ーAnother Viewー
ベグレッド王国領王都レッドベル。俺の活動拠点であり、住居のある大都市だ。
元は片田舎に住んでいた俺だが、恵まれた身体能力を買われ、王都の冒険者育成学園へと呼んでもらえた。そして、そのまま卒業後もここでギルド協会の会員となり暮らしている。
「あー、疲れたー。今回の依頼ちょっときつすぎだったわ」
「お、お疲れさん。何受けたんだよ?」
「商隊護衛ー・・・モンスターがめちゃくちゃ多いとこ通らなきゃいけなくてさぁ」
俺はギルド協会の運営する酒場に戻って来たゾイを労いつつ、葡萄酒を呷った。
俺が注文した肴を摘むゾイを目線で非難しながらも、殊更に口に出さずに追加の注文を頼んだ。
「んでニックは?何か受けたの?」
「いんや、近頃は特に目ぼしい物も見当たらなかったからな」
「でも最近は名指しで依頼来るようになったじゃない。一月前の件でさ」
「まぁ、な。そう言えば貰った報奨金でイツキに何かプレゼントでも買おうかと思ってるんだが、ゾイ、何か案はないか?」
「あぁ!いいじゃないそれ!アタシはやっぱ魔術書とか贈ったら良いと思うけど、いや・・・ボスはめちゃくちゃ魔術詳しかったから・・・うーん、あ!魔杖とかは!?勿論アタシも半分出すからね!ボス魔杖使ってなかったし、いい案だと思わない?」
「あぁ、確かに。良いかもな!じゃあ今度質の良さそうなモノを見繕っておく」
「お願いね!おっと~キタキター。大ジョッキはアタシー!どもども~」
給仕の運んできた注文の品を早速口につけるゾイを、少し微笑ましく見てしまう。
ゾイは割りと守銭奴で、他人への贈り物に自分の金を出すと言い出すと思っていなかった。
まぁ、彼女にしたら心外だと思うだろうが・・・。
それほどまでにイツキのことを気に入っているのだろう。勿論俺も、彼には大きな恩義を感じている。子供達を全員無事に守り切り、俺達も大した怪我をすることもなく切り抜けられたのは彼のお陰なのだから―――。
ガヤガヤとした喧噪の途切れなかった酒場内が、波を引くように音や声が小さくなっていく。
入り口から扉を開け入ってきた女性を目にしたものから順々にと言った様相だ。
その美しさは女神に祝福を受けたとしか思えない、彼女を形容する言葉は全て陳腐に感じてしまう程に―――。
金色の魔女。それが彼女の二つ名、この世界で魔女を冠する事が出来るのはたった一人。
代々の魔女達が自分の血筋の者へと連綿と受け継いできた魔術師の頂点を示す名。
余り広いとは言えない酒場であっても、空き席はちらほらと見受けられる。だが、彼女は何か目的を持って俺達の席へと一直線に歩みを進めた。
「貴方達がニック・レイトルマンとゾイ・ニェステ?」
「高名な魔女が俺達に何用で?」
匂い立つ様な美貌に微笑みを浮かべ、腰下まである絹のように美しい金色の髪を軽くかき上げる仕草は男なら誰しもが心を奪われてしまいそうだった。
胸元の開いた魔術服は、スタイルの良い身体にフィットするロングドレスで、大きくスリットが入っていることもあり目を釘付けにされそうになる。
彼女は黒のロングドレスグローブを着けた手で、ちょんちょんと俺達の席の椅子を指し示す。
「どうぞ?」
「悪いわね、少しこの国を留守にしていたのよ私。帰ってきたのは数日前かしら?」
「それはお疲れさんで。・・・俺達と世間話をするためにここへ?」
魔女は俺達の席に腰を下ろし、何でもない様な話をし始める。
ゾイはカチコチに固まる様に、明後日の方向を向いて俺に会話を丸投げするつもりらしい。きっと魔女の噂を知っているが故、事なかれ主義を貫くつもりだろう。
正直俺も魔女の噂は幾つも聞いた。そのどれもが常軌を逸していた――――。
曰く、数百のモンスターの群れを魔術による一薙で壊滅させた。
曰く、彼女の美貌に何とか手篭めにしようと数十人を雇い、彼女を襲わせた貴族が数十人と一緒に街の中心部に突如出来た土のモニュメントと共にボロボロにされた姿で埋まっていた。
曰く、彼女の許可なく、彼女に触れようとしたイケメンが、その顔を潰され二度と見れない顔にされた。
あげつらえばキリがない。そんな魔女が何の接点もない俺達へ接触する意味が分からない。
「少し、面白い噂を聞いたの。ホウタル山の生態系を変えたワイバーンの集団をたった二人で殲滅したって・・・ふふ、貴方達のことでしょう?」
「―――・・・確かにそうだな」
「ねぇ、その中に3匹程、黒焦げになった死体があったらしいのだけど・・・?それも貴方達がやったの?」
「・・・あぁ」
「どうやって?」
「倒した後に焼き払った」
「ふふ、そうなの?でもその内2体は崖下で見つかったそうよ・・・焼いた後に落としたの?何でそんな面倒なことをしたのかしら?」
「・・・アンタは、何が言いたいんだ?」
俺は表情をピクリとも動かさず、ただ、彼女の質問に答えていく。
だが俺は真意が掴めずに、苛立ちを押さえきれず、遂にこちらから問い質してしまう。
「ふふふ、ねぇ、貴方達以外にもいたんじゃない?魔術師が」
「――――いや?知らないな」
「別に、貴方達のことを殊更に掘り返し吹聴する気はこちらにはないの、私は真実が知りたいだけ、分かってくれるかしら?ねぇ?もう一度聞くわ――――魔術師がいたわね?」
しまったと思ったが、俺は奥歯を強く噛み合わせ、冷静さを取り戻す。
彼女は何かを探っている、それがイツキかどうかは分からないが、彼が内緒にして欲しいと願ったことを裏切るつもりは微塵もない。
「全く、何が知りたいのか分からないが、あそこにいたのは7名の子供達と俺達だけだ、それが真実だ――――っ!?な、にを・・・っ!?」
「もう、一度だけ、チャンスをあげるわ。
俺は魔女に何かをされたと確信した。呼吸が出来ず、意識が遠のいていく感覚の中、イツキの俺達を助けてくれた時の必死な表情が思い浮かぶ。呪詛に侵食され、今にも倒れそうなのにも関わらず、皆を守ったあの頼もしい顔を――――。
「知らねぇ、な。アン、タが何を、知りたいのか・・・分からねぇが。俺は、知ら、ん」
「・・・、もう良いわ。知りたいことはもう十分」
「――っはぁ!はぁ・・・はぁ・・・すぅ~はぁ・・・」
俺は止められた呼吸を再開し、必死に肺に空気を取り込んでいた。ゾイが心配そうにこちらを見遣るのを見て、軽く手を上げ大丈夫だと表す。
「随分と義理堅いのね?今自分が死にかけたことくらい分かっているでしょう?」
「何度も言うが、俺は何も知らん。それだけだ―――」
「そう、ならもう用はないわ―――。邪魔をしたわね」
彼女は俺達のテーブルにコトリと金貨を1枚置き、席を立つ。そして何事もなかったかのように踵を返し酒場を後にした。
彼女の姿が完全に見えなくなると、俺は長い息を吐いた。今まで呼吸をすることを忘れていたかのように何度も深呼吸を繰り返した。
「・・・一体、何だったのあれ・・・?マジで怖いわね・・・魔女」
「さぁ、な。・・・ただ、ヤツが何を知りたいのか知らんが、イツキのことだけは言えん」
「はぁ~・・・アンタに丸投げして正解だったわ・・・アタシならどうなってたか・・・」
「フン、よく言う」
ゾイはヘラヘラしながらもきっとイツキのことだけは言わなかっただろう。それが俺には何となく分かった。何とか切り抜けられた安堵から給仕を呼び、飲み直すための追加を頼むことにする。
「折角の魔女の奢りだ。飲み直すぞ」
「お?いいねぇ~今日は高いのも注文出来るわね!ジャンジャン持ってきて~!」
そうして俺達は夜更け過ぎまで飲み明かすのだった―――。
ーAnother View Endー
「こらーーー!!イリスちゃーーーん!!またイツキの洗濯物盗ったわねー!?」
「誤解です!お義母様!こ、これは私が洗濯しようとっ――いだだだだだだ!?ふねらないれ~」
母に頬を思い切り抓られながら涙目で謝るイリスを眺めて、僕とテーブルを挟んだエノアが溜息を吐いた。
「お嬢様は日に日に変態になっていってませんか?」
「どうにかなりませんか?」
「私には何とも・・・あぁお茶淹れましょう」
月に2,3度訪ねてくるエノアは勝手知ったるといった様子で、紅茶を用意し始める。
綺麗に切り揃えられたショートボブは栗色。美女ということは出来ないが、彼女は素朴で可愛げのある女性だった。朴訥とも捉えられそうだが、話してみると楽しい人で、朗らかな笑顔と落ち着きのある声はとても魅力的だと思う。
「どうぞ、イツキ様。良い茶葉が手に入ったのでこちらにも持ってきたのですよ」
「ありがとう、エノアさん。―――ん、甘いんですね?これ・・・とても美味しいです」
「気に入って頂けて良かったです。―――っと、それからこれが今月のお嬢様とイツキ様の生活費です」
エノアはエプロンドレスのポケットから布袋を取り出し、テーブルに丁寧な所作で置いた。
「いつも通り、僕の分は返しといてくださいね」
「ええ、心得ております。只今、イツキ様の生活費の貯金は金貨52枚となっておりますので、入用があれば何時でもお申し付けください」
「・・・エノアさん。僕は返しておいてと言ったはずですが?」
「はい。ですが旦那様と奥様の申し付けで、イツキ様の生活費は私が責任を持ってお預かりするようにとのことでしたので、きっちりと管理させて頂いております」
「・・・エノアさんも大概融通がきかないよね」
「それは、申し訳ありません。以後精進致しますね」
悪戯っぽく笑顔を浮かべるエノアはやはり、とてもお茶目な人なのだろう。
僕はそれ以上何も言うことはせず、エノアの淹れてくれた紅茶を楽しむことにした。
草木も眠る丑三つ時、と言った時間帯だろうか、僕は強烈な魔力の反応を感じて飛び起きた。
素早く、寝間着を脱ぎ捨てるように着替えを済ませ、普段着を着込む。
護身用の装備を腰のベルトに差し、自室の窓を開け飛び出した。
自分に強化を掛け、足早にその場所へと急ぐ。
だが、そこで佇んでいた人物を見て、あぁ―――と思う。
月明かりに照らされ、きらきらと輝く黄金色の髪、そしてこちらを見据え、微笑む黄金の瞳。
懐かしい面影をもった女性。
僕は、それを見つめながら、足を止めていた―――。
「今晩は。月が綺麗ね?」
「・・・死にたいくらいに?」
「――――ふふ、見ーつけた」
そう言って微笑む彼女は、8年前と何ら変わらない笑顔を浮かべたのだった―――。
ーAnother Viewー
私は、自国の魔術王国フォンリシュタインへと召還され、祖母であり、女王である人物に小言を言われた。
―――そろそろ、血縁から弟子を取れ、自分が女王候補であることを忘れるな。
全く何時になってもこの国は閉鎖的だ。それで成り立っていることも辟易する。
ただ、私は力があった。血縁の中で抜きん出て。その事実だけで私は王位継承権第一位の権利を得てしまった。そうして、子供には無慈悲なほどの英才教育を受け、私は魔女の称号さえ受け継ぐこととなった。
今となってはそれはもうどうでもいいことだ。そのお陰で私はあの人に会えたのだから。
だからこそ、血縁から弟子を取るなど私には考えられない―――。
そして、女王に向かって言い放った。
「私は私が気に入った者しか弟子にする気はないわ」
その私の言に愚かだと、不遜だと側近の連中が嘯く。だが、女王は口角を上げ、告げる。
「なら私に見せてみよ。お前がこれと選んだ者をな」
「ええ、必ず」
私はそれ以上何も語ることはないと、女王に背を向け城を後にした―――。
彼と魔女の庭で出逢ってからもう8年、私は彼を探し続けていた。
些細な情報でもその地に向かい、確かめることを繰り返し続けたがどれも空振りに終わった。
それでも私は諦めるということを頭の片隅にも思うことはなかった。
フォンリシュタインからベグレッドへと戻って来ると、私の子飼いの情報屋が面白そうな情報を持ってきた。ホウタル山にワイバーンの群れが出現、それを殲滅したのはたった二名のギルド協会員。
私はすぐにその二名を調べた。ギルドランクはAの戦士、ニック・レイトルマン。ギルドランクはBの弓使い、ゾイ・ニェステ。それから、事後検証したギルド職員の話しを聞き、確信した。
この二名ではどう考えてもワイバーンを10匹も倒せるわけがない―――。
そして、不自然に黒焦げになっていたという3匹の死体・・・。
その二人に会うべく、情報屋に居場所を確認するよう指示を出しておいた。
それから程無くして酒場で二人を確認したと情報が入った―――。
私は今までと何かが違う予感を持って、急くような心持ちでその場所へと向かうのだった。
「高名な魔女が俺達に何用で?」
どうやら、この男は私の噂を知っているようだ。
ならば少し脅してやれば直ぐに吐くだろうと思ったのだが、頑なに何も語ろうとしなかった。
仕方なく、私は古臭い魔術である過去視を発動させた――――。
この男にとって強烈な記憶であったらしく、何もかもが鮮明で、まるでそこに私がいるかのような臨場感を感じる。
そして――――そこに、あの頃出逢ったリリー・ヴァンの姿をした彼の笑顔と全く同じものを浮かべている少年の姿があった・・・。
もう、何も、何の補足もいらない。
私はやっと辿り着いた―――――彼の元へと・・・。
「そう、ならもう用はないわ―――。邪魔をしたわね」
私はそう言うのがやっとといった感じで金貨を置き、二人に背を向けた。
ともすれば、今にも涙を零してしまいそうだったからだ―――。
そして私はその日のうちに王都と出立した。向かう先は言わずもがなトリティン―――そう、彼のいる街へ・・・。
一度その姿を捉えてしまえば、何の苦労もなく彼の住居の場所まで知ることが出来た。
トリティンに到着したのは翌日の夜更けだったが、今の私には我慢など出来るはずもなかった。
私は彼の住む家の近くの草原で、彼が気付くように私の魔力を解放する。
幾らの時間も待つこと無く・・・。
ずっと探していた彼がやって来た――――。
「今晩は。月が綺麗ね?」
「・・・死にたいくらいに?」
そう、死にたいくらいによ――――。
ずっと・・・会いたかったわ・・・。
貴方を私だけのものにするの―――二度と私から離れることは許さない―――。
もう、何処へも逃がさない――――。
「――――ふふ、見ーつけた」
ーAnother View Endー
タグにも入れましたが、更新は不定期になります。
沢山の方々に見てもらえて嬉しいのですが、こちらの都合なので申し訳ありません。
にゃー1。