せかんどらいふ   作:にゃー1

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3 今自分に出来ること

 

 

この世界にも季節というものがあるらしく、生まれて一月ほどは肌寒い気温だったものが生後6ヶ月を迎えると、少々汗ばむほどに暑くなっていた。

 

ジメジメした雨の続く日がなかったことから、日本の四季が巡るような気候変化ではないのだろう。

 

そんなある日、この家に一人の客人が訪れていた。

その人は父と連れ立って来訪し、リビングの周りを運動も兼ねて歩き回っているこちらへと向かってくる。

 

浅葱色のフード付きのマントに肩にかけた茶色のバッグ、装飾の美しい杖を手にした魔術師。

フードを目深に被っているために顔や表情はまだ覗えない。

 

「へぇ、アンタに似なくてよかったねぇ。こりゃ奥さん似じゃないか、イイ男になりそうじゃない」

 

魔術師はフードをスルリと脱ぎながら床に膝をつき、こちらの目線に合わせるようにしゃがみ込む。

銀色の髪を耳下程度できっちりを切り揃えたボブカット、切れ長の目の端には赤い染料のような物が塗られている。少し肉厚の赤いルージュを引いた唇がニッコリと弧を描くように動いた。

まだ20代前半といった女性は青い瞳にこちらを映しながら頭を撫で回している。

 

「うるさいぞ、イツキは俺にもエリーンにも似てるんだよイイ男になるのは当然だ」

「ハハ、そりゃ悪かった。まさか自分の顔が格好いいと思ってるなんて思わなくてね」

「ルキスラ!そりゃ一体どういう意味だ・・・まったく」

 

父と軽口を交わしながら、自分をすっと胸に抱きかかえる女性。名前はルキスラというのだろう。

キッチンから母が氷の入ったハーブティーを3つトレイに載せ、いらっしゃい暑かったでしょうと挨拶を交わしながらテーブルへと促した。

 

「こりゃどうも。初めまして奥さん、私は旦那さんの仕事仲間してる魔術師のルキスラ・ハイネスっていうものです・・・ま、三流魔術師ですがね」

「初めまして、妻のエリーンと申します。夫がいつもお世話になっております」

 

母と形式的な挨拶を取り交わしながらも、こちらをかき抱き、頬をスリスリと撫で回すルキスラ。

 

「まぁ、今日は少し遅れたけども出産祝いも兼ねての、占いみたいなもんをやらしてもらいに来たんですよ」

「はい、夫から聞いてます。よろしくお願いしますルキスラさん」

 

ルキスラはニコリと微笑む母に頷き、テーブルに自分をゆっくりと下ろし座らせる。

 

「イツキ君でいいのよね?」

「おう!いい名前だろ?」

「ま、いい名前だわ。アンタが考えたんじゃなさそうね」

 

父はまぁそうだがなと別段気を悪くした様子もなく、ルキスラがカバンから取り出す道具を手際よく並べていく。

 

「あらありがと。手慣れてきたわね、イツァール」

「まぁ何度も手伝ってれば慣れもする」

 

自分は何が始まるのか分からないまま、父とルキスラを交互に見やり口を開いた。

 

「なに、するんですか?」

「・・・おっどろいた。イツキ君、キミもうそんなに流暢に話すこと出来るんだ・・・ねぇイツキ君っていま何ヶ月だっけ?」

「はは、すげーだろ?イツキは天才なんだよ。えーっとエリーン、そろそろ6ヶ月過ぎた当たりだったかな?」

 

目を見開いて驚くルキスラに父は自慢げに胸を張っていた。

呼びかけられた母が小さく笑って、そうねと答えて会話に参加する。

 

「ちゃんとした会話が成立しだしたのは、一月ほど前から徐々にって感じでしたね」

「ああ、そうだった。いやぁあの時は俺もさっきのルキスラみたいに驚いたさ」

「そりゃあすごいですねぇ。いやコレは本当にあるかも知れないですよ?・・・特性」

 

ニヤリとした笑顔を浮かべ、自分に目線を合わせるように顔を近づけてルキスラはこちらの質問に答える。

 

「さてイツキ君、今から私はキミの中にある可能性を魔術によって占うんだ」

 

少しハスキーな、けれども掠れていない声音は近くで聞くと、とても落ち着いた。

自分はその声に、なるほどと納得するように頷く。

 

ルキスラは少しくすんだ布を広げて、中央に描かれた魔法陣のようなものを指し招く。

 

「これは魔術円、主に探知や神秘の暴きの魔術理論で構成されてる魔術円なの。まぁ一流の魔術師なら魔力でそのまま構築するんだけどね。さ、ここで楽にして座ってていいからね」

 

自分は招かれるままに魔術円の描かれた布の中央に腰を下ろした。

他人が魔術の行使する現場を見るのはまさに初めてであり、興奮を抑えきれず体に力が入っている。

ルキスラはそれを緊張と取ったのか、大丈夫と微笑みこちらの頭を一撫でした。

 

「何も怖いことも痛いこともないからね、それじゃあ始めよう・・・イツキ・ヴァールズ。彼の者の神秘を暴こう・・・」

 

ルキスラが聞き覚えのない魔術言語と思われる呪文をつらつらと重ねると、淡い青白い光が自分の周りを包むように幾つも発生した。

それらは自分に収束するように集まり、強烈な光となって一瞬で全てを白く塗りつぶした。

 

「ふぅ、お疲れさん。終わったよイツキ君。いやぁ本当に特性持ちなんてねぇ、びっくりだねぇ」

「くぅ~・・・目がチカチカしやがるなぁ、ルキスラ今のが特性持ちの反応なのか?」

 

光が収まり、一仕事終えたように息をつき話し出すルキスラに目を瞬きながら父が問いかける。

 

「ああ、そうだよ。うーんイツァールさーイツキ君を私に預けてみない?最高の魔術師に育ててあげようじゃないか」

「あー?バカなこと言うな、お前みたいなのに大事な大事な可愛い息子を預けられるか」

「アハハ、冗談さ1割はね」

「ほとんど本気ってことだろうが」

 

父の悪態を気にすること無く座り込んだ自分を抱き上げて頬ずりをするルキスラに、本気で危機を感じたのか父は奪い返すようにルキスラの腕から自分を取り上げた。

 

「まぁなんにせよ、特性が確認されたからさ。証明書を作るからそれ持って早いうちに教会に聖名(エルマ)を貰いにいってくるんだね」

聖名(エルマ)か・・・そ、そうだよなぁ」

 

口籠るように言う父の後を追うように、光で目を痛めたのだろう涙目を指で拭いながら母が質問をした。

 

聖名(エルマ)を頂くということは・・・私達の姓はもう・・・」

「あー・・・そうですねぇ、特性を持つってのは女神の子供ってのが教会の教えですからねぇ・・・聖名(エルマ)を頂けばヴァールズはもう名乗れません。とはいえ形式的なもんですし、イツキ君があなた達の子供っていうのは変わらない事実ですよ」

 

深刻に考える必要はないですよと添えるルキスラに、少し悲しそうに眉根を下げて母は頷いた。

 

それから小一時間テーブルを囲んで談笑する間、自分は父とルキスラに奪い奪われで交互に抱かれては撫でくり回されていた。

 

そして、ふっと会話が途切れた隙間にさて、とルキスラが立ち上がり帰宅する旨を告げた。

魔術道具をバッグにしまい直していると、バッグから一冊の本が転げ落ちた。

 

「おっとと」

「これ、なんてよむのですか?」

 

床に転げ落ちた本を手に取ろうとしたルキスラに表紙の文字を指差し問いかける。

不思議そうにこちらを見るルキスラに、母が笑いながら答えた。

 

「あぁ、イツキったら少し前から本に書いてある文字や紙に書いてある文字を指差してはそうやって尋ねてくるんです。何でも知りたがるんですよ、ふふ」

 

ルキスラはあぁ、と得心がいったと頷き、自分の質問に答える。

 

「これは、精神魔術理論って読むのさイツキ君」

「・・・これ、かして、いただけませんか?」

「イツキ?ダメよ、それはルキスラさんの大事な本なのだから、それにそんなに難しい本イツキ読めないでしょう?ね?」

 

自分がそう訴えかけると、少し驚いた声色で母が窘めるがそれに答えずルキスラの顔を見つめた。

ルキスラは少しだけ目を見開いて、ほぅと短く呟いて母に向かって話し出す。

 

「いえいえ、大事な本ってわけじゃあないんですよ。今回の特性占いの儀式のちょっとしたおさらいみたいな気持ちで家から引っ張り出したもんですからね。内容は一応頭に入ってるし、どうせまた家で埃を被るだけのもんですからねぇ・・・イツキ君が興味があるならこの本あげよう」

「いえ、そんな!悪いですから。どうしたのかしら、我儘なんて言ったことなかったのに・・・」

「そうですか、なら尚の事イツキ君にこれを差し上げたいですね。私は別に迷惑でもないんですから最初の我儘くらい多めに見てあげてはどうですかねぇ」

 

でも・・・と断りを入れようとする母に二階から降りてきた父が手に持った小さな革袋をルキスラに投げ渡し、母に笑いながら言う。

 

「いいっていいって、どうせ本当に二束三文の価値の本なんだろうよ。気にせずくれるっていうなら貰っておけばいいさ」

「おっ。こりゃいい魔石(ジェム)じゃないか」

 

革袋を開いていい笑顔を浮かべたルキスラに、ほんの礼だよと父が答えた。

 

「っつっても祝いに来たのに礼を貰ってもねぇ」

「おい、そのにやけ顔を引っ込めてから言え。じゃあその本貰う代わりってことでとっとけよ」

「ふむ、いや本当にあげるつもり・・・ってまぁアンタも礼を引っ込める気なんてないか。じゃ、これは有難く頂いとくよ。というわけで、奥さんそれは旦那さんとの取引で交換したものですから、もうそちらのものですよ」

 

そう言って、後ろ手に手を振りながら出て行くルキスラに、頭を下げて礼を言いながら見送る母を追い、声を上げる。

 

「ありがとう、ございます。るきすらさん」

 

自分の声に少し驚いたように振り向いて、優しく微笑むようにどういたしましてと言うとルキスラは玄関の戸を開け家路についた。

 

玄関の戸が締まり、母がこちらに目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 

「ねぇ、イツキ。どうして欲しがったの?イツキはそのご本読めないよね?」

「はい。かあさん、このほんをよめるようにおしえてください」

「あ・・・イツキ、お勉強がしたかったの?そう、そうなのね。ごめんねイツキ理由も聞かないで我儘なんて決めつけて、母さんが悪かったね・・・ごめんね」

 

母は自分を抱きしめ、頭を撫でて自分の非を悔いるように謝っている。

自分は居た堪れなくなり、母を抱きしめて母さんは何も悪くないですと伝えた。

 

その日を境に母と父に代わる代わる魔術書を文字を教わりながら読んでもらう日々が続いた。

 

ただ、両親ともに魔術言語には精通しておらず、魔術書を読むには些か力量が不足していた。

 

「精神に侵食する、えーっと・・・ちょっとまってね。イツァールここ、何て読むのかしら・・・?」

「どれどれ、うーん・・・すまん、ちょっとよく分からないな・・・そうだなぁ、ルキスラにこの本を読むのに役に立ちそうな初歩的な本を紹介してもらうよ」

「そうね、私達じゃ魔術書なんて読み聞かせるほどの知識がないものね・・・ごめんねイツキ」

 

自分の為に色々としてくれる両親に感謝はあれど、不満に思うことなど何もない。

だから自分は申し訳なさそうにする二人に、ただ首を振り、ありがとうかあさんとうさんと感謝を伝えることにした。

 

後日、ルキスラさんに紹介してもらった初歩的な本を辞書に、魔術書を最後まで読み取ることが出来た。これは自分にとって大きな知識の獲得になり、両親には感謝の念が絶えない。

 

これで自分が望む結果が得られる可能性の芽が出たのだ。

 


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