鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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『竜星たちの宴会、そして新たな戦に向けて』

 

玄妙な音が平原に響く。夜の星空の下、多くの戦士達は死んだもの達へと黙祷を捧げた。

 

彼らの死を価値あるものにするためにも、誰もが生きていることに感謝をしなければならない。

 

そうして、誰もが誰かの死を悼んだ後、ウィリアムのレクイエムが止まった後に―――宴が始まりを迎えた。

 

「しかし、あれで良かったのかな?」

 

「あれでいいんだよ。ガヌロンにしたって、わざわざ懲罰をするために、軍を派遣するとは思えない。寧ろあのような負け犬根性のままならば、いざという時に被害はロクでもなくなるからな」

 

焼いた鶏肉を『ハシ』と呼ばれる食器で器用に取り分けたリョウは、それを隣に座るプラーミャに与えている。

 

息子にご飯を与えている彼と、そんな話をしているのは、あれが最良であったかどうか自信がないからだ。

だが、確かにそう考えるとその通りだと思われる。もしも懲罰の為にアルサスなどのようなことをされるならば、その時の為の保険を掛けておくのは当然だろう。

 

 

「我々の目的は、テナルディエ公爵との対決だからな。その為には、もう一方を牽制しとかなければならない」

 

「もしも俺達を叩き潰すために二公爵が手を取り合ったならば?」

 

「ない。彼らにとって取るべきはお互いの首だけだ」

 

 

これだけはティグルに断言出来ることだ。

 

如何に今後、多くの味方がティグルに付いたとしても、彼らは自らこそがブリューヌの玉座に相応しいのだと印象付けるためにも、絶対に手を組まない。

 

『外』向きのことに関しては一応の『協調』は出来るだろうが、そこまでだ。『内』向きのことに関しては、彼らは己たちを曲げない。

 

 

「ならば、俺たちが何らかの『外』側のことで、両公爵と協調する羽目になったらば?」

 

「そん時は、そん時だ。まぁ……ハンスを迎え入れた以上、生半可な事情で手は組めないだろ」

 

「それもそうか」

 

 

納得したティグルと共に竜星軍の若武者、一番槍の誉れを戴く南海の武者を見ると―――。両手に華を侍らせて困惑した顔をしていた。

 

本人としては他の武将達、特に自分たちに酌をしたいのだろうが、同軍団の双子達は、ハンスを離さないようにして、酒を注ぎ、ご馳走を口に運ぶことで留めていた。

 

 

『エルルちゃん、アルルちゃん。俺は他の先将達にお酌しなければならないんだよ。特に閣下はガヌロン縁将を討ち取ったから、ちゃんと家臣として礼賛しなきゃ―――』

 

『やー、ここにいるのがハンス君の役目! 私たちの酌が受けられないの!?』

 

『戦場の勇者を歓待するのは、ヴァルキリーの役目。それをこなさせなさい』

 

 

色々と言いたいことはあるが、まぁ周りの人間達も微笑ましく、それを囃し立てたりしながらも、決して邪魔はしていなかったので……。

少しの手助けをティグルは―――からかいと共に行った。

 

「ハンス。両手に華で羨ましい限りなので、暫くはその栄光を味わっておけ。これは命令だ」

「閣下!?」

『さすが王様! 話が分かる色男!!』

 

 

ティグルの言葉と双子の言葉が全員に大笑を起こさせて、誰しもが立場、人種関係なく宴会を楽しんでいる。

あのルーリックとジェラールですらへべれけに酔っ払いながら、ワケのわからぬ主君自慢をしているのだから、素面になった時に教えてやりたいほどだ。

 

どちらもティグルの手並みを賞賛しているのだが……内股になりながら『タマ』の話をするんじゃないと思う。他の話をしろと言いたくなる。

 

 

エレオノーラとフィグネリアが、昔話に華を咲かせている様子も見られるが、何故か仕事疲れの女官どうしの愚痴りあいにも見えるのは自分だけなのだろうかとも感じる。

一番疲れた様子で酒を煽っていたリムアリーシャが思い出に浸っていた妹と姉に絡んでいく。

 

 

「まさかリムがあそこまで絡み上戸だったとは……意外な姿だ……」

「気苦労は察するね。自堕落な長女に、夢見がちな三女に挟まれている感じだし」

 

そんなリムの様子に、二人も少し押され気味ではあったが、ティッタとオルガの登場によって今度は泣いてティッタに抱きついていたりする。

オルミュッツでの事を考えるに色々と申し訳ない限りであり、まぁ存分に酒を飲み、思いの丈を吐き出しあってくれとしかいいようがないのである。

 

絡み上戸な上に泣き上戸……我が軍の副官には苦労を掛けっぱなしである。

とはいえ、軍内部にあった色々なわだかまりは、この宴で完全に無くなった。

 

己の立場、出自を関係なく無礼講で飲みあうということは、お互いの信頼を深めることにも繋がるのだから。

 

 

そうして―――時間が経つのを忘れるぐらい呑んでいると、少し酔ってしまった『風』を取り繕いつつ、ティグルの下を辞する。

 

「流石の自由騎士も酔いには勝てないか」

「化け物じみた剣術を使えても『内臓』を鍛えることは難しいのさ」

 

 

ティグルとその他の人間たちに『清酒』を飲んで構わないと言いつつ、夜風に当たるために陣内を辞した。

 

 

予定通りの時間。予定通りの場所に就くと―――、夜目が効かないだろうにやって来た鳥―――鷹が自分の腕に止まる。

その脚に括り付けられた紙束を取って、肉を食ませておく。

 

鷹が肉を食っている間に紙束の情報にざっ、と目を通すもやはりレギンの行方はまだ不明なようだ。

ただ不確定ながらも、もしかしたらば、南部『ドン・レミ村』にて、奇跡の聖女などと呼ばれている女こそがそうなのかもしれない。

 

宰相ボードワンより届けられた『初の書簡』流石に、時間の経過があれなだけに、ティグルがガヌロン軍を倒したなどのことは、書かれていない。

しょうがないな。と思いつつ、騎士団と自分たちがぶつかるまでは時間がある。

その時間の間に―――全面衝突だけは避けなければならない。その方策はあるのだが、それをロラン以下、パラディン騎士達が受け入れるかどうかだ。

 

 

「随分と深刻そうな顔をしているね」

 

「勝つことも負けることも出来ない―――戦うことを何が何でも回避したい相手のことを考えていた。あんただったらどうするんだ?」

 

「逃げるだけさ。傭兵なんてそんなもんだ」

 

「なのにエレオノーラの父親の殺害は請け負ったのか」

 

「……」

 

意地の悪い質問だったか。と思いつつ、やってきたフィグネリアに何用かと思う。

彼女も風に当たりに来たのだろうと当たりを着けているとフィグネリアは口を開いてきた。

 

「当時、白銀の疾風はジスタート全体が無視できぬほどの大『戦士団』になっていた。団に入っていなくても、その傘下にいるともいえる他の傭兵団、貴族の騎士隊。団長ヴィッサリオンなどに個人的にほれ込んでいた商人・貴族・神官など……その気になれば、そこいらの貴族を攻め滅ぼすことも出来たほどだ」

 

有形・無形の形でシルヴヴァインは、ジスタート全体を席巻していった。無論、その団長ヴィッサリオンの『夢』は知られることとなって、多くの人間にとって『野望』として、映った。

とある戦場で戦ったフィグネリアであったが、それ以前からヴィッサリオンの『殺害』は多くの人間から依頼されていた。

 

乱刃の剣士として名を馳せて、尚且つ戦士ヴィッサリオンにとってもそれなりに知っている情ある女であれば、殺害は簡単だろうと見られてのことだった。

 

フィグネリアからしてみれば、そういった悪意ある依頼を全て自分に集中させることで彼への殺害をさせないことをもくろんでいた。

 

しかし―――運命はお互いに味方しなかった。同時に、彼女の恋も破れさることとなった。

 

 

「……総大将、あの坊や……ティグルヴルムド・ヴォルンは大丈夫なのかい?」

 

「あんたの想い人みたいな結末が、エレオノーラとの間に起こるんじゃいなかってことか? それともそうした多くの人間から悪意を向けられて、害されるってことか?」

 

「どちらかといえば後者だね。あの坊やが最初っから大きい力をもった人間ならば、周りからそんなことは言われないだろうさ。けれど、小貴族な上に得意の武器が弓では―――ブリューヌでいずれ疎んじられるんじゃないか」

 

その可能性は無きにしも非ず。むしろ高い方だろう。建国以来、守り培ってきた戦の作法。それを無視して『王道』を突き進むティグルを他のブリューヌ貴族は『邪道』と疎んじるはず。

そんなことは分かっているのだ。いや、ティグルとて分かっていないわけがない。

 

だが、それでもやらなければいけないことが彼にはある。そして、その道を彼だけがこの王国で示すことが出来るのだ。

 

言い方は悪いが、白銀の疾風であるヴィッサリオンが国を求めるのならば、貴族連中の紛争と戦姫どうしの争いという内戦にばかり終始するジスタートではなく、四方八方狙われ放題なブリューヌで名を売るべきであった。

しかし、彼がジスタート人であり、ジスタートの人間達に暖衣飽食を確約する国を目指す以上は、これ以上は彼の気持ちの問題なのだ。

 

「だとしても、それこそが求められることだ。あいつの天運は簡単には尽きない。どんなに多くの厄が降りかかろうとも、悪鬼外道の類が栄えたためしはない。好漢侠客の心を持って道を正そうとしているティグルならば出来るさ」

 

「それでも―――あたしみたいな人間は来る。その時、またもやサラ・ツインウッドみたいなことが出来るか?」

 

「止むを得なければ―――オレが切り捨てるだけだ。無論、その場にエレオノーラやオルガ、他の人間がいればそうするだろうさ」

 

 

笑みを浮かべるリョウの顔にフィグネリアは何も言わない。

 

もはやフィグネリアも分かっていた。ティグルはヴィッサリオンに似ているようでいて、実は違うのだと。

彼の夢を白銀の疾風の皆は本気だとは信じていなかった。故に統率者としては有能でいても『心』を共有する『仲間』にはなれていなかったのだと。

 

しかしティグルの周りには、夢を、目標を、道を―――成し遂げるために、心身を預けた義士が集まっていた。

多くの人間がティグルを応援していた。その夢を現実には叶いっこないなどと鼻で笑わず。されど、それを成し遂げるならば、これこれこうしろと言うだけの器と仲間がいた。

 

一番の信頼ある仲間は―――草原からの風を受けて、遠くを見据える自由騎士リョウ・サカガミだろう。

 

「そんなにエレオノーラが心配ならば、ちゃんと見といてやれよティグルのこと。今はまだ海の物とも山の物ともつかない人間だが、俺はあいつに賭けたんだ」

 

「……そんな姑じみたことをしたくないね。そこまで歳はとっちゃいない」

 

とは言いつつも彼女も、ティグルが本当にエレオノーラが信頼していい男かどうかぐらいは気にかけている。

 

昔の男が忘れられなくて、その娘を気にかけて「母親」みたいなことをするフィーネの気持ちに気付けぬほど自分も鈍感ではない。

 

そうして、自分とフィーネとは違う場所にやって来たティグル。同じく夜風を浴びに来ただろうその先に居たエレオノーラという二人の『睦み合い』を偶然にも出歯亀してしまいながら、あの二人を応援してやってもいいのではないかと思うのは、変な親心だろう。

 

 

次なる戦の気配を感じながらも―――世界は変わらず穏やかなものを流すことも出来る。その矛盾を―――誰もが感じてしまう。

 

しかし、吹きぬける風は―――どこまでも続き、それは誰もの心に吹きぬけていく涼やかなるもののはずだかから……。

 

 

 


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