せかんどらいふ   作:にゃー1

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18 天使と騎士の忠誠

 

 

「くそっ!全く制御出来ない・・・っ!あの精霊!」

 

空を滑空する自分の身体を制御することも出来ず、ただ背に生えた翼の赴くままに空を駆ける。

このままではトリティンの街の中心部まで行ってしまう。

そうなると人に見られる可能性が相当高まってしまう、それは僕にとってデメリットにしかならない。

 

精霊力で具現化された翼ならば、魔術によって打ち砕くことは可能だろうか?そう思考し、この現状を打破する行動を思案する。

 

「翼を魔術で撃ち抜く、か・・・ただこのスピードが問題なんだよなぁっ」

 

先程風の魔術を構築し、自分を包む風の繭を発動させたのだが、翼が藻掻くように強く羽ばたき魔力の制御を狂わせて、風の繭は弾け飛んで消失した。

さすがは神秘と言われる精霊の力、厄介なことこの上ない。

 

助けを呼ぶか?あの精霊を?それこそ絶対に嫌だった。きっとシルフはこう言うだろう。

―――ご主人~、やっぱしわたすがいねばならんでしょ~?褒めて褒めて~。

恐らくドヤ顔で・・・何というマッチポンプだ、酷すぎる。

 

「やってやれないことはないっ前方に爆風を展開して、その後翼を氷槍でぶち抜いてやるっ」

 

翳した手から魔術円が描かれ、物凄い風圧が押し寄せてくる。

魔術によって作られたその風を嫌がるように翼は進路を上に変えようと羽ばたく、急速に速度を緩めた瞬間に翼に向けて水の魔術を発動させ、氷槍が翼へと突き刺さった。

 

力を失ったように翼が羽ばたきを止めると、身体の浮遊感が消え失せ、急降下し始めた。

自分の真下に手を翳し、風の蔦を発動させ落下している身体を絡め取らせる。

風の蔦を操作しゆっくりと地面へと自分の身体を下ろしていった。

 

周りは民家がないことと薄暗く人通りも無かったことに安堵の溜息を吐いた。向こう側に見えるのは大きな屋敷なのでどうやらこの辺り一帯が貴族か何かの土地なのだろう。

 

「―――――天使・・・様・・・」

 

溜息のような呟きが聞こえ、僕はギクリと身体を硬直させ、ゆっくりと振り返る。

雲に隠れていた月が顔を出し、辺りを照らし出す。

そこにいたのはドレスのような騎士服を着た少女だった。

年の頃は15、6だろうか、少し幼さを残す顔立ちはとても可愛らしい。ワインレッドの瞳を見開いてこちらを呆然と見つめている。ポニーテールにしている髪は輝くアンバークォーツのような色をしていた。その髪は長く、腰の辺りまであり、風に揺れ月光を浴びキラキラと靡いている。

 

「あぁ・・・なんてこと・・・何者がそのような酷いことを・・・」

 

彼女は思い切り翼に突き刺さっている氷槍を見て口元を抑えた。

僕が自分でやりました。と言える雰囲気ではないのは分かるので空気を読んで苦笑い。

彼女はゆっくりとこちらに近付き、僕の少し手前で跪いて両手を祈るように組んだ。

 

「これは奇跡でしょうか・・・?運命でしょうか・・・?女神様、貴方の導きに深い感謝を・・・」

 

とても信心深そうな少女は僕の姿に奇跡と運命を感じているらしい。

実際はポンコツ精霊によって引き起こされた、神秘的だろうが超絶に迷惑なパチもん奇跡だった。

 

「天使様、(わたくし)ユライリス・フォートリア・クレイストは天使様に身も心も捧げ、その御身をこの身果てるまでお守りすると誓います。――――この生涯の全てを天使様への忠誠として・・・」

 

いやいやいや・・・誓われても困るのだが。しかもこっちの都合は完全にシャットアウトしているのか、何かもう、私は貴方の騎士ですよね?という彼女の中では完全に決定しました感が犇々(ひしひし)と感じられる。

 

止めて欲しい、もう今日はまともじゃない人の相手をするのは限界だった。

ただでさえあのポンコツ精霊でお腹いっぱいなのだ、これ以上はこちらの精神が保たない。

 

いや、きっとこの信心深そうな彼女は天使の翼のようなものを背中から生やし、空から舞い降りる姿に一時的に興奮し、正常な思考を出来なくなっただけに違いない、そうだ、きっとそうに違いないと己を納得させておく。

 

あまり魔術で人の心を操作するのは僕は好きではないが、この場合は仕方ないと諦める。

構築するのは暗示、今から普通に家に帰り、眠りにつく。そしてこの出会いは夢だったと思う。

そういう暗示を彼女にかけることにした。

僕が跪く彼女に手を翳すと、何を勘違いしたのか彼女はつぅと涙を零した。

 

「天使様の騎士となれた誉れ、心に刻み、貴方様の剣となり盾となり―――永遠(とわ)の忠誠を」

 

何か僕が認めてくれたと物凄い曲解をしてくる彼女にそのまま暗示を発動させる。

残念だろうけど、これは夢と思って、本当に仕える人を頑張って守ってあげてください。

 

瞳を虚ろにした彼女はゆっくりと立ち上がる。

足取りは確かに、僕に背を向け帰路についた。

それを見送り、僕は背中の翼に手を遣ると思いっきり引きちぎる。

両翼とも引きちぎり地面に叩きつけると、ビクビクと痙攣したように動く姿は狂気すら感じた。

 

保護の結界で翼の周りを囲み、精霊力を阻害する。

助けを乞うように藻掻き出す翼を結界内に両手を突っ込み、押さえ付ける。

その上で怒りと共に魔力を全力で流し込んでやった。断末魔のように小さな甲高い音が響き、翼は消失していった。

 

「さすが神秘だよ。後始末すらここまで面倒だなんて・・・疲れた、もう何も考えたくないな」

 

僕は疲れ果てた身体を引き摺るように歩き始める。

そして、知り合いに見つからないように、こっそりと家路に就いたのだった。

 

 

 

ーAnother Viewー

私は夢を見ていた。

それは、今日あった出来事を回想するようなとても気分の悪い夢を・・・。

 

ヴァードン家は代々騎士を輩出してきた私の家と同等の爵位を持った貴族で、最年少で冒険者学園の騎士科を卒業した私を認め騎士として雇い入れてくれた。

 

私は自分が仕えるべき主君を探していた。

女神教徒である私は教会騎士を目指そうとも思っていたが、それもまた何かが違う気がした。

お父様からは16までに仕えるべき相手を見つけられないようならば、それ以降は騎士を諦め見合いを受けなさいと言われた。来年はその期限だが、私は騎士なのだ・・・仕えるべき主君に出会えるまで諦めるつもりもない。

 

私の心を魂さえも震わせる、そんな人物に仕える・・・それこそが私の騎士としての本懐であり望みだった。

 

ヴァードン卿は私の望みには程遠い人物だった。

ただ、特にそこまでの問題もなく、仕事として彼を守ることは何の不満もなかった・・・今日までは・・・。

 

今日は貴族が集まるパーティーの護衛だった。

トレインハール卿という、侯爵で私の家よりも上の爵位を持つお方の屋敷で行われるものだった。豪勢なパーティーを終えた帰り道のこと、暗がりの中から青年がナイフを持って飛び出してきた。

 

「ヴァードン!死ねぇ!!」

 

私は騎士として、瞬時に腰から剣を抜き放った返す刃でナイフを叩き落とし、青年の腕の関節を極めると地面に叩きつけた。

 

「く・・・そぉ、お前だけは許さないっ!母さんを無理矢理犯した挙句父さんの仕事さえも奪い取り死に追いやって・・・っ!!家族を滅茶苦茶にしたお前を!!許さない!!!」

「ふぅむ、ユライリス君、何をしているんだ。さっさとそれを始末しないか」

「え・・・?」

 

ヴァードン卿は恰幅のよい腹を高価な指輪を沢山着けた手で撫で付けながら、何の罪悪感もなさ気に言い放つ。あまり整っているとは言えない丸々とした顔を見上げると、そこには人を見る目などではなくまるで道端に落ちている汚物でも見る目があった。

 

「な、何を・・・ヴァードン卿。この者は王国騎士団の支部に引き渡し然るべき法の裁きを・・・」

「まだまだ青いな君は。ドフォン、彼女に変わってやれ」

「へいへい。ほら嬢ちゃんどきな」

 

ヴァードン卿を囲むように控えていた騎士の中からフルプレートメイルを装着した一人が私の肩を掴み、青年の拘束を解いた。そして腰の剣を抜き放つと地面にでも突き刺すような持ち手にする。

這いずるように逃げ出そうとした青年にその騎士は何の慈悲も躊躇もなく、背中から心臓めがけ剣を突き刺した。

 

「・・・父さ、ん・・・か、あさ・・・ご、めん・・・な・・・」

 

青年から血溜まりが広がっていき、全身から力が抜け落ちピクリともしなくなった。

目の前で人が殺される、初めての光景に心が凍りつくような感覚に囚われる。

呆然とした私の前を従者が急ぎ走っていく。恐らくこの件を王国騎士団に報告しに行ったのだろう。

 

それからどうやって勤めている屋敷へ戻ったのか記憶が曖昧だった。

 

私は充てがわれている客室には戻らず、ヴァードン卿の執務室の扉をノックした。

入れという返答を待って私は扉を開いた。

執務室の奥の机に備え付けられた豪華な椅子に座り、頬杖をつきながら書類に向けていた目をこちらに遣る。

 

「どうした、ユライリス君。今日は報告は良いぞ、もう夜も遅い、部屋で休んでよい」

「・・・ヴァードン卿、大変申し訳無いのですが、今日限り当家の騎士を辞することお許し頂きたいのです」

「はは、何だそんなことか。勿論許すともユライリス君。やはり女性は騎士などではなく女としての幸せを掴むべきだろう。君の父君もさぞ喜ばれるだろうな・・・」

 

私は理解した。ヴァードン卿は私の騎士としての存在など初めから必要としていなかったのだ。

彼が私を雇い入れたのはクレイスト家との繋がりのため、貸しを作るためだったのだろう。

 

「何でも16からは見合いもするとかだったね。君の家柄ならば良縁が期待できるだろうな・・・結婚式には是非出席させてもらうよ」

 

彼の柔らかい口調はすでに私を騎士としてではなく、貴族の子女として接していることを表していた。悔しさに強く握り込んだ手が震える。

 

「近々取引のために用意しておいた金だが、丁度良かったよ。今月分の給金とこれまで勤めてくれた報奨金とでも思ってくれたまえ。金貨30枚だ、君の働きに見合う金額だと思うよ」

 

彼は執務机の引き出しから、革袋を取り出し机の上に乗せた。

その場から動く素振りを見せない私に溜息を吐き、革袋を持ってゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「さぁ、受け取りなさい」

「私の都合で辞するのです。お金は頂けません・・・」

「本当に君はまだ子供だなぁ、いやいや若いのは素晴らしいことだがね。だが、君も貴族ならば分かるだろう。私が当家の騎士を給金すら与えず放り出したなどという噂が立てば私の名に傷がついてしまうが?・・・君はその責任を取れるのかね?」

「―――・・・」

 

ヴァードン卿は私の手を取り、革袋を押し付けるように握らせた。

私がそのままゆっくりと背を向けて執務室を出ようとすると、その背中に声が掛けられる。

 

「今夜はもう遅い。ゆっくりと部屋で休んで明日の朝にでも家に帰るといい」

「いえ、申し出は有り難いのですが、今から帰ることにします・・・」

 

振り返り、返答をしながら会釈をした後、踵を返し足を早めた。

 

「良き縁談の知らせを楽しみにしているよ」

 

再び背に掛けられた声に私はもう振り返ることはなかった。

 

 

 

月明かりさえ厚い雲に覆われ、薄暗い街道を無気力に歩き続けていた。

何処をどう歩いたのかも定かでないはずなのに、ふと気付けば実家の屋敷近くまで来ていたようだ。

人にも帰巣本能とやらはあるのだろうか、などと埒もないことを考えながら空を見上げる。

 

 

―――――私はその時思考を止め、ただその光景を目に焼き付けていた。

 

純白で淡く神聖な光を放つ翼を背に、黒髪の天使が天から舞い降りる姿を――――。

 

 

「―――――天使・・・様・・・」

 

私の口から零れた呟きに天使様が厳かに振り返ると、雲に隠れていた月から祝福を受けているかのように月光が差した。

その光景の美しさたるや、とても私には言い表せるものではなかった。

 

辺りが神秘的な青い月明かりに照らされ、天使様の姿がハッキリと確認できた。

その神々しい翼には、痛々しく槍が突き刺さっていた―――。

 

「あぁ・・・なんてこと・・・何者がそのような酷いことを・・・」

 

私の言葉に天使様は慈愛に満ちた表情で、小さく(かぶり)を振った。

あぁ―――。この御方はこれほどの仕打ちを受けようとも、その者を咎めず、許すと―――。

 

身の内から全身を震わせ、鳥肌が立つような魂を揺さぶられる感覚を感じる。

涙腺が自然と緩み、視界を滲ませてゆく。

まるで足が勝手に動いているかのように、天使様の元へと導かれる。

そうすることこそが自然であるかのように私の身体は跪き、祈りを捧げるために手を組んだ。

 

「これは奇跡でしょうか・・・?運命でしょうか・・・?女神様、貴方の導きに深い感謝を・・・」

 

この出会いは奇跡であり、私の生涯一度の至高の出来事―――。

 

これが運命ならば、私の全てを捧げて貴方様をお守り致します―――。

 

女神様・・・ありがとうございます・・・私は貴方の導きに従いましょう―――。

 

「天使様、私ユライリス・フォートリア・クレイストは天使様に身も心も捧げ、その御身をこの身果てるまでお守りすると誓います。――――この生涯の全てを天使様への忠誠として・・・」

 

天使様は何も言わず、ただその美しくも愛らしいお顔に慈愛と博愛に満ちた微笑みを浮かべ――。

――――――許す、と。その手を厳かに私へと翳した・・・。

 

何も、考えられない。ただ、私はその姿に涙を零すしか出来なかった。

 

「天使様の騎士となれた誉れ、心に刻み、貴方様の剣となり盾となり―――永遠の忠誠を」

 

 

――――そう、この時を以て私は天使様の騎士となったのだ・・・。

 

 

 

 

カーテンから漏れる朝日に何度か瞬きをし、ゆっくりとベッドから起き上がる。

―――夢・・・?あれが・・・?夢なの・・・?

そう、あれは夢なのだ。私はそうとしか思えない。

だが、ただの夢などでは決して無い。

あれほど鮮明に、あれほど衝撃的に私の魂さえも揺さぶる夢―――。

 

私は夢で女神様の天啓を受けたのだ―――。

 

「ありがとうございます女神様・・・天啓確かにお受けしました・・・っ」

 

私は着替えももどかしく、ベッドを飛び出し自室のドアを思い切り開く。

そのままの勢いで屋敷の廊下を全速力で走った。

 

「おはようござっ!?お嬢様!?寝間着のままでございますよ!」

「あら、良い所に、エノア貴方も付いてきなさい!お願いもあるのよ!早く!」

「お、お嬢様!?い、一体何をなさるんですかー!?」

 

私は廊下を走っている最中に見つけたメイドのエノアの手を取り再び走り出した。

廊下の突き当りにあるリビングの扉を全力で開くと目を丸くした両親の姿があった。

 

「お父様!!お母様!!私は仕えるべき主君に出会えると天啓を受けました!!!」

「び、びっくりするだろうっ・・・イリス、それに寝間着のままじゃないか、はしたない・・・」

「あらあら、まぁまぁ・・・イリスちゃん、元気ねぇ」

 

落ち着きを取り戻したのか、お父様はソファで居住まいを正し紅茶を口に運ぶ。

 

「仕えるべき主君と言うが、ヴァードン卿の常駐騎士はどうするんだ」

「辞めましたよ?」

「ブゥフーッ、そんなあっさり!?」

「何を言っているんですか!お父様!今はそんなことどうでもいいんです!!!」

「あらあら、まぁまぁ」

 

私は手を掴んだままのエノアに振り返り、両肩を掴んで顔を寄せた。

 

「エノア!街中から腕利きの絵師を集めてちょうだい!多ければ多くでもいいわ!とにかく私の口頭で伝えるイメージで天使様を描ける絵師が必要なの!」

「え、絵師・・・ですか?て、天使様・・・?よ、よく分からないですけど、腕利きの絵師を集めれば良いのですね・・・?」

「そうよ!エノアお願いねっ!」

「はいっお嬢様!」

 

私のお願いを聞き入れ、エノアは直ぐ様にエプロンドレスを翻しリビングを後にする。

両親へと振り向き、私は不敵な笑みを浮かべ言い放った。

 

「私の最高の主君はきっとお父様とお母様にもご紹介出来ることでしょう!」

「一体どうしたというのだ、イリスは・・・昨日遅く連絡もせず帰ったと思えば・・・」

「あらあら、いいじゃないですか。あんなに楽しそうなイリスちゃんを見たのは久しぶりですわ」

「・・・はぁ~・・・あの顔をしている時は碌な事にならないんだが・・・」

 

 

 

――――さぁ、私の天使様!今、貴方の騎士が馳せ参じます!

 

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 




2章は1章とは少し毛色の違う物語ですが楽しでいただければ幸いです。

にゃー1。

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