ハートキャッチプリキュア!~もう一人の戦士"大樹の騎士"~ 作:風森斗真
都合により、妖精たちの活躍とエンディングシーンは省きましたが、ご了承ください。
というか、クライマックスの部分も駆け足なのよねぇ……まぁ、アニメコミックを資料にしてるから、仕方ないといえば仕方ないんですが(汗
ファッションショーについては……まぁ、うん。後日談でも書きますかねぇ、おまけということで。
(いや、あるいはおまけを短編集とするという手も……
まぁ、とりあえず、本編どうぞ。
ゆりと菖、そしてオリヴィエが散歩へ出ている間、つぼみは龍之介が撮影した衣装合わせの写真を眺めていた。
「素敵です!さすがおじさん!!」
つぼみは龍之介の写真を手放しで称賛し、オリヴィエにも見せてあげたいと思いながら、優しい笑みを浮かべていた。
すると、玄関のドアが開く音が聞こえ、ゆりと菖が姿を見せた。
「ゆりさん、菖さん!これ、昨日おじさんが撮った写真……」
「つぼみ、えりか、いつき。ちょっといいか?」
つぼみの言葉を遮り、菖は庭の方を指さした。
つぼみたちはその声色と、オリヴィエが傍らにいないことに、ただ事ではないことを察し、庭に出た。
五人が中庭に出ると、つぼみたちからオリヴィエがいないことを先に追求され、ゆりは簡単に答えた。
だが、つぼみはその言葉を受け入れられなかった。
「どういうことですか?!」
「今、言った通りよ……あの子は、サラマンダーが連れていったわ……」
「どうして?!ゆりさんと菖さんが一緒だったのに!!」
「落ち着け、つぼみ」
菖は、ゆりに詰め寄るつぼみの肩をつかんだ。
そして、静かに、しかし、激情を抑えた声でつぼみに説明した。
「……オリヴィエは、自分で男爵のもとへ行くことを選んだんだ」
そう説明して、菖はつぼみにオリヴィエが何を語ったのか、どんな答えを導いたのかを説明した。
------------------------
ゆりと菖がアパートに戻ってくる前のこと。
サラマンダー男爵の空間に迷いこんだセイバーとムーンライトは、男爵から四百年前の出来事を、男爵の過去を聞いていた。
「我々の出現に心の大樹がプリキュアを誕生させ、自らの力で心の大樹の存在と我々の存在を知った青年がセイバーになったことは知っているね?」
「つまり、俺たちは対の存在、ということか」
男爵の言葉に、セイバーがそう返すと、まるでそれを肯定するように、男爵は笑みを浮かべてうなずいた。
「……最初の砂漠の使徒は、初代のプリキュアに敗れた、と聞いているけど?」
「あぁ、キュアアンジェは強かったなぁ……封印されていた数百年、一度だって忘れなかったよ、この屈辱を!!」
ムーンライトの問いかけに、男爵は忌々し気に返し、こんな星、すぐに破壊できるとおもったのだがな、とつぶやいた。
そのつぶやきが聞こえたムーンライトは、砂漠の使徒の本来の目的が世界の砂漠化であるはずだ、と問いかけた。
だが、その問いかけに男爵は忌々しそうな顔で、関係ない、と返した。
「生まれたとき、私はただ『知りたい』と思った。自分たちの存在、王の心の内を……だが、それが「心」を嫌う王の怒りを買ったらしい」
知りたいと思うことは、好奇心がある、ということでもある。
それだけで男爵がこれまで遭遇してきた砂漠の使徒とは異なる存在であることは明白だった。
「そして、王から追放され、砂漠の使徒というだけで私に攻撃を仕掛けてきたキュアアンジェに敗れ、私は封印された……」
そして、封印されてからの数百年、サラマンダー男爵の心は、居場所のない世界への絶望と砂漠の王とキュアアンジェへの復讐心だけが募っていった。
「……いや、居場所がないというのは語弊があったな。唯一、私に居場所を与えられないか動いてくれていた人間がいたよ。もっとも、彼はキュアアンジェの側だったがね」
「……それが、先代のユグドセイバー……」
セイバーのつぶやきに、サラマンダー男爵は、そのとおりだ、と笑みを浮かべた。
「だが、彼の行動もむなしく、こうして私は世界に復讐するため、ルー・ガルーに力を植え付けた……」
そうつぶやき、男爵は再びオリヴィエに視線を向けた。
「ルー・ガルー、お前、最近、力のコントロールがうまくできてないんじゃないか?フランスに戻ったときに忠告すべきだったが、あの場所には私の力が、数百年かけて培われた憎しみの力が強く残っている」
その力が、オリヴィエの中にある力の破片と引き合い、ルー・ガルーとしての力が増大させているのだ。
そして、男爵の力の結晶の本体は、いまもなおオリヴィエの手にある。
増大される力の量は、半端なものではないだろう。
「暴走した力は、お前の心を呑みこみ、力のままに暴れる獣にするだろう……明日の満月には、化物の完成だ」
男爵はオリヴィエの前で片膝をつき、オリヴィエと視線を合わせながら、さらに続けた。
「世界は、我々のような異物を受け入れない。賢いお前ならわかるな?」
片や砂漠の使徒、片や狼男としての力を持つ少年。
普通の人間からすれば、どちらも化物であり、受け入れがたい存在である。
ゆえに、この世界には二人の居場所など存在しない。
「だから、全て壊して終わりにしよう。一緒に来い、ルー・ガルー……そのための数年間だ」
ささやくように、男爵がオリヴィエにそう告げたが、オリヴィエは答えを出しあぐねているようだった。
ほんの数秒、二人の間に沈黙が流れたが、それは突然に破られた。
ムーンライトとセイバーが同時に男爵との間合いを詰め、攻撃してきたのだ。
だが、男爵は涼しい顔でムーンライトの拳を受けとめ、セイバーの刃を回避した。
「この子に謝りなさい!誰もあなたを受け入れない?すべてを破壊して終わり?」
「甘ったれるのもいい加減にしろ!あんたは、心にふたをしたまま、周りを見てないだけだろうが!!」
「あの子がどんな想いでいるか、考えたことがあるの?!」
「それだけじゃない!あんたがオリヴィエと一緒に自分の力を集める旅に出ていた間も、少なからず手を差し伸べてくれた人はいたはずだ!その人は、あんたを受け入れようとしてくれていたんじゃないのか?!」
剣閃と拳閃が閃く中、男爵は二人が繰り広げる攻撃のすべてを捌いていた。
「やれやれ、セイバーはともかく、今度のプリキュアはずいぶんおせっかいだな……」
エターニアハートをステッキで、ムーンライトの拳を手のひらで受けとめ、男爵が呆れながらそうつぶやいた。
だが、二人の猛攻はなおも続いた。
「自分のことばかりで、オリヴィエと向き合うことの出来ないあなたに……」
「自分から手を伸ばすことを、最初からしないで諦めたあんたに……」
「「世界を語ることは、できない/できないわ!!」」
二人が同時に叫びながら、男爵に拳を向けた。
男爵は涼しい顔でその攻撃のすべてをいまも捌き続けている。
いまだ、ムーンライトもセイバーも、男爵に一撃すら与えていない。
だが、二人の目的は男爵を倒すことではない。オリヴィエ自身に選ばせ、男爵にその答えをつきつけさせることだった。
「オリヴィエ!あなたはどうしたいの?!」
「しっかり、自分の言葉で、男爵に聞かせるんだ!」
「「後悔することのないように、あなた/お前自身の言葉で、あなた/お前の意思を!!」」
二人の言葉に、オリヴィエの脳裏に浮かんできたのは、男爵の顔だけではなかった。
一日、たったの一日だけしか一緒に過ごしていない、つぼみやえりか、いつき、ゆり、菖の笑顔も浮かんできていた。
そうしている間にも、ムーンライトはタクトを抜き放ち、セイバーと同時に心の花の力で男爵を射貫いた。
さすがに、二人分の心の花の力は受け止めきれなかったらしく、背後にあった壁に勢いよく叩きつけられた。
「……ひどいな」
「……男爵、世界は確かに異物を受け入れないかもしれない。けど、受け入れてもらおうと手を伸ばすことはできるはずだ」
「それに、すべてを破壊してもなんの意味もない……あなたは決して満たされない。本当にわからないの?」
セイバーとムーンライトはダメージを受けて座りこんでいる男爵に語りかけた。
だが、男爵はそれに答えを返すことはなく、ふらふらと立ちあがり、二人に視線を向けた。
その視線は、いままで向けてきた無感情なものではなく、はっきりとした『怒り』が感じ取れた。
「その目……あの時と同じ目だ……キュアアンジェと同じ、俺を憐れむようなその目を……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
雄叫びを上げながら突進してくる男爵にひるむことなく、ムーンライトとセイバーは武器を振りあげた。
だが、三人の間に割って入ったオリヴィエにいなされ、受け止められ、動きは止まった。
「……やめてよ、三人とも……男爵の言う通り、確かに僕は化物だ。みんなと一緒にはいられない……」
「オリヴィエ、あなた……」
「……それが、お前の出した答えなのか?」
エターニアハートの切っ先をオリヴィエに踏みつけられたまま、セイバーがそう問いかけると、オリヴィエは黙って、セイバーのみぞおちに拳を叩きつけた。
ぐっ、と小さく悲鳴を上げて、セイバーはその場に崩れ落ちた。
「……っ?!セイバー!!」
「ショーに出られなくて、ごめん。あと、つぼみに……ありがとうって……」
突如、気を失い、倒れ伏したセイバーの方へ顔を向けたムーンライトに、オリヴィエがそう語りかけ、首筋に手刀を叩きこんだ。
「そういうのは、自分で伝え……な、さい……」
気を失う中で、ムーンライトはオリヴィエに返し、セイバーと重なるようにして倒れた。
倒れ伏したセイバーとムーンライトに背を向け、男爵は、行くぞ、とオリヴィエに短く命じて、その場を去っていった。
------------------------
話を聞いたつぼみは、居ても立っても居られなくなってしまい、アパートを飛びだし、走り去っていった。
その背中をえりかが慌てて追いかけていく様子を見守った菖は、壁に寄りかかり、腕を組んでいるゆりに問いかけた。
「ゆり、お前はどう思う?オリヴィエは男爵に協力するためについていったのか、それとも……」
「……少なくとも、わたしはオリヴィエが世界を壊そうと思っていないことは確かだと思う」
菖がすべてを語る前に、ゆりはそう返した。
「けれど、だからといって、わたしは手をこまねいてみているなんてことはできないわ。やられた分は、やりかえしたいし」
それに、とゆりはかがみこみ、つぼみが落としていった写真を手に取った。
そこには、昨晩、オリヴィエと一緒になって撮った集合写真があった。
「友達が大変なときに黙って待っているほど、わたしは薄情じゃないわ」
「なら、決まりだな」
にやり、と笑みを浮かべて、菖はそう返すと、ゆりと一緒にアパートの外へ出た。
すると、ちょうどえりかがつぼみを連れ帰ってきたらしく、えりかの元気な声が聞こえてきた。
「大丈夫に決まってるでしょ?つぼみには、あたしたちがいるんだから!!」
「……つぼみ、薫子さんに連絡を取りたいの。サラマンダーのことを聞いてみようと思って」
ゆりのその言葉は、明らかに男爵に対して再戦を挑もうとする意思の表れだった。
それはつまり、つぼみと一緒にオリヴィエを迎えに行ってくれるということでもあった。
「みんな、行ってくれるん、ですか?」
「当たり前だろ?」
「僕らプリキュアとしても、砂漠の使徒の野望は阻止しないと!!」
「問題は、オリヴィエのことだけじゃない。そういうことよ」
理由はどうあれ、えりか、いつき、ゆりの三人は一緒に来てくれる。
それがわかっただけでも、つぼみには救いだった。
「……菖さんは来てくれないの?」
「まさか!やられっぱなしは癪に触るから、俺もいくよ」
えりかの問いかけに、菖は真顔で返した。
それに、と少し悲し気な表情を浮かべ、空を見上げながら続けた。
「先代が残した宿題なんだ。二代目の俺が、きっちり片をつけないとな」
先代のユグドセイバーが男爵とどう向き合ったのか、それは今となってはわからない。
だが、一つだけはっきりしていることがある。
キュアアンジェと違い、先代は当時、男爵が抱えていた怒りや憎しみすらも受け止めて、共に生きる道を与えようとしていた。
ならば、自分も、同じ道を示してやりたい。
それが、二代目ユグドセイバーとしての菖の答えだった。
------------------------
時刻は進み、日が暮れた頃。
男爵とオリヴィエは自分たちが初めて出会った古城にいた。
沈んでいく夕日を眺めながら、男爵はため息をついた。
「……この景色が見れなくなるのは、惜しいね」
「だったらやめなよ」
男爵から少し離れた場所にいたオリヴィエが、男爵の言葉に返した。
その様子が不満そうであることに気づかない男爵ではなかった。
「もう一度言う。世界を破壊するなんてやめてよ」
男爵と向き合い、オリヴィエは自分の心の内を言葉にした。
「あんたのように、僕は世界を語ったりできないし、あんたの憎しみもわからない……」
そもそも、オリヴィエと男爵では生きた時間が違いすぎる。
だから男爵のように世界を語ることはできないし、何より、オリヴィエはオリヴィエなのだ。
男爵が抱えている、世界やプリキュアに対する憎しみはわかるはずもない。
だが、それでも知っているものがあった。
「だけど、ひとりぼっちの寂しさは知ってるよ……」
男爵と出会う前、オリヴィエもまた、一人だった。
だからこそ、一人がどれだけ寂しいものなのか、それだけはわかっている。
「この数年間、散々な目に遭ったけど、悪いことばかりじゃなかった。世界は僕らを受け入れないかもしれない……でも、少なくとも、僕の世界には男爵がいた!!あの約束の日からずっと!!」
どうにか、男爵を説得しようとするオリヴィエの脳裏には、たった一日だけでも、オリヴィエを受け入れてくれたえりかやいつき、ももか、ゆり、菖、そしてつぼみの顔が浮かんでいた。
彼女たちがいる世界を、大切な人達がいる世界を壊したくない。それが、オリヴィエの意思だった。
だが、男爵はオリヴィエの言葉に沈黙したまま、背を向けた。
「男爵!!」
「……たった数年で、お前、ずいぶん大きくなったな……驚いたよ」
それは本心から思っていることのようだ。
だが、それでも男爵は自分の意思を曲げていない。曲げるわけがない。
ならば。
「力ずくでも止めるよ!!父さん!」
「面白い。その牙、私に立ててみろ!」
自身の力を解放したオリヴィエを見て、その言葉に偽りがないことを知ると、男爵が受けて立つことを宣言した。
オリヴィエと男爵による激しい戦闘が、古城を舞台に始まった。
その間にも、オリヴィエは男爵を止めるため、自分が導き出した答えを叫び続けた。
「人は変わっていける!それは僕たちだって同じはずだ!!」
「あいにくと、私は砂漠の使徒でね!!」
オリヴィエの足もとに炎を呼び出し、男爵はオリヴィエの言葉を否定した。
炎の爆発で吹き飛ばされ、落下していくオリヴィエだったが、その眼は諦めていない。
「この、わからずや!!」
壁からつき出た柱に手を伸ばし、それをつかんで、再び男爵の方へと跳んでいった。
雄叫びを上げながら、オリヴィエは男爵に拳を突き出し、爪を立てた。
オリヴィエの爪は、男爵の仮面をはじき飛ばした。
「憎しみも、人の感情だろ?!同じじゃないか!砂漠の使徒も、人間も!!」
憎しみや怒りもまた、心。
男爵がキュアアンジェに抱いている憎しみや怒り、それは、男爵が、砂漠の使徒が心を持っているという証拠でもあった。
だが。
「そうじゃない……もう遅いんだ」
男爵は頑なに否定した。
一瞬でオリヴィエの隣に移動したかと思うと、ステッキの先端に取りつけた力の結晶をオリヴィエに押しあてた。
「残念だけど……時間切れだ」
ステッキから炎が吹きだし、オリヴィエは吹き飛ばされた。
吹き飛ばされるオリヴィエを、満月の光が照らした。
その光を見た瞬間、オリヴィエに封じられた狼男の力がオリヴィエを呑みこんだ。
その瞬間、オリヴィエの額と目もとに紅い紋章が刻まれ、目には金色の光を宿った。
だが、それと同時に、その顔からは一切の感情が消え失せていた。
男爵はオリヴィエが力に呑みこまれたことを理解すると、視えるか、と古城へ視線を向けながら問いかけた。
視える人間には、古城が黒い何かで覆われている様子が見て取れた。
だが、その何かは、もうほとんど機能していないようにも見える。
「封印が弱まっている。何百年も私を閉じ込めた石の牢獄……破壊しろ!お前がすることはそれだけだ!!」
男爵がそう命じると、オリヴィエは雄叫びを上げ、拳を地面に突き刺した。
その瞬間、古城は一気に崩壊を始めた。まるで、数百年という長い時間が一度に訪れたかのように。
だが、男爵はそんなことは気にも留めず、静かに崩れ去っていく古城を進んでいき、自分とオリヴィエがかつて出会った空間へと入っていき、魔法陣を起動させた。
あらかた古城を破壊し終えると、オリヴィエは大聖堂があった場所に立った。
すると、上空から何かが飛んできた。
それは、オリヴィエを追ってきたブロッサムとマリンだった。
ブロッサムがオリヴィエを見つけた瞬間、ブロッサムはオリヴィエの名を呼び、マリンは何をしているのか問いかけた。
だが、オリヴィエはまったく答える様子がなかった。
その様子に、ブロッサムはフランスに着いたとき、流れていた噂を思い出した。
「……狼男?!」
「それだ!!」
オリヴィエの異常に気づいたブロッサムとマリンだったが、オリヴィエは二人を認識できていないらしい。
無表情のまま二人に突っ込んできて、攻撃を仕掛けてきた。
ブロッサムとマリンも、迎撃しようとしたが、あまりの速さについてこれず、マリンは吹き飛ばされてしまった。
背後にあった壁にマリンを叩きつけたオリヴィエは、今度はブロッサムに標的を定め、高速で移動し、ブロッサムを攻撃してきた。
ブロッサムは反撃することなく、攻撃を回避するだけで、何もできなかった。
それをいいことに、オリヴィエはブロッサムの首をつかみ、ぎりぎりと締めあげた。
「オ、リヴィエ!……わたしです!!わからないんですか??!!」
首をしめているオリヴィエの手首をつかみ、ブロッサムはオリヴィエに問いかけたが、何の反応もなかった。
「マリン・インパクトーーーーーーーッ!!」
突如、背後にまわったオリヴィエのマリンが、心の花の力を手のひらに集め、叩きつけようとした。
だが、それに気づいたオリヴィエは、叩きつけられたマリンの手をつかみ、背負い投げの要領で地面に叩きつけた。
「わぁっ!!」
マリンは悲鳴を上げたが、うまく受け身を取れたらしく、すぐにオリヴィエから距離を取った。
「マリン!……オリヴィエ!!やめてください!!」
「ダメだよ!届いてない!!」
ブロッサムがオリヴィエにやめるように叫んだが、マリンはオリヴィエにその声が届いていないと感じ、そう叫んだ。
マリンが感じたその感覚を証明するかのように、空中からオリヴィエがマリンに向かって急降下しながら、拳をつきだしてきた。
マリンはそれを迎撃しようと拳を構え、突き出した。
だが、両者の拳は、どちらに命中することもなかった。
なぜなら。
「ブロッサム?!」
突如、二人の間に割りこんできたブロッサムによって、二人の拳は受け止められたからだ。
「やめてください!二人とも!!」
ブロッサムが叫ぶと、オリヴィエはブロッサムから距離を取るように、大きく飛びのいた。
その顔には、苦悶の表情が浮かんでいた。
「ブロッサム!!オリヴィエはもう……」
「いいえ!あの子は狼男じゃありません!!オリヴィエのままです!!」
マリンがオリヴィエの心がすでに狼男と化してしまっていることを告げようとしたが、ブロッサムは頑なにそれを否定した。
その視線の先には、無表情で涙を流すオリヴィエの姿があった。
だが、オリヴィエはその心の奥底に残った願望とは正反対に、執拗に二人へ攻撃を仕掛けてきた。
ブロッサムは向かってきたオリヴィエから逃げることはなく、かといって身構えることなく、両腕を広げ、仁王立ちしていた。
「謙遜、真実、変わらぬ魅力!……あなたにぴったりな、金木犀の花言葉です!」
オリヴィエの突進を受け止めて、押し倒されたブロッサムはオリヴィエにそう叫んだ。
その瞳には、黒い狼の形をした光をまとったいる金木犀の花が、オリヴィエの心の花が見えていた。
ブロッサムは、オリヴィエに語りかけるように叫び続けた。
「わたしたちのことを、思い出してください!!」
だが、その叫びもむなしく、オリヴィエはブロッサムを突き飛ばし、マリンに向かっていった。
オリヴィエの心がまだ生きていることを確信していたブロッサムと違い、オリヴィエと戦う覚悟を決めていたマリンは、向かってきたオリヴィエの攻撃を捌き、殴りつけた。
だが、拳が命中する前に、オリヴィエは身を引いて、回避した。
マリンはすかさず、心の花の力を手のひらに集め、オリヴィエにむかって発射した。
着地したばかりで体勢が整えられていなかったオリヴィエは、その攻撃を回避することができなかった。
だが、マリンの攻撃はオリヴィエに命中することはなかった。
「ブロッサム!!なに無茶してんの?!」
マリンは、自分が放った渾身の一撃がブロッサムに命中したことを知り、駆け寄った。
だが、マリンが近づいても、オリヴィエはその場から動かず、無表情のまま、涙を流していた。
それを見たマリンは、ブロッサムを抱き起こしながら驚愕していた。
マリンに助け起こされたブロッサムは、オリヴィエの手を握り、穏やかな笑みを浮かべながら、怪我がないか問いかけた。
だが、オリヴィエはただ涙を流すだけで、何も答えなかった。
そんなオリヴィエを、ブロッサムはそっと抱きしめた。
「泣かないでください。大丈夫ですよ」
ブロッサムの言葉がようやく届いたのか、オリヴィエの瞳から金色の光が消え、顔に刻まれた紋章も、男爵の力の結晶と同じ色から、オリヴィエの髪の色へと変わっていった。
もう、オリヴィエに攻撃する意思はない。
それを感じたブロッサムは、オリヴィエから顔を離した。
「サラマンダー男爵にちゃんと伝えられましたか?」
そう問いかけながら、ブロッサムはオリヴィエから流れてきていた涙をそっと拭った。
オリヴィエはその問いかけに黙ってうなずいて返すと、ブロッサムはオリヴィエの肩に手を置いたまま。
「チェンジ、できたんですね?」
と問いかけた。
その問いかけに、オリヴィエは気恥ずかしそうな顔をして、うん、とうなずいて答えた。
その瞬間、地面が大きく揺れた。
------------------------
ブロッサムとマリンがオリヴィエを発見した時と同じころ。
魔法陣の中央に立ち、ただ静かに世界が壊れるときを待っていた男爵は、ふと目を開いた。
その視線の先には、この空間に入ったひびが見て取れた。
「プリキュア!シルバーフォルテウェーブ!!」
「ユグドフォルテウェーブ!!」
聞き覚えのある二つの声が空間に響くと、空間が割れて、中からムーンライトとサンシャイン、そしてセイバーが姿を見せた。
「やれやれ。本当にしつこいな……ルー・ガルーも足止めくらいしてくれてもいいものを」
「おあいにく様。オリヴィエはいま、ブロッサムとマリンが相手をしているわ」
嘆息する男爵に、ムーンライトはそう返し、手にしていたタクトを構えた。
その隣に立つセイバーは、エターニアハートの切っ先を男爵に向け、口を開いた。
「男爵、
「しぶといね、君も……本当に、先代とそっくりだよ」
不敵な笑みを浮かべながら、男爵は手にしていたステッキの石づきを、床に叩きつけた。
かん、という涼しい音が響くと、男爵の足もとから炎が吹きだし、ムーンライトたちに襲い掛かってきた。
その炎をサンシャインが
だが、男爵はさらに炎を呼び出し、二人を迎撃した。
「
炎が二人に迫った瞬間、セイバーは古代語を叫び、エターニアハートを背後に浮かぶ六つの翡翠のように輝く刃に変えた。
刃はまるで意思を持っているかのようにセイバーとムーンライトの前へと飛び、飛んできた炎を迎え討った。
炎と刃がぶつかり合い、爆発が起こると、その煙の中から、ムーンライトが飛びだしてきた。
ムーンライトは、ムーンタクトに心の花の力を込め、刀のように男爵に振り下ろした。
だが、男爵はその一撃を手にしたステッキで受けとめた。
「どうして、こんな風にしか生きられないの?!」
ムーンライトは男爵に問いかけた。
だが、男爵は沈黙を保ったまま、ムーンライトをはじき飛ばし、再び炎を呼びだした。
向かってくる炎を、向かってきていたサンシャインがサンフラワーイージスで受け止めた。
「オリヴィエとともに生きる道だって、あるはずだ!!」
炎を受け止めながら、サンシャインは男爵にむかって叫んだ。
サンシャインの背後から、セイバーが飛び出してきた。
「まだ間に合う!あんたのその考えを、生き方を!変えることはできないのか??!!」
叫びながら、セイバーは心の花の力を拳に込めて、男爵に殴りかかった。
だが、その拳は男爵の手に防がれた。
その瞬間、セイバーは目を見開いた。
いや、セイバーだけではない。サンシャインもムーンライトも、男爵の手に起きた異変に驚愕していた。
「その身体?!」
「崩れて……?」
その手には、血のように紅い光を放つひびがいくつも刻まれていた。
まるで、強い衝撃を受け、今にも崩れ去ろうとしている岩のように。
「あちこちガタがきていてね……何百年、ここで過ごしたと思っている?」
そう問いかけながら、男爵はセイバーに杖を向け、炎を呼びだした。
だが、近くにいたムーンライトがセイバーを引き寄せ、セイバーは炎の直撃を免れた。
サンシャインの近くまで、二人が下がると、男爵は強い意思を込めたまなざしで、三人を見た。
「……共に生きる道などない。私の連れは、もとより孤独と憎しみだけだ!!」
はっきりと宣言した瞬間、男爵からあふれ出た力が激しい衝撃波となって三人に襲いかかってきた。
サンシャインは反射的にムーンライトとセイバーの前に立ち、サンフラワーイージスを展開した。
「どうせ、独りに戻るんだ。わざわざ知らせてやることもないさ……」
力の奔流の中で、男爵はそうつぶやいた。
誰に何を知らせるのか、それは、男爵のつぶやきが聞こえていなかったセイバーたちにはわからないことだった。
その瞬間、魔法陣が強い光を放ち、同時に、さきほどから襲ってきていた衝撃波よりも、さらに強い衝撃が三人に襲いかかってきた。
「「くっ?!」」
「きゃあっ?!」
三人は衝撃に耐えきれず、吹き飛ばされた。
三人を吹き飛ばした衝撃の中心では、巨大な龍の影が姿を現していた。
------------------------
突然の揺れからどうにか立ちなおったブロッサムたちは、ムーンライトたちが向かった場所に、突然現れた巨大な龍に気づいた。
オリヴィエは、その影の正体を知っていた。
「男爵!!」
オリヴィエのその言葉に、マリンは驚愕の声を上げた。
「あれがサラマンダー?!」
「力が暴走してるんだ!!」
好き勝ってに暴れまわるその様子を見て、オリヴィエは顔をうつむかせた。
「きっと、もうだめだ……元には、戻れないよ……」
そうつぶやくオリヴィエにむかって、男爵は口を開き、炎を吐きだした。
ブロッサムとマリンはオリヴィエをかばうように前に出たが、それよりも早く、光の壁が出現した。
その壁を作ることが出来る仲間は、ただ一人だった
「あきらめちゃダメ!!サラマンダーの心の闇を照らすことができる光、それはきみだ!!」
サンシャインはうつむくオリヴィエを励ますように叫んだ。
その言葉をつなぐように、背後からムーンライトとセイバーの声が聞こえてきた。
「あなたが諦めない限り、わたしたちも一緒に戦うわ‼︎」
「動けないなら、俺たちが支えてやる。進めないなら、背中を押してやる。だから、諦めんな!」
ようやく合流できた仲間たちの名を呼び、ブロッサムとマリンは男爵の方へ顔を向けた。
「行きましょう!オリヴィエ!!」
「いつまでも休んでられないよ!あたしたちがなんとかしなくちゃ!!」
マリンの攻撃でほどけてしまったポニーテールを結わえ直して、ブロッサムはオリヴィエに視線を向けた。
その顔は、なぜ絶望しないのか、と問いかけているようだった。
「……プリキュアとセイバーの力の源、なんだか知っていますか?」
ブロッサムがオリヴィエの手を取ると、オリヴィエは顔を上げ、ブロッサムたちを見た。
その顔に絶望の色は浮かんでいない。あるのは、守ろうという強い意志だった。
「一緒に行きましょう!オリヴィエ!想いの強さが、わたしたちの力になるんです!!」
オリヴィエはようやく、龍となった男爵に顔を向けた。
そこにはもう、絶望はなかった。
「「「「「ハートキャッチミラージュ!!」」」」」
オリヴィエが立ち向かう勇気を出したことを知り、ブロッサムたちはパワーアップアイテムであるハートキャッチミラージュを取りだした。
「「「「鏡よ、鏡!プリキュアに力を!!」」」」
「鏡よ!大樹の騎士に力を!!」
ブロッサムたちとセイバーが同時に祈りをささげると、ハートキャッチミラージュの鏡面から光があふれ、五人を包みこんだ。
光の中で、五人は最強シルエットへと変身を遂げた。
「「「「世界に広がる、一面の花!ハートキャッチプリキュア!スーパーシルエット!!」」」」
「世界を救いへ導く光!ユグドセイバー!レイディアントシルエット!!」
白いコスチュームに身を包んだ五人は、男爵の前に立った。
その光を見た男爵は、忌々しそうにのどをならした。
「サラマンダー!憎しみに染まったその心!わたしたちが……キャッチします!!」
ブロッサムが高らかに宣言すると、
その瞬間、彼女たちの背後に白いドレスをまとった巨大な女神が姿を現した。
「「「「花よ、咲き誇れ!プリキュア!ハートキャッチオーケストラ!!」」」」
女神は、プリキュアが武器を向けた方向へ、男爵の元へと向かっていき、その拳を振り下ろした。
それと同時に、セイバーもまた、心の花の力をまとい、男爵に突進していった。
「俺のすべてで、悪しきを断つ!!ハートライト・レイクエム!!」
女神の拳とエターニアハートの刃に対抗するように、男爵は炎を吐きだした。
炎と五人の力は拮抗し、押し合いになった。
だが、その均衡は、オリヴィエの叫びをきっかけに破られることとなった。
オリヴィエはいつのまにか自分の足もとに転がってきた男爵の力の結晶を手に取った。
いままで紅かったその輝きは、髪の色と同じ、青い輝きを放っていた。
オリヴィエは、手にした結晶を掲げ、一心に叫んだ。
「頑張れ!プリキュア!セイバー!!」
オリヴィエのその叫びは、徐々にパリ中へと広まっていき、人々のプリキュアとセイバーを応援する想いが、光となってプリキュアとセイバーのもとへ集まっていった。
「「「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」」
人々の想いが力となり、拮抗していた男爵の炎を五人の力が打ち破った。
男爵の炎をくぐり抜け、セイバーが男爵を斬ると、女神がまるで男爵を慈しむかのように抱きしめ、光で包みこんだ。
やがて、女神が光とともに姿を消すと、男爵は龍の姿から人間の姿へと戻りながら、ゆっくりと地面に落ちた。
男爵が落ちた場所へと急いだオリヴィエは、目を閉じている男爵を泣きそうな顔で覗き込んだ。
無事に元の姿に戻った。
そのことに安心すると、オリヴィエは涙を流しながら嗚咽を漏らした。
「……ルー・ガルー……」
「……!?男爵!!」
「……泣いて、いるのか?」
オリヴィエが泣いていることを不思議に思ったのか、男爵がそう問いかけると、オリヴィエはどう話したらいいのかわからず、だって、とか、なんだよ、としか口にすることができなかった。
ふと、男爵は上空に視線を映した。
そこには、自分を打ち倒したプリキュアたちとセイバーがいた。
「……まったく、忌々しい……プリキュアどもめ……」
毒づいてはいたが、男爵の顔はどこか穏やかで、晴れ晴れとしていた。
「セイバーともども、次は必ず、俺が勝ってやるからな……」
「……ぷっ!!あはははははははは!!」
男爵はまだ戦うつもりでいるということがおかしかったのか、オリヴィエは笑い声をあげながら笑った。
ふと、男爵はオリヴィエの手に握られていた自分の力の結晶にひびがはいっていくことに気づいた。
結晶は、ゆっくりとひびを入れながら、やがて割れ、砂のように風の中へと散っていった。
これではもう、回収は無理だろうな、と空を見上げながら、男爵がそう思っていると、オリヴィエが語りかけてきた。
「男爵。また、旅をしようよ……つらいことや悲しいことは、これからもたくさん、あるかもしれない」
オリヴィエは男爵にそう語りながら、笑みを浮かべた。
その視線の先には、降りてきたブロッサムたちの姿があった。
「だけど、いつかそれを花に変えることができるなら……この世界も、悪くないんじゃないかな?」
オリヴィエの言葉に、男爵はただ静かに微笑みを返すだけだった。
だが、オリヴィエはそんなことは気にせず、こちらに歩いてくる
「ありがとう!プリキュア!セイバー!!」
その言葉を聞いたブロッサムが花のような満面の笑みを浮かべた。
あとがき代わりの後日談(スキット風)
つぼみ「みなさん!見てください、これ!!」
えりか「お!オリヴィエからの手紙じゃん!!」
いつき「なんて書いてあるの?」
つぼみ「そ、それが……フランス語で書かれてるのでまったく……」
菖「貸してみて?」
中学生組「「「菖さん、読めるんですか?!」」」
ゆり「あら、菖は海外の大学の講義も聞きに行くことがあるのよ?というか、パリの大学で考古学の講義を受けていたんだから、ある程度は読めるでしょ」
中学生組「「「そ、そうでした……」」」(汗
ゆり「それで?なんて書いてあるの?」
菖「ちょっと待って……『久しぶり、元気かな?なんて聞かなくてもわかる気がするけど』」
オリヴィエ(手紙)『僕と男爵はいま、アイルランドに来ているよ。知ってる?アイルランドはウィスキーが有名なんだけれど、アイルランドではウィスキーのことを「命の水」って呼ぶんだって!ウィスキー工場の見学をさせてもらったんだけど、そのときに男爵が試飲したウィスキーがちょっと強かったみたいで、軽く酔っ払っちゃったんだ。『プリキュアとセイバーにやられたときと同じくらい屈辱的だ』って、男爵は愚痴ってた……男爵の力を回収する旅でもここには立ち寄ったけれど、あのときよりも景色が輝いて見えるんだ。たぶん、これもつぼみたちのおかげなんだろうね。いつか、日本に来た時は希望ヶ花市を案内してほしい。そのときに、僕が旅で見てきたいろんなことをたくさん話したいよ。それじゃ、
えりか「ふふ~ん!まぁ、あたしらのおかげよね~!!」
いつき「もぉ、えりかったら……」
ゆり「ふふふ、オリヴィエも男爵もちゃんとこの世界にいることができてるみたいね」
つぼみ「はい!日本に来てくれるのが楽しみです!」
菖「ははは!……どうやら、先代からの宿題は無事に終わらせることができたみたいだな……」