ハートキャッチプリキュア!~もう一人の戦士"大樹の騎士"~ 作:風森斗真
いつもの倍以上はあるよ、今回……
次回は少し省くかも。
まぁ、ひとまず本編どうぞ。
なお、菖とオリヴィエのやり取りがほとんどないのは、菖自身がオリヴィエなら自分の納得する答えを出すだろうと思っていたからってのと、大学の講義でほとんどいなかったからですw
それから、今回もあとがき代わりのスキットはございません、あしからず(苦笑
ルー・ガルーが目を覚ますと、つぼみの顔が飛びこんできた。
つぼみの人の好さに辟易していたルー・ガルーは、いい加減にしてくれ、とでも言いたそうな顔で口を開いた。
「またあんたか……」
「見た目によらず、口が悪いね」
ベッドに寄りかかりながら、えりかがそう話すが、ルー・ガルーはそれを無視して、自分がいまどこにいるのか問いかけた。
「ここは……」
「わたしたちがお世話になっているアパートですから、安心してください」
つぼみがそう答えると、ルー・ガルーは体を起こしてベッドから抜け出そうとした。
だが、それをいつきが止めた。
「かなり疲れがたまっている。無理しない方がいい」
そう言われ、ルー・ガルーの動きは止まったが、その視線は、ベッドのすぐ隣に置かれている小さな机の上にある、紅い結晶にむいていた。
それを狙っている男が、いつここに来るかもわからない。
だから。
「……助けてくれたことには、感謝してる。でも、俺とあんたたちは他人同士だ」
これ以上、迷惑はかけられない。
そう言おうとした瞬間、白い指がルー・ガルーの頬に突き刺さった。
指の主がいる方向へ視線を向けると、えりかの顔がアップになって入りこんできた。
「あたし、来海えりか。ファッションに興味がある十四歳の女の子!よろしく!!」
「僕は明堂院いつき」
「わたしは花咲つぼみです。まだ、自己紹介してませんでしたね」
つぼみとルー・ガルーは、つぼみがパリに咲く花を求めて走り回ってるときに出会った仲ではあるが、確かに、いままで自己紹介はしていなかった。
名前を聞かれて、ルー・ガルーはつぼみから視線をそらしながら。
「……ルー・ガルー」
と静かに名乗った。
その名前に、変わった名前ね、という返しが聞こえた。
声がした方へ視線を向けると、水を持っているゆりとドアに寄りかかっているももか、そして、開かれたドアに背を預けて立っている菖の姿があった。
「
「……人の名前にケチつけるなよ。ま、本名じゃないんだけど」
「そっか、そりゃ悪かった」
名前の意味を知っていた菖からの一言に、ルー・ガルーは半眼になりながら言い返したが、返された菖は人懐っこい笑みを浮かべながら、素直に謝罪してきた。
あまりに素直すぎて、ルー・ガルーはそれ以上、何も言い返すことができなかった。
ふと、サイドテーブルに持ってきた水を置いたゆりがしゃがみこみ、ルー・ガルーに視線を合わせてきた。
「疲れていれば、大人だって休むし、困ったときは人にも頼るわ。あなたには休息が必要よ」
そういって、顔にかかった髪をそっとたくし上げて、自分も名乗った。
「……月影ゆりよ」
「えりかの姉の、ももか!よろしく!!」
「俺は春川菖、よろしく」
高校生三人組が自己紹介すると、つぼみは両手を合わせて、自分たちはもう知り合いだ、と結論付けた。
だが、ルー・ガルーはそれでも頑なに、無理だよ、と返した。
その様子を見たももかが、何かを思い出したように、そういえば、と口を開いた。
「あー、そういえば……ママがもう一人、男の子のモデルを探してたなぁ」
そういうわけで、ももかとえりかの母であり、今回のパリ旅行へ誘ってくれた桜子のもとへ、半ば無理やり、ルー・ガルーを引っ張っていくと。
「トレビア~ン!求めていた男の子のイメージにぴったり!!」
と、歓声を上げて、ルー・ガルーに抱き着いた。
「……じゃ、俺はお払い箱ってことで」
「あら?なにも菖くんがお役御免になるなんてことはないわよ??」
「……ですよねぇ……」
あまりの興奮ぶりに、菖はそんなことを口にしてみたが、そうは問屋が卸さなかった。
もっとも、最初からお払い箱宣言されることは期待していなかったのだが。
閑話休題。
重要なのはそこではない。
桜子の反応が好印象だったことを受けて、えりかは桜子と龍之介に思いきって問いかけた。
「ほんと?!じゃ、しばらくその子、うちにおいてもいい?!」
「……どういうこと??」
その問いかけに疑問を覚えた桜子は、えりかに率直に問いかけた。
そのストレートな問いかけに、えりかだけではく、横にいたももかと背後で見守っていたつぼみといつきも冷や汗を伝わせた。
「い、いや何と言うか……親公認の家出中というかなんというか……」
えりかの言い訳が苦しいことは十分わかっていたが、意外なことに、その言い訳に一番に反応したのは龍之介であった。
「それはつまり、自分探しの旅真っ最中、ということだね」
「そ、そんなとこ……かなぁ?」
苦笑しながらえりかがそう答えると、龍之介はあっさりと滞在の許可を与えてくれた。
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それから少しして、つぼみとルー・ガルーは屋外にあるベンチに腰かけていた。
「……あんたの連れって、警戒心とかないの?どうして、見ず知らずの赤の他人を簡単に受け入れられるのさ」
「そうですね……『袖すり合うも他生の縁』って、知ってますか?」
「知らない」
さすがに、日本のことわざまでは知らないらしい。
つぼみは優しい笑みを浮かべながら、日本のことわざなんですけれど、とその意味を説明した。
「道で袖が振れあうような些細な出会いでもそれは生まれる前からの運命、という意味です」
「……大げさだね」
つぼみはその返しに苦笑を浮かべながら、わたしは好きですよ、と返した。
「何も知らない人同士が偶然出会いって、お互いに影響し合ながら変えていくとしたら……どんな出会いも意味のある大切なものだと思います」
「僕とあんたも?」
ルー・ガルーの問いかけに、つぼみは、もちろん、と返したが、なんと呼べばいいか、戸惑った。
その様子に、ルー・ガルーはため息をついて、好きなように呼べばいい、とだけ返した。
なぜなら、自分の名前は。
「菖も言ってたけど、ルー・ガルーって狼男って意味だから……男爵がつけたあだ名みたいなものだよ」
その返しに、つぼみは少し考えるようなそぶりを見せ、オリヴィエ、とつぶやいた。
「オリヴィエ、なんてどうでしょうか?あなたのあだ名です!」
苦笑を浮かべているつぼみの顔を見ながら、ルー・ガルーはふと、庭にあった
「……金木犀?」
「はい!どうですか?あなたの心の花も金木犀だったので」
ルー・ガルーと出会った時、つぼみはルー・ガルーの連れ、というサラマンダー男爵によって心の花を抜かれる現場に居合わせた。
その時に、ルー・ガルーの心の花を見たのだ。
正直、安直だとは思ったが、そういう名付けられ方も悪くないと感じたのか。
「それでいいよ……好きに呼べっていったじゃん」
と返した。
つぼみはその言葉に、気を良くしたのか、笑みを浮かべてオリヴィエの名前を呼んだ。
「オリヴィエ……わたしのことは、「あんた」じゃなくて、「つぼみ」って呼んでくださいね!」
せっかく、あだ名を決めたのだから、もう少し、親しくしてほしいという想いからだったのだろう。
だが、ルー・ガルー――オリヴィエは、そんなつぼみに背を向けたまま。
「……考えておく」
としか答えなかった。
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それから少しして、オリヴィエはえりかに呼びだされ、えりかの自室を訪れた。
だが、その部屋は衣服の生地やら設計図やらであふれかえり、散らかっていた。
オリヴィエはその様子に、散らかりすぎだ、と文句を言ったが、えりかは夢中になりすぎて、としか返さなかった。
桜子のファッションショーに、オリヴィエも出演することが決まると、ひとまず、採寸を行うことになったため、えりかがそれを行うことにしたのだ。
「……あんた、モデルじゃなかったの?」
「あんたじゃなくて、えりか!」
オリヴィエの問いかけに、えりかはそう返し、採寸をしながら答えた。
「あたし、服作るの、好きなんだよねぇ」
「……親も作ってるのに?」
「そーだよ!でも、ママも昔はモデルだったんだ」
結婚を機にモデルを引退し、今ではカリスマデザイナーという桜子。
そして、現役女子高生モデルの姉であるももか。
その二人に囲まれていたえりかは、昔はそれをコンプレックスに感じていた。
それを聞いたオリヴィエは、今は違うのか、と問いかけた。
「う~ん……全然ないわけじゃないんだけどね……自分の得意な分野でもっと頑張ってみようかなぁ、ってさ」
オリヴィエの肩に手をおきながら、えりかは話を続けた。
「……知ってる?ファッションにはね、人の心を華やかにする魔法があるんだよ!」
それは、えりかの持論でもあった。
服や恰好を変えるだけで、違う自分になれたような気がする。単純であっても、それでいいというものだ。
だが、オリヴィエにはよくわからなかったらしく。
「……よくわからないな」
と返された。
ある程度、予想はしていたのか、えりかは苦笑を浮かべて、けどね、と返した。
「つぼみも結構変わったんだよ?」
「へぇ……」
「ま、今のつぼみがあるのは、ひとえにあたしのおかげというわけね!」
「……そういう言い方して、人から嫌われないのが不思議」
自慢げに胸を張って言いきったえりかに、オリヴィエがそう返すと、えりかはオリヴィエの頬を引っ張った。
えりかに思いっきり引っ張られて、オリヴィエは悲鳴を上げたが、ふと、引っ張る力がゆるんだ。
「……けど、おしゃれして見た目は変わったけど、いいところは最初から何にも変わらないんだよね、あの子」
ふと見上げた表情が、どこか優しそうに見えたオリヴィエは、不思議そうにそのまま見上げていた。
すると、いつの間にかつぼみといつきが入ってきて。
「えりか!何してるんですか?!オリヴィエの顔が伸びちゃいます!!」
と叫んでいた。
おかげで、オリヴィエはえりかから解放されたが、今度はいつきと付き合うことになってしまった。
桜子の知り合いが経営しているブティックで、いつきが着る予定の服を作ってもらっていたのだが、それを一緒に取りに行こうということだった。
オリヴィエは、えりかとつぼみと付き合うよりはまし、と判断して、黙っていつきについていくことにした。
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「……オリヴィエはすごく照れ屋なんだな」
ふとそうつぶやくいつきの声が聞こえて、オリヴィエは不機嫌そうな視線をいつきに向けた。
その視線に気づいたいつきは、表情を変えることなく。
「僕の印象だから、怒らないでくれるとうれしいな」
と返した。
そういわれると、それ以上返すことができなかったオリヴィエは、ふと疑問に思ったことを問いかけた。
「……どうして自分のことを「僕」って言うの?」
「……うん……子供のころから、守りたい人がいてね。自分は男の子のように強くなろうと思っていたんだ」
いつきの実家、明堂院家は代々武術家で、本来ならその家督は兄であるさつきが継ぐはずだった。
だが、彼は、今でこそ改善されたとはいえ、昔から体が弱く、いつきが代わりを務めるようになっていった。
「そうして、代わりをしていくうちに、「僕」って言うようになったんだ」
そう答えるうちに、電車は駅に到着した。
電車を降りて、駅の階段を上っている最中に、オリヴィエは先を歩くいつきの背中に問いかけた。
「男のふりしてるの、辛くない?いつきは、女の子じゃないか」
それは、オリヴィエだけでなく、いつきと付き合いのある人間ならば誰もが思うことだろう。
だが、オリヴィエは、いつきがなにも女の子として当たり前のことまで我慢しているわけではないということを思い知ることになった。
ブティックに到着し、完成した服を見せてもらうと。
「かんわいぃーーーーーーーっ!!」
と目を輝かせて、いつきは完成した服を前後左右、あらゆる角度から見ていた。
その様子に、オリヴィエはドン引きしていた。
店を出ると、さすがにいつきは反省したらしく、申し訳ない、と謝罪してきた。
「あまりに可愛くて、つい僕も興奮してしまったよ……」
苦笑を浮かべながら、そう話すいつきだったが、オリヴィエはまだブティックでの衝撃が抜け切れておらず、頬に冷や汗を伝わせていた。
「……結局、無理してたんだよ。可愛いものが大好き、なんて、言っちゃいけない気がしてたんだ」
別に、誰に強制されたわけでもないのにね。
と、休憩がてら露店で売っていたエクレアを食べながら、いつきがそうこぼした。
オリヴィエは、なんとなく、その気持ちがわかるらしく。
「……わかるよ、その気持ち」
と返した。
その言葉に、いつきは微笑みながら、君は偉いな、と返した。
「僕はつぼみたちにきっかけを作ってもらうまで、自分からは何もしなかった。でも、君は違う」
「……逃げてるだけだよ」
「行動してるってだけで、十分立派さ」
「……そんな風に考えたこと、なかったな」
逃げていることは、何もしていないのと同じ。
そう考えていたのか、いつきの言葉が素直にオリヴィエに染みこんでいった。
だが、いつきも同じだったらしく。
「僕だってそうだよ、皆と出会うまで……でも、わかったんだ。自分を知ってもらうって、大切なことなんだなって」
ふいに出てきたポプリに頬ずりしながら、いつきはそう返した。
用事も終わったので、アパートに戻ることになったのだが、アパートの前に来ると、もうすでに日は暮れ始めていた。
道中、いつきはオリヴィエにも、オリヴィエを分かろうとしてくれている人がいる、と話した。
それが誰のことなのか、オリヴィエにはわかっていた。
「君は構われるのは苦手みたいだけど、つぼみはほっとけないんだよ……心の声を聞いてるから、余計にね」
そういいながら、いつきはドアを開けた。
すると、すぐ目の前に衣装合わせをしているのか、髪を下ろして薄い桃色のワンピースタイプのドレスを着たつぼみが飛びこんできた。
その変身ぶりに、オリヴィエは呆然としてしまった。
そんなことは気にせず、つぼみは微笑みながらオリヴィエといつきの方へ歩み寄ってきた。
「おかえりなさい。遅かったから心配……いたっ!」
「ちょっと、まだ針ついてるんだから!っと、おかえり~」
「衣装合わせかい?」
えりかとつぼみの様子を見たいつきがそう問いかけると、えりかは笑顔でうなずき、二人ともよろしく、と返し、つぼみの肩に手を置いた。
「どう?可愛いっしょ?」
オリヴィエに視線を合わせて、えりかがそう問いかけたが、オリヴィエは視線をそらすだけだった。
照れ隠しなのだろうと察したつぼみは、微笑みながら、オリヴィエに似合っているか問いかけた。
すると、今度はわりと素直に首を縦に振った。
桜子に呼ばれ、つぼみが部屋に戻っていくと、オリヴィエはえりかに。
「ファッションって、すごいね」
とつぶやいた。
そのつぶやきに、えりかは満面の笑みで、当然、と返した。
それから数分して、宿泊していたモーテルから呼びだされた菖を交えて、全員の衣装合わせが行われた。
もともと着ていた旅装束から一変、ちょっとおしゃれな少年に早変わりすると、つぼみに頬ずりされたり、えりかにからかわれたり、挙句、ゆりからは素直に笑えばいいのに、と言われてしまった。
だが、それにフォローを入れたのは同性の菖だった。
「無理に笑わなくても大丈夫だって。楽しいって思えるんだったらさ」
「……は、ははは……」
菖に頭をなでられながら、オリヴィエは引きつった笑みを浮かべた。
その表情に、菖はどれだけ、オリヴィエが過酷な環境にいたのか、察してしまった。
ゆっくり時間をかけていった方がいい、そう判断したのだが、昼間のうちに、ゆりに対する苦手意識を持ってしまったらしく、引きつった笑みを浮かべた。
その笑みに、つぼみが、おしいです、と言いながら、レクチャーを始めると、オリヴィエは部屋へと逃げていった。
オリヴィエに割り振られた部屋では、シプレたちがキュアフルミックスを飲んでいた。
薄暗い部屋の中で、オリヴィエは、顔を両手で覆いながら、うずくまった。
ふと、窓の外から
その瞬間、オリヴィエはうずくまり、唸り声を上げた。
その髪の毛は、青白く光り、爪も徐々に伸びていった。
そんなことになっているとは露知らぬつぼみが、ドアのすぐそこに来た。
「オリヴィエ?謝りますから、機嫌なおして……」
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」
ノックして入ろうとした瞬間、突然聞こえてきた悲鳴に、つぼみはドアを開けた。
ドアの向こうでは、髪を青白く輝かせながらうずくまっているオリヴィエの姿があった。
「オリヴィエ!オリヴィエ、どうしたんですか?!」
オリヴィエに駆け寄り、つぼみが問いかけたが、オリヴィエは頑なに、なんでもない、と返した。
それでも、つぼみはその場を離れなかった。
「なんでもないわけない……」
「いいからっ!!」
「きゃっ!」
伸びてきたつぼみの手を払いのけ、オリヴィエがそう叫ぶと、つぼみの悲鳴が聞こえた。
声がした方へ視線を送ると、そこには、肩を抑えているつぼみの姿があった。
「ご、ごめん!つぼみ……っ!!」
謝りながら、つぼみに手を伸ばすオリヴィエだったが、体の奥から湧き出てくる痛みに、再びうずくまってしまった。
つぼみはふらふらとオリヴィエの近くに歩みより、大丈夫、とつぶやきながら、そっと抱きしめた。
すると、ようやく光が収まり、体を駆け巡っていた痛みも消えていった。
「……つぼみ……どうしよう……」
どうすればいいのかわからず、オリヴィエはそうつぶやいた。
つぼみは、そのつぶやきに、大丈夫、と返した。
「大丈夫です。わたしたちがいますから、大丈夫……」
その言葉に、なんに根拠もない。
けれども、オリヴィエはなぜかその言葉に安堵を覚え、静かに目を閉じた。
なお、そのやり取りは、気になって部屋の外まで追いかけてきたえりか、いつき、ゆり、そして菖に聞かれていたのだが、四人とも何も言わず、ただ事態を静観するだけだった。
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翌朝。
早くに目が覚めてしまったオリヴィエは、アパートの付近を歩いていた。
ふと、登ってきた朝日に自分の手をかざした。
その手は、昨晩のような禍々しさは帯びていない。
「ずいぶん早いのね」
「おはよう、早いな」
ふいに、目の前からゆりと菖が声をかけてきた。
どうやら、二人そろって朝の散歩に出ていたようだ。
「あなたも散歩?」
「どうせなら、一緒に行くか?」
菖のその提案と、ゆりの質問にオリヴィエは黙って頷いた。
しばらく川沿いを歩いていると、ゆりはオリヴィエに謝ってきた。
「昨夜はごめんなさいね」
「え?」
オリヴィエはなんのことかわからなかったが、すぐに楽しければ笑っていいと言われたことだということを察した。
「余計なこと、言っちゃったわね。わたし」
ふと、ゆりがそう言って振り返ると、懐いてきた大型犬の頭をなでているオリヴィエの姿が目に入った。
その様子が和やかだったので、菖もゆりも微笑みを浮かべた。
「動物、好きなのか?」
「飼ったことはないけどね……」
菖の問いかけに、オリヴィエは犬をもふもふしながら返した。
手慣れているその様子からでは、とてもそうは思えないのだが。
「あら?どうして??」
「ずっと、男爵と旅をしてたからさ」
「旅?」
ゆりが聞き返すと、オリヴィエは赤い水晶をゆりの前に差し出した。
ゆりはそれを受け取ってかざしてみた。
かなり透明度が高く、向こうの景色が透けて見えている。
「きれいね……」
「男爵の力の結晶だよ……ずっと、それを探していたんだ。バラバラになってたから、探すの大変だったよ。男爵も、すごい嫌がらせだってあきれてた」
「ははは……確かにな」
オリヴィエの言葉に、菖が苦笑を浮かべながら返していると、ゆりは結晶をオリヴィエに返し、オリヴィエと男爵の関係を疑った。
それを聞かれたオリヴィエの脳裏には、今までの旅の光景が浮かんできた。
世界各地を巡り、力の結晶を集め、自分を狼男として改造していった男爵の姿と旅をするなかで見てきた世界の光景が。
少なくとも、オリヴィエといる間、男爵は心穏やかだったはずだ。
けれども。
「……違うよ。連れまわされて、いい迷惑だよ」
「ただの連れ。そういうことか?」
菖は、オリヴィエの答えにそう返したが、オリヴィエは何も答えず、二人よりも先に歩いていった。
しばらく、三人は無言だったが、トンネルに差し掛かり、ゆりは口を開いた。
「……わたしね。もう父親と三年も会ってないの」
「……え?」
「フランスで行方不明になってからもう三年……わたしね、父にあったら、聞きたいことがたくさんある……あなたはそんな後悔をしてはだめよ」
オリヴィエが何かを思い詰めている、そう感じたゆりは、オリヴィエにそれだけを伝えたかったようだ。
トンネルに入ると、オリヴィエは何かに気付いたのか、突然、立ち止まった。
菖も、何か不穏なものを感じ取り、ゆりより半歩前に出て、彼女をかばうように左手で制止させた。
「……どうしたの?」
「……オリヴィエ、あの紳士がサラマンダー男爵か?」
だが、菖の問いかけに返したのは、オリヴィエではなく、サラマンダー男爵だった。
「よぉ!元気そうでなにより!!」
「逃げなさい!オリヴィエ!!」
「逃げろ、オリヴィエ!」
ゆりと菖は同時にオリヴィエの前に立ち、そう告げた。
その姿に、男爵は驚く素振りも見せなかった。
「これは勇敢な青年とお嬢さんだ。だが、プリキュアでもないのに私に立ち向かうとはなぁ……勇気と無謀をはき違えてはいないか?」
「「それはどうかな?/かしら?」」
ゆりと菖が同時に返すと、ゆりの少し後ろに姿を消していたコロンが姿を現した。
同時に、菖は紋章が描かれた指抜き手袋を左手にはめた。
「……そいつは……」
「コロン、お願い!」
「あぁ!プリキュアの種、いくぞ!!」
コロンの姿を見て、男爵は少しだけ驚いたようなそぶりを見せた。
その一瞬の隙をついて、コロンはプリキュアの種をゆりにわたした。
「プリキュア!オープンマイハート!!」
「心力解放!ユグドセイバー、スタートアップ!」
二人が同時に叫ぶと、着ていた服は光に包まれ、プリキュアとユグドセイバーのコスチュームへと変化した。
「月光に冴える、一輪の花!キュアムーンライト!!」
「大樹の騎士!ユグドセイバー!!」
変身を終えた二人の背に隠れていたオリヴィエは、まさかゆりがプリキュアだったとは思ってもいなかったようだ、
そして、菖もまた、プリキュアとは違うものの、戦うための力を持っていることを知り、衝撃を受けたようだ。
それは男爵も同じようで、憎きキュアアンジェの後継者であるプリキュアの姿を見るなり、忌々しそうに顔を歪めた。
「まったく……お前たちは本当にいつも邪魔ばかりしてくるな!!」
だが、と歪んだ顔が緩み、まるで数年来の友人でも見るかのような笑みを浮かべた。
「まさか、セイバーまで復活していたとはね……君は二代目といったところか?」
「みたいだね。正直、なんで四百年もの間、
男爵の言葉に、菖が正直に返すと、男爵は笑みを浮かべた。
「さてね。もっとも、私は一方的だったキュアアンジェより、先代の騎士には好感を持てたよ……彼は、私すらも受け入れようとしていたからね」
だが、と男爵は鋭い視線を二人に向けた。
「今、私は友となりえた人間の後輩と語らうつもりはない。そこをどけ!話があるのは君たちじゃない!!」
「悪いけど、俺もここをどくわけにはいかなくてね!」
セイバーはそう答えると同時に、エターニアハートを抜き放ち、男爵との距離を詰めた。
ムーンライトも手刀を男爵ののど元めがけて叩きつけようとした。
だが、エターニアハートは男爵が手にしているステッキに、手刀は左手で防がれてしまった。
「すぐ熱くなるのは若い証拠だ」
「「あなた/あんたよりはね!!」」
ムーンライトとセイバーは同時に返し、再び男爵に拳を振るった。
ムーンライトが右手の拳で男爵をけん制すると、セイバーは体を沈め、左手を突き出し、男爵を吹き飛ばした。
オリヴィエのそばにいたコロンは、オリヴィエが動かずにいることに気づき。
「オリヴィエ!はやくここから離れるよ!!」
と声をかけた。
すると、オリヴィエはようやく我に帰り、ムーンライトとセイバーに背を向けて走り出した。
それをみた男爵は、オリヴィエに待つよう言ったが、鬱陶しそうにため息をつき。
「まったく、手間のかかる!」
とつぶやき、パチリ、と指をならした。
すると、オリヴィエの姿は消えてしまった。
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オリヴィエは気がつくと、オペラ座劇場のような空間にいた。
そこがサラマンダー男爵が作りあげた空間であることは、長い付き合いであるため、すぐに理解できた。
周囲を見まわしていると、カツカツ、と靴の音が背後から聞こえてきた。
「まったく、お前は人の話を聞かなすぎるぞ!」
オリヴィエが声がした方を振り向くと、そこにはムーンライトの手首をつかんでいる男爵の姿が目に入った。
なお、セイバーはそのすぐ背後で悲鳴とともに転がってきた。
「いっつつつ……って、ここは?!」
「うん?おいおい、いくら君でもここには招待できないぞ?というか、なぜプリキュアまで……」
セイバーの姿を見るなり、男爵は驚きと呆れが入り交じった表情を浮かべた。
だが、セイバーはともかく、ムーンライトは自分が連れて来てしまったことに気づき、これは失礼、とお辞儀をしながら謝罪をした。
手を離されたムーンライトは、セイバーの隣まで下がると、左の手首に巻かれたワイヤーを外した。
どうやら、セイバーはムーンライトに引っ張って来られたようだ。
「……あなた、いったい何者なの?砂漠の使徒、にしては心の花に興味がなさそうだし」
「そうだな……せっかくだ、君たち二人は聞いていくといい。ある昔話を」
そう言って、男爵は四百年前、自分に起こった出来事を語り始めた。
菖の設定:補足
~菖の持ち物について~
菖が基本的に持ち歩いているものは、携帯電話、財布、メモ帳、ボールペン、デジカメ、指抜き手袋(変身道具)、ワイヤーフックの七つ。
ワイヤーフックは手首に取りつけられるタイプのもので、普段は袖の中に隠れている。
持ち歩いている理由は、崖の下や中腹にある遺跡に下りる際に便利であり、突然の崩落に備えてのこと。
もっとも、遺跡探索で使用することはほとんどなく、怒ったゆりから逃げるときに使われることが主。