せかんどらいふ   作:にゃー1

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27 端

 

 

ーAnother Viewー

 

嬉しそうに二人のメイドがリビングに通した人物を見遣り、私はソファから立ち上がること無く目を細めて頬杖をつき足を組み替える。

 

「―――何の用かしら?私の工房に誰の許可で踏み入ったのかしらね・・・?」

「貴方にお仕事の依頼とお伝えしようとした所、こちらのお二人にご案内されましたよ?」

 

宮廷魔術師の白を基調とした青と金の装飾が映えるローブのような魔術服を着た人物。

数年前に何度も門前払いをしてからは見なくなっていたというのに、今更何を企んでるのか。

 

「お久しぶりかしら?リリー・ヴァン」

「そうですね、ところで、せ・・・イツキ・カミシロ様は不在ですか?」

「ええ、残念ね?貴方と彼は縁がないということじゃないかしら?」

「ふふふ、フィーンアリア様が一度も会わせないように私を遠ざけていたのにですか?面白いことをおっしゃいますね、魔女というのはユニークさも必要なのですか?あぁ、元、魔女でしたね」

「へぇ、よく回る口ね。思わず縫い付けたくなるくらいよ―――」

 

私は不機嫌さを隠すこと無く、リリーを視界に入れる。彼女は微笑むように笑顔で指先を顎先に当てて、小首を傾げる。

 

「もし、イツキ・カミシロ様が私に何かあった時に、どう思いますかね?」

「―――チッ、少し会わない間に性悪女になったじゃない?お似合いよ」

「あのー、姫様。私達はお茶の用意をして参ります」

「要らないわ。この方はすぐにお帰りになるみたいだもの」

「ですが・・・お仕事の依頼なので御座いましょう・・・?」

「下がりなさい。二度は言わないわ、二人共出ていきなさい」

『は、はい。姫様・・・畏まりました』

 

リズとアリスがリビングから一礼して退室し、私は短い息を吐く。その姿を何でもないとでもいうようににこやかな表情を崩すこと無くリリーが口を開いた。

 

「あんなに当たり散らすことはないでしょうに。お二人共怯えていましたよ?」

「――――さぁ、仕事の依頼はお断り。これで貴方がここに居る理由は無くなったわ」

 

感情を押し殺した表情で私は彼女に出て行けという意味を込めて応えた。

ここで初めて彼女の表情が見たことのない、憎しみさえ込められたようなものに変化する。

 

「――――そんなに、私が気に入りませんか?」

 

―――こいつは何を言っているの?気に入らない?気に入るとでも?馬鹿馬鹿しい、彼の寵愛を一心に受けていた貴方をどうして私が気に入らなければならないの?貴方を救うために人の命すら奪う覚悟をしていたくらいに愛されていたのよ?・・・それが狂おしいほどに悔しい、羨ましい、疎ましい、憎らしい。そして、何よりも、貴方は彼の名を教えられていたのよね・・・でなければ、魔術連盟に登録された数日後に尋ねることなど出来るはずもないもの・・・彼の特別だったのが殺したいほどに許せない――――。

 

「8年よ・・・ずっと彼を探し続けた。何も知らない何も分からない、闇の中でやっと、やっと見つけた私の特別な宝物。―――のうのうと待っているだけで良かった貴方とは想いが違うのよ」

「―――・・・、何を勝手なこと。私の想いを自分のもののように語らないでっ!!探したかったわよ!!何も知らなくても何も教えられなくても探したかったっ!!!でもね!貴方のように自分勝手に相手の都合を考えないで行動できるほどあの人に受けた恩は小さくないの!!!」

 

リリーは私の言葉に激昂し、まるで泣いているように喚き散らす。そして荒い息を整えた後、一言、大声を出してすいません、と私を睨むように言った。

 

「一目逢えれば、一言でも言葉を交わせれば・・・それだけでも良かった。でも、貴方はそれすら否定し、その機会を奪っていきましたね」

「本当に馬鹿ね?それだけで良かった?本当にそれですむなら私に土下座までして乞い願うわけがあるはずないわよ・・・あまり、私を馬鹿にしないでもらえるかしら?」

「―――・・・、ふぅ、過ぎたことは一旦置いておきませんか?これでは何も進展しません」

「だったら、突っ立ったままで居るのは止めてもらえるかしら?見下されるのは嫌いなの」

「・・・それでは、ソファをお借りしても?」

「お好きに?」

 

私の了承を受けてリリーは正面のソファに粛々と腰を下ろし、表情の見えない顔で礼を述べた。そして袖口の広がった魔術服の袖口の部分に手を差し入れ、巻かれた書状を取り出した。

それを中央のテーブルにそっと置き、居住まいを正し、彼女はそれについての説明をする。

 

「これはベグレッド王国宰相、スール・ガントリーン・ハインズ様直々の書状。―――実際の所これは依頼などではありません。ベグレッド領在籍の魔術師、元魔女のフィーンアリア・クロノア様。そしてその弟子イツキ・カミシロ様に対する密勅状です」

 

私は舌打ちをし、面倒なことになったと思った。私がティマイアスに魔術連盟の登録に王族ではなく一般人として偽名で登録させたのが仇となっていた。その宰相は領内在籍魔術師の中で力の強いそして、後ろ盾のない人物にお願いではなく、命令をしてきたことになる。

つまり私とイツキは体のいい有能な魔術師――――使い捨てられる駒ということだ。

だが、一体何が起こってるのか、何故宰相が私達に密勅など出す事態になっているのだろうか。

 

「何が起こってるかくらい説明出来るんでしょうね?それとも?私とイツキを使い捨てるつもりかしら?」

「何を馬鹿なことを・・・私が貴方はともかく、せん・・・イツキ様に危害があるようなことを了承するわけがありません。勿論、今何が起こってるのかも説明するに決まっているでしょう」

 

これでリリーをイツキに会わせないわけにもいかなくなる。私は過去の自分の浅はかさに臍を噛む。ともあれ国からの命令を無視などすれば私はともかくイツキの魔術師という立場すら剥奪されかねない。そんなことになったら私は自分を許せないだろう・・・。

私はリリーを睨みつけるように見遣り、長い溜息と共に視線を外し会話を続けることにする。

 

「・・・二度手間は好きじゃないわ。続きはイツキが帰ってきてからにしましょう」

「―――・・・、え、ええ。そ、そうして頂けると・・・助かります・・・っ」

 

――――全く何て顔してるのよ貴方・・・イツキに逢えると分かったら、まるで恋を知った少女のような顔をしてるじゃない。・・・あぁ、嫌だ。イライラする・・・本当に・・・嫌だわ。

 

 

程なくしてノックの音が部屋に響く。明後日の方を向いていた私が不機嫌さを抑えずに応えながら、リリーに視線を遣る。彼女は幾分焦りながらヴェールの位置を直し、前髪や衣服の乱れを確認するのを見て、私は扉に向けて声を荒げてしまった。

 

「さっさと入ってきなさいっ!!」

 

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

 

「――――――お久しぶりです・・・先生」

 

あの頃よりももっと綺麗になったリリーの笑顔を見て、僕は自然と笑顔を浮かべて応えていた。

 

「久しぶりだね、この姿では・・・初めましてかな?・・・逢えて嬉しいよ」

「私も・・・、とても、嬉しい・・・です。―――先生の事情はある程度察することが出来、驚きましたけど、時期を見てお尋ねするつもりだったのですが・・・遅くなって申し訳ありません」

 

きっとリリーは魔術連盟に登録された僕の情報に気が付いたのだろう、そして会う時期をきちんと見てくれていたのだ。昔からとても人を思い遣る気持ちが強い子だったからこそ、そうしてくれたに違いない。

 

「そうか、ありがとう。―――また会えて本当に良かった」

「―――・・・、は、い。先生」

 

彼女は薄っすらと浮かんだ雫を人差し指で掬うように拭い去り、万感の思いを込めたように答えた。

 

「んっん!・・・イツキ?感動の再会は終わったかしら?さぁ、こっちに来て頂戴」

「何か、不機嫌なの?フィーナ・・・一体何があったのさ・・・ってうわっ!?何!?」

 

フィーナに呼ばれるがまま近付くと、僕を抱きしめてソファーに腰を下ろさせた。そして離れるつもりはなさそうで、僕の肩に頭を乗せて離すまいと腰を掴んでいた。

 

恥ずかしさで赤みの差した顔でリリーを窺い見ると、口元をヒクヒクとさせながら苦笑いを浮かべていた。まぁこの状況を見たら呆れてしまうのも分かる気がするなと思いながらこちらもつられるように苦笑いを浮かべるしか無かった。そして何故か急に機嫌が直ったのか僕の耳元でフィーナはクスクスと笑っているのだった。

 

「リズ、アリス、ワン子。ちょっとこれから込み入った話になるの、悪いけれど席を外してもらえるかしら?」

「それは構いませんが・・・あの、でしたらお茶をお持ちしておきましょうか?」

「―――・・・ふぅ、そうね。頼むわ・・・さっきは、悪かったわね二人共」

 

リズとアリスは短くいいえ、と笑い一礼してお茶の用意をするために退室していく。次いでイリスも何かあれば自室で控えていますので何時でも、とリビングを後にした。

 

「もう良いでしょ?フィーナ、離れてくれる?」

「嫌よ。そこの宮廷魔術師が帰るまではこのままでいなさい。師匠命令」

「理不尽な命令もあったものですね、フィーンアリア様。先生は嫌がっていますよ?」

「ふふ、イツキは本当に嫌ならちゃんと怒るもの。だからこれは大丈夫なのよ?あぁ、そうねぇ?貴方はこんなことしたくても出来ないものね?羨ましくて仕方ないって顔に出ているわよ?」

「――――っ・・・」

 

どうにも理解し難い状況のまま、リズとアリスがお茶の用意を終え退室するのをじっと待つしか無かった。二人の退室を待って、フィーナはやはり体勢をそのままにリリーに説明を促した。

リリーは正面のソファーで居住まいを正し、切り替えるように咳払いを一つ、話を切り出す。

 

「既にフィーンアリア様にもお話したことも含まれますが、まずは初めから。テーブルに置いてある書状は――――――」

 

 

リリーの説明を理解しつつ、これが断るという選択肢を用意されていないものだと分かった。

そして彼女は、今ベグレッド王国で巻き起こっている未曾有の大変事を重々しく切り出す。何者かによる国王の暗殺・・・未だにその犯人の尻尾すら掴めていないらしいこと、王妃の同盟国へと救援要請のための不在。王城内の重鎮たちの様々な思惑に王女の頼る寄る辺が無いこと。

 

次いで書状の中身、つまり密勅の内容に移る。

 

「―――ふん。王女を連れ出し暫く保護して欲しいね・・・。つまりは私達に王女を誘拐しろってことでしょう。私達はめでたく国家反逆罪の大罪人ってわけ?とても笑える冗談ね」

「そうはなりません。姫様の失踪は箝口令で公にはしませんし、こちらが手引しますので先生達の存在が露見することはあり得ないでしょう。ほんの少しの間で事態は好転するはずです」

「じゃあ、そちらには事態収拾の展望は見えているということかい?」

「ええ、同盟国であるフォンリシュタインの女王の推挙を頂き、姫様の戴冠を以て国王の暗殺は伏せたままに、死去を伝えます。勿論、その後も犯人の捜索は続けますが、取り敢えず王国内の混乱は収まるでしょう・・・ただ、今は誰が敵で味方か分からない状況で危険なんです」

 

フィーナはそんなに上手くいくかしらねと呟き、片手で長い髪を器用にくるくると弄っている。

こちらを少し窺い見たリリーは目を伏せ紅茶を一口飲み舌を湿らせて続ける。

 

「姫様の匿う場所はこちらが指示致しますので――――」

「それ本気なのかしら?」

「・・・どうかしましたか?フィーンアリア様」

「いいえ、続けて頂戴」

「・・・ええ。潜入は王城の地下にある非常時の脱出口から繋がる北東方面に隠された洞窟からになります。洞窟の場所は魔術により隠されていますのでお二人の力は不可欠でしょう。地図は用意してありますが、覚えたら焼き捨てて下さい。王城の地下からは私と数名の人間で手引させて頂きます」

 

リリーは袖口に手を入れると、折り畳まれた小さな紙を取り出しテーブルに置く。

フィーナの拘束を解いて、僕はテーブルの紙を手に取り広げると、再び同じように絡みついてくるフィーナにジト目を送るが知らないとばかりに僕の手元の地図に視線を落とした。

 

「決行は?」

「2日後、深夜1時―――」

「まるで事態を動かすための強行決行にさえ思えるわね?」

「いいえ、寧ろ。ギリギリまで安全策を考慮したためと思って頂ければいいかと」

「・・・最後に、さ。この人選は宰相が決めたのかい?」

「いいえ?・・・その、私です・・・信頼に足る人物の選定を任せられましたので・・・」

「ふぅ、そっか。良かった・・・ってフィーナそんな睨まないの!あぁもう、よしよし・・・」

 

物凄い表情でリリーを睨みつけたフィーナを優しく撫でて宥めながら、僕は一応の安堵を得た。これが宰相が決めたと言うのであれば最悪、本当に切り捨てられることも十分考えられたからだ。

 

それから細々した決め事をした後、地図を燃やし尽くし、密勅状をどうするかということになる。

 

「そうですね・・・一応、先生達の安全のための保険として肌身離さず持っていて頂こうかと私は思っています。宰相は何というか分かりませんが、責任は私が持ちます」

「そうか、ありがとうリリー」

「・・・保険ねぇ・・・さて、これくらいでお話は良いのかしら?」

「ええ、伝えるべき事は全てお伝えしたかと思います」

「そ、じゃあさっさと帰って頂けるかしら?」

「フィーナ!・・・はぁ、ごめんなリリー。今日は機嫌が悪いみたいだ・・・」

「いえ、良いんです。先生と再会出来てお話も出来て・・・望外の幸せでした・・・」

「リリー大袈裟だよ・・・。今度から何時でも来て、次はもっと色々楽しい話を出来るよね」

 

僕の言葉にリリーは大きく目を見開きぽろぽろと涙を零す。何だろうか、この普通のお誘いに対する感情の起伏がおかしい気がするのは気の所為なのか・・・。

 

「――――は、い。ありがとう、ございます。先生・・・」

 

 

暫くして落ち着いたリリーをべったりとくっついて離れてくれないフィーナを連れ立ちながら玄関先へと見送った。一旦自室に戻ると伝え、フィーナに離れてもらい、リリーを少し待ってもらった。

急ぎ、部屋に戻ると魔石(ジェム)に簡素な紐の付いたホルダーを取り付け、魔術を構築し閉じ込めた。玄関先で待っていたリリーにそれを手を包むように渡すと彼女は少し頬を赤らめていた。

 

「これはお守り。出来れば身に着けておいてくれるかな」

「―――っ!は、はい!ももちろんですっ」

 

 

そして、リリーは何度も会釈をしながら王城へと帰っていく。彼女の姿が見えなくなる頃、フィーナが不機嫌そうに口を開く。

 

「何を渡したのかしら?」

「んー、保険」

「へぇ?―――そんなにあの子が大切なんだ・・・?」

「そりゃ・・・あぁ、そういうことか・・・フィーナ」

 

フィーナを真正面からぎゅっと抱きしめる。彼女の絹のような髪が頬や鼻先を擽り、濃密な花々の香りが鼻腔に広がる。フィーナの香りだ。その香りに包まれながら強く、想いが伝わるように力を込めた。そしてゆっくりと力を抜いて肩に手を置いてフィーナの顔を見つめると、その顔は見たこともないほどに真っ赤に染まっていた。

 

「―――伝わった?」

「―――ええ、もちろんよ」

 

その後のフィーナは近年稀に見る機嫌の良さで逆に皆を気味悪がらせたのだった―――。

 

 

 

 

 

ーAnother Viewー

 

足取りも軽く、歩く私の胸元で首から掛けた先生に貰ったお守りが揺れ動く。その感覚でまた自然と顔がにやけてしまう。城までの道のりで街灯が少なく薄暗い街道ですら鼻歌を口ずさんでしまいそうなくらいだった。

 

だが、そんな浮ついた気持ちを一気に覚まされる。薄暗い街道の先、真っ黒い塊、否、黒ずくめの服を纏った人間が立っていた。私は足を止めて、冷静になることを心掛ける。

その人間はどんどん私へと歩み寄る、腰にはソードホルダーに短めの剣が収めてあるようだ。体格的には多分男だろう、顔はフードを目深に被っていて全く分からない。

 

私は落ち着いてその男に道を譲るように街道の端に歩くが、男は私に向かって一直線に進んでくるようにしか見えない。焦りが思考を鈍らせるが、何時でも魔術の行使が出来るように落ち着きを取り戻すことにする。―――人通りは・・・皆無だ・・・。

 

「リリー・ヴァンだな?」

「―――貴方は?」

 

その声は掠れ、濁ったようなものでとても気持ちが悪い。私は相手の意図を探るべく会話を続けるがそれは全くの無駄な行為だったと知る。男は素早く腰の剣を抜き放った。

 

「これから死ぬお前が知っても無意味だ――――」

「――――っ!」

 

私が魔術を構築するよりも早く、その男の剣は私へと振り下ろされ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐怖で目を閉じた私に響いたのは強く金属が打ち付けられた音だった――――。

 

私の見開いた目に映ったのは私の目の前で男の剣を受け止めた長く白銀色の剣。

 

そして、それを操るアンバー色の長い髪を靡かせた美しい騎士の姿。

 

「―――何者だ・・・」

「生憎、外道に語る名前は持ち合わせていない」

 

フードの男は素早く剣を引き後ろに飛び距離を取った。騎士は落ち着き払った様子でただゆっくりと私の前に立ち、剣を構える。

 

「邪魔を・・・するなっ!!!」

 

薄闇に紛れるように何度も地を蹴り、騎士の死角に入ると直ぐ様突き刺すように突進を繰り出す。

騎士はまるで後ろに目でもあるかのように半身で男の剣を自分の剣で滑らせ軌道を変え、鳩尾に膝を叩き込んだ。だが、男も負けじと直ぐに立て直し後ろに飛び再び距離を取る。

小さく咳き込んだ男に向けて、凛とした声が響く―――――。

 

「―――我が主様に命を受けた私には、貴様のような外道の剣は・・・遠すぎる・・・」

 

その騎士の剣を構えた姿はただ、自然で、見蕩れてしまうほどに美しく映った。

 

「一太刀たりとも――――――届きはしない」

 

それはただ事実を淡々と語るように・・・。

 

「ぬ、かせ!!クソアマがぁっ!!」

 

一つ覚えのように黒い衣装を利用した薄闇に紛れて死角からの攻撃を繰り出す男に、騎士は素早く身を半回転させその勢いのまま男の胴を打ち払った―――。

地を滑る音の後、男はピクリと身体を痙攣させ続けていた。

 

「ふぅ。あ!大丈夫でしたか!?えーっと・・・リリー様でしたか?」

「え、ええ。助かりました。貴方は、確か・・・先生と一緒にいた・・・」

「はい!天使様の騎士、ユライリス・フォートリア・クレイストと申します」

「本当にありがとう、ユライリス様。貴方がいなければどうなっていたか・・・」

「いえいえ!私の剣は主様の剣。礼なら天使様へお願いします。・・・ふへへ天使様褒めてくれるかなぁ~。うぅーっ早くご報告したいっ!!」

 

先程とは別人としか思えないほどに表情を緩ませているユライリスに今まであった緊張を全て吹き飛ばされ、私は吹き出して笑ってしまった。

 

人心地つくと、私は引き寄せの魔術を行使し、長めの縄を用意した。

 

「これでいいですか?」

「ええ!丁度良いかと、じゃあこいつをきつく縛ってと――――帰りに回収して王国騎士団に引き渡しておきます!城まで無事にお送りするのが私にお願いされたことですから、さてと行きましょうかリリー様」

 

ユライリスが男をきつく縛り上げ、街道の端に移動させると私を城に送り届けるため移動を促す。

城への帰路の最中に私は彼女へと会話を投げかけることにした。

 

「ユライリス様はお強いのですね、先程の体捌きは驚きました。まるで心眼のようで・・・」

「あー、あれですかぁ。あれは酒場でウェイトレスをやっている時に修得したのですよ」

「・・・は、はい?」

 

あまりにも意外な返答に聞き返す声さえも上擦ってしまう。剣術の極致のような技術を修得した場所が酒場のアルバイトとは理解し難いにも程がある。

 

「ほら、ウェイトレスの制服ってこう・・・ちょっと露出があると言いますか。それで酔っ払い達の邪な視線を感じてまして、それを注意して行く度にどんどんと精度が上がっていきまして、いつしか目を瞑っていたとしても分かるくらいになってました!まぁ先程のは殺気ですけどね!」

「・・・そ、そうなんですか、何と言いますか・・・知らないほうが良いことってあるんですね」

「そうですね!まぁ、先程はこれがアルバイトの力かー!?と思いましたが!えへへ」

「―――ぷっ、あはは、あはははは、ユライリス様は本当に面白い方ですね」

 

彼女は人懐っこく愛らしい笑顔を浮かべていて、本当に親しみやすい雰囲気をしている。

そのせいもあってか、私は彼女に先生との関係を知りたくなってしまった。

 

「ユライリス様は、その先生とはどのような・・・?」

「天使様との関係ですか?初めに言ったと思いますが、生涯の忠誠を誓った騎士ですよ」

「――――先生のことを、好き、なんですか?」

「はい!好きですよ?」

 

あまりにも真っ直ぐに答えた彼女に、その好きはどういう好きかとかそういうものが野暮にしか思えなくなってしまう。そこまでの真っ直ぐさが羨ましいと――――。

 

「ユライリス様は、フィーンアリア様に・・・その何か言われたりしないのですか?」

「魔女様にですか?ん~~~?ワン子とは呼ばれますが、これと言って特に思い当たらないです」

「――――どうして・・・。私は・・・フィーンアリア様に先生と会わせないと言われました」

 

どうして、ユライリスにこんな話をしてしまっているのか自分でも分からずに、溢れるように伝えてしまう。

 

「私の勘でいいならですけど、()()()()()()使()()()()()だったからじゃないですか?」

「――――え?」

「天使様によく言ってますからね、魔女様が。貴方は私の特別、と。だから許せないとか?」

「――――・・・」

「まぁ、ただの思いつきみたいなものですから!・・・でも天使様はリリー様を無事に送り届けて欲しいと私にお願いしました。――――私は他の人を守れと言われたことがありませんでした」

「――――ぁ・・・うそ・・・そんな」

 

そんなことを言われてしまったら、私は―――。私は、先生を諦めることが・・・出来なくなってしまう―――――。

 

「・・・貴方は、ユライリス様はそれで良いのですか?先生が他の人を想っていてもそれで」

「何ですかそれ?天使様はちゃんと私のことを大切に想ってくれていますよ?それに順番が必要なのですか?私は、ただ天使様を好きで居続けるだけです。それが私の想いですから」

「――――――そう、そうですね・・・私も、そう思います」

 

この人は強い。そして本当に真っ直ぐに先生だけを見ているのだ。とても眩しくて羨ましかった。

 

それからは何となく途切れた会話のまま、私達は城門に到着した。

城門で兵士たちに入城のための身分証を確認させていると、宰相であるスールが顔を出した。

彼はほっそりとした長身でまだ30代ながらも宰相まで上り詰めた手腕の持ち主だった。兵士たちに労いの言葉をかけ、優しげな表情を浮かべながらこちらへと向かってくる。

 

「リリー、良かった。無事だったのだね」

 

少し長めの金色の髪を後ろに束ね、彫りの深い顔立ちにあるグレーの瞳を細めて微笑む。

 

「ええ、スール様。しっかりと書状を届けて参りました」

「うん。ご苦労様。ん?そちらは?」

「ええと、帰る途中に危ない所を助けていただいた騎士様です」

「何と、それは―――本当にありがとう、何か礼をしなければ、是非城内へ」

「―――・・・」

「ユライリス様?」

「はっ!?いやいやいや、すみません。天使様のご褒美を考えて思わず向こうの世界へ旅立っていました」

 

彼女は首を左右にブンブンと振ると、もう我慢なりませんのでこの辺で失礼しますと走り出して行ってしまった。最後まで何とも不思議で面白い人だった―――。

 

「ふむ、彼女は教会騎士なのかね?」

「あはは、どうなのでしょう・・・?では、私は自室に戻りますね。お疲れ様です」

「ああ、本当にご苦労様、ゆっくりと休んでくれ」

 

スールの労いに一礼し、私は城内へと入り自室へと向かうことにした。

 

 

自室へと向かう途中、思い出すのはユライリスの言葉――――。

 

 

――――私の勘でいいならですけど、リリー様が天使様の特別だったからじゃないですか?

 

 

胸元で揺れる先生のお守りを握り締め、私は自分の鼓動の速さが治まることがないのではと不安さえ覚えてしまうくらいだった。

 

 

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

 

 


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