自分が何者かと問われ、問いかけた相手の真意を汲んで答えられる人間は果たしてどれだけいるだろう。かく言う僕も目の前の少年の問いかけに幾つもの答えを持っていて、そしてそのどれもが彼の求めているものではないと思う。
「・・・はぁ、はぁ、君は・・・僕にどう答えて欲しいんだ・・・はぁ、んぐ。視覚的なものや、身分、立場・・・そんなことじゃないよな、君がその問いに込めたものは――――」
「――――・・・本当に、俺を見透かした様な語り口が苛つくな。何様だよ・・・」
白いコートは焼け焦げ、身体中から煙を立ち上らせながらもヴァルは狂気を瞳に宿しこちらを睨みつけた。
「マリアぁ!!血ぃ寄越せ!」
「えぇ~?ちょっとぉ、神代さん殺しちゃうつもり?馬鹿なこと止めなさいよぉ~。そんなことしたら―――――」
「るせぇっ!!!!・・・いいから、寄越せ。頼むよマリア・・・」
「――――本当に不憫な子・・・いい?絶対に殺しちゃダメよ?約束して」
「ああ、分かってんだよ、んなこたぁ!!」
――――不味い、ヴァルは何かをやるつもりだ。血?
「
雷撃がヴァルに向かう、それを追うように床を蹴りつけヴァルに魔杖を突き立てる――――はずだった。雷撃は魔術障壁によって阻まれ、魔杖を受け止めたのはマリアだった。
――――何故そこにいる!?速すぎるっ!くっ、どうする!?魔杖に魔力を流す?いや、魔術障壁は健在だ・・・大したダメージにもならないっ!このレベルの障壁を破るのなら一から魔術を構築しないと――――ダメだっ、この状況でそんな時間・・・っ!!!
ザクッと肉を断つような音。マリアの後ろに立つヴァルは彼女を抱きしめ、その首筋にダガーを突き立てた。
「な、何を―――!?」
異様な光景に僕は思わず声を漏らし、踵に力を入れ後ろに飛んで距離を保つ―――。
突き立てられたダガーを引き抜き、血がまるで噴水のように吹き出すのをヴァルは唇で塞いだ。そしてその傷口から湧き出る血を貪り吸う。ゴクリゴクリと喉を鳴らす音が響く中、マリアはヴァルの頭を優しく撫でながら、母が子に授乳でもしているかのような慈愛に満ちた表情で微笑んでいた。
ゾクリ、と全身に悪寒が襲い来る。肌が粟立つ、瞳孔が開く、目の前のそれは危険なものだと本能がガンガンと警鐘を鳴らす。
ゆっくりとヴァルの瞳が開かれる―――。
―――――赤い、紅い、赫い・・・禍々しいほどにギラリと輝く瞳。
身体中から魔力などではない、瘴気を立ち上らせたそれは慈しむようにマリアの首筋から唇を離す。
「わりぃ、マリア―――やっぱ、俺無理だ―――」
「―――ヴァル?――――ひぃああああああああああああっ」
ヴァルはマリアの腕をまるで人形のそれを取り外すように引き千切った――――。
ブチブチと肉が裂ける音、骨がゴキンと外れる音、およそ聞くに堪えないそれらが室内に響く。
「借りるな?――――
「―――な、何してるのよ・・・、馬鹿なこと止めなさい、止めて、止めてお願い・・・っ。それは力なんかじゃないのよ!?武器なんかじゃ決して無いっ!!
マリアは引き千切られた腕のない肩口を押さえ、悲痛の表情で訴える。だが、ヴァルはマリアに微笑み、一言だけ―――ごめんな。と囁くように呟くだけだった。
「――――目覚めろ、”シヅル”」
マリアの腕だったものは内側から光を放ち、外郭が剥がれ落ちるようにボロボロとまるで
現れたそれは――――刃だった。刀にも似た形、だが、似ても似つかない何の装飾も無い金属の塊にも見える。柄はむき出しの金属、鍔も無く、ただ、ただ、殺すためだけ。ただそれだけのための青白い刃。
――――だめだ、だめだだめだだめだっ!!あれは、あれは不味いッ!!見ただけで
「な、何して・・・何してるのよぉ!!!ヴァルーーー!!それはダメだって言ってるでしょう!!殺してしまうのよ!?――――何を、やってるのよぉ!馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「――――だから言ったじゃねぇか。やっぱ俺にはコイツを殺さないなんて無理だ・・・」
「やめて・・・ねぇ、やめてお願い―――ヴァルッ!!約束は!?ねぇ!!私を―――一人にしないでよぉぉぉーーーーーーーー!!!!!!!」
マリアの慟哭を皮切りに、ヴァルは視認することすら出来ないほどの速度で襲い来る。回避など考えるのも馬鹿らしくなる斬撃が肩口から袈裟斬りに身体を両断する。
「―――っ!?チィッ!!神代ォ・・・この期に及んでちゃちな幻視なんざ使ってんじゃねぇ!」
ヴァルが切り裂いた氷の塊は細かな氷の粉を撒き散らしながら床に落ちて砕ける。
振り返りざまに僕の姿を視界に入れると同時に床を蹴りつけ斬りつける。再びそれは氷の塊に変わり砕けて散った。
(僕を受け入れろ!マリアッ!!聞こえるな聞こえているな!!答えろッ!!)
――――神代・・・さん・・・一体、これは何?・・・何のつもりッ!?
コネクトを行使し、僕はマリアと繋がり、彼女の恐怖と絶望、そして敵意の入り混じった感情がこちらに伝わる。僕は狼狽える彼女を意に介さずに強い思考で質問をした。
(理由はどうあれ、お前は僕に死んで欲しくないんだろ?あれをどうにか出来る方法はあるのか!?それからお前の血の力はいつまで続く!?弱点は!?)
――――”シヅル”は概念よ、壊すとかそういう次元の話じゃないわ、どうにも出来ない。・・・私の血はあれだけの量を飲んでしまえば数時間は保つわ・・・そして弱点なんて無い。私の血は神秘よ、魔術の強化なんて足元にも及ばない、精々効果が切れた後に死ぬほど苦しむくらいよ。
(最高に楽しい話だなそれは!!―――畜生ッ!)
――――・・・私の血をあげるわ。・・・でも、約束して絶対にヴァルを殺さないと。
(分かったと僕が答えて、お前はそれを信じるのか?)
――――その質問は意味が無いわね。でも一応答えておくわ、裏切れば私は私の全てを懸けて・・・貴方を殺してあげるわね。
とにかく、マリアはヴァルを止められないことが分かった。それは力が足りないのか、それとも別の理由かは分からないが今は置いておく。そしてこちらのほうが疑問だが、彼女は僕が死ぬことを望んでいない。というよりも僕が死ぬことで困ることがあるのだろう。
その理由も分からないが、彼女の感情の動きからして自分の血を差し出すということが罠という可能性は低い。
だとすれば自分が出来る最大限をやり尽くす、それ以外に生き残る道は―――無い。
先程から壊される度に水の魔術で氷塊を作り幻視を掛け続けていることも相当に負担が掛かっている。早めに決着をつけないと呪詛で身体が鈍る。勿論、
――――さぁ、行こうか。一度たりともミスは許されない、あの”シヅル”とかいう刃に斬られでもしたらそれこそ終わりだ。集中しろ、神経を研ぎ澄ませッ!!
「いい加減に・・・しろォッ!!!!神代ォ!!!!殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
ヴァルが怒りに任せ氷塊を両断した瞬間、奴の背後を取れた最高の好機が訪れる。
僕はヴァルを視界に収め、静かに息を吸う―――――。
「
「―――ってめ!ぐああああああああぁぁくっそがあああああああああああッ!!!」
雷撃がヴァルを背後から襲い、6番に記憶した風の蔦が奴を締め付けるように拘束する。たとえ数瞬でも足止め出来ればいい、あの血の膂力で動かれたらどうしようもない―――。
「
急速にヴァルを包み込む氷を確認すること無く、僕は床を蹴りつけマリア目掛けて飛びつく。
マリアを抱きしめるように着地し、完全に傷が塞がった首筋にナイフを突き刺した。
ゾブリという厭な感触に身体がぞわりと震えたが、差し迫る死の緊迫感に心を凍らせる。
マリアは肩口の傷は塞がっているが腕は再生していないのもあってバランスが取りづらいのかこちらに凭れ掛かる。僕は彼女の腰を抱きしめるようにして、ナイフを引き抜きその傷口に唇を当てた。
口の中に生温かくトロリとした液体が流れ込む―――――。
鉄を舐めるような不快感を伴う味覚が拒否反応を起こしそうになるが、感情を押し殺し喉を鳴らす。ゴクリとそれを飲み込むと、強いアルコールを飲んだ時のような喉が焼ける感覚が襲い、瞬間それはとてもとても甘く、甘美な味へと急激な変化を起こした。
「神代、さん・・・んっ、もしもの時にために・・・出来るだけ、くっ・・・飲んで―――」
マリアは僕の頬をなぞるように優しく撫で、囁く――――ゾクゾクとした感覚が身体を駆け巡り、その甘い液体を吸い尽くしてしまいたいとさえ思ってしまう。
永遠に続いて欲しいと思う程の甘美な時間は氷の砕ける音で終わりを告げる―――。
「か、みしろぉ・・・ッ!!マリアから―――離れろォォォォ!!!!!」
「ヴァル!!お願いだから止めてよぉ!ねぇ!!」
僕はヴァルが動く前にナイフに武器強化の魔術を施す。切れ味は捨て、硬度だけを最大限に高める。何処まで保つか分からないが、やらないよりはマシ程度だろう。
「マリア、そいつから離れろ・・・じゃなきゃお前まで殺しちまう・・・」
「――――ヴァル・・・。どうして・・・考え直すことは出来ないの?」
「無理だ。頼むよマリア―――俺はどうしても、そいつを殺さずにはいられないんだ・・・分かるだろッ!?なぁマリア!!!退いてくれッ!!」
――――どうしてヴァルはここまで僕に殺意を抱く?こちらには全く身に覚えがない・・・。だが、お前がどんな恨みを持っていようが、はいそうですかと殺されるわけにはいかないんだっ!!
目を伏せ、唇噛み締めたマリアがゆっくりと僕らの間から離れていく――――。
合図は無く、示し合わせることもない、ヴァルが床を蹴りつける瞬間が視界に映る。僕の目もまた赤く染まっているのだろうか?先程までとは比べ物にならない程にヴァルの動きを視認出来る。
ただ、奴の持っている”シヅル”は脅威過ぎた―――まるで死そのものが暴風のように襲う。
「お前はッ!!俺がッ!!俺が殺してやるッ!!!」
甲高い金属音が引っ切り無しに響き渡る。でたらめに力任せで振るわれる死の刃をナイフで受け止め、または躱し、または剣閃の軌道を逸らす。一歩でも間違えば死が訪れる綱渡りのような攻防に嫌な汗が止まらない――――。
「随分とっ、僕は恨まれているみたいじゃないかっ!きっと僕が何故そうなったか分からないことさえ、君の神経を逆撫でしているんだろ?」
「――――知ったような口を聞くなァ!!!!!」
「
結界に”シヅル”が弾かれ、もしそのまま結界ごと斬られた時のために半身にしていた身体を直し、距離を取る。直ぐ様に結界を解除し、ヴァルの使った”アキュシエイプ”を警戒する。
弾けると思い込みアレを使われたら目も当てられない―――。
「くそっくそっ!!何で届かねぇんだ!!何で!!!俺は!お前に届かねぇんだよ!!!」
「冷静さが欠片もないんじゃ、絡め取られるさ。僕は戦士じゃない、魔術師だよ。そろそろ理解しろ」
真正面に受け止めた刃にナイフがミシリと音を立てる――――。ここまで耐えられているのは偏にヴァルが剣に慣れていないからだろう。こんな最悪な状況下での幸運はそれに尽きる。
ヴァルが剣才を持ち、イリスのように修練を重ねていたのなら既に僕はこの世にいなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・そうかよ。埒あかねぇよなぁこれじゃあ!ならよぉ――――」
ナイフを弾くように刃を押し返し距離を取るヴァルに、予感がぞわりと心を侵食していく。
ギラリと光を放つような赤い瞳がこちらの視線を少し外したような気がして―――――。
僕は――――――口角を上げ、笑った。
「こうすりゃ何か変わるよなァァァァーーー!!!」
ヴァルが高速で移動した先はフィーナの元だった。きっと奴は僕がフィーナを守るために彼女の前に手を広げて庇うとでも思ったのだろうか。
――――お前は何も分かっていない。お前が牙を向いた相手は、魔術の頂に君臨していた魔女だ。
ヴァルが血の膂力で振るう剣の速度は常人では対応する暇などなく両断される――――フィーナの前に振り下ろされる”シヅル”は
「―――ええ、変わるわ?戦況は、貴方の敗戦確定へとね」
フィーナには僕らの戦闘を見て、何が有効で何が危険か見極め、相手をどう翻弄するか思考し、どう罠にはめるか思案する時間があった。彼女にとってこれほどまでの情報と時間は相手を圧倒せしめるに至るに不足などあるはずもなく――――。
そう、だからこそ彼女は戦う前から既に勝利していた。
僕らは魔術師――――力や膂力で相手を圧倒する者では無い。蓄えた知識で戦い、情報を吸収し知恵を以ってこちらの策へ相手を絡め取り、身動きも取らせなくした後、敵対する者の心を折り二度と逆らえないほどの恐怖と畏怖をその身に刻む。
――――――笑ってしまうほどに、僕らは陰湿極まりない戦いこそが真骨頂。
「ふざけるなよッ!!クソアマァ!!―――”アキュシエイプ”!!」
「―――それは
「―――っな、に!?」
ヴァルの左手が刃を防いだフィーナの結界に触れ、まるで何かに侵食されるように消し去っていく。――――が、直ぐに何かに阻まれたように左手も、その後に振るった”シヅル”も止められる。
「やっぱり、それ。認識した魔術を有無を言わさず消し去るのね、まさに魔術師としては最悪の神秘よその力。――――でも、複数の魔術を一度に消せない。今それが露顕、さて連続使用は可能?」
臍を噛むような表情で歯を食いしばり、ヴァルはフィーナから
「クソッ・・・何なんだよっ!!テメェらは苛つく苛つく苛つく苛つくッ!!!!」
「ふふふ、お顔が真っ赤よ少年。何重の結界を張る時間があったと思ってるの?―――もしかして、私をイツキに守られるか弱い女と見てくれていたのかしら?・・・残念ね、的外れよ」
フィーナは握っていた
「さて、それじゃあ私の手番かしら?―――イツキー?ついでにお勉強の時間よ。ちゃあんと師匠の戦い方を学びなさいね?」
「馬鹿にするな・・・殺す、お前もぶっ殺してやるッ!!!」
「確かにその概念に至った神秘は脅威だわ?でも、扱う者が稚拙じゃあどうしようもないの。少年、貴方もその目に焼き付けなさいな、これが正しい神秘の使い方よ――――」
魔女は見つめる、その片目に輝くような金色の瞳で―――――。
魔女は手を翳す、まるで舞うような美しい所作を以て――――。
「――――
3番によってフィーナと王女達を包み込む強固な魔術障壁が現れ、次いで展開した4つの多重魔術円はどれも同じ高位魔術であることが分かる。尋常ではない魔力を迸らせながら顕現する魔術円はまさに彼女を体現する言葉そのものだ。彼女こそ頂きに立つ―――――
(マリアッ!死にたくなきゃ全力で障壁を張れ!)
――――ヴァルは!?殺さないって約束したじゃないッ!!
(これだけ頑丈ならギリギリ死なないだろ!?お前の血は神秘なんだからッ)
――――ヴァルが死んだら許さないッ!!許さないからッ!!!
僕は全力で魔術障壁を構築し、無駄だと思うが一応フィーナに向かって声を掛ける。
「フィーナ!手加減は!?」
「人たる私が、人であることを止めた人外相手に手加減を?面白い冗談ねそれ、ふふふ」
フィーナの言葉に反応するようにヴァルは即座に体勢を中腰に構える。彼女の魔術に備え、睨みつけるように赤い目を見開いた。・・・だが、それは悪手だ。彼女がここまで余裕綽々と会話を交わすことをどう思っているのか。―――――
「じゃあ、おやすみなさい。少しか永遠かは知らないけれどね?――――
フィーナのトリガースペルを最後に、一瞬で目を閉じて尚視界を白く染め上げ、世界に音が消えた―――――。
全力で維持している障壁すらも侵食する雷光は全身を這い回るように痺れを齎せる。恐ろしいほどの熱量が身体を焦がしていく。恐らく目を開けようともそこにはただただ白い世界があるだけだ。そしてその世界を目に映そうものなら代償にその視力を奪われることになるのだろう。
誰の叫びも―――。
物を破壊する轟音も―――。
ただただ真白な世界へ飲み込まれ、身体を焦がし尽くす程の光の静寂だけがそこにはあった―――。
30を書いている間に、ボツとして8千字と1万2千字の方を消し、こちらに落ち着きました。物語を書くって難しいものですね。
皆さんに楽しんで頂ければ幸いです。
ご意見ご感想お待ちしております。
にゃー1。