――叫び声が聞こえた。
俺が警察署を見下ろせる場所まで辿り着くと、昨日、相対した化物(少しだけ見た目が変わった?)が黄色い防弾ベストのようなものを身に付けていた男を抹殺し、放り投げたところだった。
「ブラッド!!」
「S.T.A.R.S.………」
やけに露出の多い恰好をした女性が今しがた化物によって殺されたばかりの男の名を叫び、同時に件の化物は昨日も聞いた意味深な台詞を吐いて次の標的を女性の方へ定めたようだった。そして、新たな標的と定めた者へ向かって猛然とダッシュしたところを素早い身のこなしで回避行動を取り、勢い余ってあらぬ方向へ突っ込んだ怪物を尻目に警察署内へ逃げ込んでいった。その化物の茶目っ気あふれる自己抑制というものが全く利かない凄まじい行動力に「あらやだ、かわいい」などという感想を漏らしかけたが、そんなことを呟いている場合ではない。(なんたって化物は女性の逃げ込んだ警察署内の正面玄関を今なお叩き続けているのだから……。)
「なるほど、あれが
B.O.W.……B.O.W.……ね。この倫理観など欠片も無い生命を弄ぶ所業、万死に値する。この感情が一体何処から来るのか分からないが、とても見過ごせん。故に貴様は此処で殺す! 必ず殺す!!」
そう呟いて俺は遠く離れた位置にいる
――ドォン
拝借したハンドガンなど比較にならない火力が化物の頭部を襲い、化物に
「タフなやつ……とは思っていたけど、ホント、なんなの?」
標的となっている化物には遮蔽物に隠れるという知能が無いのか、そこら中にあるものを盾にして俺の銃撃から身を隠すということは考えないらしい。故に格好の的にしかなっていないわけだが、俺にとっては残念なことに、化物にとっては幸運なことに、俺の持っていたデザート・イーグルの残弾の方が先に尽きた。
――カシャン
残り残弾が無くなったことを報せる音を聞いて、仕留めきれなかったことに悪態と共に溜息を吐く。同時に狙い撃ちにされていた化物は、これ幸いと警察署から去って行った。
「お互い、運が無かったな。だが……次は殺す! 必ず殺す!!」
それが俺の決定だ……などと呟きながら、俺はラクーン市警前の正面玄関に向けて飛び降りた。本当なら宣言通りに、この場所で完全決着を試みても良かったのだが、この先、どんな罠があるかもわからない以上、一度逃した勝機を引き摺って見失った敵影を追いかけるのは返って自らを窮地に落とし込むと判断した。まぁ、あの化物に罠を仕掛ける脳は……たぶんないだろうが、そうでなくとも、この街にはアンブレラによって放たれたU.S.S.だの、U.B.C.S.だのと言った
「ま、確実に殺れるなら別だけどな。どちらにしても今の装備じゃ少し心許ない」
そう言訳染みた呟きを風に乗せて俺は化物によって殺された黄色いつなぎを着たイイ男の死体に目を向ける。あ、つなぎじゃなくてベストか。それに……うーん、殺された男は月並み程度には鍛えてはいたようだが、それでも何とも言えない残念な空気が死後も彼を包んで離さないなと憐みを浮かべて一瞥した後、手を合わせた。
そして、先ほど見かけた女性の後を追って、どう署内に踏み入れようかと思案していた所で、それは来た。
「ア゛ア゛ー」
「マジかよ……」
決して屠るのに苦労するような相手ではないという理解をしつつも、今しがた手を合わせた相手が
「ちっ……早いな……」
他のゾンビと比べて素体となった男が市民のそれよりは優秀だったことを示すのか、やたらと素早い動きで俺との距離を詰め、俺に銃を抜かせない。
「ふむ。格闘経験もある、のか? そしてゾンビ化した後も、それが引き継がれるパターンがあると?」
とはいえ、「如何に素早い動きをする」と言っても、所詮はゾンビ。
――グシャリ。
迫ってきた無防備な体勢に足を引っ掛けて地に転がし、素早く立ち上がろうとしたところに蹴りを一閃。完全に頭を潰して決着を着けた。
「すまんな」
そう呟くと崩れ落ちた彼のベストから何か零れ落ちてくるのが見えた。
「ん?
それと身分証か……あぁ、そういえば『ブラッド』って呼ばれてたっけ。うん、申し訳ないが俺も立ち止まる訳には行かないからね。許せ、とは言わないさ」
そう呟き、俺は彼の仲間だったと思われる彼女へ拝借した鍵と身分証を届けるかどうか悩み、こういうのは大事だよなと零して胸ポケットにしまった。
「………ッッッ!!?」
――ぐにゃり、と唐突に視界が歪んだ。
身体からチカラが抜け、立っていられないほどではないが、たたらを踏んで地下道の壁際に凭れ掛かる。「一体、何が??」などと思う暇もない。このままではマズい。それだけは解る。俺が生きるための本能が発する警鐘、そこに――
「S.T.A.R.S.………」
2度の遭遇で決着を見なかった化物の姿が、そこにあった。
「あーぁ、俺も此処までかね?」
そんな呟きを発しながら俺は振るわれた剛腕を地を転がり、這うようにして躱し、中腰になってなると同時に背負っていたアサルトライフルを構える。
「さて。一体どこまで、保つか、ね?」
決して取り乱したりせず、むしろ逆に窮地に陥っていることで酷く冷静な部分が俺自身を支配し、化物に向けて引き金を引く。
――パパパパパパパ
当初こそ、アサルトライフルの持つ連射に化物は動きを止めたが、それでも今が勝機と感じているのか、単に
「当たるかよ、ばーか」
今できる精一杯の悪態を吐いて、紙一重で振るわれた死神の鎌を避ける。だが、続けざまに振われる剛腕を転がりながら避けている内に、ついに躱せなくなった一撃をアサルトライフルで受けてしまったのが運の尽きだった。まだ残弾は残っているというのに、その銃身部分がひしゃげて使い物にならなくなったからだ。
「はあ、しんど………」
どんどん視界がぼやけていく。最早、感覚だけで怪物の猛攻を避け、凌いでいると言っても良い。薄汚くとも、みっともなくとも、ただ『生きる』という本能が、そうさせているのか。すれ違い様に拳を振い、足を掛けるなど仕掛けるが、そんなものは焼け石に水。そうして、どれくらいの時が経ったのか、やがて先に俺の方に限界が来た。
「かは………」
化物の拳が遂に俺の身体を捉えたのだ。吹き飛ばされ、転がされたのが逆に幸いし、化物から追撃の機を奪った。
「S.T.A.R.S.………」
――ヒュッ、ヒュウ、ヒュウ
先の一撃を触診にてダメージの程を伺う。幸いなことに骨は逝ってないようだったが、如何せん呼吸が苦しい。息ができない。掠れた声で目の前に迫る化物に悪態を吐いた。「さっきからスタァズ、スタァズ、うるせえよ」と。
――ドガン!
両腕を汲むようにして打ち下ろすように振るわれた拳を間一髪、転がるようにして避けて、また距離を置く。だが、これが今の俺に出来る限界だった。
「悪運、尽きたかねえ……」
なんとか呼吸を戻し、呟いた言葉と同時に化物が猛ダッシュで迫られ、そして蹴り上げられた。それを咄嗟に腕を組んでクロスガードを行い致命傷を割けが、その蹴られた勢いで壁に叩きつけられる。壁に叩きつけられたこと自体は、自然と受け身の要領で、むしろ蹴られたダメージごと建物側へ逃がすことが出来たが、如何せん、また呼吸を奪われたことと度重なるダメージの影響か、今度こそ視界がブラックアウトした。
「S.T.A.R.S.………」
最後まで不快な声と、そうではない叫び声、そして銃声という3つの音が俺の脳裏に響いたような気がした。
唐突に窮地に陥った理由は次回以降に説明する予定です。(予定は未定。)