鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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『竜星軍の初陣‐Ⅱ』

 

 

降伏するかしないかの瀬戸際まで追い詰められた彼ら『後軍』に対して誰もがいっそのこと脅しで一人殺してやろうかと思っていたが、下手をすれば激発させると誰もが思い止まり、『水際』においつめたはずのこちらも動けずにいた。

 

 

あちらとしても、既に大半の兵士は水に飲まれてしまったのだ。勝ち目が無いことぐらいは分かっている。そうして動くか動かざるかでいると、オルガが大将首を飛ばしたことが分かった。

 

 

「ふ、副将軍殿!?」

 

「もう一度言う! 降伏しろ!! 既に主だったガヌロン遠征軍の将たちは降った!! お前たちに勝機は無い!!」

 

 

背後で行われていた一騎打ちの様子。それを見た何人かの兵士の絶望的な声が聞こえた。

 

それを聴いた瞬間に即座に二度目の降伏勧告を出した。その言葉で最後の士気は折れたようだった。

 

 

「捕虜の扱いは丁重にしろよ。それと降伏を決意した指揮官を賞賛するのを忘れるな―――残るは、グレアストの行方だけだ」

 

「ティグル、あまり気を張るなよ。まぁ無理だとは思うが……」

 

「一番に取らなければならない首が取れていないんだぞ。焦るさ」

 

 

ティグルの苦渋の表情に『そりゃそうだな』、と思いつつも、あの男の天運はまだ尽きないだろうな。とリョウは思っていた。

 

ただ、この戦いで『運星』を半欠けにされるだろうことは分かる。つまり―――無事に戦場を出ることはまだ不可能なのだ。

 

そんな風に慌しくなっていた所に赤茶の髪をしたザクスタンの女戦士エルヴルーンがやってきた。

 

 

「伯爵閣下に至急お伝えしなければならないことをオルガ様よりお預かりしてきました」

 

 

そうして、銀の竜星軍の『忍将』とでも言うべき、エルヴルーンからの伝言で、グレアストの消息が分かった瞬間であった。

 

 

「そう言えば、ここに来るまでに『伝令』として走っていった『雑兵の集団』がいましたな。妙だとは思っていましたが、まさか?」

 

「伝令を『集団』で飛ばすなんて、殆ど有り得ない。そいつらの中に、グレアストがいたんだ」

 

 

ジェラールのふとした疑問に対して断を下したティグル。伝令の『振り』をして、堰落としの場に行くと見せかけて、どこかに雲隠れをしたのだろう。

 

味方すらも欺いたその手並みにいっそ見事と言いたくなるほど。戦士としては不適格極まりないのだが

 

 

「ただ最後に川を渡った伝令は『一人』でしたから……余程目ざとくない限りは」

 

「まだオーランジュ平原にて立ち往生しているはずだな。探すぞ!」

 

「承知」

 

 

勢いよく、この戦いの主因たるべき男を打ち落とすと語るティグル。その様にエレオノーラは、赤くなったりしていた。

 

自分を辱めた男を徹底的に追い落とそうとしているのだろうとして、己に酔っているのだろう。

 

 

とはいえティグルの心がそれだけかと言えば違った。結局の所、グレアストこそがガヌロン軍―――つまりアルテシウムの『副頭目』である以上は、あれを追い落としておけば、ガヌロンも気軽に動けはしないだろうとも考えていた。

 

何より、アルテシウムには『レギン』がいるはずなのだ。彼女がガヌロンからどう見られているかは分からないが、それでも自分がアルテシウムに『痛打』を与えたとなれば、自分を頼って来てくれるとも思っている。

 

 

(レギン―――君の心がどうであれ、あんまり危険なことはしてほしくないんだ)

 

そうして、ティグルはオーランジュにいるだろう奸賊の懐刀を己の足で探していく。

 

 

「閣下だけに任せるな! 我らも戦姫様に好色な目を向けた匹夫を探すぞ!!」

 

 

森で徹底的な攻撃を繰り返して側面を混乱させたルーリック達が追いついてきたのだが、彼らが一番、疲れていたはずなのだ。

 

『休んでいろ』という指示を出そうとしたが、言葉の勢いから察するに、無理だろうなとして、彼らと共にグレアストを探す。

 

 

様々な目撃証言から大体の方向に馬を走らせていく―――200騎ばかりの軍団が最後の首を挙げようと、オーランジュに走っていく。

 

そんな様子を少し離れた所で見ていた人間達が感想を呟く。

 

「やれやれ、あいつは、もう立派な大将だな」

「ですね。正直、私の教育は最早ティグルヴルムド卿には、不要です」

 

男たちの心意気を邪魔せずに二百騎の後方で馬を走らせていた女二人の嘆くようで、それでいながらもどこか嬉しそうな言葉が吐かれる。

 

ライトメリッツとブリューヌの兵士たちを纏めて、グレアストを探すティグルの後姿に誰もが『着いていきたくなる』。

 

部下を取られたことに対して、恨み言を零せなくなるほどにティグルは皆をまとめている。

 

 

「―――あの伯爵様が、二人にとっての王様になりそうか?」

「まだ分からないな。ただティグルは、私が理想とした父さんの国を作ってくれそうな気はするんだ」

 

同じく後方にいて、自分たちと並走していたフィーネの言葉をエレンは一応、『期待はしている』としておいた。

 

「……エレンの言葉を私も否定できませんね。団長は―――確かに優れた統率者でしたが、団員全員の『心』を掴むまでは出来ませんでしたから、フィーネの乙女心は掴んだままでしたが」

 

「リムアリーシャも言うようになってあたしゃ嬉しくて涙が出そうだよ。同じくあんたもあの『坊や』に気があるんじゃないの?」

 

「否定はしませんよ。あれだけ普段と戦の時との落差が激しすぎる人間である以上、―――『対比』で魅力的に見えるのは仕方ありませんね。『戦士』としてですが」

 

 

苦しい言い訳を。とエレンとフィーネがお互いに半眼でリムを見るが、それを察しつつもリムはそちらを見ることはしなかった。

 

 

しかし、確かに―――ティグルは随分と変わった。オージェ子爵の土地―――山脈の山賊退治に来るまでは彼もリムに教育を受ける立場であった。

 

 

今では各将を纏め上げて、このように戦の先頭に立っているのだ。緑赤の立派な『ジンバオリ』、ヤーファの戦装束。―――自由騎士から渡されたそれを着込んだ彼の姿が何か『大きなもの』に見えるのも手伝って、誰もが着いていきたくなるのだ。

 

 

「―――いたぞ!! グレアストだ!!」

 

誰かの言葉が響いた。その言葉の後にティグルから止まれの合図が出た。何故だと思うと、どうやらグレアストは既に馬では追えそうにない距離にまでいたろうとしていた。

 

 

後退していったガヌロン軍とはまた違う渡河地点……そこから激流に苦労しながらも向こう側に渡った様子。既にオーランジュ平原にはいなかったのだ。

 

 

(一手遅かったか)

 

 

川はいまだに増水した勢いで自分たちを阻んでいる。今から川を渡り―――500アルシン先のグレアストを討つ―――竜具を使えれば別だが、ここでティグルの『戦い』を汚すわけにはいかない。

 

 

川岸ぎりぎりまで近づいた一騎、ティグルは弓を持ち構えを取った。騎馬の上からということは少しの曲射で放つつもりなのだろう。

 

いやそれ以前に―――500アルシン以上の距離に至ろうとするグレアストを撃とうという考えが、全員を戦慄させた。

 

 

黒弓の力が発現した様子は無い。それを使わずに戦うつもりか……つまり、ティグルは―――――――。

 

 

川の流れる音すら遠くなるほどに静寂が空間を支配する。当てられるかどうかすら分からない。

 

既にティグル自身の目ですらグレアストが遠くなりつつある。しかし、それでも――――――一矢、全ての竜星達の汚辱を濯ぐためのものを―――放たなければならなかった。

 

 

幽玄な音が響き、爪弾かれた弦が―――矢を放つ。

 

大河を超えて、向こうに走り去るグレアストに走っていく矢の結果は―――常人には分からない。

 

 

だが推測することは出来た。

 

 

矢は―――グレアストを―――打ち抜けなかったのだろうか。苦渋の表情をしたティグルの顔でそれを察する。

 

弓を下ろして、頭を下げるティグル。

 

 

「すまないエレン。首を取れなかった」

 

「気にするな。お前はガヌロン縁戚の者を一撃で倒したのだぞ。あいつを殺すのはまたの機会だ……が、ジェラール殿は先程から、何故か『内股』だな? どうした?」

 

「まぁ……伯爵の観測手を務めさせていただきましたから、最後までその務めを全うしようとしたのですよ。首こそ『魂』こそ取れなかったものの、伯爵閣下は討ち取りましたよ」

 

「?」

 

 

ジェラールの意味不明な言葉の羅列に誰もが疑問符を浮かべる。

 

単眼鏡を自由騎士に返して乾いた笑みを浮かべてから、ティグルの弓射の結果が分かるものが、お前ぐらいなのだからと詰め寄る。

 

 

「―――狙ってましたか?」

「あちらの地形状況を読めなかったから―――狙いを、『下』に下げるしかなかったんだ」

 

決して、最初からそうしようとしていたわけではないと伝えるもジェラールは、乾いた笑みを浮かべたまま、全員に検分のほどを伝えた。

 

 

「成程―――皆に伝える。閣下はグレアストの『魂』こそ取れなかったが―――『玉』を取った。これは大いなる戦果だ」

 

「玉だと? 勘定総監、玉とはなんだ?」

 

「禿頭のもの。察しが悪いな――――男には必ず付いている『二つの玉(タマ)』だ」

 

 

ジェラールがやけくそ気味で、ルーリックに言い切ったその瞬間、誰かの鎧と誰かの鎧が合わさって丁度良く『チーン』という音が響いた。

 

偶然にしては出来すぎたその金属音は、不覚にも馬の鼻息など何のそので高く響き、全員にグレアストの様を連想させ、ジェラールと同様に男の殆どを内股にさせた。

 

何かこう。色々と―――同情してしまうのだ。

 

 

『全玉摘出』ならぬ『全玉損失』という結果を想像して流石に男全員の股間を色々と縮込ませた。

 

そんな男性の情けない様子に女性三人は半ばしらけ気味である。まぁ痛ましいものを見るようにされるよりはマシである。

 

 

「その……流石ですなティグルヴルムド卿。まさか男の大事なものを射抜くとは」

「賞賛するならば、せめて顔を見てほしいもんだよルーリック」

 

 

いつもティグルを賞賛するルーリックも流石に『射抜かれる』のではないかという恐怖が勝っているのだろう。

 

 

「男には大事な玉が三つあるが、その内の二つを射抜くとは―――ナイスだな」

 

「お前もかよリョウ……まぁとにかく一矢は報いれた―――オージェ子爵を侮辱し、エレンに浅ましいことをした愚人に対する誅罰は、一先ずはこれでいいな?」

 

 

その言葉でブリューヌ軍とライトメリッツ軍の兵士たちは、お互いに顔を見合わせて苦笑をする。陣内では少しの蟠りも存在していた彼らの結束を促すためにも、ティグルは双方にとっての『敵』に対して、苛烈に討って出たのだ。

 

一応、ルーリックやジェラールなども宥めていたのだが、それでもどうしようもないこと……当人たちにとっては重要ごと、他人にとってはどうでもいいこと。

 

 

『雲の形』でケンカをはじめるようなこともあった彼らに対してティグルは、この一件で意思を示したのだ。

 

お互いに生まれや育ち、郷里の自慢や風俗に対する優劣。様々な『違い』あれども自分たちは『仲間』なのだと―――。

 

 

「さて、そろそろ帰るぞ―――意趣返しも済んだことだしな……『後処理』も、俺は出るようか?」

『当たり前だ』

 

将軍級の人間達の言葉でティグルは苦い顔をする。

 

生き残った人間。特にガヌロン関係者ではない『貴族』達の処罰には、彼が同席していてもらわなければいけないのだ。

 

「それもまた『総指揮官』としての務めだ。何のために人相が分かる人間をお前の側に配置したんだよ」

「分かるけどさ……まさかそこまでの深謀だとは知らなかったからな。―――どうするかの策はあるんだよなリョウ?」

 

 

ため息と共に聞いてきたティグルにリョウは答えた。

 

「ミラも言っていたとおり。お前にはテナルディエ公爵やガヌロン公爵とは違う逆道を取って貰えれば、それでいいんだよ」

 

 

懐の深い領主―――その姿を『見せてやれば』いいだけなのだ。そう伝えてから馬を翻す。

オーランジュ平原における戦いは終わった。

 

だが、次なる戦いが迫りつつあることぐらいは、分かるのだ。ここに来て、漸く起こった変化は連鎖して多くのものに火を着けて全てを動かしていくだろう。

 

 

アルサス領主ティグルヴルムド・ヴォルン―――ガヌロン遠征軍を撃破。

その報を知らせるにグレアストという男は生きたはずなのだから―――。

 

(今だけは、その命あることを噛みしめておけ)

 

あの時、ティグルが命じれば韋駄天の如き速力で川を渡り、首を取って来たがティグルの言葉無く、ティグルが己でやると言った以上は……それ以上はしなかった。

 

 

―――あの男には、男としての屈辱と共に我が竜星軍の恐怖を口にする『語り部』になってもらうのだ。

 

 

既に『玉』を落としたティグルを称える詩を読み上げるウィリアム以上に、奴の口は我らが強大さを語るだろう。

老将軍を馬鹿にし、エレオノーラに浅ましい台詞を吐いたあの男にとっては、まさしく因果応報の『口は禍の元』という結果だ。

 

「さて、次は―――あんたが出てくるかな。黒騎士」

 

グレアストに対する内心での嘲りを終えて明日以降のことに関して考えを巡らす。

既にザクスタンとの国境要塞から出たことはリョウの耳に入っていた。次の一戦は『やらなくてもいい』戦いだ。

 

その一戦を回避するにはティグルの威光だけでは無理だろう。その時は自分も前に出て黒騎士ロランを抑えなければいけない。

 

嵐の如き一戦を予感しつつも、今は勝利できた喜びに浸りながら―――呼びかけるティグルの背中についていくことにした。

 






というわけで全玉摘出というオチになりました。

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