんだイツキは無理せずいてくれるならそれでさ」
「ふふ、あはは。イツキもイツァールも何を難しく考えてるの?」
自分や父の問答に母が吹き出し笑いながら口を開く。
「ね、イツキ。イツキは母さんや父さんにしてほしいことやお話すること、我慢してる?」
「してません」
「さてイツァール?イツキは私達に嘘をつくような子かしら?」
「いやそんなことあるわけが・・・って、そっか。ふっ、ははは・・・確かに簡単だ」
「そういうことよ」
そう言ってウィンクをする母は映画のヒロインのように完璧に似合っていた。
街を見物するのも一段落し、中心部から外れ家の近くまでくると先程とは違う種類の活気があった。
どうやら両親ともに親交のあるところに挨拶に向かうらしい。
そこには自分より少し先に生まれた子供がいるらしく、両家共に初めての子育てとして助け合っているらしい。
そこは石造りと木造をあわせて作られていて、店と住居をあわせているようだ。
入り口には街で教えてもらったパン屋の文字と続いてる文字は店名だろう。
ベル付きの木戸を開けるとカランカランと子気味の良い音を立てる。
中に入るとパンの香りが一面に広がった。
「こんにちは。ペスさん」
「あらいらっしゃい!まぁまぁエリーンさん!その子がイツキちゃんね、まぁ可愛い!ヴァールズさんは久しぶりねぇお仕事はどう?上手くいってる?ほらほら入り口に立ってないで奥入って奥!」
母が挨拶をすると、カウンターに立っていた少々ふっくらとした丸顔の女性が矢継ぎ早に捲し立てるように話し始めた。
「相変わらず元気そうだね、コートディアさん。仕事はボチボチさ」
「あっはっは。まぁ何事も程々が良いっていうしね!私の元気も程々でしょ~、まっ旦那の稼ぎが程々なのは良くないけどね!はははっ、さ!こっちこっち~アンタ―!ヴァールズさん達が来てるよ!一段落したらこっち来なさいなー!あ、飲み物とお茶請けでも取ってくるから座って座って」
この喋ってないと死ぬかのように話し続けるペス・コートディアにお店の奥の住居のほうに案内される。リビングテーブルの椅子を勧め、ペスは飲み物を用意しに奥へと足早に消えていく。
少し苦笑混じりに母は自分を抱き直し、父に座りましょうと言って着席した。
暫くしてペスがトレイにハーブティーを入れたグラスと、皿に乗った小さな一口サイズのスコーンのようなものを用意して戻ってきた。
こちらに歩いてくる最中もずっと喋り続けており、にこやかな表情も雰囲気にあっている。
年齢は母より少し上くらいだろうか、ふっくらとした顔にはシワなどは見当たらない。肩くらいまでの髪をひとつ結びで束ねており、真っ白な三角巾と白いエプロンには清潔感がある。
「はじめまして、ぺすさん。きょうから、いつき・かみしろに、なりました」
いつまでも挨拶しないのは失礼だろうと自分が声を上げると、今まで騒がしかったくらいのペスが突然電池が切れたおもちゃのようにピタリと動きを止めてしまった。
それを見た両親は堪えきれないといったように吹き出し、笑い声をあげた。
「・・・はぁ~驚いた驚いた~・・・イツキ君まだ6ヶ月ちょっとよね?うちの子9ヶ月くらいだけどまだまだ意味のある言葉も大して言えないし、ましてちゃんとした会話なんて・・・なんだけどねぇ。エリーンさん達どんな教育したの!?というか、いや凄くない!?いや凄いわぁ!」
「それがね、ペスさん。私達本当に特別なことなんてしてないのよ。本当に自然に話し始めたから私達だって最初はとっても驚いたわ」
「いや!驚くよぉそりゃ驚くよぉ!私だったら心臓止まってたかも知れないわよぉ!やっぱり
パタパタと忙しくペスは奥に引っ込み、すぐさま我が子を抱いてやって来る。
ペスに大切そうに抱かれたその子はフワフワとした柔らかそうな赤みがかった栗色で、クリっとした瞳は綺麗なリーフグリーン。まだまだ小さな鼻をヒクリと動かし、ぷっくりとしたピンク色の口を開いた。
「あー、や~・・・う~?」
「初めまして~ファナっていうのよ。よろしくねぇイツキ君」
母に抱かれた自分にペスが娘を優しく差し出すように近づけると、ファナはこちらに小さな手を伸ばしながら喃語を呟いた。
「はじめまして、ふぁなちゃん。いつきです、よろしくね」
「あーぅ。ぃーくね!」
「ふぉ!!おぉいまじか!ヴァールズさんとこの子はもうこんなに立派に喋んのかい!?」
「あら、アンタやっと来たの?そうなのよぉイツキ君もう会話出来るのよ!凄いでしょ!」
ちょうどやって来たペスの夫が目を見開いて固まっていた。
「おい、イツァールよぉ!どんなことしたらこんな凄いことになるんだ?」
「よぉ、ベック!久しぶりだな、どんなこともしてないぞ。イツキは俺に似ず天才だったんだよ」
「うぁっはっは。それはちげぇねぇな!イツァールの頭に似たんじゃこんなになるわけねぇよ」
ベック・コートディアは豪快に笑い、もみあげから繋がった切り揃えられた髭を一撫でした。
ぱっと見ではパン屋というよりも、どこか戦士のようにガタイの良い体に、彫りの深い目鼻立ちは少し怖さを感じさせる。ただ、髪をオールバックにした上に被ったコック帽と白いコック服に赤いスカーフが意外にも似合っており、怖さを和らげている。
「はじめまして、べっくさん。いつきです、よろしく、おねがいします」
「おぉ!!こ、こちらこそ初めまして!ベック・コートディアってんだ、よろしくなぁイツキ坊!」
「しっかし、エリーンさんこれは将来が楽しみでしょうがないでしょ!はぁ~とんでもない役職に就いたりしそうじゃない!いいわねぇ、あ!うちのファナと婚約でもしておかない!?」
「ぶはっ!お、お前なぁまだ1歳にもなってない子達に何言ってんだ!いや!?しかしどこの馬の骨にも手出しさせるつもりはねぇが!・・・イツキ坊になら許すぞ!どうだ!イツキ坊!」
「ベックお前も何言ってんだよ!夫婦揃って気が早すぎだろ・・・全く」
生後6ヶ月程度で婚約させられそうになったりもしたが、それから小一時間談笑し、今度はこちらに遊びに来る約束もしていた。お土産にとカゴいっぱいのパンを貰い両親と共に家路についた。
さぁ、また、帰ったら魔術書を解読していこう・・・。
この世界を楽しむためにも―――。