ハートキャッチプリキュア!~もう一人の戦士"大樹の騎士"~ 作:風森斗真
なんせ、2月1日をプリキュアの日とするってプリキュアの新作会見で発表がありましたから……
これにて、アニメ本編は終了です。
今後は、日常編とオールスターズ編、それから、菖を中心にしたオリジナルストーリーを投稿する予定です。
なお、アニメ本編をベースにしていますが、個人的に思うところがあったので、展開にちょっと修正を加えています。
これが今後、どうなっていくのか……伏線にできたらいいんだけどなぁ……
まぁともあれ、「Heart Goes On」か「風ノ唄」(FLOW)をBGMにしながら読んでください。
「……わたしたちは憎しみではなく、愛で戦いましょう……つぼみ、変身よ!」
「……はいっ!!」
涙を浮かべながら、つぼみは立ち上がり、ゆりの隣に立った。
「「プリキュア!オープンマイハート!!」」
二人が同時に叫ぶと、心の花の光が二人を包み、プリキュアへと変身した。
「大地に咲く、一輪の花!キュアブロッサム!!」
「月光に冴える、一輪の花!キュアムーンライト!!」
変身を完了させ、二人は同時に地面を蹴り、デューンとの距離を詰めた。
最初こそ、デューンは余裕の表情で二人の攻撃を受け流していたが、徐々に二人のコンビネーションがそれを上回っていき、デューンを押し始めた。
ブロッサムとの打ち合いでできた隙を狙い、ムーンライトの蹴りがデューンを吹き飛ばしたが、デューンは吹き飛ばされながら今までの攻撃の中でも最大規模の光弾を放ってきた。
防御する間もなく放たれた光弾が爆発した瞬間、デューンは笑みを浮かべた。
だが、煙が晴れると、そこにあったのは金色に輝く向日葵の盾だった。
思わず目を閉じてしまったブロッサムは、何があったのか確かめるため目を開けると、そこには金色と水色のマントをまとった仲間の姿があった。
煙が収まり、マリンが飛びだし、デューンとの激しく打ち合いが始まった。
「はぁぁぁぁっ!!」
一瞬、互いが交差した瞬間、マリンは振り返り、光弾をデューンに向かって放った。
体勢を整える前に放たれたその一撃を、デューンは回避することも防御することもできなかった。
さらに、マリンと同時に走りだしていたサンシャインがデューンに接近した。
サンシャインの拳はデューンに防がれ、カウンターが返ってきたが、サンシャインはそれを回避して、がら空きになった胴体に連続で拳を叩きこんだ。
「はっ!!はぁぁぁぁぁぁぁ……たぁっ!!」
さらに追撃とばかりにサンシャインインパクトを叩きこみ、デューンを吹き飛ばすと、今度はブロッサムが追撃した。
四人のコンビネーションに、デューンは徐々に受け身になり始めた。
このまま押しきることが出来る。
そう感じた瞬間。
「なめるなぁぁぁぁぁぁっ!」
デューンが雄叫びを上げた。
その瞬間、デューン自身が抱える闇が波動となり、周囲に吹き荒れた。
突然のその攻撃に、ブロッサムたちは吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ、体勢が崩れたプリキュアたちにむけて、デューンは再び闇のエネルギーの光弾を放った。
だが、その光弾はプリキュアたちに命中することなく、突然吹き出てきた炎に切り裂かれた。
一瞬の出来事にデューンが目を丸くしていると、視界に白いものがちらついた。
それが、プリキュアと肩を並べて戦う戦士、ユグドセイバーがまとうマントであることに気づいた瞬間、風が吹き抜けると同時に体中に鋭い痛みが走った。
見れば、体中のいたるところに切り傷が生まれていた。
「くっ!!」
一体、なにが。
それを考える間もなく、セイバーからの追撃がきた。
今度は胸と腹に重い衝撃が走り、踏ん張りがきかず、吹き飛ばされてしまった。
だが、それだけで終わらなかった。
今度は両腕と足に同時に痛みと衝撃が走った。見れば、青白い光の矢が突き刺さっていた。
プリキュアにこんな芸当ができるとは、お世辞にも思えない。
となれば、この矢を放った人物はただ一人。
「おのれ……おのれ、ユグドセイバー!!」
憎悪と敵意がこもった瞳を向けるその先には、青い弓を構えているセイバーの姿があった。
セイバーはデューンのその言葉に、答えることなく、弓をいつもの剣に戻し、身構えた。
「セイバー!」
「ど、どうして?!変身アイテムは壊れちゃったんじゃ……」
どうにか立ち上がったプリキュアたちは、セイバーの隣に駆け寄ってきた。
確かに、変身アイテムは壊れてしまった。もう、変身はできないはず。
そう思っていたのだが。
「変身に必要な力は、俺に宿っているからさ。もう、手袋は必要ないんだ」
そう言って、左手の甲を見せた。
そこには、変身アイテムの手袋に描かれていたものと同じ紋章が光っていた。
それが出現したのは、ほんの少し前だった。
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ゆりとつぼみが、憎しみや怒りを抑え、戦うことを決意して変身したとき。
菖は投げ飛ばした英明の安否を確かめていた。
「おじさん、乱暴なことしちゃったけど、大丈夫?」
「あ、あぁ……セイバー、いや、菖くん。私は大丈夫だ」
けれど、と英明は菖に恨めしそうな視線を向けて、問いかけた。
「なぜ、邪魔をしたんだ……私は、私の罪は、もはや命で償うよりほかに……」
「だからって、自分の命を捨てることは間違ってる」
英明がデューンの攻撃を受け止めようとしたこと。
それ自体は、おそらく、
英明本人にとって、それ以上に、自分が犯した罪を償いたいがゆえのものだった。
それはわかっている。わかっているから、菖は許せなかった。
「命を捨てるのは簡単だよ、おじさん……けど、だからこそ、十字架を背負って生きていくことが償いなんじゃない?」
それに、と菖はデューンとの決着をつけるべく、ブロッサムと共に戦っているムーンライトの方へ視線を向けた。
英明も、菖の視線を向けている先へ、自身の視線を向けた。
「……何より、残った時間で
だから、どうか生きてくれ。
そう口にした瞬間、菖の左手の甲にユグドセイバーの紋章が浮かび上がった。
紋章が強い光を放つと、その光は菖を包みこんでいった。
光の中で、菖は白い
「それが、大樹の騎士ユグドセイバー。世界を救いへ導く光たらんと誓った、
優しい笑みを、英明に向けながら、セイバーは地面を蹴り、ブロッサムたちの元へと駆け寄った。
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そうして、手袋なしで変身を遂げたセイバーは、デューンの攻撃で体勢が崩れたプリキュアたちを守り、デューンを追撃するに至った。
「そんじゃ、五人そろったところで……」
「えぇ」
「はいっ!」
「おっしゃぁ!やったるっしゅ!!」
「うんっ!!」
五人はうなずきあい、同時にデューンにむかっていった。
デューンは怒りに任せて五人を迎え撃った。
だが、五人のコンビネーションが徐々にデューンを上回り、ついに二人の拳がデューンを吹き飛ばした。
だが、そこで終了するわけがない。
デューンが吹き飛ばされた先に、まるで待ち構えていたかのようにサンシャインが立ちふさがった。
吹き飛ばされながらも空中で身を翻したデューンは、サンシャインと一対一の殴り合いとなった。
だが、そもそも体勢が整っていなかったためか、サンシャインの連撃をもろに受けることになった。
サンシャインがサンシャイン・インパクトでデューンを吹き飛ばすと、五人は次から次へとデューンに向かっていった。
そして、空中へと舞いあがったセイバーがエターニアハートを弓に変えると、ブロッサムたちも
フォルテウェーブが同時にデューンに着弾すると、激しい土煙が巻き起こったが、煙が晴れるよりも先に、マリンとサンシャインが動いた。
「「プリキュア!フローラルパワー・フォルテッシモ!!」」
青と金色の光をまとい、マリンとサンシャインが流星のように飛び上がった。
すると、ムーンライトは隣にいたブロッサムに視線を向けた。
その視線が何を訴えようとしているのか、それを察したブロッサムは顔を輝かせた。
「「プリキュア!フローラルパワー・フォルテッシモ!!」」
ブロッサムとムーンライトが自分の心の花の光をまとい、流星になった姿を見届けたセイバーも、遅れを取るまいとエターニアハートを元の姿に戻し、自分の心の花の力をエターニアハートに込めた。
すると、セイバーの体が白い光につつまれ、エターニアハートは白い光の球に姿を変えた。
「ユグドパワー・フォルテッシモ!!」
セイバーもまた、白い流星となってプリキュアたちとともにデューンへむかっていった。
デューンもまた、赤黒い光をまとう流星となって、プリキュアたちを迎え討った。
青と金、ピンクと紫、そして白の光が赤黒い光と何度も激突を繰り返した。
だが、赤黒い光は三つの光に競り負け、地面に落ちた。
唖然としているデューン目がけて、五人は光をまとったまま、突撃し、デューンの背後に擦り抜けた。
『ハート、キャッチ!!』
五人と妖精たちが声をそろえた。
だが、そこで終わらない。
ブロッサムはパワーアップの種を取り出した。
「いま、万感の想いを込めて!!」
その声に呼応するように、パワーアップの種が光りだし、ハートキャッチミラージュを呼び寄せた。
「「「「鏡よ、鏡!プリキュアに力を!!」」」」
「鏡よ、大樹の騎士に力を!!」
プリキュアたちとユグドセイバーの祈りを受け、ハートキャッチミラージュの鏡面から光があふれ出た。
その光に包まれたプリキュアたちとセイバーのシルエットが変化し、白く輝くコスチュームへと変わった。
「「「「世界に広がる、一面の花!ハートキャッチプリキュア!スーパーシルエット!!」」」」
「世界を救いへ導く光!ユグドセイバー!レイディアントシルエット!!」
最強フォームへとパワーアップした五人は、パワーアップした心の花の力を自分たちの武器に集めた。
その瞬間、プリキュアたちの背後には巨大な女神が姿を現し、セイバーは心の花の光を右手にまとめ上げた。
「俺のすべてで、悪しきを断つ!!ハートライト・レクイエム!!」
「「「「花よ、咲き誇れ!!プリキュア!ハートキャッチ・オーケストラ!!」」」」
二つの必殺技が同時にデューンに繰りだされた。
だが、デューンは浄化されることはなかった。
デューンを包みこむ浄化の光を、デューンは気合いではねのけただけでなく、集まった心の花の光をかき消してしまった。
「は、ハートキャッチ・オーケストラが……」
「う、うそでしょ?!」
「なっ……」
ハートキャッチ・オーケストラとハートライト・レクイエム、スーパーシルエットとレイディアントシルエットでの必殺技が、通用しなかった。
そのことにショックを隠しきれないブロッサムとマリン、サンシャインの三人だったが、ムーンライトとセイバーは驚愕している様子はなかった。
むしろセイバーは、憐みの念すら、デューンにむけていた。
だが、当の本人はそんなことに気づくはずもなく、赤黒い光をまとったまま、プリキュアたちとセイバーに視線を向けた。
「やってくれたね、プリキュア……そしてユグドセイバー……だが、僕の憎しみはこの程度で消えることはない」
今までの比ではない、強大な負のエネルギーを周囲にもらしながら、デューンはプリキュアたちとセイバーに視線を向けた。
そのあまりの恐ろしさに、コロン以外の妖精たちは、互いに身を寄せ合い、ガタガタと震えていた。
「憎しみは増殖し、すべてを破壊し、奪い尽くすまで消えることはない……プリキュアの愛など、セイバーの想いなど……僕の憎しみの前には、ゴミだと教えてやろう!!」
そう叫んだ瞬間、惑星城はデューンを中心に崩壊を開始した。
ブロッサムたちは反射的に地面を蹴り、宙へと舞い上がった。
セイバーも英明を抱えて飛び上がり、崩壊から逃れた。
「な、なに?!何なの!!」
何が起きているのか、マリンは困惑し叫び声を上げると、目の前に花吹雪が舞い上がり、花吹雪の中から、薫子とコッペが姿を見せた。
「みんな、こっちへ!!」
薫子の声を聞いたプリキュアたちとセイバーは、薫子とコッペのすぐ近くまで寄っていった。
その瞬間、コッペが結界を張り巡らせた。
結界の中から惑星城は旋風をまといながら変化していく様子が見えた。
「……くるわ」
薫子がそうつぶやくと、旋風の中から、巨大化したデューンが姿を現した。
「あぁぁぁぁぁぁ!!があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
デューンは雄叫びを上げると、その拳を振りあげ、何度も執拗に地球に振り下ろした。
その様子は、まさに、憎悪や怒りを地球という物体にぶつけているようなものだった。
ブロッサムはその姿を、悲しそうなまなざしで見つめていた。
「……笑っちゃうよね。たった十四歳の美少女が世界を救うためにデューンと戦うなんて」
「美少女は微妙ですっ!!」
神妙な顔つきで語るマリンの言葉に、コフレは容赦ない突っ込みを入れた。
その突っ込みに、むっとなったマリンではあったが、その顔はすぐに笑顔になり、コフレとともに結界の外へと飛びだした。
「ちょっくら地球を救いに行こう?」
「はい!!」
「ふふっ」
マリンの言葉に、ブロッサムはうなずき、サンシャインは微笑みを浮かべながら浮かびあがり、マリンの隣で制止した。
「えりか、ゆりさんは十七歳だよ?それに、菖さんは男の人だし」
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!そうだった!!ゆりさん、菖さん、ごめんなさい!!」
サンシャインのツッコミに、えりかはムンクの名画「叫び」のような表情を浮かべ、ムーンライトとセイバーに謝った。
その様子を、ムーンライトはぽかんとした様子で見上げ、微笑みを浮かべた。
セイバーもまた、苦笑を浮かべはしたが、特に文句を言ってこなかった。
「行きなさい」
「行ってきな」
「「はい!!」」
ムーンライトの言葉に、マリンとサンシャインは同時にデューンへと向かっていった。
二人に続き、ムーンライトも向かおうとしたとき、ブロッサムはムーンライトに声をかけた。
「さっきは、生意気なことを言ってすみませんでした……ムーンライトが一番悲しい思いをしていたのに」
それは、ゆりが憎しみに囚われたまま、デューンと戦おうとしたときのことだということは、すぐにわかった。
ブロッサムとてわかっていたのだ。
自分がどれだけの言葉を並べたところで、その時にムーンライトが抱いた感情は、彼女にしか理解できないものであるということは。
けれども、何も言わずにはいられなかった。
そんなブロッサムからの謝罪が意外だったのか、ムーンライトは優しい笑みを浮かべて、ブロッサムの肩に手を置いた。
「あなたの優しい気持ちと思いやりの心が、わたしに大切なものをくれたのよ」
その言葉だけで、ブロッサムはムーンライトが憎しみや怒りから解放されたことを理解できた。
優しい表情を浮かべていたムーンライトは、それだけ伝えると凛とした顔つきに戻り、英明の方へ視線を向けた。
「お父さん、行ってきます」
「……あぁ、気を付けて行ってきなさい。またお前を危険な目にあわせてしまうのは、心苦しいが……」
「いいのよ……帰ったら、わたしの話、いっぱい聞いてくれる?」
「……あぁ、もちろんだ」
英明はそう言って、ムーンライトを見送った。
その背中を見送ったブロッサムは、薫子の方へ振りむいた。
「おばあちゃん、行ってきます!」
「いってらっしゃい」
薫子はほほ笑みながらブロッサムを見送り、その後ろ姿を見送った。
ブロッサムとムーンライトに続き、セイバーも結界の外へ出ようとしていた。
だが、それを英明が呼び止めた。
「待ってくれて、セイバー……いや、菖くん」
「……?」
振り返り、セイバーは英明の方へ視線を向けた。
「ありがとう、娘の……ゆりのそばにいてくれて」
「……俺がそうしたいから、そうしてただけだよ。おじさん」
穏やかな笑みを浮かべて、菖はそう答えた。
「そうか……いや、だとしても礼を言わせてほしい」
そう語る英明の表情には、もはやサバーク博士の面影はない。
自分がおじと呼び慕っていた、月影英明の顔だった。
「……なら、全部が終わったあとで」
「……そうだな……」
「それじゃ」
そう言って、セイバーは地面を蹴り、プリキュアたちを追いかけた。
その背中を見送りながら、薫子と英明は、どうか無事に帰ってきてほしい、とそれだけを願っていた。
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接近したブロッサムたちを見つけたデューンは、その拳をブロッサムたちに向けて振るった。
だが、その軌道を見切り、ブロッサムたちが回避すると、デューンは続けざまに眉間にエネルギーを集中させ、光線を放った。
光線はブロッサムたちを巻きこみ、はるか後方にある月にまで伸びていった。
込められたエネルギーの量は、とても回避できるようなものではない。
それゆえに、デューンは勝利を確信したが、光線を放った余波で生まれた煙が晴れると、そこには無傷のブロッサムたちがいた。
「……デューン……」
ブロッサムはまっすぐにデューンを見つめながら、語りかけた。
「悲しみが終わらないのは、わたしたちの力が足りないから……憎しみが尽きないのは、わたしたちの愛が、まだ足りないから……」
それはおそらく、ブロッサムが本気で思っていることなのだろう。
思えば、自分たちは砂漠の使徒がどういう経緯で地球を狙ってきたのか、なぜ一方的な侵略をしかけてくるのかを理解していない。
そうするまえに、自分たちは拳を交えてしまった。
もっと自分たちに力があれば、もっと早く、この戦いを終わらせることができたかもしれない。
もっと自分たちに深い愛情があれば、これ以上、憎しみを広げることのない方法を編み出せたかもしれない。
ハートキャッチミラージュに手を置きながら、ブロッサムは祈るように言葉をつないだ。
少しでも、デューンの心に自分の想いが届くように。
「だから……だから……」
そんなブロッサムの手の上に、セイバーとムーンライトの手が重ねられた。
「……たしかに、憎しみや悲しみは消えることはない。消すことはできない。けれど、それを分かち合って、互いに受け入れていくことはきっとできるはずだ」
「だから、そのためにわたしたちは力を合わせましょう」
「わたしも合わせる!」
「わたしも!!」
「シプレも!!」
「コフレも!!」
「ポプリも!!」
「僕も!」
二人に続き、マリンとサンシャインがブロッサムの手の上に自分の手を重ねた。
パートナーの妖精たちもまた、手を重ねた。
一人では、力が、愛が足りなくても、同じ想いを抱いている仲間がいればあるいは。
五人と妖精たちの心が重なり合った瞬間、ハートキャッチミラージュから白い光があふれ出た。
それは、いまだ花開くことのなかった、ブロッサムの心の花が花開く瞬間でもあった。
『宇宙に咲く、大輪の花!!』
妖精たちと五人の声が重なり、ハートキャッチミラージュを中心にして、五人の心の花の光が巨大な卵のような形をつくった。
卵は、ぴしぴしと音を立ててひび割れ、その中から、デューンと同じ大きさへと変身したブロッサムの姿があった。
「無限の力と、無限の愛を持つ、星の瞳のプリキュア……ハートキャッチプリキュア!無限シルエット!!」
そこに立っていたのは、顔立ちこそブロッサムだった。
だが、そのコスチュームはドレスのようなものではなく、ワンピースだけのシンプルな出で立ちになり、胸のブローチには桜の花があしらわれており、羽飾りで長い髪を結んでいた。
そんな、プリキュアとユグドセイバーをかけ合わせたような出で立ちの彼女の周囲からは、桜の花びらが吹雪のように舞い上がっていた。
その姿に恐怖しているかのように、デューンは、プリキュアに向けて、拳を振り下ろした。
だが、彼女は防御すらせず、ただ瞳を閉じた。
デューンの拳は、プリキュアに届くことはなく、はじき返された。
それでも、デューンは執拗に、何度も拳を打ちつけてきた。
「……憎しみは、自分を傷つけるだけ……」
「それでも、憎しみが消えることはない!!」
「たとえそうでも、あなたに届けます。この愛を……プリキュア!こぶしパンチ!!」
プリキュアのつぶやきに、デューンが苦しそうに顔をゆがめながら返すと、拳を握り、彼の胸にその拳を振り下ろした。
その拳が命中すると、デューンは白い光に包まれ、爆発した。
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それから数カ月。
無事、地球を元の姿に戻すことができたプリキュアたちとセイバーは、戦いとは無縁の日常を過ごしていた。
その日常のなかであっても、わずかな変化はあった。
その一つが、無事に誕生したつぼみの妹、ふたばだった。
その日も、えりかはつぼみを待つ間、みずきに抱っこされているふたばの頬をふにふにとつつきながら、だらしない顔をさらしていた。
「お待たせしましたぁ……えりか?」
「おぉ、つぼみ!!」
「おぉ、つぼみ!!じゃありません!!いくら、ふたばが可愛いからってほっぺたつつきすぎです!!」
本当は自分もつっつきたいのだが、それを我慢していることを、半分涙目になりながら話すが、えりかはそんなことはまったく気にする様子はなく、つい、といいながらこめかみをかいていた。
そんなやりとりをしつつ、二人は一緒に通学路を歩き始めた。
二人は道中でいつきと合流し、町を一望できる丘へとむかった。
なお、砂漠の使徒を倒してから、いつきは髪を伸ばし、制服も白の学ランから女子の制服へと変えていたため、すっかり美少女になっていた。
一面、砂漠だった町が元の姿に光景を見て、えりかはどや顔になりながら、胸を張った。
「あたしたちはすごいことをしてしまった!世界がいま輝いているのは、あたしたちのおかげ!!たった十四歳の少女が、地球を救ってしまった!!」
「……まだ言ってるよ」
「わたし、聞きすぎて堪忍袋の緒が切れそうです」
最後の戦いが終わってから数カ月。
えりかはずっとこんな調子だった。
もっとも、つぼみもいつきも、最初は同じようなことをしていたのだが、すでに踏ん切りがついたらしく、えりかのような感動はもうないようだが。
「なによーーっ!つぼみといつきだって、こないだまであたしと同じこと言ってたじゃん!!言ってたじゃん!!無限の愛だよ!!地球を救っちゃったんだよ!!あたしの人生、これ以上何があるっていうの?!悩んじゃうなぁ!!」
確かに、つぼみといつきも、えりかと一緒になって同じことをしていた。
だが、つぼみといつきはもうそのことに囚われていなかった。
そんなえりかに、冷たいツッコミが入った。
「えりか、まだそんなこと言ってるの?」
「いつまでも終わったことにこだわっていても、しょうがないぞ?」
「……すみません」
声がした方へ視線を向けると、そこには、シプレとコフレ、ポプリを抱きかかえているゆりの姿と、隣で町を見下ろしている菖の姿があった。
ちなみに、コロンはゆりのすぐ隣に浮かんでいる。
さすがに、ゆりのツッコミには、えりかも素直に頭を下げて謝罪した。
戦いの後、シプレたちパートナーの妖精は枯れてしまった心の大樹の根元に芽生えた心の大樹の新芽を守護し、育む役割を担うことになったのだ。
そして、それは菖も同じだった。
とはいえ、妖精たちのように頻繁に、というわけにはさすがにいかず、一週間に一度のペースで様子を見に行くくらいのことしかできないのだが。
「菖さん、心の大樹はどうでしたか?」
「いまもすくすく育ってるよ。このペースなら、一か月もしないで普通の木と同じ大きさになるんじゃないかな?」
菖のその言葉に、つぼみは安堵したように微笑みを浮かべた。
それを見たゆりは、大樹がいまも漂っているであろう快晴の空を見上げた。
「いままでは、心の大樹がわたしたちを見守ってくれていたけれど、これからはわたしたちが心の大樹を育てて見守っていくのよ……だから、いつまでも無限の愛や無限の力に頼ってばかりじゃだめ……自分の人生なんだから」
「……しかし、人生とは……なんとも深いっしゅ」
ゆりの言葉に、えりかは深く考え込むような顔をしながらそうつぶやくと、そう深く考えることはないさ、とえりかの方を見上げながら、菖が口を開いた。
「自分が目指すものにむかって進んでいくってことでいいんだ。これからどうするか、そいつを決めるのは自分次第なんだし、さ」
「君には一流のファッションデザイナーになるって夢があるじゃないか」
「おぉ!!そうだった!!」
「わたしは、えりかの夢、精いっぱい応援します!!」
「ぼくも!」
「シプレも!」
「コフレも!」
「ポプリもでしゅ!!」
つぼみといつきの応援宣言にのっかり、妖精たちも混ざって応援宣言をした。
そんな和気あいあいとした様子を横目で見ていたゆりの方へ、つぼみは視線を向けた。
「ゆりさんは、これからどうするんですか?」
「わたし?」
「はい!」
「わたしの夢……わたしも、自分の人生、考えないとね……」
まだ、具体的に何をやりたいのかは決めていない。
なにしろ、今までそんなことを考える余裕など、微塵もなかったのだから。
「けれど、まずは……お父さんとの時間を大切にしたいわ……新しい家族とも、ね」
デューンとの決戦から帰還した英明は、月影家へ戻ることになった。
事情は、春菜にだけは真実を伝えたいという、英明のたっての希望で、ゆりは自分がプリキュアであったことを話し、英明は研究に行き詰まった心の弱さを利用され、砂漠の使徒に囚われていたことを明かした。
意外にも、春菜はそのことを受け入れ、理解してくれたため、話はそれ以上、こじれることはなかった。
むしろ、問題になったのは、ゆりが口にした『新しい家族』のことだった。
崩れていく惑星城から帰還した際、英明は一人の少女を見つけていたのだ。
春菜には、おそらく砂漠の使徒に囚われていたのだろう、両親もいるかどうかわからないので、うちであずかることにしたい、と話したのだ。
当然、春菜は困惑したが、これまたすんなりと受け入れてくれた。
ちなみに、その妹というのは、ダークプリキュアが生まれ変わった姿だという事実を知っているのは、つぼみたちと薫子だけである。
ともあれ、ようやく戻ってきた父親と、新しく迎えた家族との時間を大切にする。
それが、いまのところ、ゆりがやりたいことだった。
ゆりの言葉を聞いて、いつきも、自分がこれからどうしたいのかを口にした。
「ボクは、そうだな……明堂院流の道場を続けながら、いろんなことにチャレンジしたいな」
「たとえば?」
具体的にどうするのか気になったのか、えりかがそう問いかけると、いつきはにっこりとほほ笑みながら返した。
「それは秘密だよ」
「教えてくれたっていいじゃん……つぼみは?」
「わたしは、もう一度、宇宙に行きたいです!今度は、自分の力で!!」
それは、あの決戦のあとになって見つけた、つぼみの夢だった。
だが、単に宇宙に行きたいわけではない。
つぼみには、宇宙に行って、やりたいことがあったのだ。
――そして、できるなら……草も花もない宇宙に、少しでも花を咲かせたい……
あの決着の一撃を、自分の想いを込めた拳をデューンに打ちこんだとき、ブロッサムは心の種を、デューンの心に植え付けた。
それを受け取ったデューンが去り際に振り向いたとき、その表情は、いままで見せたことのない、穏やかで、優しい微笑みを浮かべていた。
――せめて、そうすれば……
きっと、これ以上、デューンのように、憎しみを無意味に振りまく存在に、愛を芽生えさせることができるかもしれない。
そうなることが、いや、そうすることが、つぼみが見つけた、自分の夢だった。
いつの間にか、その場に残っているのは、つぼみと菖だけになった。
つぼみは、ふと菖の方へ視線を向け、問いかけた。
「菖さんは、これからどうするんですか?」
「そうだな……俺は、やっぱり本格的に考古学を学びたい。単なる好奇心のためだけじゃなくて、世界中のみんなが手を取り合って生きていくヒントを見つけるために」
まっすぐに空を見上げながら、菖はそう答えた。
いままでは、単に古代に眠る、誰も知らないことに好奇心をうずかせ、その衝動のまま、遺跡調査に従事していた。
だが、今回の戦いを通じて、いや、デューンとサラマンダー男爵と出会って、彼らの憎しみと悲しみに触れた。
そして、それは彼らだけではない、おそらくこの地球上のどこかで、誰かが抱えている痛みでもある。
そして、その痛みがあるから、人は争い、奪いあう。そこからまた悲しみと憎しみの連鎖が生まれてしまう。
その果てにあるものを、デューンは見せてくれた。
なら、それを少しでも遅らせるために自分ができることをしたい。
それが、菖の願いであり、新たにできた目標だった。
「わたし、菖さんのその夢、応援します!」
「ありがとう、つぼみ」
つぼみは満面の笑みを浮かべて宣言すると、菖はにっこりと温かな笑みを浮かべて、つぼみの頭を優しくなでた。
いつもなら、そこで赤面して慌てふためくつぼみだが、今回は少し違っていた。
すっと、静かに、つぼみは菖に身を寄せてきた。
あまりに突然のことで、菖は慌てて離れようとしたが、つぼみは懇願するような声でそれを止めた。
「お願いですから、いまは、このまま……」
精いっぱいの勇気を絞りだしたようなその声を聞いた菖は、それ以上、離れようとはしなかった。
しばらくの間、二人はくっついたままだったのだが、それを知っているのは、丘を吹き抜ける優しい風と、そこに咲き誇っている草花だけだった。
あとがき代わりの後日談
~『花咲つぼみの日記』より~
わたしたちがプリキュアとして、菖さん――ユグドセイバーと一緒にこの世界を救ったことを、人々は忘れていくでしょう。
けれど、わたしは、えりか、いつき、ゆりさん、菖さんと一緒に駆け抜けた一年を、決して忘れません。
わたしに大切なことを教えてくれて、新しい夢を見つけるきっかけをくれた日々は、わたしにとって、一番の宝ものだから。