鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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『王宮での一幕と後始末』

 

 

持ってきた陳情があからさまに通らないことにいら立ちを覚えたマスハスは王宮に忍び込み、何としても陛下に直接手渡そうとしたのだが、その企みを『あらゆる意味』で咎められたあとには、既知でもある宰相の執務室に案内されるのだった。

 

陛下の『病状』もそうだが、それでもこれほどまでに動きが鈍い、その理由を察した―――。

 

「お主ら……テナルディエとガヌロンが戦いあうのを待っているのだな!?」

「―――それ以外に王国を守る術は無いのですよ……陛下が病で伏せている以上は」

 

熊のような―――と称されそうな老齢の男が、猫のような―――と称されそうな老齢の男に食って掛かる勢いで迫る。

 

熊と猫では、勝負にならないが猫は己の非力さと力の無さを自覚している。

 

また熊も、ここで猫と戦った所で何の意味もないことを理解していた。

 

案内された宰相の部屋にて、熊―――マスハス・ローダントはため息を突く―――。しかし、そこを見計らったのか、猫―――ピエール・ボードワン宰相は話の転換を図った。

 

「ティグルヴルムド・ヴォルン―――自由騎士リョウ・サカガミを客将に迎えているというのは本当なのですか?」

 

「? ああ、直接見たわけではないが、間違いなく彼はアルサスに現在身を寄せている」

 

一瞬、情けなく口惜しい限りだが、この宰相に変節を促すために自由騎士を利用しておこうかと思ったが、更にボードワンは話を変えてきた。

 

「ヴォルン伯爵に変わった所は? 彼は弓が得意だそうですが、ブリューヌ貴族としての伝統武具……剣などを持っていたりはしましたか?」

 

「何の話だ? まさかそんなことでティグルにブリューヌ貴族としての格式なしなどと『いいから答えなさいマスハス。私は至極真面目な話をしています』……確か、件の自由騎士から、豪奢な短剣を貰っていたな……」

 

その言葉を聞いたボードワンは目を見開いてから、少しして頭に手をやりながら考え込む様子でいる。

 

何なのだろうかと思うも、ボードワンは、ため息一つを突いてから、口を開くためなのか葡萄酒を出してきた。

 

陶器が二つのそれに注がれる紫色の液体。差し出されたそれを素直にマスハスは口にする。

 

ボードワンは一息に飲んでから、ようやくのことで口を開いた。

 

「少し気が変わりました。いえ、意見だけは変わりませんが、彼に少しの手助けをいたしましょう」

 

「どういうことだ?」

 

「外国の軍を引き入れても咎められない人間。それは―――大義を持つ者。自由騎士ではなく『ブリューヌの大義』、国王陛下及び陛下の許しを得た者であれば構わないのです」

 

テナルディエ、ガヌロン両公爵が、国王の縁戚を親類に持っている以上、彼らが王権を担うための戦いになっても、それはお互いにあり得ないことではない。

 

そして彼らのような存在であれば、そうしたことに対する咎は無いのだ。

 

「つまりティグルが己の正義を主張するには、陛下のお言葉に匹敵するものを示せというのか?」

 

何が気が変わっただ。マスハスは内心で憤慨する。中央に関わってこなかったティグルがそんな無理難題をこなすなど、殆ど不可能ではないか。

 

無理難題の難易度が下がったわけではないとしてマスハスは、陶器を握りつぶさんとしていたが……。ボードワンは言葉を続けた。

 

「ヴォルン伯爵に言っておいてください。『彼女』―――かつて王都で出会った少女を保護すれば……それで万事は解決するのだ。と」

 

「? 何の話だ? 意味が分からんぞボードワン」

 

「詳しくは彼にお聞きになってください。私も若者同士の心のつながりを簡単に暴露するほど薄情な人間ではありませんので、そのヴィノーはかなり上等なものなので、お土産に持っていっても構いませんよ」

 

 

そう言ってボードワンは、部屋を退出していった。何もかもが分からぬことではあるが、それでもティグルに聞けば、何かしらの『大義』を得る手がかりがあるということだ。

 

しかし、そんなボードワンの変節はティグルが『短剣』を持っているという事実を聞いてからであった。

短剣―――思い出してみれば、あれはかなりの業物であった……。

 

最初は、あまりにもティグルの剣才の無さに護身用の武器として……だと思ったが、それ以外にも儀礼用の華美な装飾―――一種のシンボルのようなものにも考えるべきであったのかもしれない。

 

「聞いてみるしかないな」

 

恐らく自由騎士はティグルに何かしらの『隠し立て』をしている。それは一見すると背信行為なのかもしれないが、彼からすると重要なことに違いない。

 

とにもかくにも王宮がこんな状態である以上、どうしようもあるまい。

 

一度、息子『ガスパール』の遠征軍と合流してから、彼らの宿営地であるオーランジュへと向かうとしよう。

 

そう考えてマスハスは宰相秘蔵のヴィノーを持ち、王宮を辞することにした。

 

そんなマスハスとは別に、宰相は急ぎ―――マスハスに『演技をしてくれた役者』の下に向かうことにした。

 

マスハスには心を病んだとしておいたが、それはあくまで盛られる薬の『症状』からのものであったので、『演技』が正しいかどうかは分からない。

 

しかし、両公爵から特に疑いが掛けられていない辺り、どうやら『正解』だったようだ。

 

 

『聖竜は、『止まり木』を定めました。止まり木の名前は、アルサス伯爵『ティグルヴルムド・ヴォルン』』

『アルサス……ウルスの息子だな。弓を得手として戦うものが剣と槍の無双を誉れとするブリューヌを救うか』

 

かちゃ、かちゃと『積み木』が崩れたり積み上げられたりの音が部屋に響きながらも、宰相と役者―――国王は『筆談』をしていた。

 

積み木の音が筆の走る音を掻き消してくれる。

 

『ですが、現状、彼だけがこのブリューヌで両公爵に組しない最大の勢力です。何よりレギン様にとっても想いある青年、その心に期待しますか?』

 

少しの沈黙。考えてから器用にファーロン王は、積み木をしながら筆を走らせる。

 

『これもまた時代の流れ―――、国の伝統が、法が、国を、民を『滅ぼす』というのならば、私はそんなものは捨て去ろう。国は、世界は、新しき時代の若者に十全たる形で譲り渡すべきだからな』

 

時すでに遅し、とも言えるが。と付け加えたファーロンの表情が苦笑に変わった。

最初からレギンを王女だとして、喧伝していればこんなことにはならなかった。

 

だが、あの子の正体を公然とさせてしまえば、フェリックスは己の息子を婿として進めてきたのも『仮定の事実』。

 

その息子を多くの軍神武人と共に打ち破った男には、新たな時代の『デュランダル』があるのかもしれない。

 

『だが、まだだ。彼が、ヴォルン伯爵が、本当の意味でこの国を担うに足る人物なのかは分からぬ。ブリューヌを代表する騎士―――ロランがアルサス軍とぶつかりあった後の結果次第だ』

 

『承知しました。レギン殿下の捜索も続けさせております』

 

『色々と苦労を掛ける』

 

『苦労などと思ったことはありませんよ陛下』

 

すまなそうな顔をしたファーロンを安心させるためにボードワンは微笑を浮かべて、そう筆談で返しつつも表情でも語った。

 

そんなファーロンの顔もだいぶやつれて来ていることにボードワンは悲しみを出しそうになった。

 

解毒薬も飲んでいるとはいえ、毒を摂取しつづけていることには変わりないのだ。

時は、それ程ないのかもしれない。しかし『限られた時』を自覚したそれゆえの弱気が出てこない辺り、まだだろう。

 

そうして、宰相は取り決めどおりの『白痴』と化した国王との『儀礼謁見』を終えて、部屋を辞する。

 

(ロラン―――お前の、剣と眼が陛下の代わりなのだ。頼むぞ)

 

生臭すぎるこの王宮の中でも唯一の忠臣のそれだけが全てを決するのだと思って、宰相は、日々の仕事に邁進することにした。

 

マスハスには、ああ言ったが、自分とて公爵達に憤激したいのは同意なのだ。

 

特にマッサリアの惨劇―――数奇にも自分と同じピエールであった友人を殺したのは、片方の公爵なのだから。

 

だが、それでも、そこをこらえなければならないのが、自分の立場であった。

 

悔しくも、それでも―――こらえなくても若き頃の衝動のままに戦うことが許されるマスハスが羨ましくあったのだ……。

 

 

† † † †

 

 

「分かりました。では、帰っても構いません」

 

「は? あ、その、ヴォルン伯爵閣下? 今、何と仰いましたか?」

 

「ですから、我が勘定方の指定しただけの金子はいただきましたので帰ってもよろしいですよ。流石に馬まで取り上げるつもりはありませんので、無ければこちらから買ってもらう必要がありますが」

 

 

簡易的な謁見の間。幕営の中に集められたガヌロン軍の代表者たち。中には領地持ちの貴族もいる彼らは、戦った相手の総指揮官ティグルヴルムド・ヴォルン伯爵の沙汰に呆気にとられてしまった。

 

てっきり百叩きなど一種の私刑じみた行いもされ、奴隷としてムオジネルに売り払われることも覚悟していた。

 

それを回避するための金子は流石にいますぐは払えない。しかし、現在身に付けていた鎧や剣、槍などで彼ら―――『銀の竜星軍』はよしとしてきたのだ。

 

 

「我々としては確かに願ったり叶ったりですが……しかし、ヴォルン伯爵…貴方たちはこれからテナルディエ公爵と対決をするはず。それならば幾らでも金銭はあっても構わないのでは?」

 

「その為にわが国の同臣を売ることは個人的にもしたくありませんね。更に言えば、私が言えた義理ではありませんが、この状況を利用する『輩』もいる。そんな輩達の懐を暖める真似はしたくありません」

 

ティグルよりも歳をとった中年の貴族が、そんな風に言ってきたことに対して、苦笑を織り交ぜて、深刻な顔をして言うティグル。

 

「輩…とは?」

「南部、熱砂の餓狼ムオジネルの侵攻です」

 

 

その言葉に捕虜の誰もが、ざわつく。彼らの大半はガヌロンと同じく北部出身の人間が大半ではあるが、ムオジネルの兵力がいとも簡単に戦闘正面をいくつも作り上げることは知られている。

 

更に言えば、アスヴァールやザクスタンの蠢動もありえざる話ではないのだ。アスヴァールは、少し考えにくいがそれでも不安が出てきたことは確かだ。

 

 

「今、あなた方を捕虜として扱い、その間食べさせることは我々にとっても兵站を圧迫し、更に言えばいざ南部に外国が侵攻してきた場合に足が鈍るのは避けたいのですよ」

 

「あなたは、南部―――ムオジネルがやってきたならば、それと対峙するというのか?」

 

 

いささか無理をしすぎではないかという、誰もが若者を諌めるように見てくるが、それでもティグルは平然としていた。

 

確かに無理だろう。だが、それでも南部は自分の家臣の故郷なのだ。それを放っておくわけにはいかないのだから。

 

「それこそがティグル、いやヴォルン伯爵の心じゃよ。まぁお主らの気持ちは分からなくもないが、それでもこれ以上は、余計なお世話というものじゃ」

 

「ユーグ卿……あなたも着いて行くと言うのか?」

 

 

側に居た老将軍の言葉に知っていた人間が、少し苦い言葉を吐き出した気分だ。

まるで―――自分たちが不忠の奸賊のようだ。と感じるのだ。いや、世間の目はそう感じるだろう。

 

特にこの辺りでユーグと付き合いのあった貴族たちはガヌロンに脅しつけられて味方したようなものだ。

 

だが、それは仕方ない。

 

世間の人々が世過ぎのことで精一杯なように、自分たちも強大な力を持っていた人間に従うことで保身を図るしか出来ないのだから。

しかし、いざ味方をし、感じたガヌロン軍の様子から察するに……どちらにせよ自分たちは彼らによって磨り潰されていた可能性もある。

 

特に逃げ出したグレアストは、どこか自分たちを前に出しすぎていた。

 

つまりは、そういうことだ。

 

冨貴にあずかろうとしたわけではない。ただ単に、領民の安堵の為に戦おうとしたのだ。

 

その気持ちを奴らは踏み躙ったのだ。もっとも奴らからすれば、味方せぬならば敵と同じとしてきたのだから、どちらにせよ同じことだった。

 

 

そして―――この若者の如くいられたならば、と誰もが思う。

 

 

異国の戦姫、武公の直孫、そして東方剣士にして自由騎士といった英雄達を纏め上げる存在。

居並ぶ諸将も、それらに負けぬだけの武将だろうことが、分かるのだ。

 

自分たちは既に老いて守勢に入りすぎていた。ならば、今を変えるために立ち上がった若者に少しだけ賭けてみたいと思うのだ。

 

「分かりました。ご慈悲は賜りましょう。ですが、それでは我らの気持ちは治まりませぬゆえ、息子と娘達を人質に置いていきたくあります。一兵卒として使うも、慰み者とするも構いませんので」

 

「そんなつもりはありませんが……まぁ、我が軍はとにかく人手不足です。優秀な将兵や様々な一芸に長けたものはいくらでも受け入れますよ」

 

 

懐が広いな。と感じられる。これは、ガヌロンやテナルディエがあまりにも、審査基準を厳しくして多くのものを登用していない。もしくは味方としていないからだろうが。

 

だからこそ多くの人間達が彼に従うのかもしれない。

 

弓を得手としていることに関しては、まぁそんなものだろうと感じつつ、そういう『時代』が来ているぐらいには、自分たちも知っているのだから――――。

 

 

「我らが子供たちをよろしくお願いいたします。ティグルヴルムド・ヴォルン伯爵」

 

敵の代表者の恭しく言い放たれたその言葉を締めくくりとして、オーランジュ平原においての戦いは、本当の意味での終結を見た。

 

 

 


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