せかんどらいふ   作:にゃー1

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15 私のものになりなさい

 

ーAnother Viewー

―Side A―

 

眼前に広がるのは(およ)そ1年の試合とは思えない高レベルな攻防。

とはいっても、一方はただ威力の高い魔術を乱用しているに過ぎないが、それをいなしている方が異常なほどに魔術を熟知している。

 

「何なんだありゃあ、あんな躱し方正直頭がおかしいレベルだな・・・」

「魔術障壁の構造を理解して、魔術同士の反発を利用した回避行動・・・ですねぇ」

 

私の呟きに続けるようにティミーが今の障壁を利用した広範囲の雷撃の回避を説明した。

言葉にすれば簡単だが、今のはタイミングも選択する魔術も全てが噛み合っていないとただ弾き飛ばされて自分から雷撃に向かって行き、終わるといった結末もあった。

言うは易し行うは難しを体現したような回避行動だ。

 

「おいおい、どこが可哀想な被害者だよ?どう考えてもありゃあ・・・何かとんでもねぇもん持ってやがるじゃねぇか・・・」

「・・・そうですねぇ~。ロハルド君が言っていた、聡慧過ぎて怖いという言葉はあながち勘違いなんかじゃなかったんですねぇ」

 

ただあのリリーという生徒は何故ここまで魔術を熟知しておきながら、障壁を展開しないのか。

この試合において彼女の行動はちぐはぐな印象が否めない。

 

何よりも見た目の魔力はそこまでの力量ではない、にも拘らずリリーは持続魔術を行使している。

あれは呪詛の昇華速度を著しく阻害する理由から魔術師同士の戦闘に於いては悪手にしかならない、しかも魔術師には相性の悪い限定解除を使っているように見える。

体を鍛えた者に対して使用すれば有効な手だが、あの細腕でそんな魔術を使えば自分の膂力で自分の身体を傷つけてしまう。とすれば、何か別の魔術も平行して使っているのだろうか・・・。しかしそんなことが可能なのかと顎下を擦りながら考え込んでいた。

 

そしてこの試合が本当に普通に終わるものかと、何か予感めいたものが胸中を過った。

 

 

―Side B―

 

ほぼ半径3m近くの席がぽっかりと空席になっている観客席。その中央に私は行儀よく着席していた。私がこの大会の観客席に座ったのは入学して以来初めてのことだった。

 

私の事を意識してか、周りの生徒達は皆一様に大人しく声も上げずに観戦していた。

本当につまらない人間ばかりがいることこの上ない。

 

「貴方の魔術は初めて見るわね、リリー・・・ふふ」

 

彼女の魔術構築は迅速かつ精緻(せいち)で完璧な魔力制御の下に行われている。

魔力の移動が感知し辛いのは多分、あの魔力を編み込んだ彼女を秘匿するベール。

私の目でも、もしかしたら簡素な魔術であるなら使用されたことすら見抜けないかも知れない。

 

流石に、体制を崩した所に雷撃を打ち込まれたときは焦りに身体が反応してしまった。障壁を発動させず水魔術で身を包むなんて自殺行為に思えたからだ。

だが、彼女は何かしらを行い、雷撃を回避せしめた。

 

もう勝敗は完全に決していた。

 

だというのに、対戦相手は浅ましくもリリーの不正を喚き散らす。

名前は何と言ったか、確か何処ぞの貴族の娘だったか・・・どうでもいい。

 

「試合を止めないよう釘でも刺しておこうかしら?」

 

私はゆっくりと席を立つ。

見渡した観客席に学園長の姿を捉え、そちらに向けて歩を進めた。

 

 

―Side A―

 

それはあまりにも馬鹿馬鹿しい言い分だった。

あのベリグラル卿の小娘はおつむが弱いらしい。いや、追い詰められた故の狂言と言った所だろう。

まず、あの威力増幅の魔石(ジェム)は魔術に使用する魔力量を相当量高める。呪詛侵食を待つというのならそれを使うこと自体が何の意味も持たない。

そして、何よりもいくらなんでも使用した魔術の数に対して、小娘の呪詛侵食が酷すぎた。

それは何よりも雄弁に自分が使用したということを語っていることにも気付かないのだろうか。

 

それを気付かないというよりも頭の悪い言い分をさも正論のように賛同する男もいる。

ベリグラル卿だ。

彼は薄い髪を撫で付けながら、まるまると太った豚のような顔をにんまりと崩しこちらへと歩いてくる。

 

「学園長!もうこの試合は止めるべきだろう?リリー・ヴァンとかいう生徒の不正は明らかだ」

 

仕立ての良いスーツを身にまとっているが、出っ張った腹で台無しだ。

よくもまぁこんな男に抱かれたものだな、その女教師も・・・私なら舌を噛み切るだろう。

 

「いいや、ベリグラル卿。この大会は相手の敗北宣言か、行動不能、または魔力暴走といったどうしようもない事態以外で止めさせたりはしない。不正があろうがなかろうがそれは試合後の判断での判定をする、それがこのアカデミーのルールだ」

「だが!今まさに不正の事実が詳らかにされているというのにそれを傍観するというのか!」

「だから言ってるだろうが。それは試合後に判定をすると、まだ試合は終わっていない」

「何を言っているんだ!もう不正は明らかだろう!もうこれ以上なにがあるという!!」

 

鬱陶しいと思いながらもベリグラル卿の相手をしていたその時――――。

全ての音を消し去るほどの轟音が鳴り響いた。

 

瞬時にステージに目を移すと、そこには巨大な穴が出現していた。

そして、そんなことがどうでも良くなるほどの膨大な魔力がリリーを中心に渦巻いていた。

 

「な、何だありゃあ・・・!?」

「見てませんでしたか、学園長・・・リリーちゃん、高位魔術である”粉砕する神の鉄槌(ミョルニル)”を行使して貴方が張っていた魔術障壁を粉々に砕いてあの大穴を開けたんですよ」

「おいおい・・・マジかよ・・・高位魔術でも耐えられる強度のはずだぞ・・・あの問題児以外に私の障壁を破壊できる奴がいるとはなぁハハハッ、こいつぁおもしれぇなぁ」

 

私はあのリリーという生徒に大いに興味を持った。

もはや彼女を処分するなどありえない、このアカデミーに箔をつけるにうってつけの人材、手放す気は毛頭なくなっていた。

 

「が、学園長!!あの生徒は私の娘を殺そうとしたのだぞ!?早く試合を中止させろ!」

「あぁ!?殺そうとって、てめぇの娘見てみろや!傷一つついてねぇじゃねぇか!」

「な―――!?何を言っているんだ!!今のが当たっていれば死んでいただろうが!!」

「うるせぇなぁ。ベリグラル卿よぉ・・・死んでねぇだろうが?てめぇの娘は・・・それとなもうクソ面倒くせぇから言っとくが、テメェの不正は掴んでるんだ、遅かれ早かれテメェの家はこのアカデミーからはご退場願う」

「―――はぁぁ!?ななな何を言っているんだ!?君はぁ!わ、私を誰だと思って――!!」

 

「貴方が誰だろうと、この試合を止めるというなら其れ相応の覚悟はあるのよね?」

 

「―――フィーンアリア・・・様」

 

ゆったりとした足取りでこちらに歩みを進める金色の少女の姿を見、ベリグラル卿が引き攣ったような声を上げる。

問題児だが、こういう時には役に立つのがまた腹立たしい。

 

「それにほら、見てごらんなさいよ。貴方の娘、全てを告解し、アカデミーを退学すると言っているわよ?」

「な、何を勝手なことを!ロティ!!て、撤回しろぉ!!!」

 

焦りを全面に出すようにステージに向かって喚き散らす男を呆れたように一瞥し、私はティミーに視線を遣った。

 

「ベリグラル卿~。これ魔術契約刻印を封じた魔石(ジェム)ですよぉ?さて、貴方の罪をちゃあんと記録してあげますから、ここで包み隠さず言っちゃって貰いましょうかねぇ」

「な、なぁ―――あ、あああ、あの女裏切ったのか!?く、くそっ忌々しい売女めがっ」

「裏切ってはいませんよぉ。我々が勝手に奪い取ってきたものですからねぇ、アハハ」

「――――・・・・」

 

項垂れるように膝を突くベリグラル卿に、ティミーが魔石(ジェム)を掲げる。

己の悪事の全てを饒舌に語りだすのをティミーは記録の魔術を使いそれらを余すこと無く記録していった。

 

「おい、問題児。リリー・ヴァンを連れ戻してきてくれねぇか?授賞式が終わってねぇ」

「あら学園長、リリーならきっと授賞式には出ないわよ。だから私から学年代表の授賞式をしてきてあげるわ。証をくださいな?」

「・・・あぁクソ、なんでこうテメェみてぇな奴は自由奔放なんだよ・・・こっちの予定なんざ意に返さないとこがムカつくなぁ!」

 

私は引き寄せの魔術によって代表の証であるマントを出現させ、それをフィーンアリアに放り投げた。

 

「・・・生まれてこの方自由なんて感じたことないけれどね」

 

フィーンアリアは自嘲じみた呟きを吐き、踵を返した。

その呟きを聞き取った私は、難儀なもんだと大きな溜息を吐くのだった。

 

 

ーAnother View Endー

 

 

花々の香りに包まれ、静寂に満ちた世界が今の自分にはとても有り難かった。

だがこの美しい景色に目を向けず、自分は魔女の庭のベンチに腰を下ろし俯いている。

 

自分は正しかっただろうか?13の少女に本気で怒り、感情のままに行動したのではないか?

しかし、彼女をここに残すということはリリーの命の危険をそのままにするということだ、それは自分には出来るはずもない。

 

自分の尺度で測るのは世界が変わった時に止めるべきだったのだろう。

この世界はこんなにも命が軽いものだったなんて思いもよらなかったのだ。

 

命は等しく尊い。そんな綺麗事、元の世界にだって盲信している人間は少数なのではないか。

そして、何の後ろ盾もない少女がどうなろうと構わないのがこの世界の当たり前だった。

 

「どうして落ち込んでいるのかしら?あんなにも完璧な勝利を手にした貴方が」

 

憂うような声音でこちらに問いかける少女は陽の光にキラキラと金色の髪が反射して輝いていた。

ゆったりとした足取りで自分の正面に足を向け立ち止まる。

 

「私は、正しかったのかと思いまして」

「正しいも間違いも、結局は各々が決めつけるくだらない倫理じゃないかしら?」

「・・・それでも自分だけの正しさなんて悪じゃないかと」

「ねぇ、貴方はただ正しいことをしたいの?間違いを悔み、ただ正しさだけを求めるのが貴方のいう人生を楽しむってことなのかしら?」

 

――――・・・。

自分が見開いた目をフィーナに向けると、何の話なのか理解して話しているのかも分からないきょとんとした愛らしい表情でにこりと微笑んだ。

 

「ぷっあははは――――くっく、ははっあはははは」

 

笑うしかない。自分はこの世界で10歳程度の少女に諭されたのだ―――。

―――自分が何を悩み迷っていたのかすら吹き飛ばすほどに明確な答えを示して。

 

悪に染まるつもりはない、世界を変えてやると正義を振りかざすつもりだってない。

そうだ、自分はこの夢のような世界でただ自由に楽しみたいだけじゃないか。

いつの間にか自分は思い違いしていたのだろう。

答えはこんなにもシンプルだったのに。

 

「ありがとう、フィーナ」

「よく分からないけれど、悩み事は解決したのかしら?」

 

フィーナは優しく言いながら、こちらの黒いマントのボタンを外し、手に持っていた純白のマントを着け直す。鼻先に近づいた彼女の髪からは芳しい花々の香りがした。

 

「ふふ、学年代表おめでとう、リリー」

「・・・ありがとう」

 

彼女は自分の隣に腰を下ろしその居住まいを正して口を開いた。

その声音にはどこか真剣なものがあり、口を挟むこと無く耳を傾けた。

 

「リリー、貴方の魔力、見たわ・・・あれほどの魔力そして魔術の知識、もうこのアカデミーで学ぶ必要なんてないわ。私の弟子になって、一緒に来てくれないかしら?」

 

彼女のこちらを見つめる美しい金色の瞳が少し潤み、頬には赤みがさしていた。

無言で話を聞くこちらに何かを感じたのか、彼女は少し捲し立てるように早口になる。

 

「私なら、貴方を一流の魔術師にしてあげられるし、きっと貴方も満足するほどの知識だって与えてあげられるわ。それに生活だって面倒をみてあげるし苦労なんてさせないわ・・・だから・・・」

 

自分はもう何の迷いもなく、答えは決まりきっている。

そして、その答えと共に彼女に打ち明けることもある。

この世界に生まれ直して、自分は色んな人に助けられてばかりいた。だというのに偽り続けるのは何か違うのだ。自分のようなイレギュラーがいたところで世界が滅亡するわけでもあるまいし、頑なに隠すことでもないと吹っ切れていた。

 

「すまない、フィーナ。君の申し出は受けられない」

「―――ぇ」

 

彼女は自分の返答にその瞳を見開き、潤ませる。そのまま自分は言葉を続けていく。

 

「何故なら、この身体はリリーのもので、自分の身体は別にあるからね」

「――――ふ、ふふふ。あはははははは」

 

こちらの言葉に彼女は自分の中の疑問や腑に落ちないことが繋がっていったのだろう。

本当に面白そうに笑い声を上げ、余韻を残しつつこちらに話を振る。

 

「私が魔女の庭で見つけた貴方は本当に初めての出会いだったというわけね。道理でおかしいと思うはずよね、1年近くも同じアカデミーにいて私の目が何も感じないわけがないもの」

「自分はリリーに恩があった。だからこの事態を救うために彼女の身体を使っていたんだ」

「なるほどね、だとすれば貴方は精神体ということよね?リリー・ヴァンの精神体と貴方自身の身体はどうなっているのかしら?」

 

フィーナの疑問や質問をかいつまんで答えていく。

彼女は楽しそうにこちらの話に目を輝かせ、笑ったり、相槌を打ったりとしていた。

 

「さて、じゃあ。先程の私の申し出と加えて、貴方が何者なのか答えてくれるかしら?」

「断るよ」

「へぇ、それはリリー・ヴァンを殺すって言ってもかしら?」

 

初めて会ったあの日のように魔女然とした畏怖を呼び起こす魔力をもって問いかける。

 

「この子は殺させないし、もし本気でそうするならフィーナのことを嫌いになるだろうね」

「―――、じょ、冗談よ!?今のは冗談だから本気にしないでくれるかしら!?」

 

彼女は急に年相応の焦りを見せて言い繕う。その姿に愛らしさを感じ小さく吹き出してしまう。

 

「・・・事情がある。君の申し出を受けられないのも、自分のことを言えないのもね」

「・・・そう。でもそんなの私に関係あるのかしら?」

「ないさ、だから君がどうしても欲しいなら探してみればいい」

 

何でもないことのように言う自分に彼女はきょとんとした顔で見つめ返すとこちらと同じように小さく吹き出した。

 

「ええ、いいわ。どうしても欲しいもの貴方のこと―――その挑発乗ってあげる」

 

彼女は不敵な笑みを浮かべ、ベンチから立ち上がりくるりとこちらを振り返った。

 

「ただ、一つだけ答えてくれないかしら?貴方って男?」

「ああ。でもそれは気になることだったのかい?」

「それはもうね、私この歳で同性愛という性癖に目覚めたのかと戦々恐々としていたのよ」

「・・・そ、そうか」

 

―――彼女の返しはどうしようもないくらいに真っ直ぐな好意を示す言葉だった。

 

陽光を背に受け、煌めく髪をたなびかせ、艶やかにして愛らしい微笑みを浮かべた彼女は―――。

 

 

「―――必ず探し出してあげる。そうしたら私のものになりなさい」

 

 

―――荘厳な威厳を持つ王のような風格をもってそう言い放った。

 

 

 

 

 


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