せかんどらいふ   作:にゃー1

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28 幽

 

 

宮廷魔術師のリリー・ヴァンが密勅状を届ける数日前―――、王城で秘密裏に会合を開いているある一室で怒号が響いた。

 

「ふざけるなっ!ハインズ殿、貴殿は何を考えているんだ!素性も分からぬ魔術師に姫様を匿わせるだと!?馬鹿も休み休み言え!!」

 

ベグレッド王女の守護騎士フィスリスは激昂し、数名の王女派閥の人物達で囲んだテーブルを叩きつける。どの人物も様々な表情でその様相を眺めていた。

 

「フィスリス・ロインズ・ブレイ。今現在、この国の最高責任者である宰相様に対して不敬ではないかね。守護騎士とはいえ、そのような口を利く資格はないぞ。この席に加えてもらえるだけ有り難いと思って貰いたい」

「何だと・・・貴様っ・・・」

「二人共止めないか、今はそんな内輪揉めしている場合でないことは分かっているはずだ」

 

王国の大臣ポルコ・ルッソ・ティル・ガラグランとフィスリスの一触即発の状況をスールが毅然と仲裁したが、ポルコはともかくフィスリスは切れ長の目の眼光鋭く、今にも噛みつきそうな表情を変えることはなかった。

 

「・・・王を暗殺した者の影さえ見えぬこの状況下で、姫様を守り通す方策としてこの城から一時的に姿をくらませて貰うことが一番確実性が高いのだよ・・・。分かってくれ、フィスリス」

「ならば、私は勝手にさせてもらう。その方策の邪魔はしないが私は私のやり方で姫様をお守りする」

 

何を言っても聞き入れそうにないフィスリスにスールが頭を抱える。彼は眉間に揉み解しながら思案を重ねて自分を睨みつけている彼女に告げた。

 

「分かった。少し、作戦の一部の変更をしよう。―――フィスリスには姫様の護衛として魔術師達と行動を共にして欲しい・・・。どうだろうか?」

「・・・心得た。私はこれ以上異論を唱えることはない。後は好きにしてくれ」

 

そう言って、フィスリスは腕を組むと椅子に背を預け目を閉じた。もう口を挟むことはないという姿勢を表しているのだろう。

 

その通りに彼女はこの後の会議には一切口を挟むことは無かった。そして会議はスールの手腕もあってかスムーズに進行して行き最終決定にまで漕ぎ着けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王女誘拐作戦決行日―――。

僕とフィーナは2日で出来るだけの準備を整えてきた。密勅に関係することは僕ら以外には知られるわけにもいかないこともあって、リズやアリス、そしてイリスにも本当の事は言えないままに当日の朝を迎えた。

 

「お早う御座います、イツキ様。今日からどれくらいここを空けるかは分からないのでしたよね?」

「リズおはよう。うーん、依頼主次第の仕事になりそうだからね、後のことは頼むね」

 

僕が普段着に袖を通し、自室から出ると丁度通りかかったリズに出くわし朝の挨拶ついでに留守のお願いもしておく。

お任せください、とリズが自分の胸を叩くと、小さすぎない胸が揺れ動くのに合わせ左右の三つ編みがフワリと揺れた。彼女は多少癖っ毛らしく、胸辺りまである深い栗色の髪を緩やかに左右で三つ編みにしている。髪は纏めておかないと直ぐに外側に広がってしまうのだそうだ。

 

「それでは朝食の下拵えは済ませていますので、準備に取り掛かってきますね」

「いつもありがとう」

「はい♪」

 

リズはにこりと微笑み、足取り軽くキッチンへと向かって行った。その後姿を見送り、冬の外気との温度差で曇った窓から見える眩しい朝日に目を細めて全てが上手くいくようにと願うのだった。

 

リビングに向かう途中に出会ったアリスからフィーナを起こしてきて欲しいと頼まれ、僕はフィーナの自室をノックするが、何度ノックしても反応が無かった。仕方なく、フィーナの自室に入ると、寒さからか掛け布団を頭まで被って丸まっているフィーナを揺り起こす。

 

「フィーナ、朝だよ。ほら起きて」

「―――・・・、イツキ?・・・もう少しだけ・・・。イツキも一緒に寝ましょう?」

「何言ってるの、もうすぐ朝食だよ。さー起きよう、ねっと!!」

 

フィーナの包まっている掛け布団を引っ張り剥がすと――――流石に僕は固まってしまった。

真っ白なシーツの上にシミひとつ見当たらない綺麗な肌と絹のように滑らかな金色の髪が広がっていた。彼女は寒さに縮こまるように小さく丸まると、眉根を顰めて薄く瞳を開く。

 

「・・・寒いわ、イツキ・・・ふあぁぁ・・・お布団返して?」

「――――・・・、あ、わぁ!?さ、寒いなら何で裸で寝るの!!」

 

フィーナの望み通りに布団を投げ返してしまう。これまでも何度か起こしたことはあったため、下着姿には慣れたと言えば慣れていたが、全裸は流石に驚きを通り越して呆然としてしまった。

心臓が早鐘のように鳴り、顔は鏡を見るまでもなく真っ赤になっているに違いないだろう。

 

「ん~、あら。イツキったらお顔が真っ赤よ?ふふ、見たいならいつでも見せてあげるわよ?」

「馬鹿言ってないで、もう起きたよね?じゃあ僕は行くから!二度寝したら知らないからね!」

「ええ、分かったわ。ふふふ・・・イツキー」

「何!?」

 

悪戯っぽい彼女の声に反応して、僕は声を荒げて振り返る。

 

「おはよう、ふふ」

「・・・おはよう」

 

嬉しそうに満面の笑みを浮かべて朝の挨拶をするフィーナに僕はバツが悪い表情で応えるのだった。

 

 

フィーナの自室を後にした僕は廊下の窓の一つを開き、冷たい空気で火照った顔を冷ます。

何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻した頃、僕の背中に声が掛けられた。

 

「お早う御座います、天使様。清々しい朝ですね!」

「おはよう、イリスは朝練の後?」

「はい!天使様の騎士である以上、日々の鍛錬を怠るわけにはいきませんからね」

 

イリスは基本的にはかなり真面目で、昔から朝早く起床し、剣の鍛錬を欠かさずやっている。

体力面では少しは追いついたが、剣技に関して言えば彼女には敵わないだろう。

少し前に僕に稽古をつけるニックとクロードを妬んだのか、二人に、僕に稽古をつける権利を賭け模擬戦を挑み、完膚無きまでに叩きのめしたことは記憶に新しい。ただ、その後の僕に対する度重なるセクハラに依って先生役は解任となったが・・・。

 

「今日から留守を頼むね」

「はい、お任せ下さい!あ、っと天使様、お願いがあるのですが宜しいでしょうか?」

「どうしたの?変なこと以外なら何でも言って」

 

イリスは僕の言葉に軽く握った手を口に当てつつ、ブツブツを何事か呟くと、期待に満ちた表情で口を開いた。

 

「いってらっしゃいのチューはありでしょうか!?」

「なしだよ」

「くっ・・・!!」

 

悔しそうにぎゅっと目を閉じ顔を背けると、イリスの瞳から小さな涙の雫が飛び散った。―――どれだけ悔しかったんだ・・・。

僕が呆れたように彼女から背を向けて歩きだそうとすると、慌てたように追い縋った。

 

「ちょっお待ちを!!天使様!!今のは違います!欲望が少々入ってしまった冗談です。いえ本音を言えばして頂ければ私としては嬉しいのですが!本題はこれです・・・」

 

イリスが差し出した手に乗っていたのは家紋の刻まれた2つの魔石(ジェム)。見るからに純度の高いものだと分かる。

 

「これに、連絡用の魔術を施して欲しいのです」

「通信の魔術を?・・・確かに1回や2回使った所で壊れないだろうけど・・・この魔術は相当負荷が強いから大切なものなら止めておいたほうがいいよ?」

「もし大切な人を守れるなら、壊れようとも悔いなどありませんよ」

 

彼女の表情には何一つの不安を感じさせない確かなものがあると示していた。僕はそれ以上何の言葉を重ねることはせず、魔石(ジェム)を受け取った。

2つのそれに通信の魔術を構築すると、小さく淡い光を放ち、石の中央へと収束するように消えていく。実際にこの魔術を行使したのは初めてだったが、どうやら上手くいったようだ。

 

「よし、ちなみに、通信は一回きりのものだから。一度でも通信したら込められた魔術は消失するからね。そして、この2つの間でしか通信は発動しないことも覚えておいて」

「はい、理解しました天使様」

 

僕は魔術が込められた魔石(ジェム)をイリスに一つだけ返して目を細めて笑う。

 

「これで良いんだよね?」

 

彼女に言葉は無く、ただ微笑み、頷いた―――――。

 

 

 

夜の帳が下りると、僕とフィーナは準備の最終確認などを魔術工房内で行っていた。

装備の点検や、魔石(ジェム)のストックホルダーの確認、その他細々とした準備を怠らず確認していった。

 

純魔石(エーテルジェム)のストック3つね、出来れば使いたくないわ、高いもの・・・」

「はは、王女様の台詞とは思えないね。僕は4つ、足りなくなったら僕の分を遠慮なく使って」

「ふふ、それこそ弟子の台詞とは思えないわ?さっさと終わらせて大金を請求したいところね」

 

本当にフィーナの言う通りだ、こんな変事さっさと終結して欲しいものだった。

僕らは確認を終わらせると、リズが用意して待っている夕食へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

黒の外套を羽織り、僕は玄関へと出る。フィーナはいつもの魔術服に膝下まである胸元で止める黒のマントを羽織っていた。まさにとんがり帽子でも被れば魔女様だった―――。

時刻は22時を少し過ぎた辺り、今から街外れの洞窟に行けば時間に余裕をもって城の地下に出られるだろう。僕らを見送るためにリズとアリス、イリスが玄関先で待っていた。

 

「それでは行ってらっしゃいませ、イツキ様、姫様。どうかお気をつけて」

「お気をつけて、天使様、魔女様。こちらのことはお任せ下さい」

「うん、それじゃ皆行ってきます」

「リズ、アリス。帰ったら熨斗付けて今までの給金支払ってあげるわ」

『いえいえ!私達は今のままで十分に満たされてますので~♪』

 

フィーナの言葉にリズとアリスは声をハモらせて同じセリフを口に出す。まるで双子のような同調だった。

 

「それはイツキが主人のほうが良いってことかしら?ふ、ふふ。帰ったら覚えてなさい」

「ええ、楽しみに待ってますよ姫様・・・」

「はい、だから無事に戻って下さいね、姫様」

 

眉根を顰めた笑顔で言うフィーナにリズに次いでアリスが無事を祈るように口に出した言葉はフィーナの頬を染めるには十分だった。

 

「――――ふん。貴方達なんか、嫌いよ!」

 

 

 

 

 

 

 

街外れの高台に面したちょっとした崖が続く場所に辿り着き、頭に入れた地図に従い地形を確認していく。不自然に鬱蒼とした木々に囲まれた一角に到着し、集中してそこを視ると、幻視の魔術が掛けられていることが分かる。

 

「ここだね」

「割りと力を入れてるわね?かなり力がある魔術師が施したみたいよ。ほぼ結界として固定化した幻視魔術を構築してあるわ」

「集中したらあっさり見破れたのはやっぱりフィーナの目があるから?」

「それもあるでしょうけど、元々イツキは魔術の才に秀で過ぎているからよ・・・」

 

呆れたようなそれでいて嬉しそうな複雑な表情で溜息を吐いたフィーナは、そのまま幻視を無視して洞窟の入口へと向かう。木々に囲まれた崖の岩肌にしか見えない場所をぶつかることも厭わず進み、彼女の姿は崖の岩肌に吸い込まれるように消えた。だが、直ぐにフィーナの手が岩肌から生えるように出現する。

 

「イツキはダメよ?貴方は無意識に幻視の結界を暴いてしまうわ。結界をぶち壊して後で何か言われるのは私嫌よ。目を閉じて私の手を掴んで進みなさい。後私の手の感触だけ感じてなさい?他のことを探ろうしないこと、いいわね?」

「あはは、何だか師匠らしいね、フィーナ。頼もしい」

「ふふ、何だか擽ったいわね、イツキにそう言われると・・・悪戯したくなっちゃうわ?」

「いや、今日は止めよ?本当に、フリとかじゃないから止めてね?」

 

僕がフィーナの黒いロングドレスグローブに包まれた手を掴むと、彼女はクスクスと笑いながらも悪戯などはせず、無事に洞窟内部へと入ることが出来たようだった。

 

洞窟内部は流石に光源が無くては何も見えない。予め用意していた純度が相当低い魔石(ジェム)を取り出すと灯の魔術を込めたそれが辺りを照らした。

灯の魔術は持続魔術ではなく、構築し発動すると一定時間術者の周りを照らすというもので、使用すると消しようがないというこういう状況下でのデメリットがある。

それを解消するためのクズ石同然の魔石(ジェム)だった。これならばもし人の気配を感じた瞬間魔石(ジェム)自体を砕けば魔術は消え失せる。お値段もお手頃で勿体無いと感じずに済むのもありがたい。

 

「さてと、順調に進めば時間よりも早く到着してしまうわね?どうしようかしら?」

 

それ程狭いとは思えないゴツゴツした岩肌に囲まれた洞窟内部で、辺りを見回しながらフィーナが声を出した。

 

「見た感じ、定期的に人の手が入ってるような感じだね・・・この分じゃモンスターは生息していないだろうね。と言っても城の地下に通じてるなら当然と言えば当然か」

「となれば、何の障害も無く進めると仮定して、1時間は余裕があるわ。いちゃいちゃする?」

「何でそうなるの。しないよ!・・・ところでフィーナは今回の件どう思ってる?」

「――――・・・、どうにもきな臭いと思っているわ?」

 

多少余裕があることも分かり、僕らは周りの地形を確認しながらゆっくりと進む。その際に今回の変事についての意見を交換し合うことにする。

 

「王女を城から出して行方をくらませることで得をする人物がいるというのは?」

「いるにはいるでしょう。でも、最終的には王女を殺さないと無意味よ。私のお祖母様に推挙され、大手を振って戻られたら王座を譲るしかないもの」

 

だからこそ、フィーナは潜伏場所を王国側が指示することに疑念の声を上げたのだろう。

初めから分かっていたことだが、今回の変事は生易しいものではなさそうだった。

 

「それで?イツキはどう考えるかしら?」

「―――・・・最悪、王女は殺すために城から出されるんだと思ってる・・・。城の中で殺されたりなんかしたら嫌疑はどうしても城内全体から、延いては国民からもそして他国からも向いてくる」

「だったら、まさしく私達は体のいい生贄ってところね?・・・そこまで推測しておいて、このまま進むのかしら?」

 

フィーナの言葉に僕は答えることが出来なかった。確かにこの推測が正しければ、僕らは確実にこの筋書き通りに生贄にされるだけだ―――。

 

「僕らが何もしなければ、他の誰かが生贄にされるだけだ・・・。なら、僕は罠ごと食い千切ろうと思ってるよ。フィーナと一緒なら、それが出来ると信じてるから」

「ふふふ、煽てたって無駄よ?もう私は貴方に心底惚れているもの。・・・でも、本当にお人好しねイツキ?―――ふふ、でもそうしないと()()()()()()()()のだものね?」

 

 

いつかフィーナに言った言葉、それはこの世界に僕が生まれ生きる理由――――。

 

 

 

僕はフィーナを見つめ、返す言葉は無く。

思い切り楽しそうな笑顔を浮かべてやるのだった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 


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