せかんどらいふ   作:にゃー1

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9 彼女の未来の護り方②

淡く光る魔術書をそっと撫でて、勉強机の引き出しに仕舞い込む。

机の上に置かれた置き時計に授業開始まで残り18分になっていることを知らされる。

アカデミーの寮内、校舎、その他施設の大まかな配置や教室の位置などは前もってリリーに説明してもらっている。ここからだと十分に間に合う時間だった。

 

姿見の鏡の前に立ち、隣りにある化粧台の上からヘヤピンを2つ手に取り、朝日に照らされ美しく輝く銀色の長い前髪を左右に分けて纏めておく。

鏡に映るいつも隠れている綺麗な青い瞳は、眉根を寄せた印象からか意志の強さを感じた。

軽く全身を見ておかしな所がないか確認し、リリーが用意してくれた鞄を掴み部屋を後にした。

 

寮の廊下を窓の外を眺めながら気持ち足早に進む。廊下はカタカナのロ状になっており、北側と南側に出入り口が配置されている。どちらから出ようとも校舎は西側に面しているので距離は変わらない。

リリーの自室から近い北側の出入り口から校舎へと向かう。

校舎は欧州のクラシック建築のようで、遠目からも感嘆するほどだった。

 

それから、校舎内に入り教室に向かうとまだ疎らに生徒が教室に入っている様子だった。

そのまま生徒達に紛れるように教室内に入り、リリーから聞いていた一番奥端の机に向かう。

教卓のほうに目を遣ると黒板には会議にて授業開始が遅れる旨が書かれていた。会議とはリリーの処遇についてだろうか、大方黒幕の派閥の連中が動いた可能性が高い。何とか実技大会までは何の処罰も与えられないことが望ましいのだが、と考えながらリリーの指定した机に到着する。

するとその机には虫やらゴミやらで相当酷いことになっていたので普通にその横の机に着席する。

座った席に影が落ち、ふと顔をあげると茶色の髪をサイドに纏めた女生徒が薄ら笑いを浮かべながら机に手をついてこちらに近づいてきた。

 

「ねぇ、どうしていつものアンタの席に座らないのよ。アンタの特等席でしょう?」

「いえ、あの机汚れてたので。もし万が一心当たりがお有りならちゃんと掃除した方がいいですよ。夜の部の人が可哀想だと思いますしね」

「は・・・はぁ!?何私がやったって決めつけてるわけ!?」

「人の話聞いてます?決めつけてないですけど、何をそんなに動揺してるんですか面白い人ですね」

 

険のある顔つきは細めの目も相まって少々の厳つさも感じさせる。確かこの女生徒の名前はジェイミー・ガラッティーだったか。少しカマをかけただけでこの有様な彼女を利用しない手はないと会話を続ける。

 

リリーに普段の口調を聞いたものの、どうやらあまり口数も多くなく会話自体が少なかったらしい。そういうことならと、敬称をつけるか否かと出来るだけリリーの自分に対する口調を真似ることにした。

 

「もしかしてさぁ、開き直ってるの?アハハ、ねぇアンタってさぁ試験結果を不正に改竄したんでしょ!?みんなに~トリアタマって言われるの嫌だったとかぁ?アハハハ」

 

そうか、リリーはそんなあだ名で馬鹿にされていたのか。少し心に苛立ちが浮かぶが冷静に行動をすることを心掛ける。

 

「それ、誰から聞いたんですか?」

「はぁ?皆知ってることじゃん。そんなこと聞いて何?噂を広めた犯人でも探そうってこと?本気で呆れるわねアンタ・・・自分のやったこと反省しようとも思わないわけ!」

「反省も何もやってもいないことをどうやって反省すればいいんでしょう?それから噂を広めた犯人は探さずとも見つかります。・・・だから聞いたんですよ、誰から聞いたんですかと」

「本気で頭おかしいんじゃないの?私さぁ先生がアンタのこと不正で首位を取ったって言ってたの聞いたんだよ!教師から言われてるんだからもうアンタは終わってんのよ!!ばぁか!」

 

教室内に響くジェイミーの声を皮切りに、嘲笑や罵倒の声が上がる。誰一人としてリリーの擁護などしない。こんな世界で一人で頑張っていたんだなとリリーに尊敬にも似た感情を抱く。

 

「それは、嘘でしょう?ジェイミー・ガラッティー。知らなかったんでしょう教師に学園長からこの件に関しての箝口令(かんこうれい)が敷かれたことを。そして教師がこの件を話すということは自分の無能さを周りに吹聴することになるということを考えましたか?」

 

もちろん、箝口令はブラフだ。だが、教師が自分の無能さをひけらかすように周りに知らしめるなんて無意味すぎてお話にならない。

 

「――っ・・・」

 

得意げに喋っていたジェイミーは引きっ攣ったような声を上げ、二の句が継げない。

 

「説明しましょうか?あなたが言ってることは、教師達が『自分は凄く無能すぎて一年の魔術師の卵如きに精神を操られました』と、如何に自分が役立たずかを、このアカデミー教員という挟持を少なくとも持った者達が、軽率に、生徒に聞かれるような所で話してたと言ってるんですよ」

 

顔を真赤にし、今にも噛み付いてきそうな表情で睨みつけてくるジェイミーから視線を逸らさず続ける。先程まで喧しく響いていた罵声は鳴りを潜め、教室内は静寂に満ちた。

 

「ジェイミー、あなたがその噂を聞いたのはお友達じゃなかったですか?そう、仲の良いお友達」

「ちっ、ちがっ・・・違う!私、私本当に先生から・・・」

 

「学友を貶め、追い詰めて。ご自分のなされたことに性懲りもなく、(あまつさ)え、貴方の不用意さで広がった噂の元が学友の中にいると決めつけるなんて・・・下劣にも程があると思いません?」

 

先程までの勢いはどこへやらと涙声になりながら、しどろもどろに弁解をしようとするジェイミーだったが、そこへ教室内によく通る声を上げて近づいてくる女生徒が見えた。その女生徒に付き従うように二人の女生徒も二、三歩程離れて歩いてきた。

 

遠目にも目立つ綺麗な金色の髪はゆるくロールしており、その女生徒が歩くたび腰のあたりで揺れている。顔立ちは少女にしては可愛いというよりも綺麗に整っており、育ちの良さも感じられる。そしてこちらにたどり着き、ジェイミーを庇うように押し退けて前に出たこの彼女の名は――。

 

ロティアナ・ドゥーク・ベリグラル。爵位を持った歴とした貴族のご令嬢様である。

ロティアナは入学して以来ずっと成績首位を維持していたらしく、名実ともに優秀な人材であると評価されていたらしい。

 

これをリリーから聞いたときにはココ以外考えられない程の黒さに溜息さえ出なかった。

ただし、これは個人か家かで脅威は格段に変わってくる。出来るだけ多くの情報を引き出したいところだった。

 

「貶めた、追い詰めた、それは只の貴方の主観的な考えでしょう、ロティアナ・ドゥーク・ベリグラル。私は質問し、その答えの矛盾について説明し、事実を求めただけです。それに別に犯人探しなんてしてなかったんですよ、本当に。答えを知ってなお、それに至る道筋を求めるほどの事柄でもないでしょう?」

「よく回る口ね、それから(わたくし)の名を呼び捨てること、(わたくし)許したかしら?リリー・ヴァン?」

「これは失礼。ロティアナ様でいいですか?」

「・・・ロティアナで構いませんわ。貴方に様をつけられて呼ばれるなんて気持ちが悪いですもの。こちらもリリーと呼ばせていただくから」

 

ロティアナは様付けを本当に気持ちが悪そうに眉間に皺を寄せて目を細めていた。

そして、こちらの話しを聞いている最中に深いグリーンの瞳を一瞬逸し左手で口元を隠すように覆っていた。『答えはもう知っているぞ』と話に含んだ箇所で少しは動揺してくれたのだろう。

 

「貴方は無実と仰っているけれど、本当に何もないとこに噂が広がるなんておかしいと思いません?少なくとも、今まで不真面目にしていたからこそ底辺の成績だったのでしょう?それなら尚更に疑われると思わないかしら?ねぇ皆さんどう思いますかしら?」

 

ロティアナの言葉に周りが賛同し口々にリリーへの疑いやそしりを吐き出し始める。

さすが貴族、自身のカリスマ性をよく理解している。アジテーションはお手の物ということか。

 

「ねぇリリー、(わたくし)は皆さんの勤勉さを知っていますわ。日々魔術を学び努力を怠らない、そしてそれは徐々に成績という目に見える評価に繋がるのですわ。誰しもが一朝一夕で首位を取れるわけではないでしょう?・・・貴方はどうかしら?ねぇ、皆が努力をしている中、底辺から首位になったリリー・ヴァン」

 

劇場型の会話運びは周囲の熱を少しづつ上げていく。誰もがロティアナに耳を傾け聞き惚れている。まさに今ここはロティアナの独擅場となっていた。

 

(わたくし)は本気で貴方を疑っているわけではないけれど、もし噂が本当だとしたら、皆の努力や研鑽を踏みにじる、なんて浅ましい行為でしょうね?―――そんなに首位が欲しかったのかしらリリー?」

 

ロティアナは微笑み、口角を薄く上げると、その顔に確信的な勝利を浮かべていた。

教室内では口々にリリーへの暴力的な罵倒、嘲りを上げ、一種の熱狂を巻き起こしていた。

 

黙っているこちらに対し、勝ち誇っているロティアナには非常に心苦しいが、最初に決めた通りこちらは情報が欲しいのだ。彼女と弁論ごっこをするつもりは毛頭ない。

自分は只黙ってロティアナの熱弁を聞き入っていたわけでは当然無い。

 

今現状リリーの身体にはこちらの精神が入っている状態だ。見る人が見ればその魔力容量は常人を逸しているわけなので正直何事かとなってしまう。

リリーの精神を魔術書に封印してから日常的に使っている魔術をリリーの身体にも施していた。

魔力とは言ってみればそこら中に存在はしている。

意識しても認識できないレベルというわけではなく、意識して認識してしまうと視界中が魔力というもので覆われて吹雪の中や砂嵐の中にいるのと大差がないことになってしまう。

だから視れる者は個人自身が持つ精神の魔力だけを視るのだ。

これはずっとやって来た魔力操作の末に出来た独創的な、自分の創り上げた魔術もどきのようなものだった。

 

前に自分は魔力を無数の絹糸のようなイメージとして編み上げる操作を行っていた。

編み上げた魔力は指向性をもたせること無く身体を包む。これにより、視ることが出来る魔術師でも魔力容量を誤認してしまうのだ。

これはルキスラと出会った時にすでに確認済みだった。

そしてこれは普通は感知されるはずの自己の魔力を使った魔術行使を魔力の移動が感じられず感知されなくなるというメリットも存在していた。

 

そう、即ち自分はロティアナが熱弁を振るっている間中、魔術を使っていたのだった。

過去視と呼ばれる魔術は現在では廃れている魔術の一つで、何故なら対象者の記憶が曖昧なら視ることも出来ず、ある程度の魔力抵抗値があれば簡単に阻害できてしまう。そして、狂言で無実の人間を簡単に犯罪者にできることもあって犯罪立証にもならないと定められているからだった。

 

ロティアナはどうかというと、ハッキリ言うとザルだった。恐らく集中していれば魔力抵抗値は上昇するのだろうが、基本的なものはそれ程高くない。よってまさか魔術を使われているとも夢にも思っていない彼女は情報をザルのようにこちらに漏らし続けていた。

出るわ出るわの父親との真っ黒い会話の記憶。

 

それによって、ロティアナが黒幕というよりもベリグラル家という厄介なものであることも判明した。まさに、展開としてはかなり厳しい状況になったとも言える。

 

未だ冷めやらぬ熱狂の中、ロティアナはこちらを完全に折れたと認識したのか優しく囁くように話を始めた。

 

「ねぇリリー。もし出来心でやってしまったのなら正直に言うべきよ、(わたくし)からも処罰を軽くしてもらえるように陳情してあげますわ・・・だから、お願いリリー本当のことを言ってちょうだい」

 

なんて優しい――器の大きい――とロティアナを賛辞する生徒たちを背にロティアナは微笑んだ。

得るべき情報はもう十分なので、このよく分からないロティアナ劇場は終わらせてもらおう。

 

「ロティアナ、心にはちゃんと鍵を掛けなさい。魔術師を目指すのなら当然のことですよ。でなければ怖いお父様に見限られてしまいますよ?」

「―――」

 

ロティアナは薄く微笑んだままに、何を言われたのかが分からないと絶句し固まった。

彼女が何の返答もしないこともあってか、教室内は一瞬で静寂に包まれる。

 

「はぁ。ロティ、ベリグラル家たるもの、分かっていような?でしたか、ロティアナ?」

「―――~~~っ!?!!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、ロティアナの表情が驚愕に染まり、口から漏れ出したのは意味を持たない音ともいえる小さな悲鳴。

自分とロティアナのやり取りに静かな教室内に少しずつざわめきが起こり始めた。

 

「リリー・ヴァン・・・貴方、何を・・・いえ、ただで済むと思って?」

 

ロティアナは驚きと怒りが混ざりあった表情で、声を震わせる。

取り巻きの一人の赤銅色のショートボブの女生徒に魔力反応が起こる。

 

「良いんですか?攻撃魔術なんて発動させて。怪我を負わせる事ができれば実技大会に出れなくなるかもしれませんが、それすら出来なかったら貴方は無駄に処罰を受けるだけになりますけど―――そうなったらロティアナは貴方を助けてくれるでしょうか?」

「・・・っ」

 

どうやらその女生徒は魔術を構築する前に取りやめたようだ。

ロティアナへの忠誠と自らの保身では、やはり天秤は保身へと傾いたようだった。こちらとしてもこれ以上の問題を抱えたくはないので彼女の選択に安堵しつつロティアナへと微笑みを浮かべた。

 

「ただで済むも何も、お誂え向きの舞台が一週間後に待っているじゃないですかロティアナ。貴方は正義の執行者として私という貴方にとっての悪を倒し、優勝するのでしょう?」

「ええ、そうですわね。観衆の面前で這い蹲らせてあげますわ・・・リリー・ヴァンッ」

 

もう話すことはないとくるりと背を向け、怒りを露わに取り巻きと共に席に戻っていく。

しばらくざわついていた教室内も会議で遅らされた授業が開始する頃には収まっていった。

 

 

―――敵の姿は完全に見えた、ならば次は攻略していこうか。

 

 

 


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