せかんどらいふ   作:にゃー1

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29 誰ぞ彼

 

 

洞窟の終着点辺りは石畳で舗装されており、内壁にも人の手が入り、石造りで補強されていた。

僕らはこの場所では明らかに身を潜められないと判断し、人の手が入った場所の手前で岩を背に、二人で地べたに腰を下ろし時間を待つことにした。

 

暫くして、カツン、カツンと石畳を歩く足音が響き、僕は灯の魔術を込めた魔石(ジェム)をナイフの柄で叩き壊した。一瞬で辺りが闇に包まれ、僕らは息を潜め合図を待った。

 

ランタンの灯が近付く、生地の厚い布を掛けたのか、一気に暗くなる。そしてそれを取り去り再び仄明るい光が照らす。その明滅を3度程繰り返したのを見て、僕らは岩陰から姿を表した。

 

「お待たせしましたか?先生、フィーンアリア様」

「いや、僕らが早く着いただけだよ。時間通りだ」

 

リリーがこちらを確認し声を掛け僕はそれに応えた。彼女は小脇に抱えた布袋を差し出し、僕らへの変装を促した。

 

「姫様の守護騎士様への夜食を運ぶためにそろそろ侍女が向かう時間ですから、お二人にはそれを着て頂ければ―――」

「・・・本気?」

「・・・ぷふ、貴方にしては良い提案だわ。くっく・・・さぁ、イツキ着替えましょうか?」

 

受け取った布袋にはエプロンドレスと、ご丁寧にウィッグまで用意されていた。こんな状況下で我儘を言うつもりは無かったが、流石にこれは拒否反応が強い。しかしここで恥ずかしいからだのとゴネるわけにもいかない。

 

僕は楽しそうに笑うフィーナを尻目に、何も気にしていない様子を装い着替えを済ませる。

ただ、二人が見て女装と明らかに分かるようならこの作戦は却下させてもらおう。

 

「――――・・・ねぇ、イツキ。それ、笑えないわ」

「完璧に似合っていますね、先生」

 

変装を終えた僕に二人が感嘆の溜息と共に感想を呟いた。どうやら不本意ながら相当に似合っているようで、作戦の変更は認められそうにもなかった。

 

「――――・・・笑えないのはこっちだよ」

 

 

勿論僕よりも似合っているフィーナの変装だったが、明らかに侍女というには美しすぎる姿にリリーから待ったの声がかかる。

 

「・・・フィーンアリア様の容姿を考慮するのを失念していましたね。では私の宮廷魔術師の服を着て頂けますか?ヴェールを目深にしておけば大丈夫です。私が侍女に変装しましょう」

「はぁ、本当に面倒ね・・・まぁいいわ。イツキを愛でられる役職ということよね?」

「違うよ、何言ってるの。真面目にやろうね?―――うわっ!?フィーナ!お尻触らないで!」

 

 

ここで幻視の魔術を使わない理由はもしものための温存も一つではあるが、幻視には致命的な欠点が存在することが理由としては大きい。複数人に見られると、幻視に設定した何かが共通に知っているものであれば問題がないが、例えば侍女として見える幻視を行使しAとBに見られた場合、Aは知り合いのCとして認識し、BはDとして認識してしまった時に声を掛けられたらどうなるか。

AがCの名前を呼んだ瞬間に幻視は綻び、BがDと認識していた幻視は一瞬で消え失せる。そうすると連鎖的にAがCと認識していた幻視も解けてしまうのだ。

つまりは幻視を使うには見られる人物達に共通して知っている人物を知っている必要がある。

事前情報が必要になる魔術なのだ。そういうこともあり、この準備期間の殆どない作戦には不向きなものになる。

 

 

 

僕達は地下道から城の中へと侵入し、何食わぬ顔でまずは城内の厨房へと入った。

そこで王女の守護騎士への夜食の用意をしている侍女にはこちら側の人間が予め言いつけていたらしく、特に何の不信感も抱かれること無く、僕達は軽食を受け取ることが出来た。

 

宮廷魔術師の服装を着たフィーナを先頭に、僕とリリーが用意されていた軽食を乗せたトレーを持って王女の部屋へと向かう。

巡回の兵士達に会釈をしながら部屋の前に到着すると、2名の兵士がこちらを見遣り、口を開いた。

 

「ブレイ様の夜食か、・・・魔術師殿は何用か」

「最近姫様が心労で眠れないらしいの。私は薬学も学んでいるから、鎮静効果のある飲み物を煎じることになったのよ。ブレイ様から聞いてない?」

「―――・・・、いや?聞いていないな・・・」

 

訝しげにフィーナを見る兵士に微動だにせず、彼女は言い放つ。

 

「それでは今確認すれば良いでしょう?中にいらっしゃるのだから」

「・・・ふむ、そうだな」

 

豪奢で重厚な木製の扉を2、3度兵士がノックをすると、中から応答が帰ってくる。

 

「どうした、何かあったか?」

「ブレイ様、夜食を運んできた侍女と一緒に魔術師殿が来ておられるのですが」

「ああ、お前達に伝え忘れていたな。私が来るように頼んでおいたのだ」

「はっ、そうでしたか。ではお通しします」

 

それで兵士達の疑念が取り払われたらしく、僕らへの視線や表情も少しだけ穏やかなものになっていた。そのまま二人の兵士は扉の前を譲り、ゆっくりと開いた。

僕達が部屋の中へと通り、扉が閉められるとフィーナは直ぐ様に室内に隠匿の魔術を掛ける。

 

「・・・この部屋の音を隠したわ。さてと、自己紹介は必要かしら?」

「ふむ、ある程度お前達の資料は目を通しているが、一応聞いておこうか」

 

守護騎士は広い室内に設けられたソファから腰を上げると、フィーナの発言に応えた。

 

その騎士は真紅のドレスに金の刺繍が施された騎士服を身に着けていた。胸を覆う白銀のプレートメイルは恐らく魔術媒体を用いた代物だろう。

彼女の精悍な顔立ちに、ディープグリーンの切れ長の目がとても合っている。第一印象はほぼ誰もが怖い人だと答えそうだ。肩ほどの銀髪は纏めておらず、癖のないストレートの髪が綺麗だった。

 

「フィーンアリア・クロノアよ。こちらは弟子のイツキ・カミシロ。そしてもう一人はそっち側の魔術師なんだから紹介は要らないでしょう?」

「ほう、ガキが一人入っているとは知っていたが、女装趣味か?くっく、軟弱な魔術師のガキにはお似合いだな。いっその事そちらの仕事にでも就けばいいだろうに」

「そちらの指示だよ。馬鹿にされる謂われはない」

 

僕の言葉に少し面白くなさそうに鼻を鳴らすと、騎士はテーブルに軽食を置くように指示する。

僕とリリーがテーブルに持ってきた軽食を置くのを見届け、彼女は口を開いた。

 

「私はフィスリス・ロインズ・ブレイ。姫様の守護騎士だ。宜しくするつもりはないが、この作戦の邪魔はしない。だが、姫様を守るのは私だ。覚えておけ」

 

フィスリスは名乗りと共にそう宣言し、僕達を信用することないと言い含めた。

 

この格好のままでは落ち着かないこともあり、フィスリスに少し時間を貰い元の格好に着替えることにする。僕とフィーナは自分の着替えの入った布袋を太ももに括り付けスカートで隠していた。リリーはフィーナの着替え待ちになってしまうが、特に焦ることもなくソファに腰を下ろしている。

 

「―――・・・」

 

僕はリリーに視線を遣り、彼女がにこりと笑うのを見て、部屋の隅で着替えを済ませた。

同じくフィーナにリリーと着替え終わり、豪奢な部屋の中心に設えられたテーブルの周りのソファに王女を除く全員が腰を下ろす。

 

「それではここからの作戦概要の説明を―――後、30分で姫様の部屋前の警護の兵士が交代で数分間いなくなります。その間に私達は城の地下道に入り、王城から脱出します。そして北東を目指し隣国の国境近くの街、ウェスガーデンに入りそこで潜伏します。ウェスガーデンまでにある村や街で馬車を乗り継ぎながらの移動になりますが、なるべく目立たないように心がけて下さい」

 

 

リリーは概要説明を手短に終えると、フィスリスに視線を遣り、王女を連れてきて欲しいと告げた。

フィスリスは頷き、部屋の奥の扉をノックする。数度のノックに柔らかな落ち着いた声が返ってくる。扉が開かれると、綺羅びやかなドレスに身を包んだ、まだ幼さの残る王女が姿を現す。

 

「皆様初めまして、(わたくし)はエアリス・リガル・モート・トリグレッド――――此度は皆様にご苦労を掛けて申し訳ありません・・・」

 

深く頭を下げるエアリスに、フィスリスが慌ててその行為を諌める。しかし、彼女は譲ること無く小さく首を横に振った。その動きに綺麗に結い整えたプラチナブロンドの長い髪がゆるゆると揺れた。

 

深い謝意を終え、こちらに視線を遣るエアリスは幼さの残る顔立ちではあったが、気品を備え、目鼻立ちがとても整っている。何らかの意思を持った淡い桜色の瞳は揺れること無く真っ直ぐにこちらを見据えていた。

 

僕とフィーナは王女の御前に跪き、エアリスを見つめたまま言葉を返すことはない。

一応その姿にフィスリスは満足気に腕を組んでいた。

 

「姫様、その格好では目立ちますのでお着替えをお手伝いさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「ええ、頼みます。リリー」

 

リリーはそう言いながらゆっくりとした足取りでエアリスに近付いていく。それを僕の言葉が留めた。

 

「リリー、僕のあげたお守りは持ってる?」

「え?ええ勿論です先生。こちらに―――っと。先生が言った通りに身に着けていますよ」

 

リリーは首元から紐を引っ張って魔術服の内側から取り出すようにお守りを()()()()()()

 

 

「―――お前は誰だ?」

「・・・あらぁ?解けちゃった。これも完璧に再現したはずなのにおかしいわねぇ?」

 

リリーと認識させていた幻視の魔術が消滅し、燃えるような赤い髪を揺らして笑う女の姿が現れる。

赤い瞳に狂気を宿した表情でニタリとこちらを見据えて嗤う女に直ぐ様フィスリスが反応を示す。

瞬時に腰のソードホルダーから剣を抜き去り、女に斬りかかった。

 

「殺すな!!!」

 

4番展開(ジオ・エクス)

 

「―――っ!?」

 

僕の声を無視して斬り伏せるつもりだったフィスリスがフィーナの魔術によって妨げられた。

恐らくフィーナの4番には呪縛の魔術が記憶されていたのだろう。フィスリスの剣が女の肩口手前でピタリと止まっていた。

 

「何のつもりだ魔術師ぃ!!!魔術を解け!!貴様等も殺すぞ!!くっ・・・う、ごけぇえええ」

「あらあらぁ?流石センセ♪私を助けてくれるのねぇ~うふふ。大好きよぉ?アハッ」

「フィーナ、王女様を頼む!3番展開(シア・エクス)!」

 

自分の手を視界に入れ3番を展開。肉体強化系魔術が発動し、一瞬で赤目の女に肉薄する。

僕は女の右手を掴み取り、関節を極めながらうつ伏せに床へと女を叩きつけた。

 

「―――っ!!いったあぁぁいっ!!!酷いわぁセンセったらぁ・・・激しいのねぇ?」

「リリーをどうした?答えないなら一本ずつ折る」

「うふふ、センセったらぁ。私のことそんなに大事なのねぇ?―――ひぎぃっ!?あ、アハッ・・・もうせっかちねぇ~・・・女はゆっくり口説くものよぉ?センセ♪」

「魔術を発動しようとしても無駄だ。術式阻害は知ってるか?ここまで至近距離で発動され続ければ魔術を構築すること自体出来ないだろ。もう一度聞く、リリーをどうした?」

 

軽口を叩く赤目女の小指をへし折り、術式阻害の魔術を発動する。女の表情は全く焦りを感じさせず、寧ろ、より余裕を見せていた。あまりの不気味さに気を取られた一瞬、僕の頬は強かに蹴りつけられた。その蹴りの強烈な威力に身体ごと吹き飛ばされ部屋の壁に激突する。

 

酷い痛みと衝撃にぐらりと世界が揺れるが、歯を食いしばり意識を保ちながら、口の中を切ったせいで流れ出る血を袖で乱暴に拭い、立ち上がった。

 

「おぉい!神代ぉ!女には甘ぇんじゃねぇのかよ?なぁ、えらく容赦ねぇじゃねぇかよ、なぁ!?ちゃんと正義の味方やれよ、俺を失望させんなよぉーなぁ!?おい!!!」

「もう、ヴァル遅いんだけどぉ?あぁ、痛かったぁ・・・見て見て私の指こんなになってるぅ」

「悪かったよ。うわ、すげぇ・・・治んの超はええなお前!きっしょ!!」

「そりゃー私吸血鬼(ヴァンパイア)だもの。ってきっしょとか酷くない?私女の子よ?傷つくわぁ」

 

赤目の女にヴァルと呼ばれた男、いや少年だろうか?顔立ちは幼さを感じさせる。自分と同じくらいの背丈、少し癖のある栗色の髪のショートカットに、挑戦的な淡いグリーンの瞳がギラリを光る。

ヴァルは真っ白なロングコートをバサリと翻し、ベルトに備えたダガーを抜き去り無造作にこちらに投げつける。

こちらも瞬時にそれに対応するべく外套を翻し、ナイフを抜き叩き落とした。甲高い金属音が部屋に響き、瞬間、それは風切り音を伴う。

 

「うぉっとぉ?危ねぇなぁ、くそアマ。後ろから斬りかかるなんて騎士の風上にもおけねぇよ」

「黙れガキが!姫様に命の危険があるのならそんな挟持など犬にでも食わせてやる!!」

 

フィーナの魔術を解かれたのか、フィスリスがヴァルを斬りつけるために踏み込んだのだろう。

ただ、それは軽々と避けられ、距離を取られてしまった。僕はこのヴァルという少年が何処から現れたのかが未だに理解出来なかった。まるで突然、瞬時にここに出現したとしか言いようのない現象に思考が追いつかない。

 

「つぅか、何でバレてんだよ。マリアがバレねぇから安心しろって言ったんじゃねぇのかよ」

「んー、神代さんが何かやってたみたいねぇ?賢しい人って素敵よねぇ?」

「ハッ、鬱陶しい奴だな、ていうかさっきから黙ってねぇで何か言えよ神代よぉ」

 

まるきり危機感の無い二人組に僕は恐怖すら覚える。この状況下、和やかに会話を交わすなど正気の沙汰ではない。情報を少しでも引き出さないと不味い。

 

「――――君は一体何者なんだ?」

 

僕がヴァルに向かって問いかけた言葉に、彼の表情は豹変した。怒り憎しみ妬み嫉み、ありとあらゆる負の感情が混ざり合う凄惨とも言える表情を浮かべ嗤う。

 

「お、お前が言う?くく、ははははは。あははははははは!!!はぁーあ。おいおいおいおいおいおい・・・。てめぇの一言目がそれかよ、なぁ!?・・・あー畜生っ!!くそっくそくそくそくそくそ!!!」

 

苛立たしげに頭を掻き毟るヴァルに好機ととったのか、フィスリスが床を蹴り弓のように身体を引き絞り一気に心臓を貫いた。確かな手応えを感じたのか、剣を引き抜こうと腕を戻す瞬間、ヴァルの手がその腕を掴み――――握り潰す。

耳障りな気持ちの悪い音と共に、フィスリスの腕から血が吹き出した。

 

「う、ああああああああああああああっぁぁぁぁぁっ!!!ぐっ!!!あぁっ!!」

「俺は今、お話の最中なんだよ。空気読めよ、なぁクソアマ。・・・死ね」

「ヴァル~危な~いよぉ~?」

 

「―――はがっ!!?」

 

先程の返戻(へんれい)も兼ねての飛び蹴りをヴァルの顔面に食らわせ、フィスリスの腕に治癒の魔術を施す。

 

「お願いだ、フィスリスさん。今は王女様を守ることだけを考えて傍に付いていて欲しい頼むよ」

「――――く、そっ・・・あいつは何なんだっ・・・確かに心臓を貫いた。何故死なないっ」

「分からないからこそ不用意に突っ込むのは危険だ。王女様の傍に行ってくれ!」

「・・・チッ、言われずとも姫様を守るのは・・・私だ」

 

ヴァルの動向を視界に収めながら僕はフィスリスを何とか宥め、エアリスの元へと向かわせる。

フィスリスが部屋の端でエアリスを守りながら警戒しているフィーナの元へと移動する間、ヴァルはピクリとも動かず、マリアと呼ばれた女もまた、ニヤニヤとした表情を浮かべたままその場を動くことがなかった。

 

「・・・ってぇなぁ・・・。あぁ、苛つくし、痛ぇし、クソ最悪だ。あー殺してぇ・・・」

「―――・・・」

 

頭を軽く振りながら立ち上がるヴァルを視界から外さず、睨みつけるように動向に注意を払う。

こちらをゆっくりと振り向いたと思った瞬間、もう既に僕の目の前までヴァルのダガーが迫っていた。

 

「―――っ!?2番展開(オル・エクス)!!」

「チッ!!結界かよクソが!ぶち壊してやるよクソ野郎がぁ!!”アキュシエイプ”!!」

「はっ!?」

 

ダガーの一閃を保護の結界で受け止めた後、ヴァルが何らかのスペルを声に出した瞬間、結界がミシリと砕けていく。その不可思議な現象に堪らず驚愕の声を上げてしまう。

 

――――魔術!?いいや違う、これは魔術なんてものじゃない、明らかに理論も何もあったものじゃない。今コイツがしたことは魔術として構築された()()()()()()()()()()()()()()んだっ!!

 

「くっ!!9番展開(モルド・エクス)氷狼の柩(コフィンリル)!」

 

僕は9番の展開後、多重魔術円が出現した瞬間続け様にトリガースペルを唱える。

急速にヴァルの足元から氷が出現していき、尋常ではない速さで完全に彼を氷漬けにしていった。

 

氷狼の柩(コフィンリル)は上位魔術の一つ、急速に氷を生成し対象諸共氷漬けにする。それだけならあまり脅威には感じられないかも知れないが、この魔術の恐ろしい所は範囲の大きさに起因する。使用者の魔力量にも依るが、数キロ四方氷漬けにしてしまうことも可能になる。

 

「神代さんったらぁ、ほんと~にやっさしぃんだぁ?アハッ」

「―――・・・何が言いたい」

「だってぇ、ソレ、捕縛用に調整してるんでしょ?殺すつもりなら()()()()()()()()()()()()()ダメじゃないのぉ~。ねぇ?」

 

マリアの言葉が正鵠を射ていることを示すようにヴァルを包む氷がミシリと音を立てる。その音と氷のヒビは大きくなり、粉々に砕けた。

 

「お優しいじゃねぇかよ、神代・・・。本当に、正義の味方を体現してるみてぇだよ」

「―――そんなつもり、ないよ」

「そうかよ。・・・だろうな、お前は()()()()()()()()()んだから―――」

 

ヴァルの言葉が途切れ、目の前に肉薄するダガーの切っ先を躱す。直ぐ様に身体を回転させるように脇腹を目掛けて蹴りが襲う。脇を締めて腕でガードし、ヴァルの蹴り足を掬うように腕を押し上げる。こちらの行動を読んでいたのか体勢を崩す事無く宙空で一回転し着地と同時に床を蹴り、三本目のダガーをベルトから引き抜き、二刀での攻撃に移った。

 

ヴァルの速度は8割の限定解除をしているこちらに匹敵している。化け物じみた膂力を持っているとしか言えない。首元を掻っ切るように振るわれるダガーをナイフで弾き、直ぐ様に逆の手から目を狙った一閃が襲い来る。上下左右、斬撃、刺突、休まることの無い豪雨のような連撃。

 

致命傷は避け続けるが、至る所にダガーに依る切り傷、刺し傷が増えた。滴る血の多さに焦りが生まれ始めるが、それを表に出すこと無く堪える。

休みなくほぼ無呼吸で繰り出し続ける連撃は、人であれば限界が訪れる。ヴァルもそれに外れること無く、限界に達し呼吸を求め床を踵で蹴りつけ距離を取ろうとする――――が、僕もそれを逃すつもりは無かった。今までフリーにしていた左手を後ろ手に腰のステッキホルスターから魔杖を握り締め、ヴァルを追い床を蹴りつけ、鳩尾に目掛け突くと同時に魔力を流し込む。

魔杖の魔石(ジェム)に込めた魔術は雷撃、それも相当の純度である故に込めた魔力は大きく、その威力は凄まじい。まるで轟音を響かせるような雷撃がヴァルの腹部から全身を舐めるように壮絶な痛みを伴い荒れ狂う。

 

「あがあぁぁぁああああぁあああぁがっあかはっあああああああああああぁぁぁぁ!!!」

 

ヴァルの悲鳴にも似た雄叫びが響き、僕はそのまま身体を半回転させヴァルの顎を蹴りつけた。

部屋の壁に強かに激突し、その威力を物語るように大きく壁にヒビが入り、ヴァルがうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、んぐ・・・はぁ、・・・はぁ・・・」

 

極度の緊張状態に、失血、息つく暇のない攻防を潜り抜け、心臓が壊れるのではないかと思えるほどに鼓動を打つ。肺は酸素を求め続け荒い息を繰り返していた。

 

すると、この状況に全く似つかわしくないのんびりとした朗らかな声でマリアが笑う。

 

「アハッ、ヴァルったらやられちゃったねぇ~?笑えるねぇ~?あははは」

「・・・るせぇっ、ぢぐしょう・・・ゴハッ、プッ・・・うぜぇ、ああぁ痛え・・・痛ぇクソ」

「―――っ」

 

―――まだ動けるのか、くそ、一体何者なんだこのヴァルという少年は・・・。

 

口に溜まった血を吐き捨て、緩慢な動きで立ち上がるとヴァルは僕を睨みつけ言い放つ。

 

「なんつぅ面してんだよ、神代。俺が生きてて良かったみたいな安堵が見え隠れしてんだよ。そんなに人を殺すのが嫌かよ?今トドメだってさせただろ?でももう遅えんだよ、0か1じゃねぇよお前は1か2なんだよ。それを分かってねぇのが本当に・・・殺してぇほどムカつくんだよ!!!」

「―――何を・・・」

「あぁ!?お前の質問に答えるつもりなんざねぇよ!ただな、お前に俺が言ってやりてぇことはあるんだ・・・」

 

ヴァルが何の構えもせず無造作に突っ立ったまま、虚ろとも言える表情を浮かべ嗤う――――。

 

 

 

 

「―――――なぁ・・・お前こそ、一体何者なんだよ。神代・・・」

 

 

 

 

 




更新遅くてすいません。

色々とストーリー展開が派生しまくりました・・・。
うーん難しいですよね。

皆様のご意見ご感想お待ちしております。

にゃー1。

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