せかんどらいふ   作:にゃー1

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2章
17 おかしな精霊と永従


踝ほどの柔らかい草が春風に吹かれさわさわと揺れている。

模擬剣を持つ手がじんわりと汗で滲んだ。

じゃり、と地面を擦るような音で緊張感が増していく。

 

「―――ふっ!せいっ!!」

「―――っ!」

 

ガキンという甲高い金属音を響かせ、父の短い気合と共に放たれた剣戟を受け止めるというよりも、肩口を狙った軌道を僕の剣で逸らせるように受け流す。

素早く返す刃でこちらの胴を狙った剣閃を剣を上段に構えた体勢のままに上体を逸すことで躱し、そのまま地面に突き立てられた剣を支えに、がら空きの腹に蹴りを放つ。

 

「がっ!ぐぁっは」

 

蹴った衝撃で、数メートルほど後ろに吹き飛んだ父は腹を擦りながらゆっくり起き上がった。

 

「いつつつ・・・ま、参ったー!・・・おーいてぇ~」

「大丈夫ですか?父さん、手加減はしたつもりですが・・・」

「おうおう。ちゃんと手加減されてるさ、骨とか折れてることはないよ」

「よかった。でも一応治癒の魔術を掛けるのでじっとしてくださいね」

 

僕は父のお腹に手を当て魔術を構築する。

直ぐ様構築された魔術により治癒の効果を発揮し始めた。

 

「ふぅ、もう大丈夫みたいだ。さすがだなぁイツキ!・・・というかあんまり魔術書とか買ってやれてないんだが、どこで覚えているんだこれ・・・?」

「・・・初歩魔術の応用ですね。あまり難しい魔術でもないので」

「そうなのかー。でもルキスラより全然すごい魔術使ってるような・・・?ルキスラをもうすでに超えてるんじゃないか?」

「父さん、それパーティーの人やルキスラさんに言わないでくださいね。親ばか丸出しで引かれますよ・・・?」

「ぬぐっ・・・分かった。気をつけるよ・・・ただでさえ親ばかだと思われてるからなぁ」

 

父の疑問を上手く逸しつつ、他人への言動に釘を差しておく。

両親には僕の魔術を見せてはいるが、高位の魔術やそれに付随する魔術は見せてはいない。

その理由は魔女の存在に他ならない。

彼女は頭が切れる、些細な事からでも僕の存在を嗅ぎつける可能性があった。

今の現状では彼女のことだ、無理矢理にでも自分と一緒にいさせようとするだろう。

今のところ、まさか自分と接していた人物が1歳も満たない赤子だったとは思ってもいないだろうから安全ではあるが、どこから辿られるか分かったものではないので警戒は怠ってはならない。

 

「しかし、魔術込みとは言え、こうも負けっぱなしだと冒険者としては悲しくなるぞ」

「これは父さんがクエストで怪我をしないトレーニングも兼ねてますからね」

 

リリーの卒業から2つほど季節は巡り、僕は7つを迎えていた。

身体能力は魔術補助も使用してはいるが、基礎値は同年代の子供にしては異常なほど高いだろう。

生まれ直しによる恩恵なのか、または別の問題なのかは分からないが、自己の研鑽だけは怠ること無く続けている。それは魔術的なものも肉体的なものも両方だ。

 

「イツァールー!イツキー!ご飯よ~!」

「おう!今行く!さて、イツキ昼飯にしようぜ」

「そうですね、この辺にしておきましょう」

 

母の呼びかけで父と共に昼食へと家に足を向かわせた。

 

 

 

―――虫の音が聞こえる静かな夜に、ある魔術によって緊張を走らせていた。

自宅は、街からはかなり離れており、周りは草原と森、そして山々に囲まれていた。

そういう立地条件もあって、偶に中級のモンスターも姿を現すこともあり、僕は家の周りに聖域という結界を張っていた。

 

聖域は悪霊、または中級以下のモンスターの侵入を防ぐと共に、それ以上のモンスターや悪意を持った者の侵入を術者に知らせるといった効果を持った魔術である。

 

その結界に反応があるということは、相当の悪意を持った者か、上級のモンスターの類いが入ってきたという知らせに他ならない。父なら滅多なことがない限り遅れを取らないだろうが、母はそういう訳にはいかない、だからこそこの魔術を常時使用しているのだ。

僕は、急いで服を着替え、護身用の2本のダガーを腰のベルトに装着する。

そして自分の部屋に幻惑の魔術を構築し、僕の姿をベッドに寝ているとしか思えないそういう幻視を見せる魔術を施しておく。

 

そっと2階に充てがわれた自分の部屋の窓を開け放ち、風の魔術を構築、窓の桟に足をかけ飛び出し着地より前に空気の繭が発生し、空気の振動を遮り音を消し去った。

 

そのまま結界の反応があった場所に向かって地を蹴り走りながら魔術を構築していく。

肉体強化を行使した後、限定解除を8割に設定しておく、もし上級モンスターなら確実にこちらに気付かれる前に致命傷を与えておかなければ、魔術の大音響を流す羽目になりかねない。

 

『―――――――――!』

 

それは叫びだった。声とも音とも判然としない、ただ身の内、言わば意識に響く叫びが木霊していた。

疾走していた足を90度角度を変えて地面を強く踏み抜く、土埃を上げながら数メートルほど地面を擦り滑り、勢いは止まった。

素早く辺りを見渡すと、丈の長い草むらが続く草原の中央にまるで白く輝くような肌で何の衣服も身に着けていない女性が力無く横たわっている。

その周りには風が舞い起こり、草花を揺らしていた。

知識の中にある姿、そして風が彼女を中心に守るように吹き荒れるその事象―――。

彼女は精霊だと認識する、風の精霊であるシルフ・・・それを今まさに刈り取ろうとする漆黒の霧を纏った骸の騎士はグリムリーパー。所謂死神、神とその名に記されている通り、人が太刀打ちできるようなモンスターとは全く違う幻想種と呼ばれる存在だ。

どちらもその存在を神秘とされる超上級の怪物であり、人の立ち入る事の出来ない超自然の摂理。

 

グリムリーパーは恐らく、この聖域に入り込み精霊力を失ったシルフの存在の死を感じ顕現したのだろう。ただ、精霊力を失った原因は僕にある。

精霊力は人の作った魔術とは相性が致命的に悪い。つまり、魔術で覆っているこの地域をウロウロしていたシルフはその精霊力の補給が阻害され、死に体になっていたところをグリムリーパーに感知され襲われている、そういう状況なのだった。

 

通常精霊は死を迎えることは稀だが、ただ、起こり得ないことではない。

精霊は死を迎えると直ぐ様次の精霊が生まれ、その身に刻まれたシステムを受け継ぐだけで特に問題はないとされている。

ただ、この状況はどうだろうか?自分の張った結界により弱り死を迎える精霊がいたとして、あぁ超自然の摂理だから仕方ないと言える状況下だろうか、いやそれはない。

 

漆黒の馬に跨ったグリムリーパーはその身の丈の倍はあろうかという鎌をシルフに振り下ろそうと構えた。

僕は身動きの取れないシルフを抱えるように、お姫様抱っこのような抱え方をしながらその鎌を回避する。

 

『・・・人の子か、何をしている?これは、精霊の死を迎えに来た我の使命よ。汝が介入することではないということが、理解できないのか?』

「グリムリーパー様、この度の事象は不測の事態故のものであり、この精霊の本来の死の運命とは異なっていると進言致します!」

『人の子、我に意見すると申すか。身の程、知らしめてやろうか・・・』

「今少しの時間の猶予を下さいますことを切に願います、どうかこの下々の人たる僕に、弁解の余地をお与え頂けませんでしょうか!」

『・・・言ってみよ人の子』

 

グリムリーパーが鎌を引いたことに、少しだけ安堵し、気を引き締め発言する。

 

「この度の件、僕の張り巡らせた聖域の結界に原因があります・・・この状況下で精霊力が阻害されたことによって、この今の精霊の状態となった次第ですっ」

『ほう、これは自然の理ではなく、貴様の介入によって起こされた事柄だというのだな』

「はい!グリムリーパー様・・・ですからこの結界を解き、それでもこの精霊に生きる力が無いのならば貴方様にこの件、全て譲ります。いかがでしょうか?」

『善かろう、人の子。我に汝の意思を見せてみよ』

 

グリムリーパーの言葉に次いで、僕は聖域の魔術を解除する、阻害されていた精霊力が急速に抱えている精霊に補給されていく。

今にも消えそうなくらいに弱っていたシルフは精霊力に満ち溢れ、その存在を誇示するかのごとく淡い光を身体から発光している。

 

『なるほど、人の子。汝の魔術によってその精霊が死を迎えていたということは理解した。だが、我を顕現させた事象については何とする―――。答えてみせよ』

「それにはただ、頭を垂れる他に言い訳などあるはずもありません」

『・・・ほう。善き哉。ならばその生命代わりに差し出すことも不承知することはあるまい?』

「いいえ、グリムリーパー様。僕の命を奪うというのであれば、神に対し不遜な行いを示すことになることをお許し頂きたい」

『クックック。我に命を奪うことは許せと、そして我が顕現した理由すらも奪うことを許せと申すか人の子』

「―――はい」

 

強烈な畏怖、死そのものが迫ってくるのを身体だけではなく、魂までもが感じ取る。

 

―――固まるな、思考しろ、身体の硬直を解け、動け、でなければ・・・―――死だ。

 

僕は無様に草や土を削り取りながら後方へと吹き飛んだ。

強烈な身体の痛みを感じ、自分が生きていると安堵する。

 

『ほう、魂の縛鎖を噛み千切るか。醜悪なほどの生への執着よ』

「―――っ、ごほっ、ごほっ、はぁはぁはぁ・・・」

 

身体を起こし、前を見据えるとそこにはグリムリーパーが鎌を横に薙いだ形で静止している姿があった。その隣には何やら抗議をしているシルフの姿もある、どうやら彼女も無事らしい。

 

何らかの呪縛を受けた僕は、硬直した身体を死に物狂いで動かし、自分に向けて爆風の魔術を発動させた。咄嗟のことで威力の調節など出来ず、肉体強化した上でも肋骨が折れたか、ヒビが入ったかはしたかもしれない。

動きに支障が出ないように治癒の魔術を構築し、体力増強も重ねて発動させる。

思考は止めていない、目まぐるしい程に高速に魔術知識を検索する。

状況を打破できる魔術を、今まで学んだ全てを出し切って――――生きるんだ。

 

『―――善い。先の一薙で此度の件、許す』

「―――・・・」

『人の子、神秘へ踏み込めばいずれ世界が貴様を否定しよう。再び相まみえることになれば、それは貴様が世界に否定されたと知れ。努々(ゆめゆめ)忘れるな・・・』

 

グリムリーパーは僕にそう告げると、その存在そのものが世界に溶けて無くなるように消え失せた。

身体の力が抜け、地面に尻もちをつくと自分の手が小刻みに震えていた。

 

「し、死ぬかと思った・・・はぁ、はぁ、はぁ~~~・・・」

 

大きく息を吐き出し、呼吸を整え落ち着きを取り戻していると、僕の周りを心配そうにくるくると回っているシルフの姿が目に映る。

先程のような裸体ではなく、大きく背中の開いた踵丈のチュニックのような衣服を纏っている。手首のブレスレットからゆったりと伸びる長いトガのような一枚布は肩から腰を一周し、残りの部分がふわりふわりと揺れ動いている。

その全てが白く、淡い光を放っており、どうやら精霊力で具現化しているのだろうというのが分かる。

 

「ええと、シルフさんでいいのかな?無事でよかったです」

 

シルフは淡いグリーンの瞳を(しばたた)き、こくりこくりと何度か頷いた。

ウェーブヘアの白く光る長い髪は彼女の踝ほど伸びているが、常に浮いている彼女には不便さはないのだろう。というよりも具現化しているのなら彼女の趣味なのだろうか。

そして、その顔立ちは神聖的で、美しくまさに神秘を内包する彼女に似合う美貌だった。

 

「はい?・・・えっと、いいえ。何もいりません。本当に・・・これは僕のせいでもあるわけで」

 

彼女は身振り手振りを交えながら、意識には断片的な感情のようなものを伝えてくる。

さすがに精霊である彼女には魔術はタブーだ、精霊力と反発し彼女にダメージを与えることになるだろう。なのでコネクトで直接話すわけにもいかず、何とか彼女の伝えたいことを理解しつつ返答している。

 

断片的な感情は感謝と、好意。身振り手振りには何かを僕にあげたいと伝えているらしい。

僕が原因なのでお礼はなにも貰えないと伝えると、悲しそうに眉根を下げて何度も首を横に振る。

 

「本当に、受け取れないんです。それじゃあお元気で、シルフさん」

 

平行線をたどるやり取りを断つように、手を振り僕はシルフに背を向け立ち去ろうとした。

するとシルフはこちらの正面にふわりと回り込み、僕の頬を両手で挟み込みながら顔を近づけ、キスをした。

それは何か、儀式のようで身体に風が纏わり付き、胸のあたりに強い力が刻まれるのが分かる。

感じたことのない感覚に戸惑っていると、ゆっくりと唇を離し微笑むシルフの表情が見え、さすがに顔を赤らめてしまった。

 

「な、何を・・・?」

 

熱を持った頬を冷ますように頭を振り、シルフに問いかけると――――。

 

『いやぁ、ご主人何もいらねって言うからよぉ、わたすの全部あげることにしたんだよぉ』

 

僕の精霊に対するイメージを粉々に砕く彼女の言葉が返ってきた・・・。

 

『ご主人はあれね欲のないお人やねぇ?わたすがあんなに必死に礼を尽くしたい言うちょるんに頑固に受け取らねかったものなぁ・・・んでな、わたすも恩人になーんもせんわけにはいがねもんでな』

「―――・・・」

永従(えいじゅう)っつぅ精霊の儀式ばやったんよぉ。まぁこれやったことある精霊いねがったもんで概要以外はどうなるんかわたすも知らねんだけどね』

「えーっと・・・その口調は・・・その、シルフさんの・・・普通なんですか・・・?」

『やんだぁ、ご主人!もうわたすはアンタ様の下僕やっちゅーのに、さん付けは止めておくんねぇ。畏まったのもいんねぇず。口調というのはわたすの言語のことじゃろうと思うんじゃけんど、わたすは普通に精霊語で喋っとうだけやっけん、そっだらこと言われても分かんねなぁ』

「あ、そうなんだ。・・・へぇ・・・」

 

つまり、永従という儀式により精霊語を認識できる言語として翻訳出来るようになった僕はこういう風にそれを翻訳しているということなのだろう。

シルフが日本のど田舎のイントネーションで地方入り乱れた口調で話しているのはきっと自分の何らかの問題によるものだろうと無理矢理に納得させた。

 

「シルフ、永従っていうのは一体何なの?君に不都合はないのかい?」

『そっだねぇ、一言で言うならご主人の命令にはなーんも逆らえねなぁ。ご主人が死ぬまでわたすはご主人の下僕っちゅーことだすなぁ、でんもご主人は悪人でもねし別に困らねと思うんよぉ』

「いやー・・・それどうなんだ?僕のこと何にも知らないでしょうシルフは・・・。逆らえないってどんだけ凄い制約なんだよ、というか解除とかは出来ないの?」

『出来ねすなぁ、一度結ぶと死ぬまでってーのが決められてるんよぉ。それにさぁ、わたすこう見えて何千年って生きてるんだよぉ?ご主人が悪人かどうかくれぇ分かるんさねぇ、ふっふっふ』

 

何でもないことのように笑うシルフに溜息を吐きながら、僕は続ける。

 

「今回の件は僕の魔術による結界でシルフが精霊力を失ったことに起因するんだよ?僕が原因なんだ、シルフには何の落ち度もないんだ・・・なのに僕に仕えるはおかしいだろう?」

『ご主人はそんなことを気にしてたんだすかぁ、わたすは実体化すると、モンスターに齧られるんよぉ、それはもうわたすが気持ちよく寝てるとこにやって来てさぁがじがじと、無遠慮にわたすの身体をがじがじと齧るんすよぉ、わたすそれが我慢ならんで実体化もせず過ごしていたんすが・・・ここに来た時にそんなモンスターはいねぐて、静かに寝られるわで最高だったんすよぉ』

 

シルフは表情豊かにここまでの経緯を説明しようとしているらしいのだが、何やら雲行きが怪しくなってきた。

 

『精霊力が全くねがったのは分かってたんだけどね、まぁそのうち別のこといきゃあいいんでないかと気にしてねがったらさぁ、いやぁさっぱり忘れて気が付いたら動けねくなっちょったんよぉ。あはは~。んなもんで、死神さんはくるわ、あ~わたすもこれまでかぁと諦めてたんじゃけど・・・』

「・・・つまり、シルフは分かった上でここにいて、それをすっかり忘れて死にかけていたと?」

『そだよぉ。いやぁご主人がいねがったらあのまま消されてたっけねぇ~、いやぁご主人は命の恩人じゃあ。あげな間抜けな死に方、次のわたすに申し訳たたねすしな』

 

もう分かった。この精霊は自由を愛し、大らかで―――――――物凄く馬鹿だった。

 

「・・・うん、分かった。じゃあ僕は命令はしないから、好きにしてていいよ・・・」

『ほんに欲のないお人やね、ご主人は~。永従を結んじょるから、風が吹くところじゃったら何処でもわたすはご主人の近くで実体化できるけぇ、いつでも気軽に呼んでくれましな』

「・・・うん、分かった。元気でね」

『・・・ちょお待ちねぇ、ご主人。わたすのこと引いちょるん?ね?ね?ご主人なんで顔を逸しよん?あ~今絶対、二度と呼ぶことねなっつぅ思ちょったっしょ?ね?しょーじき、しょーじき言ってみらんち?』

「・・・とにかくさ、シルフが無事でよかったね。僕そろそろ帰らないと」

『ちょちょちょ、待ってご主人。いやいや、いやいやいや・・・わたすのことすっげく使えねな思ちょりよーね?そやんね?・・・いやいやいや、ねいわ~わたす精霊よ?神秘やよ?ちょ言ってみ?何かお願い事くれぇあるっしょや?なー言うてぇよ!言うてぇ言うてぇ!!こんまんまじゃわたす絶対二度と呼ばれんちゃろーもん!?』

 

何とか自分の有用性を伝えるべく、シルフは僕の腕をヒシと豊満な胸で挟み込みながら抱きついて離れようとしない。

涙目の彼女はとても愛らしいが、正直言って物凄く面倒くさい性格をしている。

 

『わたすはとっても便利やっけん。例えば寝苦しい夜もわたすを抱いてねちょれば爽やかぁな涼風がご主人を包み込んでぇな、それはもう心地のええ眠りがやってくるんよ?』

「―――・・・モンスター引き寄せるんでしょ、シルフ」

『・・・わ、わたすのこと嫌いなんご主人~~~~っ!?ほらぁ!わたすの胸も触り放題っ!もちろん、か、身体じゃってご主人のもんなんよ!?わたすこう見えようけど生娘じゃけん!は、初めては・・・や、優しいして欲しいっちゃけど・・・ね?』

「・・・いえ、結構です」

『ごぉしゅ~じぃぃぃんんんん~~~っ!!』

 

この世界で出会ってきた人達はとてもまともな性格をしていた。さっきのグリムリーパーだってそうだ、とても神秘的で己のアイデンティティーを失わない苛烈で畏怖を纏った存在だった。

だというのに、この精霊はどうだろうか。神秘を遥か彼方に置き去りにしてきたのか、駄々っ子のように纏わり付き、涙目で自分の身体さえ差し出そうとする・・・何て可哀想な人なんだ、いや人ですらないが・・・。

 

とにかく、今すぐにこの猛烈に面倒くさいシルフから離れたいと思っていた。

そしてこのことは夢だったと思い込み、二度と思い出すことはしないと誓おう。

 

『やめてぇ、そんな目ぇで見らんといてぇ!面倒くさい思ちょるんやろぉ!?やめよ?全然違うけんね?わたす面倒くさい女じゃねいけんね?ね?・・・一回抱かれたけんいうて恋人面せんよ?』

「いやそんな話してないから」

『じゃあなんなん!?わたすの何処が嫌なん?言うてぇ?直すけん!ご主人好みの精霊になるけぇ!なぁ~!』

 

ふわりと浮いている彼女を見て、ふと思いついたことがあった。

上手くすれば、彼女の自尊心を傷つけることなく、彼女からも離れられるかもしれない。

 

「そう言えば、シルフは僕のお願いを聞きたいんだよね?」

『なになに?なぁんでも言うてぇ?何でもするけぇ~~!』

「空を飛ぶことって・・・出来る?」

 

そう、この世界での魔術には空を飛ぶというものがない。開発すれば出来るかも知れないが、何の構築理論もないものを一から作り出すのは途方もない知識と時間を必要とするだろう。

精神体であれば、空を飛ぶことは普通に可能だが、やはり実体で飛ぶのとは訳が違うだろう。

 

『ふふふ、ご主人~~~もぅもぅ!このいけずぅ!そんなんやったら早う言うてぇ~?わたすにかかれば簡単すぎやよぉ。まかしてまかしてぇ~』

「え?本当に出来るんだ・・・」

 

あまり期待はしていなかったが、どうやらシルフにとっては簡単なことだったらしい。

実際に飛べるとなると、やはり心がわくわくと高揚するものだった。

 

シルフは僕から離れて、両手を広げて静かに瞳を閉じる。

綺麗な唇が薄く開いていき、響くのは――――唄だった。

 

『――――――――――――――――――・・・』

 

彼女の姿も取り巻いた風も淡い光を幾つも蛍のように作り出し、幻想的な姿を見せていた。

響く唄は精霊語なのだろうか、だがおかしな翻訳はされず、意味を理解できない。不可思議な神秘を内包したその美しい声は先程の精霊と同一人物とは到底思えない。

思わず見蕩れてしまっていた僕の周りには淡い光が幾つも漂い始めていた。

 

『―――――――翼をやっちくれんね』

「それ翻訳して欲しくなかったなぁ」

 

シルフの最後のどうしようもなく決まらない言葉と共に、僕の背に風を纏った純白の天使のような翼を具現化していた。

自分の意志では動かないようだが、どうやって飛ぶのだろうと思っているとシルフは物凄くドヤ顔をしながらこちらを見ていた。

 

「・・・わ、わぁシルフは凄いなぁ。これで飛べるんだねー!」

『――――~~~っ!!ふ、ふぇへへ・・・ご、ご主人の笑顔・・・かわいっちゃも~~~っ!抱きしめたいっちゃあ!いやさ抱かれたいっちゃも~~~!』

 

不本意ながらも笑顔でシルフを褒め称えてみると、神秘が粉々に粉砕されるレベルでだらしない顔を披露してくれる。

 

「気にしちゃダメだ、気にしちゃダメだ。我慢我慢ー・・・」

 

僕はシルフに聞こえない程度の小声で自分の感情を抑える、そうじゃないと余計なことを言ってしまいそうだった。

 

『そいでぇご主人?飛んでみらんのけぇ?楽しみにしとったちゃろ?』

「これ、どうやって動かすの?どうも自分の意思じゃ動かせないみたいだけど・・・」

『精霊力を操るっちゃよぉご主人。んぅ~ほれ、ご主人魔術得意じゃろう?あんな感じに魔力を操る感じでぇ~ぱっとやってみらんね』

「普通、精霊力を操れる人間なんていないよ!というか精霊力は魔力と違うどころか、反発し合うんだから魔力を内包してる人間が精霊力操れるわけないでしょ・・・」

『おぉ!ご主人賢いっちゃねぇ~はぁ~そうなんじゃねぇ・・・おぉ!じゃあわたすがやればいいだけっちゃな~。まかしてぇ~ご主人!』

 

もう僕はこの時点で碌な事にならないことを感じ取り、この出会いを後悔し始めていた。

シルフが僕に向かって手を翳すと、微動だにしなかった翼が大きく広がり、羽ばたき始める。

 

『さぁ行くっちゃよぉ~!』

 

シルフの掛け声と共に、身体が一気に上空へと運ばれる。その勢いたるや背中にジェット噴流でも付けているようなレベルだった。すでに嫌な予感しかしない僕に向かってシルフが笑顔で手を振っていた。

 

『ご主人~~!帰りはまたわたすを呼んでくれっちゃよぉ~!楽しんでねあ~~!』

 

そして、僕の身体は自分ではまるで制御出来ない高速飛翔する翼によって空へと無理矢理旅立たされるのだった・・・。

 

「思ってたのと全然違う!」

 

僕の叫びは高速で移動する際の猛烈な風によってかき消されていく。

そして、あの精霊とは二度と関わることはないと固く心に誓った――――。

 

 

 

 

 






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