鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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『新たなる星たちとの出会い』

 

 

 

オーランジュ平原から少し行った所に、ソーニエという『村』はあった。

 

 

その村に竜星軍の主だった面々。特に男の武官達の大半がやってきた。目的としては船旅で言うところの『半舷休息』。

 

ようは息抜きであった。

 

 

この方針は当初、全軍にもたらされるはずであったが、流石に大きな街。『都市』という意味を持てるところが、この辺りには無いので、結局の所、何人か。特に勲功があったものたちを優先的にいかせることにした。

 

 

ちなみに言えば、この方針とは逆に竜星軍の『女』達は、あれこれ理由を着けて、女だけの買い物及び息抜きに赴くことになっていた。

 

 

如何な上司であったり上役である戦姫や女将軍の考えではあるとはいえ、大半の人間は『ずるい』などと思いつつ、それらを見送ることになってしまった。

 

 

苦笑しつつティグルとしては、当初はアラムやハンスなどの勲功ありしものだけにしておきたかったが、やむを得ず順番に各々で街への来訪を許可することとなった。

 

 

『ヴォルン閣下の慈悲によく感謝するように。ただし、その間に、『何か』あったら中止になることだけは覚悟しておけ』

 

 

何か。大半の連中はガヌロン軍の復讐。ようやく始まるテナルディエとの決戦。などを感じていたが、リョウ・サカガミの言葉からは、そのような響きは無かった。

 

寧ろ、戦うことを忌避してしまうような連中との戦いが始まるのだと言わんばかりである。

 

 

とはいえ、大半の人間にとっては、そんな訓告よりも休みがある。俸禄を使う機会があるということに万歳したいのであったから、それらの言葉は右から左に流れていくこととなった。

 

 

「で、結果として村々との話し合いは早めに終わってしまったな」

 

「アラム達にはもう少し早めに切り上げさせるべきでした」

 

 

ソーニエという村……というよりも小さな街にティグルとルーリックが引率者よろしくやってきたのは特別休息だけのためではない。

 

要は前回のガヌロン軍との戦いにおいて他の村や町に被害があったかどうかの確認であった。

 

 

この辺りでは一番の有力者であるオージェ子爵を含めた各町村の長との会談のためでもあったのだから。

 

これといった被害も無く、寧ろ兵の徴募があるかどうかすら聞かれてきた時には戸惑うほどであったが、一先ずは保留することとした。

 

 

彼らも今回のことで、己たちの身を守る必要を感じて、さらに言えば有能な将のもとで戦いたいと思ったのだろう。

 

 

「もはや愚連隊ですね。僕が言えた義理ではありませんけど」

 

「全くだよ。とはいえ、お前は女子衆に着いていけばよかったのに」

 

「私は男娼として軍に参加したのではなく、武人として参加したのです」

 

「だがなハンス。女性のエスコートも騎士としての勤めだ。それを忘れてはならぬぞ。なんせ我が軍の女性陣は色々な意味で強すぎて我々男共は頭が上がらないのだからな」

 

「女性経験豊富なルーリック殿が言うと説得力がありすぎますよ」

 

 

ルーリックの言葉に苦笑いで嘆息するハンス。結局の所、酒宴にて双子たちに構われ続けたハンスは、色々な意味で陣内の注目の的となっていた。

 

最初は歳が近いが故に、三人の仲が良いと思っていたのだが、どうやらそういうことではなく……まぁ多分そういうことなのだろう。

 

 

とはいえハンス自身も嫌ってはいない。寧ろ、その美しくも武を持つ姫騎士達に好意を持っている。

 

まだお互いに『気になるアイツ』といった感じではあろう。

 

微笑ましい思いでいながらも、今はどうやって時間を潰そうかと考えてしまう。

 

 

既に老将軍は陣営に帰っており、残されたのは若者三人であった。しかし、自分たちは早々に帰るわけにはいかない。

 

 

引率してきた他の将達もそうだが、刻限を決めて合流する手はずとなっている違う村に赴いた女衆たちも待たなければならないのだ。

 

 

そして女が三人寄れば姦しいなどと言われるとおり、三人以上となればその時間も恐らく自分たちの待ち合わせ時刻を超過するだろうことは容易に想像できた。

 

 

かといって飲んだり食ったりするには、時間が中途半端だ。どこかに射的屋でもいればおもしろいのだが……と思っていると、ふと一人の露天商に目がいった。

 

 

何故その姿に眼がいったかというと、その露天商がここいらでは見ない『人種』であったからだ。

 

 

「ムオジネル商人ですね。忌々しいことですが、領土侵略をする一方で、彼らは商才にも長けていますから」

 

 

マッサリアにて海という玄関口から様々な人種を迎えていたハンスはそんな風に言ってくる。

 

 

本当に肌の色が違うのだなと関心する一方で、彼らが自分たちブリューヌ王国にとって硬軟使い分けての様々な側面を持った国であることを教えられていた。

 

 

そしてリョウは盛んに彼らの脅威を叫ぶことで打ち破ったブリューヌ虜囚達なども積極的に登用しろと言ってきた。

 

最初はオルミュッツの戦姫、リュドミラ=ルリエを調略するために教えられたが、ティグルは実際のムオジネル人というものに見たことが無いので、新鮮な気持ちであった。

 

 

「いらっしゃいお客さん。どうぞ寄って見て行きな。気に入ったんならばこの哀れな貧農の四男坊の懐を暖めてくれ」

 

「宝石か。随分と高級なもののはずだが、こんな金額で大丈夫なのか?」

 

「ですな。まさか贋物ではないだろうな?」

 

「疑うならば見ていってくれや。頭が眩しい色男さん」

 

 

流暢なブリューヌ語である。人種を勘違いしてしまいそうになる男というのに縁が無いわけではないが、その男は余計にそう感じてしまう。

 

剽悍な男だ。歳は自分とさほど変わらないのではないかと思う。

 

そして広げられた宝石の数々は少しばかり興味を惹かれる輝きを発している。同時に男にも興味を覚える。それは相手もそうであったようだ。

 

 

「何というか妙な集団だな。友人という割には、歳が離れた坊やがいて、兄弟という割には、どうにも顔の造形がバラバラだ。察するに、貴族の坊ちゃんに従う騎士達ってところか?」

 

「ざっくり言えばそんな所だ」

 

 

遠慮の無い商人。とはいえ、それらの言葉はこちらの胸襟を開かせるには足りた。

 

 

「俺の名前は、ダーマード。お前は?」

 

「―――ウルスだ」

 

 

そんな遠慮の無さにルーリックは少し言いたげな顔をしていたが、ハンスの落ち着けという仕草で一応は収まる。

 

そしてティグルが本名を名乗らなかったことで怒気を収めた。

 

 

「ウルスか、まぁ深くは聞かないでおくさ。とはいえ、どうだい? 意中の女性に対して宝石でも勝っていくってのは?」

 

「それにしても、随分と安いんですねダーマード殿。宝石はムオジネルでも貴重なのでは?」

 

 

ハンスの言葉に苦笑いしつつ、ダーマードは答える。

 

 

「色々と事情があるんだ。ざっくり話せば、今の我が故郷では宝石よりも麦一粒、野菜の一切れが重要なのさ」

 

 

その言葉に三人が察する。要は食料品の物価が急騰しているから、このブリューヌまで脚を運んで商売をしている。

 

しかし、如何に熱砂の大地のムオジネルとはいえ食糧自給が滞るほど痩せている土地ばかりではない。

 

ならば、その食料品を上げる原因は―――買占めにある。そして買占めを容易に行えるのは、強大な力を持ったもの。

 

 

(ムオジネル王国の行政府は、何処かに侵攻を目論んで食料を集めているんだ)

 

 

何処か。などと心の中でティグルは言っていたが、狙いを察することが出来ないわけが無い。

 

リョウの言葉通り。奴らは―――ムオジネル軍はやってくるのだと、感じることが出来た。

 

 

「……なぁダーマード。流石に俺たちの金銭では、これだけの宝石は買えない」

 

「残念だ」

 

「だが、お前に儲けさせることは出来る。ここではあまり価値がないがムオジネルに持っていけば、かなりの価値が出ると思うぞ」

 

「―――つまり、大量に食料を得られることが出来るということか?」

 

「まぁな。麦などの主食は買い付けなければいけないが、肉は―――羊や山羊よりはいいもののはずだ」

 

 

ダーマードとしてはいきなりコイツは何を言っているんだと思いつつも、ここまで来た目的を再確認した。それは、ただ一つであった。

 

ブリューヌ攻略の最大の障害となるべきもの。即ち自由騎士の存在がどこの『陣営』に居るかの確認であった。

 

 

ダーマードは自分を商人として偽りながら、ここまでやってきた。ここに来るまでに聞こえてきた話によれば、自由騎士リョウ・サカガミはブリューヌ北部の『なんとか』と言う貴族の下でテナルディエ公の軍団を撃破したという話だ。

 

 

その後、彼がどうしたのかの詳細は聞こえてこない。

 

曰く、ジスタートにて練兵した騎士達を率いて南部からテナルディエ公の土地を奪いに来るだの、はたまた世話になっている戦姫と乳繰り合っているだの、はたまた異界の邪神との永遠の対決に興じているだの、そんな風な真偽を論じる以前の確定ではない噂ばかりが飛び交っている。

 

 

主君である『赤髭』クレイシュとしても自由騎士は、何とか排除したいと考えての行動であった。

 

かつてアスヴァールにおける騒乱においても、彼は自分たちムオジネル軍の支援していたエリオット陣営の最大の敵であったからだ。

 

 

とはいえ……実際の所、このまま商売人を装っていても意味は無いかも知れない。ここは一つ、この貴族連中に着いていくことで何かしらの情報を得られるかもしれない。

 

クレイシュが定めた刻限も近いのだ。ここは一つ変化を齎すことにしよう。

 

 

「分かった。その提案を受けよう。もしもオレの望む通りの食肉が手に入ったんならば、これらの宝石はくれてやるよ。好きな女にでもやれ」

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

「しかし、ティ……ウルス様、何処にそんなものがいるんですか?」

 

「実を言うとオージェ子爵から最近、平原のほうに暴れ猪とか暴れ鹿がいるって話だからな。駆除してほしいって言われていた」

 

「駆除してほしい。ではなく自ら『狩りたい』と言ったのでは?」

 

 

その言葉にウルスが、ぎくりとしたような顔をする。恐らく彼にとっての趣味は、狩りなのだろう。

 

だが、このブリューヌにおける合戦礼法と武の優先順位からしてウルスの腕がダーマードの『弓』よりも下のはず。

 

一先ずは、この男、ウルスの誘いに乗るのもいいのかもしれない。

 

 

「オレも弓には一芸あるぜ。冒険商人ってのは武にも長けていなければならないからな」

 

「ではダーマード殿には閣下と腕を競ってもらいましょう。丁度良く暇つぶしにもなりましょうし」

 

「ハンス、私も参加するぞ。確かに今はまだウルス殿の後塵を拝しているが、これを機にランキングの上位に躍り出て見せよう」

 

 

そうして男四人して、狩りに興じることになって、すっかりその時には女性陣との『待ち合わせ』を忘れてしまい、後に大目玉を食らう結果となってしまうのはご愛嬌である。

 

 

† † † †

 

 

剣を振り下ろす。剣を振り上げる。剣を振り下ろす。剣を振り上げる。

 

 

連続した斬の舞踊。速さはいらない。求められるは精妙さのみ。速くやろうと思えばやれないわけではないが、それでも今、求められるのは如何に精妙さを演じられるかだ。

 

体の論理に剣の論理を叩き込む。二つが合一された時、鬼剣技が完成する。人以上のものを殺すために体系化された技。

 

草原に吹きぬける風に、颶風が叩きつけられる。早くは無いが重い一撃が風を切り裂き、流れを変える。

 

 

来るはずの敵。その姿を思い出して、今度やったときに勝てるかどうかを考える。

あのままやっていれば負けていたのは自分だろうという考えが、リョウにはある。ロランの剣技は正道にして王道だ。

 

 

己の肉体の膂力全てを武器に込めて叩き込むその術は全ての『道』に通ずる勝者の論理だ。

 

 

商売とて最高の土地にて最高の品物を揃える。そうすることで、富を得られるのと同じ。

 

転じて武道もまた然り。

それを覆すために『技巧』というものがあるわけであり、人によっては小細工とも取られかねない。

 

だが、それを無くせば剣の道理はただ単に体の強化だけに走ってしまう。故に―――、ロランにだけは剣士として負けるわけにはいかないのだ。

 

もしも自分の予想が正しければロランの爆発には『静』と『動』が備わったはず。

 

 

「いざとなれば出すしかないな……『鬼剣』を―――」

 

 

一人愚痴ってから、身を休めるため―――掻いた汗を拭うために陣営内に戻ろうとした瞬間。何かがやってきた。

 

平原であるはずのオーランジュにて、砂塵を巻き上げ、先頭をひた走り、同時に飛翔を果たす三匹の幼竜。

 

我が軍内のマスコットキャラ(?)にして、いろんな人間達のお手伝いをすることで有名なプラーミャ、カーミエ、ルーニエの三匹が―――何かに追われていた。

 

 

こちらに気付いたらしき三匹は、直進から少しずれる形でこちらにやってきた。

 

 

「■■■■ーーーー!!!!」

 

 

声にならぬ奇声を上げて砂塵の向こうからプラーミャ達を追ってくる存在。何なのかは分からないがロクな存在ではなかろう。

 

 

ロランの前の前哨戦だとして、剣を向ける。

 

 

「■■■■ーーーー!!!!」

 

 

再びの奇声。しかし、幼竜たちは自分たちの後ろに匿われ、必然その存在とかち合う。

 

 

「ウチのがきんちょ共に手を出すんじゃねぇよ!!」

 

 

雷のような突きを放つ。しかし砂塵の向こうの存在はそれを受け止めた。金属同士が噛み合う鈍い音。それが響きながらも連斬を放つ、迎撃される。

 

ただの怪物ではない。武器を持っている怪物だ。と恐怖しつつ、それを倒すべく斬撃を振り下ろすも―――躱された。

 

いや、ただ躱されたわけではない。自分の頭を飛び越える形で躱されたのだ。

 

 

何たる筋肉を使っての跳躍。あり得ざる動きではないが、少しばかり予想を外される。

 

というよりも、読みを外されたことに驚愕する。やはり爆発の『技』を持っている人間は厄介だ。

巻き上げていた砂塵から這い出て、自分の背後に躍り出た怪物。

 

 

金色の毛むくじゃらの怪物。全身を覆うほどの金色の体毛、炯炯と光り輝く眼にリョウは恐怖を覚えたのだが―――――――――――。

 

 

 

「あら、リョウじゃない。久しぶりね。 息災なようで何よりよ♪」

 

 

怪物は――――まごうことなき知り合いであったことを確認して、リョウは「ずっこける」ことしか出来なかった。

 

 

「って、何で倒れるの。まるで喜劇役者の転倒のようにして、こける理由がさっぱり分からないわよ? あっ、プラーミャちゃん。ルーニエちゃん。カーミエちゃん待って―――!! 私にあなたたちを慈しませて―――」

 

 

知り合いが倒れたことよりも、愛しき幼竜たちを追って平原を走っていく知り合い。

 

光華の耀姫―――『ソフィーヤ・オベルタス』が、やってきたことを認識しつつも……。

 

「俺はソフィーにすら負けるのかぁ……」

 

少しばかり男の沽券の在りどころに傷つき、平原を走り回っていた幼竜たちをようやく捕まえた彼女の姿がこちらに近づいてくるのを確認。

 

息子たちに申し訳ない思いを感じつつも、在り様を正して、立ち上がり彼女を迎える準備をする。

 

「やれやれだな……」

 

ロランとの再戦を意識しつつも、あの時に居たもう一人の人間がやってきた事に運命を感じつつも、ひとまず息子たちを保護することにした。

 

ブリューヌ最高の騎士との戦い……手を差し出したソフィーの姿。舞台は段々と整いつつあることを―――運命的に感じてしまうこととなった。

 

 

 


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