胸にのしかかる重圧も身体に纏わりつく鎖も――――――自分で自分を苦しめていた自己規制は消えた。
世界に縛られていた『鈴木悟』の存在は階位を突破し、何物にも干渉不可能な一つの特異点。夜空を流れる新たな星となる。
「……気分がいい。晴れやかだ。体が軽く感じる。……不思議だな、肉体は全部偽物なのに」
だがそれも受け止めよう。プレイヤーである『鈴木悟』は祈る者であり、操作する者。
現実に絶望していた『鈴木悟』にとって
「お待たせ……誰かを助ける
頭が冷静だ。今なら何だって出来る。英雄譚の絶対者であったヒーローが弱く見えるほどに。
(いいや、可能なんだ。今の俺なら一切の挙動を封じて殺せる。ヒーローとしての矜持とか人間としてとか関係なく、強くなった俺はこんな凄い人も倒せる)
『鈴木悟』が自分で身に付けた力はない。
胸を張って誇れる力がない。でも――――――世の中そんなもんだろ。
開き直りとは違う。これはそういうものと認識する精神。
ゲームの力は居るかも分からない神から。
与えられてばかりの彼の人生。一人じゃなにも出来ないくせに、皆で一緒にいる努力を怠った愚か者。
だからこそ――――――
「だからこそ――――――ッ俺は取り戻す。俺とパンドラが望んだ過去を。だからこそ――――――ッ俺は願う。俺とアルベドが求めた未来を」
『鈴木悟』は視線と意識を外し、四十人の御旗を仰ぎ見る。
最強たる英雄にこの態度。余裕、慢心とも違う。
彼にとって『英雄』はもはや敵ではない。
勝つ負けるの次元を超越した。人の形をした特異点。
異界法則に抗うには同じ土俵の独自法則のみ。
だからこそ――――――
「もうやめにしないか?これ以上は不毛だ。俺と貴方が戦えば確実に殺してしまう。貴方は
「ふざけるな墓場の亡者、これはお前達が始めた戦争だろ。……大勢の罪なき民が弄ばれ殺された。人ですらない貴様らの利益と下らぬ世界征服とやらで死んだのだ。俺を慕っていた部下たちも貴様らに殺されている」
「うん。だからさ、俺も同じだろ?むしろナザリックは壊滅状態だ。痛み分けで手をうとう。この場もアイテムも全部貴方達が好きにしていい。だから頼む……貴方のような素晴らしい人を無駄に死なせたくないんだ」
例え生き返るとしても『鈴木悟』はクリストファー・ヴァルゼライドを殺したくない。
彼には生きていてほしい。
自分がなりたくてなれなかった正しいヒーローを自分の手で否定したくない。
だってヒーローは――――――無敵だ。
「流した血と涙に目を背けと?なら犠牲となった人達の想いはどうなる?膝を屈し諦めろと?嗤わせる。勝者の義務とは貫くこと――――――涙を笑顔に変えんがため、男は大志を抱くのだ。
犠牲の楽園を許容すれば、ナザリックは世界を豊かにする。彼は
「人々の幸福を未来を輝きを――――――守り抜かんと願う限り、俺は無敵だ。来るがいい、明日の光は奪わせんッ!」
その宣誓はどこまでも雄々しく、決して虚偽など欠片もない全身全霊で語られた本気のものである。
彼は真実誰かのために、祖国のために、民のためにその身を捧げている。
故に、時の流れが異なるアンデットの王は不要。今を蔑ろにし都合の悪い敵を排除し自分の都合のいい世界を否定する。例えそれが自分の宿業の否定だとしても。
罪は無くならない。犯した過ちは裁かれなければならない。
勝率が限りなく零だとしても、クリストファー・ヴァルゼライドしか手を下せないのなら。
「はあああああああああああああああああッ!!」
未来に向け、悪を撃ち滅ぼすまでこの男は絶対に止まらない。
知覚不可能な閃光。スムーズな脚運びに重心移動。腰の回転から刃先の遠心力。意識の意表を突く見せかけの攻撃と本命。
技の極み――――――特殊な事象など必要ない。人間は、努力のみで神殺しを実現させる。
『鈴木悟』には反応すら不可能。彼の視点からはヴァルゼライドが消えた様に見えている。
頂へ至った肉体は構造が作り替えられる。
より頑丈に強固に、自らの星を行使する相応しい肉体へ生まれ変わる。
それでも『鈴木悟』は躱せない。その精神性は何の訓練も受けていない一般人。ゲームの腕前が廃人級の一庶民。ユグドラシルで培ったノウハウも所詮
ゲームでは実現不可能な一挙手一投足努力で積み上げてきた巧みな技。
巧すぎて、真似したら簡単に出来そうに見えて、実際何をしているのかさっぱり分からない。
その速度に、死が間近に迫った時――――――光を受けるその姿がまるで神話に登場する英雄のごとき雄々しさと、眩い魂を放っていた。
『鈴木悟』は、その姿に眼を奪われずにはいられなかった。
「……綺麗だ」
無防備になった『鈴木悟』の首に向かって、ヴァルゼライドは渾身の斬撃を繰り出した。
黄金に輝く刃が、脊髄を破壊し刃先が弧を描く。
魔王は死んだ。新たな異界法則は日の目を見ることなく、戦争が終結した瞬間だった。
――――――そのはずだった。
「……綺麗だ」
先ほど口にした言葉を、もう一度繰り返した
異変は誰も気付かない。
同領域たる他の異界法則の特異点でなければ観測すら不可能。
常人なら、時間の流れが――――――運命が巻き戻ったことにすら、気付かないだろう。
攻撃をさせないことが勝利への道筋だと理解しているからだ。
そんな一撃すら回避不能な技の極みを、『鈴木悟』は横目で歩きながら観察する。
「これが……今の俺と貴方との差だ。誰もが過ぎ去った過去を、不確定な未来を観測することはない。"
集束性:A
拡散性:A
操縦性:EX
付属性:A
維持性:A
干渉性:A
これが『鈴木悟』のステータス。見事な万能型。
気付けば簡単だ。俺たちプレイヤーほどこの世界に適した肉体はない。魂の器に過ぎないアバターは本当の神が創りし御業。プレイヤーその者が次の段階に穴をあける聖遺物。
プレイヤーとは祈る者であり、操作する者。
適正はあると思うが、プレイヤーは操縦性に特化している。ゲーム時代からこの世界でも、偽りの肉体を操縦し続けている。とくに魂の存在として用意された器で生きてきたプレイヤーは、気付いてしまえば魂さえ認識できる。
それこそ魂を燃料とする始原の魔法さえ使える可能性がある。
「同等の領域に到達しなければ、俺が能力を使ったことにさえ気づかない。パンドラが確認した
過去を移動してヴァルゼライドの背後に回り込んだ『鈴木悟』は、魔力で編み出した剣を掲げる。
「貴方が見ている今は、おそらく攻撃を全て回避している俺が見えているはずだ。当たり前だが、未来の俺はここにいる。なら辻褄を合わせるために俺の死なない歴史に修正される。そして、過去が未来に追い付いたなら……」
振り下ろされた剣が、無防備の背中を切り裂いた。
「――――――ァ、ァがッ!!!?」
「……貴方は俺が瞬間移動したとしか考えられないでしょうね」
過去は現在となり、未来は先へ進み出す。
あり得ぬ結果に驚愕の表情を浮かべるヴァルゼライド。
常識に囚われている限り、
「ッッガハッ、、――――――まだ、だ!!」
振り抜いた刃から滴り落ちる鮮血。
急所をほんの数ミリ外されたとはいえ、吐血からの覚醒。
(いやいや人間なら致命傷だろ。なんかさっきより早くなって――――――)
「カペッ」
真直ぐに切り下ろす唐竹斬り。頭蓋を縦に斬られ『鈴木悟』は即死した。
――――――そのはずだった。
「ッッガハッ、、――――――まだだ!!」
先ほど口にした言葉を、もう一度繰り返したヴァルゼライド。『鈴木悟』の位置が、先ほどよりもヴァルゼライドから僅かに遠ざかる。
「
二十メートルへ転移。一息もせず接近を許す距離。
「十分だ――――――スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」
「陽、月、土、火、風、水、時、根源の精霊よ。我が求めに応じ現世へ姿を現せ――――――
根源の精霊全七属性召喚。
「上位アンデッド、中位アンデッド、下位アンデッド、アンデッドの副官」
上位アンデッド創造/1日4体。中位アンデッド創造/1日12体。下位アンデッド創造/1日20体。経験値を消費して作り出せる、一体しか持てないが90レベルにもなる副官。デメリットの経験値は自己のみを過去を現在とし、召喚された結果のみが残る。理論上、無限召喚が可能となる。
「力を完全に制御できたと確信するまで攻撃は全てユグドラシル形式で行かせてもらう。壁モンスターは揃った。俺の十年がヒーローに何処まで通用するか試させてもらう」
銀河を呑み込む天体へと覚醒。だが、それがなんだ?『鈴木悟』が初めての力をいきなり使いこなせるわけがないだろ。
俺はお前らと違ってただのゲームオタクなんだ。
説明書を読まずにゲームするときは、序盤慎重に操作方法と攻撃パターンを覚える。死にながらが基本だが、
(自分だけなら前後数十秒。物体、他者、世界に干渉するのは怖いな。どう作用するか確証が持てない。俺が培った技術だけで勝てるか……?もしもの時は……ヤル)
『鈴木悟』の戦闘スタイルは合理性を突き詰めたもの。一度敵を分析し、二度で封殺する。自分の手札を十全に理解し、その手札でどう戦闘スタイルに嵌めるのかが重要。
(俺は俺の目的のためにミスは許されない。数年単位の過去改変がどう世界に、歴史に影響を与えるか分からないが、まあ原初『ユグドラシル』の席と交代すれば総ては上手くいくか)
六百年世界を支えてきた特異点『ユグドラシル』。異界法則を流出させる座は1つ。肉体を無くし、概念体である彼らを引きずり下ろす。
「
デスナイトとヴァルゼライドを中心に高さ三十メートルを超える巨大で重厚感のある塔を出現させた。
大切な仲間の御旗を巻き込み天井に亀裂を走らせ衝突する。
「
以上の複合魔法にて、要塞内部に逃げ込んだヴァルゼライドを炙り殺す。要塞の壁を破壊し突破すれば鮫が反応しそこに新たな魔法を打ち込む。さらに強力なバッドステータスと要塞を包み込んだ闇が対象を逃がさない。
「毒も合わさり五官はろくに機能しないはずだ。ゲームと違い酸素濃度、一酸化炭素も人体を蝕む。あぁ……煙もか。いや、煙も一酸化炭素の部類なのか?まいっか」
予想通り壁を破壊し飛び出し、鮫をなます切りにするヒーロー。汚染されて食えたもんじゃないがな。
召喚されたモンスターがヴァルゼライドに殺到する。これ以上先へ進めさせないために、『鈴木悟』の次の一手の時間稼ぎをするために。
「
王座の間全てを巻き込み、地下最深部に降るはずのない隕石群が降り注ぐ。
破壊の衝撃が王座の間を崩落させ、何百万トンの地層が十階層になだれ込む。
"
無敵のヒーローは絶対に立ち上がってくる。
超重量で圧し潰そうが、炎で焼きはらおうが、風と鮫で切り刻もうが、隕石が命中しようが絶対に立ち向かってくる。故に――――――
「超位魔法:
課金アイテム砂時計を握り潰し、即座に切り札を一枚切る。
これは『鈴木悟』のみが使える超位魔法。
ユグドラシルのゲーム上では然程酷くは無いが、転移後の世界だと下手すると短期で1つの国が崩壊する暴食の化身。
テキスト上、無限宇宙を食べ尽くす蝗を再現するべく造られた魔法。
飢えた暴食の具現として、海の砂を思わせるほどの蝗の大群を召喚する。
「貴方と戦ったパンドラとアルベドが教えてくれたよ。綻びのない無敵のヒーローに有るはずのない致命的な弱点を」
『英雄』クリストファー・ヴァルゼライドは刀しか使わない。刃を飛ばしたり、次元を切り裂いたりもしない。
卓越した技術に、一撃必殺のガンマレイ剣。……あと気合と根性。
「一定の距離を保ち壁役を徹底させ、回避不可能な広範囲魔法で畳み掛ける。どれだけ凄い剣術でも二刀しかないなら絶対くらう。アンデッドと違い人間は体力も精神も消耗する。ここまで連戦に次ぐ勝利。気合と根性でごまかしてはいるが、傷ついた肉体、失った体力と血は戻らない」
止めの
「この超位魔法使うとタブラさんのテンション上がるんだよなー。"神話の再現だ、キリ"ってね」
王座の間の土砂を喰らい尽くしても止まらない。制限時間まで形ある総てを暴食する。
一国を食べ尽くす蝗の群れが『英雄』を終わらせる。
「……………?」
王座の間に収まりきらない蝗の大群を召喚した。
それらは対象を捕食し終えたら無差別に暴食を開始する。
何故、王座の間から溢れ出ずいまだに蠢いている?
「……そんな、うそだろ……?あの傷だぞ。毒に侵され五感はまともに機能しているかすら怪しい。テクニック、スピード特化の紙装甲が隕石と蝗を防ぎきれるわけがない!!」
話には聞いていた。パンドラもアルベドも口を揃えて人類最強、規格外、トンチキ、と入念に聞かされていた。だからこそ、常識の過剰に魔法を行使した。
実際に体験するのと説明を聞くのでは説得力が違う。一度彼と刃を交えたなら「まぁそうなるよね」と納得するのが『
(確実に即死させる)
「
全身貪られながらそれでも一切の曇りの無い黄金の輝き。一歩一歩の衝撃が空間を震わせ蟲を弾き飛ばす。
『鈴木悟』が即死スキルを発動しきる前に――――――
「アインズゥウウウウウウウウウウッ!!」
「――――――あっ!!」
咄嗟に防御のために突き出したスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが両断される。
『鈴木悟』の目が、仲間と作り上げた青春の結晶に釘付けになる。これで、ナザリックは終わった。誰もが攻略を諦めたナザリック地下大墳墓の心臓――――――ギルド武器の破壊は成された。
その終わりを静かに見届けさせることなく――――――その首を斬り落とした。
「これだけは無かったことに出来ない。しちゃいけない。これはケジメだ。本当の意味でNPCは自由になれる。俺も……未来へ進める。ありがとう……ありがとう…………………決心がついたよ」
ギルド武器が破壊される前ではなく、首を斬り落とされる前に遡行。
攻撃直後の背後から肩に手をかける。
「俺は、魔王にはなれなかった。アインズにもモモンガにもなれなかった。『鈴木悟』として、人間として、俺は
ヴァルゼライドは動けない。全身を襲う超重力に潰されないのは、肩に乗せられた五指が肩の筋肉と鎖骨を掴み吊り上げているから。
「重力を操作する者が宇宙を支配する。所詮は時間移動の副産物だが、物理世界においてこれほど強力な力があるか?引力も司るが……この話はまあいい。ヒーロー……クリストファー・ヴァルゼライド。貴方には見届けてほしい。神を殺し、俺はこの世界から出ていく。やらずに後悔するのはもう嫌だから……やれることはやっておきたいんだ――――――だから」
「――――――ッ!!」
"グシャリ"――――――五指がヴァルゼライドの右肩を握りつぶし、倍加した重量場が手足の骨を粉砕する。
「神の器たるプレイヤーと
ヴァルゼライドへ殺到する蝗の群れを重力波が起こす時空の亀裂で一掃する。
障害物が無くなった王座の間へ歩き出す。
光は重力に飲まれた。もはや誰も『鈴木悟』は止められない。
「核となったモモンガ玉ではもう穴は空けれない。……もう一つの世界で、世界に穴が穿つ」
『
「貴女も俺を止めますか?」
黒の軍服を着こんだ化粧など着飾っていない大雑把な、されどたなびく金髪と光に反射する翠色の眼の少女は美少女が多いNPCと比較してもその美しさは廃れていない。何故だろうか、この女性の方が輝いて見える。アルベドに近い何かを感じる。
「うるさい。話しかけるな声も出すな。貴方が出していいのは断末魔だけよ」
光は闇の重力へ吸い込まれた。
されど太陽はいまだに不滅に輝き続ける。
その輝きこそは消えることがない永久。
ならばこそ――――――
「――――――勝つのは私達よ」
※『鈴木悟』なんやかんや調子に乗る
書いててグダグダ感がある。
そこの人キングクリムゾンって言わないで(汗
今まで一度も言ってなかったので言います!!誤字修正ありがとうございます!!
感想お待ちしてます!!