せかんどらいふ   作:にゃー1

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12 魔術実技大会①

ーAnother Viewー

私はリリーが去った後の庭園で、彼女との会話の余韻に浸る。

トクトクと心臓の音が弾んで跳ねる。

あの子は本当に特別。

彼女が望むなら、彼女が抱える問題など全て消し去ってあげようと思った。

でも、彼女が望んだのは私と一緒にお話すること。

ならば私が手前勝手にあの子に干渉するのは間違いかもしれない。

 

ただ、リリー、貴方が望めば私は叶えてあげる。―――何だって。

 

目を閉じ、花の香を運ぶ優しいそよ風に身を任せていると不意に足音がして、目を開く。

そこにいたのは私の愛しい特別ではなく、淡い薄紅色の髪を揺らし歩く嘘くさい微笑みを浮かべた人物だった。

 

「フィーンアリアちゃーん。お久しぶりっ!」

「・・・何かしら?用件を言ったら直ぐに私の目の前から消えてくれる?」

「まぁ、酷い。私悲しくなっちゃうなぁ」

 

ティマイアス・アドケニア・グラインドレス。魔術師連盟の蝿のような存在。

最悪なことに私の家と大いに関係があり、余り邪険にするわけにもいかない厄介な女だった。

 

「で、用件は何かしら?」

「実はフィーンアリアちゃんにちょ~っと魔術契約の捜査、お手伝いしてもらえないかなぁって」

「嫌よ」

 

邪険にするわけにはいかないといっても、ティマイアスの仕事の手伝いをしてあげるほど私はお人好しでも、彼女に好感を抱いているわけでもない。断るのは当然の帰結だった。

 

「えー、即答?・・・でもこれ、リリーちゃんのためでもあるのよ?」

 

リリーの名前が出された途端、私の思考は鈍くなり、屈辱的だがティマイアスの思惑通りに口を開いてしまった。

 

「・・・話を聞こうかしら」

「あら凄い。噂は本当なのねぇ」

「噂ね、今どんな感じになっているのかしら?」

「私が仕入れた時には『私のお気に入りに手を出したら殺す』だったかしら。リリーちゃん愛されてるわねぇ~」

 

殺すというのは些か大げさかと、私は尾ひれの付き方に自分の長い髪を指でくるくると弄びながら考えた。そして、リリーが傷つけられた所を想像すると腸が煮えくり返る程の怒りが沸いてくる。

あながち噂も馬鹿にできない、真実を含んでいる場合もあると思った。

 

「まぁ・・・大体合ってるわね。あの子が傷つけられたら、どうするかは分からないわ」

「あら~・・・怖っい顔してるわよー・・・。その顔見られたらアカデミーの人間なら裸足で逃げ出すこと請け合いねー。それでそれで?お手伝いしてくれる?」

 

私が引き受けると踏んでこの話を持ちかけに来たのだろう、この老獪さがこの女の一番嫌いな所だ。

ただ自分の大事な子が関わるとなると話を聞かないわけにはいかないのだった。

 

「いいから、話を聞かせなさい。答えはその後よ」

 

ティマイアスはにんまりとした、いやらしい顔を浮かべ話し始める。

 

「ふん、あの子のためなら貴方の掌で踊るくらい安いものだわ」

 

私は悔しさを堪えながら小さく呟くのだった。

 

 

ーAnother View Endー

 

 

 

早朝の冷たく澄んだ空気の中、リリーの寮の窓のすり抜け彼女の身体に自分の精神を重ねる。

初回以外は精神を同調させ、何度も入れ替わりを行ったこともあり強烈な拒絶反応は起こらないようになっていた。

 

(おはようございます!先生、今日はとうとう実技大会ですね・・・。)

(おはようリリー。ずっと閉じ込めるような真似をしてすまないね。今日で全部解決させるよ)

(・・・はい。――そういえばもう噂は収まったんですよね。予定だと先生は圧倒的に勝つことで噂と広がった悪意を消すと言っていましたけど。噂が収まったならもう必要ないと思うんです。・・・相手の子、力の差が大きすぎるときっと自信を失くしてしまいます・・・)

 

この少女は自分が陥れられ、貶められて尚、他者を案じその未来を憂いているのだ。

なんて愚かな、馬鹿な人間なのだろうと嘲弄するのは簡単だ、何故なら彼女は自分の身を危険にさらしてまで他者の心配をしているのだ。

だがそれが間違いだと誰が言える。高潔であることがどうして悪いものかと。

彼女の想いを噛み締めるように、自分は静かに澄んだ心持ちで答える。

 

(そうか、分かった。リリー、君の想いに答えよう。大会には優勝する。だが、相手の力量にあった戦いをするよ。それでいいかい?)

(は、はいっ!あ、ありがとう・・・ございます。我儘・・・言って、ごめ、んなさい。――こんなに沢山助けられて、こんなこと言える立場じゃないのは分かってるのに・・・先生・・・っ)

(・・・何を自分を責める必要がある。君の心根はとても尊い。誇るといい自身を、君は何も間違ってなどいないよ)

(―――っ・・・はいっ!先生っ!)

 

彼女の感謝や信頼を受け取り、自分はきっと最良の結果を出そうと心に誓った。

 

(あ・・・そ、そういえば、実技大会は制服じゃなくて魔術防護衣(セイクリッドローブ)を支給されるんじゃ・・・っ―――~~っ!?せ、せせせ先生に裸を見られちゃう!?い、いえそれはいいのっむしろ見て欲し・・いのじゃなーい!!下着ちゃんとしたの着けたっけ・・・あぁぁぁ~っ!!新しいの卸しておけば良かった!どうしようどうしようっ!・・・・・・・・・ハッ、せ、先生・・・?ぜ、全部聞こえてました・・・よね・・・?)

(心配しなくてもいい・・・なるべく見ないように着替えるから・・・)

(・・・・・・はい)

 

あの日始まった彼女の未来を勝ち取る決戦日は、何とも締まらない幕開けとなった・・・。

 

 

―――魔術実技大会。

それは各学年成績上位者13名で行われる魔術戦闘大会である。

年度末試験第一位には決勝戦の切符を。第二位から第五位にはそれ以下の順位と1試合少ない準決勝へのトーナメントを。計12試合のパラマストーナメントを採用しているようだ。

 

この大会優勝者には、学年代表という肩書とその証である純白のマントが与えられる。

つまりフィーナが着用していたマントは代表を表す証だった。

この代表という肩書は次年から就任するもので、実質アカデミー1年には代表はいない。

 

この大会に際し、普段の授業は朝、夜の部のどちらとも休止になる。

所謂、体育大会のようなものとイメージすればいいだろうか。

 

会場は校舎の東側に面したドーム状の施設、魔術戦闘試験場と呼ばれる場所。たまにある実技授業でもこの場所を使うらしい。

内部は割りと近代的で、様々な施設が併設されている。

ただ、メインアリーナ自体は中世のコロッセオを模した造りになっており、周りを囲む観客席の中央に地面から少しせり出した石畳のステージは決闘場といった様相を呈していた。

ステージにはアカデミー学園長自らが張り巡らせた超高硬度の魔術障壁が存在しており、戦闘中の流れ弾のようなものの危険性は排除されている。

 

大会進行に関して言えば、1年から3年までの試合が初日つまり本日。

4年、5年の試合は翌日の計2日の大会になっている。

 

勝利条件は相手の敗北宣言、行動不能、生命の危険を伴う負傷、また、相手の魔力暴走などのイレギュラーなど。

反則行為については、自己魔力を増幅させる魔装と呼ばれるもの全般を持ち込むことのみで、それ以外に関しては現場判断が適用されるらしい。

ちなみに魔装とは、魔石(ジェム)や、禁書、他にも魔術の威力増幅の杖など多岐にわたる。

この大会の趣旨としては本来の自身の魔力容量、魔力制御をもって戦闘を制するといった個人の持つポテンシャルを測るための戦いをさせるといったものなのだろう。

 

そして試合数による体内呪詛蓄積によるデメリットについてだが、純魔石(エーテルジェム)と呼ばれる特殊な魔石を試合後に使用され、体内呪詛を急速に昇華消失させることが出来る。これにより、試合数での魔術的デメリットはなくなり、肉体的な疲労のみといった配慮がなされている。

 

本日の試合数でいえば36試合が行われるのだが、そんな試合数を一日で捌ききれるのかと思っていた自分は後の初戦を見て納得した。

初戦の試合時間は約2分程度。内容は相手の行動不能による勝利だった。

 

魔術というのはそれそのものが人を簡単に打ち破ってしまう程の力を秘めている。

支給される魔術防護衣(セイクリッドローブ)で少しはダメージを軽減は出来るものの、防弾チョッキを着てロケットランチャーに対応出来るかと言われるようなものだ。

 

そして試合の早期決着には魔術師を目指すものの身体能力にも起因する。

普段から鍛えた戦士達ならば、飛んでくる火球や氷槍、雷撃さえも己の直感とその鍛えた肉体による単純な回避速度で避けることも可能となり得る。

だが、ここにいるのは全て魔術師の卵で肉体を鍛え上げる暇があるなら知識の探求、魔力の制御を常に心掛ける者達のみである。

 

つまりは、撃った者勝ち。そういう構図が出来上がっていたのだった。

アカデミーに在籍し、力をつけた上級生ならば構築された魔術に対し瞬時に障壁を展開したりとそういう技巧が可能になるのだろうが、入ったばかりの1年、力をつけ始めたばかりの2年などにそれを望むのは難しいだろう。

 

自分は試験場の内部にある第一位に充てられた個室で着替えを済ませる。

魔術防護衣(セイクリッドローブ)は身体にフィットする肩から先は切り取られた、黒を基調とするボディスーツのようなものに胸の辺りにはそれを覆うフリルが付いている。腰辺りからは精巧な細工が施されたベルトに連なるパレオスカート、そして魔術文様が描かれた二の腕辺りまでのドレスグローブで構成されていた。

 

女性の服を着替えるのは少々手間取ったが、なんとかリリーの下着姿を余り目に入れずに着替え終えることが出来た。備え付けられた鏡で着衣の乱れを確認して、個室の椅子に腰を下ろす。

 

個室内は窓無しの広いとはいえないものだが、一人でいる分には圧迫感のない大きさがある。

ロッカー、机に長椅子。それに一人掛け用の椅子、水分補給用の飲み物が入れられた冷蔵庫のようなものまで備え付けられている。机の上には連絡用の魔術を込められた魔石(ジェム)、映像投影の魔術円が描かれた黒いプレート、これにより試合を見学できたり、こちらへの連絡を行うことが出来る仕組みだ。

 

この第一位への至れり尽くせりの環境には、ある生徒が起こした事件に対する学園側の対処措置なのだそうだ。

数年前、ある第一位の女子生徒を試合前に負傷させようと画策した生徒が雇い入れ、潜入させた数名の人間と共に返り討ちにあった。

それだけならば、問題にはなっただろうが大事にはならなかった。

 

だが真相は、返り討ちにあった生徒と数名の人間全てが半死半生の重体。生徒に至っては二度と歩くことができなくなるといった障害すら残って自主退学。

これを凄惨と言わずしてなんというといった状況を作り出してしまったのだ。

 

その事件を起こした女子生徒というのが、言わずと知れた『金色の魔女』その人であった。

このフィーナが起こした事件を切っ掛けに第一位には専属の待合室が設けられ、原則として自分の試合までの間は他者との面会は禁止とされた。

 

そう、いまや恐怖の象徴とされている魔女の伝説はこうして始まりを迎えたのだった。

 

「恐怖の魔女伝説はこうして始まった・・・か。全くフィーナはとんでもないな」

 

自分は少し吹き出すように笑い、独りごちる。

 

遠くから聞こえる大勢の歓声が響き渡り、魔術実技大会の始まりを告げた―――。

 

 


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