魔術実技大会、優勝決定戦のステージの上でロティアナと対峙する。
試合の開始を告げるブザーが鳴り響き、歓声の嵐が渦巻く熱気に包まれる。
「この日を待ちわびましたわ―――リリー・ヴァン」
こちらを真剣な目で見つめるロティアナが口を開く。その目には敵意と憎悪が滲み出ている。
何て身勝手な悪意を向けてくるのだろうかと辟易しながらも、それに応える。
「この日だけを待ちわびてきた貴方は、この日に至る日々を動き続けた私にもう負けてます」
「本当に口の減らない人ですわね。負けるのはそちらですわよ!リリー!!」
ロティアナが手を翳し、魔術円が宙空に描かれるのを目にした瞬間に自分は肉体強化の魔術を行使する。肉体強化は基本的に筋組織と骨の強度を高めるだけの単純なもので元々の身体能力を上げるものではない。
ロティアナの魔術が発動する前に次の魔術を行使する。限定解除、人の持つ脳内のリミッターを強制的に解除する。これにより、本来2割程度の膂力しか発揮できない人間の限界を調整できるようになる。解除する割合は6割、これだけで身体能力は飛躍的に向上する。
魔術円から発動した魔術は雷撃。見て動いては到底間に合わない、魔術円の構造を見てすでに石畳を蹴り、大きく横に飛んでいた。地面を靴底で擦り滑りながら着地するとすでに雷撃は障壁に当たり消滅していた。
「ちぃっ・・・!」
ロティアナが小さく舌打ちをし、次の魔術を構築し始める。構造は風の魔術、足元に巻き起こる風を感じると直ぐ様に地面を蹴り、こちらを追う風の蔦に手を翳し水の膜で覆い急速に凍らせた。
ただ、先程の雷撃はおかしい。どう考えても威力がありすぎるのだ。その証拠に一直線に放たれた雷撃の後を示すように地面が少し抉れていた。
「・・・当たれば無事じゃ済みそうにないな」
自分は誰にも聞かれないほどの声で呟くと、次の攻撃に備える。
思考をフル回転させ、攻撃に対抗できる防御策を考えられるだけ練っておく。
「・・・やりますわね、リリー。貴方がここまで動けると思いませんでしたわ。ですが、攻撃する程の余裕が無いようですわね。攻撃しなければ勝つことはなど出来ませんわよ!!」
「それはどうでしょうかね」
彼女の挑発に短く答え、手を翳し描かれた魔術円の構造を見る。
構造は雷撃、だがその魔力は分散して移動している。先程の直線的な高速度の雷撃とは違う、広範囲に発現するものだろう。確実に当てにくる作戦に切り替えたかと思考する。雷撃はその本質によって当たってしまえば威力の有無に関わらず身体を痙攣させる。
それによって、攻撃を受けてしまうと著しく回避行動が取りづらくなる、または動けない状況にもなり得る。
魔術障壁を使うことは出来ない。それは自分の魔力だと彼女の全ての魔術を防いでしまうからだった。
それでは相手の力量に合わせるという約束を違えてしまう。
そもそも魔術障壁は範囲を指定し発動させる魔術なのだが、個人の持つ魔力によって硬度が変化してしまう。その硬度を調整することは魔術障壁という魔術自体の構造を分解し創り直す以外に方法はない。
そして、個人の持つ最適量の力で硬度が選択され、高速で展開するように構造された魔術に、力の調整という選択肢を入れるということはただの改悪にしかならない。
さて、ならどうするかと思考を高速に巡らせながら魔術を選択する。
彼女の魔術円から魔術が発動する。
柳のような雷撃が縦横無尽に地面を舐めるように進撃する。
その雷撃から逃れるように背を向けて自分は走り出す。それを見てロティアナは笑いながら言う。
「無駄ですわよ!リリー・ヴァン!これは魔術障壁に当たり消滅するまで貴方を追いますわ!」
魔術障壁は魔術に反応し、効果を打ち消す。だがその瞬間には魔術同士の反発力が発生する。
それならば、魔術障壁を壁として利用できると踏んだ。
足を止めること無く、手を足元に翳す。魔術円を描き、発動させる魔術は風。自分の足を包むように風が渦巻く。次の魔術を構築しながらもまるでステージを飛び出すかのように走る。
そのまま勢いを止めること無く、魔術障壁に向かって飛び蹴りをする。
魔術障壁を突き抜けること無く予定通り、足を包んだ風が障壁に阻まれ消滅する。そしてその消滅に際して強い衝撃が発生し、その衝撃を受けた自分の体は上空へと吹き飛ばされる。
ドーム状に張り巡らされた魔術障壁の屋根の部分近くで構築していた魔術を発動する。
発動する魔術は自分自身を包む風の繭。繭の一部が障壁へ接触し消滅、衝撃とともに急降下する。
残った部分が地面へと叩きつけられるのを防ぎ、弾け飛んだ。
後方で柳の雷撃は消滅していた。呆気にとられるような表情でこちらを見ているロティアナにむかって、地面を蹴り接近し軽く回し蹴りを放つ。
限定解除をしている身体から放たれた蹴りは思った以上に彼女を吹き飛ばした。
地面滑りながら転がり、二、三度咳き込みながら立ち上がったロティアナはこちらの姿を捉え、直ぐ様に手を翳す。ただ、先程の雷撃はとっておきだったらしくその魔力消費も強烈らしい。彼女は肩で息をしながら、身体中の震えも止まらない。呪詛が身体を侵食している証拠だった。
次に来た攻撃は暴風を圧縮させた鞭、変則的な動きに対応が遅れた。足首に風が巻き付くように絡まり、宙に吹き飛ばされるが、宙空で自分の真下に向けて手を翳し魔術を構築する。発動した魔術は小規模の竜巻、自分を中心としたそれは絡みついた風すら引きちぎる。
何とか無事に地に足をつけ着地を成功させるが、竜巻が掻き消えた瞬間にこちらに手を翳すロティアナの姿が目に映る。魔術円の構造は雷撃、片手と片膝を突いた体勢では瞬時に回避行動は不可能だ、ならばどうする・・・あの威力ではリリーの身体が無事じゃ済まないかもしれない。
手を翳したロティアナに対するようにこちらも手を翳す。自分の周りを水の膜が包み込む、それを見てロティアナが勝利を確信したように笑った。瞬間、雷撃は一直線に放たれた―――。
呪詛によって身体の機能を著しく低下させた彼女が、膝を突いて荒い息を繰り返す。
彼女の瞳がこちらの姿を捉えると、自分はゆっくりと立ち上がり一歩足を踏み出した。
「―――っ!?・・・な、ぁ!?」
彼女の瞳が驚愕に見開かれる。
魔術は基本的な構造を創られている。それは魔術師が創り上げた設計図であり、構築とはそれを元に出来上がる成果だ。
ただし、構築は魔術を使う者の魔力、制御力、そしてイメージで変質していく。
彼女の使った風の魔術は対抗して使ったこちらの魔術と構造は同じものだった。それ程までに魔術とは構築にて変質する。
―――――――一歩、また彼女への距離を近付ける。
―――
ならば其れは己が智識に干渉を許し、想像に依りて望みを成就す。
―――――――数歩、確かな足取りは彼女の呼吸を乱していく。
彼女は識らないだろう、科学という魔術とは正反対とも言える学術を。
だからこそ、彼女は勝利を確信したのだろう。
自分の周りを包み込んだのはただの水では無い。
極限までに不純物を取り除いた超純水、科学の粋を集めて作られる、ほぼ電気を通すことのない非電解質の水だった。
本来なら超純水は空気に触れれば容易に二酸化炭素が、さらには窒素や酸素も溶け込んでくる。
ただこれは科学による智識を以てその成果を想像したのだ。
それに依って本来起こるはずの当たり前の反応が消え、想像した結果だけを顕現した。
つまり超純水でしかないもので自分を包むという望みを成就させたのだ。
―――――――十数歩、彼女は力が入らない身体を震わせ、血の気の失せた蒼白の顔で睨む。
膝を突くロティアナの前で足を止め、静かに口を開いた。
「敗北宣言を」
「―――・・・・っ」
もう彼女は魔力を魔術に構築することすら出来ない程、呪詛によって蝕まれているのだろう。
力の入らない身体で必死で震える拳を握りしめていた。
唇を噛み締めて、憎々しげに睨みつける彼女に再度、告げる。
「ロティアナ、敗北宣言を」
「―――!!!」
ロティアナは残る力を振り絞り爪先で地面を蹴ると、腰に抱きつくように飛び掛かってくる。
自分は意表を突かれてそのまま馬乗りにされるように倒れ込む。
反撃を予想し体勢を立て直そうとすると、彼女の方から離れ立ち上がった。
立ち上がった彼女はさも、こちらから奪い取ったと言うように
「皆さん!!!見てくださいっ!!これは魔術の威力を上げる高純度の
「―――・・・そうか」
彼女の魔術の威力が異常に高かったのはこのせいだったわけかと妙に納得した。
演説でもしているかのように高らかに声を上げて不正を暴いたと喚く彼女を無感情に眺めながら、ゆっくりと立ち上がった。
観客席のほうからも野太い声が彼女を褒め称えるように何かを叫んでいた。
「彼女が攻撃魔術を使えなかったのはこの
一瞬、頭が真っ白になった。
一体彼女は、何と言ったのだろうか―――?
彼女の声も、会場のどよめきも、自分の耳には届かないほどに遠くに感じていた―――。
あの!・・・貴方のこと、何て呼べばいいか・・・その、せ、先生って呼んでいいですか?
先生に言われた通り、ちゃーんと食事はとってますから!最近は絶好調なんです!えへへ
せ、先生!!今日は授業で指された問題をちゃんと答えられました・・・っ!!嬉しいっ!
先生~今度はどんな魔術書が読みたいです?え、私に任せるって。たまには先生の読みたいものでもいいんじゃないですか?ははぁ~私に本の趣味を知られるのが怖いんですね~?って、魔術書に趣味も何もないですよね~アハハ
先生・・・じ、実は私・・・試験で一位だったんです!!!・・・ゆ、夢じゃないですよね!?―――っ~~~っ!!でも、一位だったことより・・・そうやって先生が褒めてくれたことが一番・・・っぐす、嬉しいです~~~っ!!
――――――――――――助けて
ザーザーというノイズのような耳障りな音がする。
ぼやけるような視界で目の前を見ると、ロティアナが必死の形相でこちらを睨み、何かを喋っていた。
「―――さぁ!リリー・ヴァン!己の罪を認め、敗北宣言をなさい!」
「あぁ・・・なんだ」
そんなことを言っていたのか、と他人事のように呟く。
まだ、そんな、どうでもいいことを、言っていたのかと。
「・・・何を黙っているのかしら?何とか言ってはいかがかしら!?」
「―――――お前は、お前の家は
自分の誰に伝えるわけでもない呟きはロティアナには届かなかった。
「はい?ハッキリと仰ってくださいませ!さぁ!」
自分は今どんな表情をしているのだろうか?
きっと濁った目をしている、怒りに、憎しみに、自分の未熟さへの悔しさに・・・。
「・・・君は救えない」
「――ぇ・・・?」
小さくもハッキリと声に出し、ロティアナに背を向け足を踏み出した。
彼女は自分の背中に向けて何かを叫んでいたが、気にせずに歩みを進めた。
ステージの端で足を止めると、ロティアナの方に振り返る。相変わらずこちらを睨みつけているようだが、自分にとってそんなことはどうでも良かった。
ただ鷹揚のない声で告げる。
「これは警告だ。攻撃ではない」
自分は手を天に翳す。
魔術円が描かれ始め、それは二重三重と、複雑に絡み合う。
「
―――――ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!
囁きとも呟きとも取れる言葉の後に雷鳴と轟音が鳴り響く。
魔術障壁を粉々に粉砕して尚、ステージの中央に奈落の底と表現されるほどの大穴をあけて音が止む。会場中のどよめきも悲鳴も何もかもを消し去るほどの明確な力がそこに示された。
―――
発言した言葉はトリガースペル。こと、危険度の高い莫大な魔力消費を行う魔術に関して、その魔術を発動する引き金のような呪文が存在する。言わば構築するだけで発動しないようにした安全装置のようなものだ。
そして自分はその引き金を引き、魔術を発動させた。
反動は強烈だった。自分の魔術もどきのリリーの身体を覆う魔力はズタズタに綻び、合間から膨大な魔力が吹き出すように荒れ狂う。それはまるで世界が凍るほど強烈な恐怖と畏怖を振りまきながら莫大な魔力となって辺りを漂う。
辺りを立ち込めるもはや暴力的なほどの魔力、その中心で佇む自分に誰一人として声を出すことも出来ず、只呆然と恐怖や畏怖を抱き、皆一様に目を見開きその姿を見つめていた。
「・・・チャンスは一度切り、ロティアナ・ドゥーク・ベリグラル。こちらはお前の不正の全てを識っている。真実を述べ、アカデミーから去るか、全てを隠し命を捨てるか―――選べ」
ロティアナは恐怖で涙と鼻水で顔をグシャグシャにし、力無くへたり込んだ股からは水溜りが出来ていた。
「―――・・・っ・・・ぁ・・・ハァ、ハァハァ・・・」
呼吸すら正常に出来ていないくらいに彼女は狼狽し、恐怖をその心の芯にまで刻み込まれていた。
「ロティアナ、選べないか。では選択を追加しよう―――沈黙は後者とする」
「―――っ!?」
不意に頭に
『アハハハ、そうね痛そう。でも別に良いのよ。私は私が気に入っている人以外がどうなろうと』
そうだ、救うべきを
救いたい人を違えるんじゃあない。
リリー・ヴァン。少し要領が悪く、人に誤解されがちな女の子。
でも、頑張り屋で、感動屋で・・・他人を思い遣る心をもった優しい子。
そしてこの世界での知識を、魔術の道を開いてくれた恩人でもある子。
この子を救うことによって、他の誰かが悲しみに暮れることになっても後悔はないか?
―――――ない。
この子を救うことによって、他の誰かが地獄に落ちるとしても迷いはないか?
―――――ああ、ないとも。
ならば進もう―――彼女の未来を開く道を・・・。
ロティアナの恐怖と絶望に染まる顔を人間味のない瞳で眺めながら、告げる。
「
「――――っ!?」
手を天に翳し、魔術円を描き始める。
先程と同じく、複雑に絡み合う魔術円が完成し、自分が口を開きかけた瞬間だった――。
「―――わ、わた、くしは!!!ハァハァっ・・・私ロティア、ナ・ドゥーク・ベリグラルは!」
―――彼女が死への恐怖に敗北したのは。
「ふ、ふ不正を行いました!成績の改竄を教師のば、買収によって行いっ・・・り、リリー・ヴァンさ、んの嘘の噂を流し・・・こ、今回の大会に
震えを抑えることも、止め処なく流れる涙と鼻水さえ拭うことも出来ずに、ただ死にたくないという一心だけで彼女は震える声を張り上げ続ける。
「―――っ!・・・わ、わた、私は!こ、この試合の敗北を宣言いた、します!!」
自分の感情を感じさせない何処か冷めた瞳を、彼女の恐怖で染められ涙で潤んだ震える瞳が見つめ返す。彼女は喉を鳴らし、彼女の魔術師としての未来を諦める宣言を・・・する。
「・・・んくっ、―――わた・・・くぅ・・・わ、わた・・・」
彼女の縋るような視線も、慈悲を願う逡巡も、―――何もかもが遠く、届かない。
ただ無感情に彼女を見つめ、続きを促す。
「―――・・・。私はアカデミーの自主退学を宣言致します・・・っ」
そのまま泣き崩れる彼女を最後まで見ることもなく踵を返しステージを降りる。
―――今はただ一人になりたかった。
今まで次話投稿時、新規作成してるほうのプレビューをコピーして、投稿画面の多機能フォームでルビとかを打っていて、今日やっと執筆画面の文章をコピーすればそのままルビが出ることに気付きました・・・。馬鹿ですね。
このようなお話を気に入って、読まれている方々には感謝しています。
ありがとうございます。
楽しんで頂けているのであればいいのですが。
リリーのお話はそろそろ終盤です。
ちなみにリリーは元々モブ予定だったのですがいつの間にかこうなってました・・・私もなんでこうなったか分かりません。
それでは、皆さま読んでいただいてありがとうございます。
またよろしくお願いします。
にゃー1。