彼の2度目の事故は思いがけない出会いをもたらす。 作:充電器
どうしてこうなった。訳がわからない。
楽しんでいただけたら幸いです。
それではどうぞ。
「や、やっはろー」
雪ノ下と由比ヶ浜が俺の病室にやって来た。俺と大吉は驚きを隠せなかった。そのせいで生まれた沈黙を嫌がったのか、由比ヶ浜がいつもの挨拶をして来た。
「よ、よう。どうしたんだ」
「えっと…平塚先生から聞いてると思うんだけど、いろはちゃんの依頼の事とかで………」
雪ノ下が答えずに、由比ヶ浜が答える。すごくおどおどしている。
依頼の事なら、雪ノ下に聞いた方が良いと思ったから、彼女に尋ねる。
「雪ノ下はどう考えてるんだ?」
「それより、あなた謝罪はないの。修学旅行の時にあんな事をしでかしておいて、謝罪もしない。そして、事故に遭う。貴方みたいなクズは、そのまま死んでしまった方が良かったわね」
嘘の告白をしてからずっと怒りを燻らせて来て、それが解き放たれたのだろうか、雪ノ下の罵倒にはいつもより棘が含まれている、そう思った。
だが、なにも知らない奴にここまで言われたら腹も立つ。言い返そうとして口を開こうとした瞬間、思い掛けない事が起こった。
バンッッ!!
今まで黙っていた大吉が、いきなり机を叩いたのだ。
「撤回して」
冷たい感じがした。
大吉の目からは、明らかに怒りが見て取れた。
この大吉を見たら、冷静になれた。
どうすればいいのか分からないのだろう、由比ヶ浜は俺、雪ノ下、大吉で視線を行ったり来たりさせている。
雪ノ下は全く動じずに言い返す。
「何かしら」
「撤回して、今の発言。比企谷くんに謝って」
「何故かしら。それと、部外者の貴女には黙っていて欲しいのだけれど、大吉さん」
「確かに私は部外者だよ、修学旅行での事に関してはね。けど、比企谷くんが撥ねられた事に関しては、部外者じゃない」
「えっと、どういう事?」
大吉にどういう事か説明を求めたのは、由比ヶ浜だ。こいつ、文脈からそんな事ぐらい察しろよ。
いつもならなんともなかった由比ヶ浜のアホさも、今は俺に苛立ちを募らせるソースでしかない。
「比企谷くんは、私が撥ねられそうだった所を助けてくれたんだよ。身を呈してね」
雪ノ下と由比ヶ浜は目を見開いた。
雪ノ下も分かってなかったのかよ。
「ヒッキー……そういうのもう止めて…」
由比ヶ浜が消えそうな声で言ってくる。
「お前なに言ってんだ。俺がどうしようとお前には関係無いだろ」
「関係あるよっ。同じ奉仕部の仲間じゃんっ」
「仲間か。悪いな、俺はそうは思ってない」
由比ヶ浜の目尻には涙が溜まっていた。
裏切られた、そういう気持ちなのだろうか。
昨日、大吉が帰ってから自分なりに考えてみた。
俺は奉仕部とどうなりたいのかを。
結論が出るまでに大した時間は必要ではなかった。
「どうして…そんな……」
「簡単だ。本物じゃないからだ。本物じゃないなら、俺は要らない」
これが俺の出した結論だ。俺と彼女らとでは、本物にはなれない。修学旅行の一件でわかってしまった。
俺は本物が欲しい。本物だけが欲しい。それ以外は要らない。
自分でそのチャンスを奪ってしまったけど、それでも諦めきれない。次の機会が来ても、自分で台無しするかもしれない。それでも、それでも。
「分かんないよ、そんなの……。本物ってなんなの」
「そうだろうな。俺にだって分からない。けど」
俺はそこまで言って、口を閉じた。
本物とは何なのだろうか。本物なんて存在するのだろうか。きっと、本物とは過酷で残酷なものだ。醜い自己満足を押し付け合うことが出来て、相手を完全に理解したいという、傲慢な願いを許容出来る関係性のことだろうか。凄く抽象的でフワフワしている。具体性なんて微塵も感じられない。手が届くかどうかも分からない。手に届かなくても、そんなものは存在しなくても、望むことすら許されなくても。
それでも。
「それでも、俺は、本物が欲しい」
☆☆☆☆☆
比企谷くんは本物が欲しいと言った。私には……わからない。彼の言う本物って一体何なの。
彼の言葉を聞いた時、凄く嫌な気持ちになった。色々な感情が混ざっている感じがする。修学旅行で、彼が海老名さんに嘘の告白した時に抱いた感情に似ている気がする。
理由は簡単だ。彼が本物以外は要らないと言ったからだ。果たして、彼にとっての私とは何なのだろう。本物なのだろうか。まぁ、私は本物が何かわかってないから、いくら考えてもわからないのだけれど。
由比ヶ浜さんは、彼に突き放された。彼女は彼に好意を寄せている。そんな相手からあんな事を言われたら、酷く傷付くだろう。胸が痛むのだろう。
私も今、凄く胸が締め付けられている感じがする。何故だろう。
「さて、話を戻すか。雪ノ下、依頼はどうすんだ」
彼に呼ばれた。今は、今日ここに来た目的を果たそう。先程のように、激情に身を任せるのは止めよう。
☆☆☆☆☆
「私は一色さん以外にも候補を建てて、その人に選挙に勝ってもらおうと考えているわ」
「そうか。けど、それってハードル高くないか。もう選挙まであまり時間もない。その中で生徒会運営もきちんとできる奴を探すのは、無理があるんじゃないか」
「なら、貴方はどうするつもりなのかしら」
「一色にやる気になってもらう。そして、依頼自体を無くす」
「どのようにして一色さんにやる気なってもらうつもり?」
「生徒会長になった時のメリットを、平塚先生に説明してもらう。俺の案だと、平塚先生に全てが懸かってる」
俺は雪ノ下に言われるであろう、俺の案の懸念点も同時に説明した。雪ノ下は先程とは違って、ちゃんと俺と会話をしている。
「確実性がないわね」
「そうだな」
「貴方のやり方はいつだってそうね」
「それでなにか問題があったか?」
きちんと会話が出来ていると思ったのも束の間、すぐに険悪な雰囲気になってしまった。
「じゃあお前にも聞くぞ。生徒会長をやってくれそうな人は見つかったのか」
「それはまだだけれど、必ず見つけてみせるわ」
「お前だって俺と同じじゃねぇか。よくそれで俺にあんな事言えたな」
言葉を発している内に違和感を覚える。
「ダメだ、俺らが話しても埒があかない。もうこうなったら、いっその事、依頼を破棄しちまえよ」
「何を言ってるの。そんな事は絶対にしないわよ」
「そもそも、今回の依頼は荷が重過ぎる。もし出来なかったら、どうするつもりだ。責任取れるのか?」
「責任を取るつもりはないわ。なぜなら、依頼をきちんと完遂するからよ。私には解決策が有る。もういいわ。今回の依頼、貴方は参加しないで頂戴。貴方と話していると、気分が悪くなるわ」
ブチッ、と俺の中の何かが切れた気がした。
「ふざけてんのか。お前、今まで自分で依頼を解決した事があったかよ。今までの依頼を全部どうにかしたのは」「比企谷くんっ」
大吉の言葉で、我に帰る。どうやら、俺はキレていたらしい。
さっき覚えた違和感が何かわかった。
すぐに頭に血が上ってカッとなってしまうのだ。
何故だろうか。
こいつらと話せば話すほど、冷静で居られなくなる。俺が俺で居られない。
大吉と話している時は、こんな風になんてならなかったのに。
「そういう事だから、さようなら」
雪ノ下が病室から出て行った。無言で由比ヶ浜も病室から出て行った。
由比ヶ浜には悪い事をしたな。
幾ら俺でも、彼女の好意には気付いている。ある意味、俺は彼女の気持ちを踏みにじった事になる。
けど後悔はない。俺と彼女達は、遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。それが少し早くなっただけだ。
「比企谷くん、私ちょっと出てくるね」
もの思いにふけっていたら、大吉に声を掛けられた。
「おう」
そう言って彼女を送り出した。
☆☆☆☆☆
やってしまった。
何故あんな態度を取ってしまったのだろう。激情に身を任せないようにしよう、そう決めたのに。
「雪ノ下さんっ」
後ろから声を掛けられたので振り返ってみると、大吉さんがこちらにやって来た。
「なにかしら」
「比企谷くんの事なんだけど、あんまり彼の事責めないであげて」
「何故貴女にそんな事を言われなければならないの。それに彼は最低の事をしたわ。当然よ」
苛つく。彼の事なんて知らないくせに。
「雪ノ下さん、それさ、本気で言ってる?」
「ええ、本気よ」
「比企谷くんはなんの理由も無しにあんな事はしないよ。わかってるでしょ」
「ちょっと待ちなさい、貴女修学旅行での事を知っているの?」
「うん、全部知ってるよ。なんで彼があんな事をしたのか、その理由も全部」
驚きを隠せなかった。何故この女が知っているの。
私はそれが許せなかった。何故この女が…私ではなく、由比ヶ浜さんでもなく。
「もうちょっと深く考えてみて。他人に気持ちを押し付けられる方の気持ちを」
そう言って、彼女は背を向けて元来た道を引き返した。
「ゆきのん…どういう事?」
彼女の発言の真意を考える。その瞬間、一つの仮説が浮かび上がった。
「帰るわよ、由比ヶ浜さん。確かめなければならないわ」
いかがだったでしょうか。
もっと早く書けるようになりたいです。
ご指摘、ご要望があれば教えて下さい。
それでは、また。