物理攻撃なら全て跳ね返せる件について ~仲間を守るためなら手段を選ばない~ 作:虎上 神依
「チッ、本当に見つからねえな。隠れ家とやらは――」
赤髪の少女、エリナを見失ってからおよそ十分。スラム街の最奥らしき所まで来た、二人と一匹は辺りを捜索していた。
なにせ、殆どの人が知らない隠れ家だ。そう簡単に見つかるはずもないだろう。
「所で如何にも巨人が来るのを防いでいるようなあのバカ高い壁は何?」
「王都の防壁よ、高さ70メートルほどで外からの襲撃を防いでくれるの。厚さもそれなりにあるから簡単には貫通されないでしょうね。」
淡々と喋るフローラを横目にリュウヤはその恐ろしく高い壁を見上げる。王都の防壁と言われるぐらいなのだからこの高さの壁で囲まれているのだろう、この王都は……。
完全に風貌があの有名な漫画と似ているが、流石にこの世界にはあんな残酷な化物が存在するとは思えない。
それならここまで高くする必要性はあったのだろうか、考えれば考えるほどますます謎に包まれていく。
因みにそのスラム街の最奥は予想以上に殺風景で、建物も一つも存在していないどころか幾つかの背の高い木がひっそりと生えているだけだった。
そのためか今まで気にする事もなかったあのバカ高い壁が圧倒的な存在感を放っていった。
近くに来れば来るほど、その壁は更に高く見える。これぞ遠近感の法則といった所か。
「それで、ここからどうする? あのじっちゃんの言っていたことが本当ならばここにあるはずだが……。」
「その事なら心配無用だよ。それにフローラも大体検討ついてるんでしょ?」
「うん。でも案外薄い感じよ、やっぱりあのスピードじゃつくものもつかないわね。」
一体どの辺りが心配無用なのか分からないリュウヤは不思議そうな表情でフローラと横に浮くカリフを見つめる。
フローラはゆっくりと目を閉じて意識を集中させた、そんな状態でも獣耳をピクピクと動かしている所がまた可愛らしい。
またその横でカリフも腕を組み、空気椅子に座ったような感じで足を組みと結構余裕そうな表情でフローラの様子を伺っていた。
「で? どんな感じだフローラ。」
リュウヤはおっかなびっくり精神統一中の彼女に話しかける。
「多分、あの木の下かしら。そこであの少女の匂いが途切れているわ。」
「ボクも同じ意見だ。先程のスピードからして恐らく彼女は風の加護を受けている。よって走りながら残してったマナの残り香を辿れば楽勝さ。」
「何なの貴方達凄すぎませんか? フローラはその見た目から犬族っぽいし鼻がいいのは分かるけど……。」
――カリフに至っては何だか訳のわからないこと言ってたしな! マナの残り香ってなんだよ、そもそもマナって匂いで分かるものなのか!?
リュウヤが唖然とした表情で二人を見つめているとフローラがちょっと怒った顔で首だけこちらに振り返り、
「よく間違えられるけど、こう見えても私はれっきとした白狼族よ? 戦闘部族なのが気に入らない所だけど。」
「ええ!? 狼!? 何かホントスミマセンでした!!」
「因みにボクも狼だ。ちょっとリメイクしている部分はあるけど。」
「うん、それは知ってた。」
何処からどうみても狼であるカリフは放って置くとしてまさかフローラが本当に狼族だとは思わなかった……、強いても狼に似ている程度にしか考えていなかった。
でもよくよく見ても柴犬と狼の獣耳は見分けつかないと思う――のは俺だけか?
基本的に人間のリュウヤからしてみれば獣耳は可愛さの要素でしか無いためそこの辺りは余り気にしないのだ。それに本物に獣人を見るのは今日が初めてだし……。
「そ、それで白狼族のフローラ様、その隠れ家は何処にあるのでしょうか?」
「き、急に改まってどうしたの? えっと、だからあの木の下辺りになにか隠されているんじゃないかなって。」
フローラは鼻をひくつかせながらその問題の木の下に歩み寄り、その場にしゃがみ込んだ。
ワンピースの下から真っ白な尻尾が見え隠れしているのが見え、ちょっと萌えてしまう。そんな場合では無いと分かっているのにも関わらずだ。
匂いだけでは不十分かも知れないが、それに+αで大精霊カリフ様のお墨付きだ。あそこに隠れ家の入り口があるのは間違いないだろう。
「これは――」
「ああ、完全に擬態魔法だな、通りで分からない訳だ。だけどこんな甘っちょろい魔法でこの大精霊様の目を誤魔化せるとでも思ったのかな?」
フフンと胸を張りながらカリフは何やら目の前に小さな魔法陣を出現させ、その擬態魔法(と呼ばれていた物)を破った。
すると、元あった芝生は跡形もなくで代わりに何やら重々しい鉄扉が出現した。いや、鉄扉と言っても四角いマンホールの蓋に取っ手がついたようなものだ。かなり簡易的である。
それにその扉は隠すのに特化していてあの擬態魔法がかかっていなくとも恐らく近づかなければ気づかないだろう。
そこまでしてでもこの扉を隠したかった、つまり中にはかなりの盗品が隠されている可能性がある。勿論、彼女のネックレスも含めてだ。
物取りの時点で十分犯罪だが、ここまで来るともはや盗賊レベルだな、当然見過ごす訳にはいかない。
「フローラ、開けられるか試してみて。」
「任せて――うん、大丈夫。鍵はかかってないみたい。」
二人と一匹は意を決してその扉を開けて中に忍び込む、出来るのであれば事は穏便に済ませたい。
それに分かっている時点では相手は少女、変に暴力とかふるいたくはない。
しかし、それと同時に少女は犯罪者でもある。最低限度の警戒はしなければならない……。暴れられても困るしな。
うわっ何か思っていた以上にこれって難しいのな! 丸で人質を助け出す方法みたいじゃねぇか!
というか自分でも何言ってるのか分かんない! 取り敢えず、穏便に済ませる! それでいいの!
出来るだけ音を立てないようにある程度階段を降りると目の前に広い空間が広がるのがわかった。
周りには多くの盗品と思われるものが丁寧に置いてあり、その数は千を超えていると思われる。
そしてその部屋の奥にあの赤髪の少女が――
「なっ!? アンタら――」
「動かないで!! 今度という今度は逃さない。」
フローラが素早く踏み込んで空間の奥にいる少女、エリナに掌を向ける。刹那、部屋の気温が急速に下がり始めるのがわかった。
彼女の姿を見たエリナは少し硬直した後、声なくして後ずさる。
「ホントにしつこいな、それにまさかこんな所まで追い詰められるとは思わなかった。」
「――神妙にしていれば命までは取らない。」
絶体絶命の状況陥っているであろうエリナ悔しそうな表情で忌々しさに唇を歪めていた、それに対しフローラの声はあのチンピラと対峙した時よりもひどく冷たい。
リュウヤはそんな彼女の姿をただ見守ることしかできなかったが、急激な室内の温度の変化に思わず身震いしてしまう。
「本当に、魔法って怖いな……。」
今まで一緒に行動していた時は全く感じなかったが、今はひしひしと自らの身体に伝わってくる。
圧倒的威圧感、圧倒的存在感。更に周囲を凍りつかせるようなオーラをも放っていた。
そんな彼女に気圧されたのかエリナは既に降参するかの表情を見せていた。
――勝負あったな。完全にフローラの一人勝ちだ。
「私からの要求はただ一つよ。あのネックレスを返して、あれは常人には扱えない危険なものだから。」
空気がひび割れる音がなり、彼女の掌を中心として拳ほどの氷塊アイスボールが十数個生成されていく。一つの威力は小さいとはいえ、あれだけの数が命中すれば大きなダメージを食らうのは間違いない。
しかし、牽制にしてはやり過ぎなような気もするが盗賊にはこれぐらいがベストなのだろう。
「わ、わかった! 返せばいいんでしょ! クソッ、せっかく金になると思ったのに……。」
為す術もなくエリナは両手を上げ、降伏を示した。やはり足が速いだけで、戦闘力はそこまで無いのだろう。
如何にも逃げることに特化している感じだ、これぞ逃げるが勝ちって事だな。意味多分違うけど。
「それに、見たところアンタ精霊使いだろ。アタシに勝ち目なんてありゃしないよ。」
「分かってたんなら初めからそんな事しなければ良かったのに……。」
「こっちにも事情ってものはあるんだよ、だけどここまで追い詰められちゃあお手上げだ。ほらよ――」
悔しそうに赤髪を掻き回したエリナは懐から出した青色の宝石が埋め込まれた金のネックレスをフローラに向かって投げた。
それをキャッチした彼女はネックレスが本物であるか確認すると静かに頷いた。
「間違いないわね。」
「これで十分だろ――それなら早いところここから出ていくんだな。アタシもちょいとヤバそうだし。」
「分かったわ。リュウヤ、行きましょ。」
「お、おい。他の盗品はいいのかよ。」
「別に見過ごせる訳ではないけど盗まれた方が悪いという暗黙のルールの上でよ。それに私はこれ以上の争いは求めない。」
静かに抑揚のなさ気な声のフローラ、やはり仕方のない事なのだろう。
もしかしたら今回のネックレスが特別だっただけで他の物が盗まれた場合、彼女は諦めたのかもしれない。
日本の治安とはえらい違いだ。しかし、郷に入れば郷に従え、リュウヤはそれ以上文句を言うつもりはなかった。
「最後にだ。アンタ、外に出る時はくれぐれも気をつけなよ。」
「それはどういう意味?」
「そのネックレスを狙っている輩がそろそろ取引しにここに来る予定だ。会ったら面倒だろ。」
「気遣いありがと。」
素っ気無く言ってフローラが身を翻そうとしたその時だった。
リュウヤは身の危険を感じ、咄嗟に後ろをちらりと見る。
――部屋の入口付近から何やら黒い影が目にとまらないスピードでフローラに襲い掛かってくるのがわかった。
「危ないッ!!!」
咄嗟の判断でリュウヤはリュックサックを部屋の奥に投げ飛ばすと同時にその黒い影に向かってハイキックを放った。
刹那――彼の足と何者かの手首がぶつかり合い、互いに弾かれる。
その手首の先にはギラリと光る小さめの鎌が握られているのが分かった。
黒い影は弾かれた後も止まること無く地を蹴り、鎌が鋭い円弧を描きながら再びフローラの背中に襲いかかる。
リュウヤはその影の動くを確実に読み取った。そして鍛え上げられた判断能力でこの場で一番最適な行動を導く。
「――カリフ! 頼んだ!」
鎌は彼女の背中までおよそ残り30センチ程の所まで迫っていた。しかし、次の瞬間鳴り響いたのは肉や服を裂く音ではなく快音だった。
金属がガラスを割るような響き、それがリュウヤの鼓膜を大きく震わせた。
わずかに身を振り向かせたフローラの背中に肉眼でギリギリ見えるような淡い薄水色の壁。
それは間違いなくフローラと初めてあった時にあの精霊がチンピラのナイフを弾く際に展開した壁と全く同じだった。
そして今、その壁があの鋭く光った鎌を受け止めている。
「カリフ――」
「間一髪……、だったね。不意打ちなんてボクは感心しないな。」
襲撃者は直ぐ様、バックステップをし体勢を整えていた。
薄暗い中であったがリュウヤは襲撃者の姿をはっきりと確認した。
身長はリュウヤとほぼ同じぐらいの女性だ、年齢は20代半ばぐらい、顔立ちは中々美しく綺麗な紫色の瞳を持っていた。頭髪も紫色でそれは彼女の妖艶さをより際立たさせている。服は何故か女忍者、即ちくノ一らしき黒を貴重とした服装で網タイツを履いていたりなど、完全に時代劇のそれだ。
だが、普通の忍者とは違って口元を隠していない。それと若干露出度が多い。
多分こんな事をしていなければとても綺麗で妖艶な大人のお姉さんだ。しかし、鎌を持って今正に対峙している彼女は禍々しい狂気を放っている殺人鬼その物。
「ふふっ、思ったより反射神経がいいこと。これは殺し甲斐がありそうねぇ。」
その黒き殺人鬼は鎌を静かに構えながら恍惚な表情を浮かべていた。
殺人鬼現る!?
明日から一日一回投稿!?