せかんどらいふ   作:にゃー1

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13 魔術実技大会②

ーAnother Viewー

実技大会準決勝。これが終われば、あのリリー・ヴァンを地面に這い蹲らせ、このアカデミーから追放できる・・・。そう、終わればだ。勝てばではない、だって(わたくし)の勝利は最初から決まっているのだから。

対戦相手はロェムニー・フィランダー。私の従順な配下の一人。

彼女は私を勝たせるために動き、私への皆の支持を集めるために無様に負ける。

これは私の演劇であり、戦いなどでは決して無い。

 

「さぁ、ロェムニー!先手を譲って差し上げますわ。どこからでもご自由にどうぞ」

「・・・っ」

 

彼女は赤銅色の髪を揺らし、深いグレーの瞳を左へと向ける。

それは彼女が私に対してそちら側に魔術を行使するという合図だった。

それを受けて私は魔術円が発現すると同時に、右側へと大きく身体を反らせるように石畳を足で蹴った。瞬間、紅蓮に染まる火球が放たれ、後方の魔術障壁に阻まれ消失した。

 

「ふふ、直情的な攻撃では私を捉えることは出来なくてよ?思考なさい、そして私の動きを捉えてみなさいな」

「―――いきます!!お覚悟を!」

 

私は彼女の視線の合図を受け取り、バックステップで前方に飛来する火球を躱す。

地に足をつけた勢いのまま前方に手を翳し、魔術を構築する。

構築する魔術は風。私の魔力は風と親和性が高く、属性としては雷、風といった魔術に特化していると判定を受けている。

私の翳した手の前面に魔術円が顕現し、ロェムニーの足元に強烈な風の(つた)を発生させる。

彼女はもんどり打ち、地面に叩きつけられうつ伏せに倒れ伏した。

 

会場の歓声を聞きながら、私は彼女に近づくこともせず、高らかに声を上げる。

 

「さぁ立ち上がりなさいっ!私は倒れ伏した者に止めを刺すつもりはありませんわ!まだ私に立ち向かえるというのなら、力を奮いなさい!」

「・・・っ」

 

私の言葉に会場中が大歓声を上げる。

 

―――酔いしれなさい、皆さん。―――私の演じるこの劇場で。

 

 

ーAnother View Endー

 

 

映像投影をされた準決勝戦を眺めながら、アイスティーを一口含み喉を湿らせる。

ロティアナの出場した試合はほぼその全てが相手の敗北宣言で終了を迎えていた。

そして、全ての試合において、相手の攻撃をその身に一度も受けること無く華麗に、優雅に勝利を収めていった。

 

そろそろ決着がつきそうな試合を砂を噛むような表情で一瞥した。

勝敗は初めから決まっているのだろう。それは試合内容を見れば分かる。

これは茶番だ。決められた役を決められた演技で、台本通り演じる。当人は真剣に演じてるつもりなのだろう、熱に当てられた会場の観客はどうか知らないが、こちらから見れば底の見え透いた下手くそな芝居劇だった。

 

「・・・どんな世界でも権力をもった人間は、業が深いってことか・・・」

 

小さな呟きは誰に聞かせるわけでもなく、溜息とともに口をついて出ていった。

 

机に置かれた魔石(ジェム)が小さな光を放ち、魔術円を描き始めた。

通信の魔術が構築され、相手側の映像が投影される。

それとは別に魔石(ジェム)から一直線に青い光がレーザーポインターのように出現する。

その光を自分に当たるように調整することで相手側にもこちらの映像が投影される仕組みだ。

 

一見するとこの通信の魔術は映像通話のようで便利に見えるが、実際は相当使い勝手が悪い。

まずこの魔術に必要なものは魔力媒体が2つ。もうこの時点で察することが出来たかもしれないが、これは魔術を構築し、発動させてから媒体にそれを込めるとその2つの媒体同士でしか連絡を取ることが出来ない。

そう、魔術を構築して込めるのではなく、魔術を発動させた結果として魔術が媒体に宿るのだ。

 

つまり、この魔術の最大のネックは一回きりの使いきりということだった。

発動が終わるとただの魔術媒体に戻るのだが、この魔術は他者との長距離連絡も可能となる分、著しく媒体の劣化が進む。魔石(ジェム)にしても相当の純度がないと発動した瞬間に使い物にならなくなる。

コストパフォマンスが最悪で、まず連絡手段として一般に出回ることはないだろう。

 

魔石(ジェム)から伸びるポインターの光を自分に合わせ、相手側との通信を開始する。

投影されたのはロハルドだった。

 

『準備は出来ているか、ヴァン』

「はい、いつでも大丈夫です」

 

ロハルドは眼鏡のブリッジを中指で押さえ、少し周りを目で見渡し、声を潜めるように口を開く。

 

『・・・リリー・ヴァン。証拠は掴めた、これで君の処分は確実に防げるだろう』

「そうですか、ありがとうございます。ロハルド教諭」

『礼を言うのはこちらだ、ヴァン。君の助言のおかげで掴めたようなものだ』

「助言というのは大げさですよ。ただ思ったことを言ったまでです」

『勝っても負けても君が退学になることはなくなった。だが、私は正しい者が勝つと信じている』

 

真っ直ぐな視線をこちらに向け、ロハルドはそう言い放った。彼の言葉に自分は目を見張る。

自分の彼の印象は冷静でロジカルな思考をする人物だと思っていたが、まさか正義は勝つと信じている夢想家だは思わなかった。ただ、自分としては彼のことが気に入った。

 

―――そうだ、正義は勝つ。それは夢物語でも信じるくらい自由だろう?

 

「少し、驚きました。教諭はもっと論理的な思考の方かと、意外と青臭いのですね」

『フッ、手厳しいな・・・。自分でも分かっている、世の中そう甘くはないとね。だが、そうでも思っていないと遣り切れないこともあるのさ。だからヴァン頑張れっ』

「はいっ。・・・教諭、私も青臭いのは嫌いじゃないですよ」

『―――そ、そうか。う、うむ。とにかく頑張れよ。応援している』

 

こちらが最後に付け足した言葉にロハルドは少し照れたように、顔を逸し激励の言葉をくれた。

その言葉を最後に通信は終了し、魔石(ジェム)は魔術的な力を失った。

視線を少しずらすと映像投影は満面の笑みを浮かべ、観客に応えるロティアナの姿を映していた。

 

短い溜息を吐き、眉根に力を入れ立ち上がる。

厳重に内から鍵をかけた扉を開き、決戦の場所へとその一歩を踏み出した。

 

 

 

ーAnother Viewー

試験場内の来賓席を縫うように通り抜け、教員席へと辿り着く。

私は目当ての人物が目に入り、そちらに向かい歩を進めた。

 

「やぁやぁ、リトマイヤー様ご機嫌麗しゅう」

「学園長と呼べティミー司書官。それから、そのクソみたいな挨拶を止めろ」

「まぁ怖い。学園長はもっと淑女に対し寛大であるべきですよ」

「テメェみたいなクソに群がる蝿のような連中に寛大であれとは、神に仕えるクソ神父にでも期待しろ、私にそれを求めるんじゃねぇよ」

 

この口の悪さが常軌を逸した女性はリトマイヤー・ヴァルトル・クラインテール。

歴とした魔術アカデミーの最高責任者である。

齢40を越えるというのに見た目は20代後半にしか見えない若々しさを保っている。

純白のウェーブがかった髪はとても長く腰下辺りで適当に切られており、鋭く人を威圧する赤い瞳がよく映える。目鼻立ちのきりっとした顔には額から右目の下にかけて大きな傷跡があるが、それすらも彼女を醜くするものではなくむしろ威厳を惹き立てるものとして存在感を醸している。

 

彼女の右目は義眼だと聞いていた。数年前の飲みの席で彼女が兵士として活躍していた際、捕虜として生け捕られ、その右目をくり抜かれた挙句、男性の一物を入れられたことがあると笑いながら語っていた。その時の私はこの人の頭のネジは何本か飛んでいると思ったものだ。

 

そう、この人物は国の魔術師部隊の兵士だった。

その活躍が認められ、国王からの爵位を恩賞として(たまわ)る際に、爵位などいらない食いつなぐ仕事をよこしてくれ、と(のたま)ったらしい。

普通ならあり得ない無礼だが、このリトマイヤーという人物は国家間戦争に於いて多大な功績を積み上げていたこともあって、その頃から立案されていた魔術アカデミーの学園長としての役職を任命されるに至った。彼女はそういうとんでもない経歴をもつ人物なのだった。

 

「くあぁ・・・。クソつまんねぇ試合見せられると家に帰って酒でも飲んだほうがましだと本気で思えてくるもんだな」

 

リトマイヤーはあくびを堪えることもせず、歯に衣着せぬ物言いで悪態をついた。

豊満な胸を締め付けるようなぴっちりとしたスーツに魔術文様の描かれた外套、権威があるというよりは何処ぞにいる野良の魔術師のような出で立ちで煙草を咥える。

彼女はアカデミーの校章が描かれたアスコットタイを緩めながら紫煙を吐き出しこちらを一瞥した。

 

「んで、いつまで突っ立てるつもりなんだよ。さっさと座れ」

「ではでは、お言葉に甘えまして。今年の一年生は如何ですかね?」

 

私は彼女が促した客席に腰を下ろしつつ、特に興味はない世間話を口に出した。

 

「毎年どうもこうもねぇ撃ちゃ勝てる試合やってんだ。如何もクソもねぇだろ。だが今年は例外だったか・・・まさか戦いの舞台で幼稚な演劇発表会されるとは思わなかったな。まさに開いた口が塞がらないってなこの事だったな、クククッ」

「あら、皆一生懸命なだけでしょうに。認められたくて頑張った結果がお粗末なものだっただけで」

「ハッ言うじゃねぇか。まぁお粗末にも程があるが、それを喜び勇む観客席の生徒諸君には頭が割れそうになった。あんなもん見て歓声あげるクソ共しかいねぇのかとな」

 

そう落胆した物言いで呟くと、彼女は手に挟んでいた煙草を地面に落としブーツの底でグリグリと踏み消した。

私は彼女の何とも言えない表情を眺めながら、ここへ来た本題を切り出す。

 

「そうそう、教員の買収の話は裏取れましたよ~。それと共に、リリー・ヴァンの潔白証明にも繋がりました」

「そうかい。まぁた教師雇い直さないとならねぇじゃねぇかクソ、これだから貴族が入ってくるのは嫌なんだ。・・・ていうかリリー・ヴァンって誰だそれ」

「貴方本当に学園長ですかぁ。自分の生徒くらい把握しましょうよー」

 

本気で不思議そうな顔をして首を傾げるリトマイヤーに私は溜息も出なかった。

彼女は、いや待てここまでここまで出かかってるんだ、と自分の首元を指すジェスチャーをしながらも視線では私に話を促していた。

 

「今年度末試験第一位の生徒ですよ。教師を操り不正に試験結果を改竄したと嫌疑をかけられた」

「あーあー!そうそうそれな。勿論覚えていたとも。というか何でそんなアホな嫌疑かけられてるんだろうとは思ってたがな、教師を操り試験結果として発表させた段階で、もうそいつ教師に学ぶことねぇだろ・・・んなこと出来たら魔術師としてどんな役職でも選り取り見取りだ」

「ま、それを画策したのが知識の浅ーい輩でしたからねぇ。とは言え、その彼女の嫌疑もあって元々調べてた所に辿りやすくなってましたから、リリーちゃん様様でしたよ」

 

私はニコリと微笑みながら、修道服(トゥニカ)を模したワンピースの上に羽織ったロングコートから純度の高い魔石(ジェム)を取り出し、リトマイヤーの目の前で左右に振る。

 

「魔術契約刻印~~~。言い逃れできませんねこれで」

「プッハハ。男ってのは馬鹿だねぇ、魔術師の女と寝るなら腹上死すら覚悟しねぇとなんねぇのに。でもよく奪えたもんだな、相手だって触られりゃ感知される魔術なんだ対策くらいしてただろ」

「そうそう、ウチの直情馬鹿のロハルド君は手当たり次第に触って感知を実践しようとしましたからねぇ・・・流石に止めましたが。そんなもの隠匿の魔術でも使われればお終いだというのに」

「あぁ、アイツ顔と口調に似合わねぇ性格してるからな。でも馬鹿は馬鹿でもああいう馬鹿はいいもんだろう」

「何度も馬鹿馬鹿言わないでください、頭が痛くなりそうです」

 

リトマイヤーは大いに笑っているが、私としてはあの行動には肝を冷やす所だったのだ笑い事ではない。

 

「それじゃあお前さんが探して奪ったのか?目立つ行動は慎むがモットーじゃなかったか?」

「ええ勿論、目立つ行動は慎みますとも。ですから最高の目を持つフィーンアリアちゃんにお願いしました。うふふふ」

「そりゃ何の冗談だよ。あのクソ問題児がくだらない貴族の教員買収の捜査に手を貸すとは思えねぇ、自分の命でも対価に頼んだのか」

「私の命じゃ鼻で笑われて断られたでしょうねぇ。自分で言ってて悲しくなります・・・ぐすっ」

 

怪訝そうに眉を(ひそ)めて問いかける彼女に全くもって正論だと思った。

本来あの金色の魔女がこんなくだらない件に首を突っ込むなんて、絶対にあり得ないことだった。

その絶対を覆すなんて、本当にリリーちゃんは不思議な子だった。

 

(くだん)のリリーちゃんですよ。魔女を籠絡したのは。実際に大層お気に入りの特別だそうですよ」

「・・・話を聞いてりゃそのリリーってな可哀想な被害者かと思いきや、とんでもねぇ牙でも持ってんじゃねぇだろうな。今回の件そのリリーって奴が動かしたってことじゃねぇか」

「私の印象では本当に可哀想な被害者というのがあるんですけどねぇ。本当のところは分かりませんねぇ・・・」

 

実際手を拱いていた教員と貴族の汚職は、リリー・ヴァンという被害者の出現から驚くほど早く解決へと導かれたような、そんな気もしている。

本当の彼女は一体どんな人物なのだろうか・・・?

 

「というか、あのクソ問題児。普通に協力したんだよな?なんかやらかしてねぇだろうな・・・?」

 

リトマイヤーは恐る恐るといった切り出し方でこちらをジト目で睨みつける。

私は頬を少し掻きながら、半笑いで答えた。

 

「あー・・・相手が白だったら問題になったかもですが、黒でしたし、どうせ首が飛ぶ教師が少々ストリップしたところでいいでしょう?」

「・・・皆言え。学園長が知らないじゃ話にならねぇ・・・」

 

リトマイヤーが全てを諦めたような顔で説明を求めてくる。彼女はフィーンアリアちゃんがここへ入学して1年が経過する頃からこういう顔をするようになった。

 

「・・・コホンっ。フィーンアリアちゃんは目で魔術契約の刻印を発見すると、隠匿魔術を使われないように女性教師の意識を雷撃で奪い、その服を教員が沢山いる職員室内でズタズタに切り刻んで素っ裸にし、身体に刻まれた刻印を魔石(ジェム)に封印しました」

「・・・はぁぁぁぁぁぁ。何であの問題児を単独で動かしてんだよ。誰かつけろよクソが」

「それ彼女が聞くと思います?」

「あぁもういい。分かってんだよ・・・その教師の首は早々に飛ばさないとダメだな」

 

遠い目をする彼女に大変だなぁと思いながら、周りの歓声が大きくなるのを聞いた。

 

ステージの端には先程完璧な勝利を収めたロティアナが不敵な笑顔で佇んでいた。

そして、ステージの入場口からは銀色の綺麗な髪を揺らし、青い瞳で一点を見つめ、強い足取りで歩を進める少女の姿があった。

 

さぁ、リリーちゃん。君の目の前にいるのは明確な敵意を持つ、君を陥れた仇敵だ。

勝ち負けはもう君の進退を脅かすものではなくなった、でもだからこそ、君はこの敵にどう相対するのか楽しみになったよ。

 

 

ステージ上に相対する両者を見つめる目が開始の合図を今か今かと待ちわびる。

静まった会場で開始のブザーを皮切りに再び歓声の嵐が巻き起こる。

 

 

―――ついに優勝決定戦の幕が切って落とされた。

 

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

 


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