「一兵たりとも生きて返すな。奴らはガヌロン公爵に明確な敵意を示した」
貴公子としての素面を捨てて、薄汚れた衣服と化してしまった己の華美な服を脱ぎ捨てる貴族、『グレアスト侯爵』に『将軍』は面を食らった。
そして言われた言葉の過激さにどれだけの羞恥を味わったのかと想像を巡らすも、常日頃から位が自分よりも低いのに関わらずガヌロンの腹心としての態度であるグレアストにいい気味だとしておいた。
「言われるまでもないが、お主はどうするのだ?」
「いずれ私も出よう。やり返さなければ気がすまん」
と言われて『将軍』は、嘆息しつつ、この状態ではまともな軍議など無理だろうな。として己だけで戦支度を進めることにした。
姦策用いるこの男の用兵手法と将軍の手法はあまり合わない。ならばこれ以上はない幸運が舞い込んで来た。
このグレアストの手落ちと中立貴族達の富を土産に自分は、ガヌロンの覚え目出度く大きな冨貴に与れるだろう。
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「―――と、まぁそんな感じだな。俺が思うにガヌロン遠征軍の陣の様子は」
何とも都合のいい感じに、ガヌロン遠征軍の様子を推察したリョウの言葉は、まぁそれなりに想像がつくものであった。
想像できても実際、そうなのかは別な訳で何人かからは疑問が呈された。
「そんな都合よくいくかぁ?」
胡散臭げなフィーネの言葉。それを補足したのは、兵站を一手に担うジェラールだった。
「いえ、サカガミ卿の意見は正しいかと、確かにグレアストは策謀を巡らせますが、その戦い方は、ガヌロンの『武官』達には受けは良くありません」
「おまけに掲げてる旗にはマスハス卿の領地に寄った男―――『将軍』のものもあるか―――、リョウの挑発で怒り心頭は期待しすぎだとしても―――『条件』から察するに、将軍とやらを前に出してくるだろうな」
グレアストの心や性格はガヌロンに気に入られているところから、軍略においてもまず使えない人間。もしくはあまり利益を与えたくない人間を先頭に立たせるはず。
しかしながら、あれだけやったのだ。いずれはグレアスト自身も出てくるだろう。
最大の好機は利用するに限る。
「河を利用するか。リョウ、川幅と水深はどれぐらいだった?」
「とりあえず中心部では軽鎧のハンスが溺れるぐらいはあったな」
渡河しようと思えば、すこし難儀するか。騎馬鎧を着けた馬でも少し不味い可能性もある。
リョウの言葉を受けてティグルは考えるに一度、川の水を減らす必要があるだろうかと思う。
「それは『あちら』に『半ば』までやってもらおう。ガヌロン遠征軍とて兵を大量にオーランジュ平原にやるためには、河の浅い所を探すよりも塞き止めるのが、早いだろうからな」
あちらの陣容は騎兵一千に歩兵五千―――総勢六千とこちらと同数だが、あちらは次の『矢』を放つことできるだろうが、こちらはこれで精一杯なのだ。
余計な損害は出したくない。そういう思いだろう。しかし―――やり方はあるのだろうかという思いでリョウを見る。
「では、どうする?」
「それに関しては献策ある。オルガ隊―――お前たちに第一の命を課す。お前たちの働き如何で竜星達の命定まろう。……で、こうして……こうした場合に、お前たちは背後で……討ち取れ」
それを聞いたオルガは、勢い込みつつも、重要な首を挙げるチャンスを逸したくないとして、配下に重要ごとを聞く。
「分かった。敵の人相はハンスならば分かるか?」
「ガヌロンの側近たちは嫌な連中ばかりです。我が槍の錆にして、閣下の前に首を挙げてみせます」
『私たちもそれなりに分かるから安心して!』
『有名人』知り達をオルガの配下に就けたのはこういった場合も想定してのことだった。
リョウの下知を受けたオルガ隊の面々に対してはこれでいいだろう。
「弓隊は、予定通り『隠れて』やれよ。ルーリックとウィリアムの美形二人を泥にまみれさせて悪いとは思うがな」
「構いませんよ。そこの銃士とやらに、長距離兵器の醍醐味を味わわせてあげよう」
「ありがたき挑発的な言葉。いずれは弓、剣を越えて戦場の主流となるだろう『未来兵器』で戦場にありったけの葬送曲を鳴らしてあげましょう」
手製にして『黒く塗った』弓を手にするルーリック、フェイルノートをまるで楽器のように持つウィリアム。
対抗心を持つ二人にそれでも仲たがいは無いだろうと感じつつ、その意気こそが戦場における助けになる。彼らの働きこそが軍を助けるものだ。
「それで俺は何をすればいいんだ? まさか、後ろで観覧していろとか言わないよな?」
総指揮官だから後ろにいろ。など言えば、無理をしてでもこの男は、前に出てくるだろう。勢いこんでくるティグルの役目は―――『弾』を放ち、『魂』を取ることだ。
「お前は本当にじっとしていられない『前衛のアーチャー』だな。安心しろ―――お前こそが最重要ごとだ。ジェラール、汝は閣下を助け―――……以上だ。これが出来れば『賊軍』全て覆滅出来よう」
「やれやれ、私も『人相手帳役』とは―――では、単眼鏡お貸しいただけますかな?」
「『天狗』からもらった遠見の道具だ。無くすなよ」
命を伝えると同時に、嘆息しつつも半ば予想していたのか、そんなことを言うジェラールに物見道具を渡す。
ライトメリッツ軍の主要な騎兵集団は予定通り―――囮役からの反転攻勢である。
「ティグル、無茶はするなよ。本来ならばお前はルーリック達と共に森で矢を撃っていてもらいたいんだからな」
「心配ありがとう。けれど―――俺はグレアストを許しておけないんだ。出てくればあいつに『一矢』を与えたい。その為の配置にしてもらったこと、リョウにはありがたく思う」
エレオノーラの言葉に、ティグルはそんな風に意気を上げる。
全員の士気は万全である。何より、明確に見えた敵の下劣さこそが、自分たちを戦う気にさせている。
そう考えればグレアストはいい『当て馬』であった。
「ティグル、合図を―――」
「全軍! 出陣!!」
その言葉を受けて銀の竜星軍は、『凶星』打ち落とすべく殺しの牙を剥いていった。
† † †
戦いは昼過ぎから始まった。ティグルヴルムド・ヴォルン率いる『軍』のいるオーランジュ平原に乗り込むべく川向に進軍してきた『将軍』は、そこの水位が予定通りの低さになっていることに満足した。
(これならば歩兵も渡ること叶おう。どうせならば迂回させた騎兵もそのままにしておけば良かった)
斥候に命じて、雪解け水によって増水した河の水位を下げさせるように命じたのは良かったが、これならば渡河地点を探させることも無かったかと思いつつ、足が水に濡れつつも命じる。
「恩賞が欲しければ敵軍を討ち取れ!! ガヌロン閣下に味方せぬ貴族など、どう扱っても構わぬ!!」
その言葉に『一部』の味方の動きが乱れるも、それでも号令を掛けられて、進軍を開始する。報告にあったとおり、川を渡って五ベルスタの所にいた敵軍。
余裕ゆえなのかそれとも……五頭竜殺しの時のような策謀が巡らされているのか……。
だがそれでも構わぬ。
テナルディエの嫡子にして後継者であったザイアンすら為しえなかった自由騎士殺し―――その栄誉を得るためには、この勢いは重要であった。
(変に策を弄して強力な『武器』を持っていたから、お前は負けたのだ!!)
『竜』などという訳の分からぬ兵器を持って驕り、ブリューヌ伝来の『騎馬突進』を敢行出来なかったがゆえに、あの男は負けたのだ。
今、自分が指揮をしているのは歩兵が大部分ではあるが、それでもこれだけ勇壮な鎧騎士達の勢いで負けぬわけがない。
そして渡河を邪魔されることなく前進を繰り返して、渡りきったガヌロン軍であったが……五ベルスタ先にいる騎兵軍団を見つけると同時に―――騎兵軍団は、背中を見せて後退していく。
(誘いか? だがここには伏兵を伏せておけるところなど無い!)
オーランジュの奥まで逃げていく騎兵軍―――、その様子を見ていたグレアストは何かがおかしいと気づけた。
ロクな軍議もせずにここまでやってきたはいいが、冷静になってみればこれは不味かったのではないだろうか。
合流してきた騎兵と共に将軍は猪突でかかるが―――奥―――『南』まで誘い込まれた時点で、グレアストは気づく。
右翼、中央、左翼―――その中でも右手側に枯れ果てた森の木々。追い縋ろうとした騎兵及び歩兵軍は気づいていない。
グレアストが馬車から顔を出して伝令を呼ぼうと、将軍が遂に竜星軍の背中に追いつこうと、両者が動こうとした瞬間。
轟音と共につんざくような金斬り音が響く。
轟音の元はグレアストの馬車の幌を吹き飛ばし、つんざくような金斬り音は、呼び寄せた伝令の眉間を貫いた。
グレアストは中央軍にいたにも関わらず―――狙われたのだと気づく。戦塵舞う戦場にてそれに気づく。
それと同時に右翼陣にて惨劇が起こった。放たれる矢という矢。
ブリューヌの伝統故に右手に防御の盾を持たぬ殆どの兵士たちは、次々と『森の賢者』からの手厚い歓迎を受けた。
同時に断続的に放たれる―――燃える鉄球が、鎧ごと人体をまとめて吹き飛ばす様に、誰もが怖気づき、敵の武器を察する。
「か、火砲だ!! 連中は火砲部隊を森に配しているんだ!!」
そんな馬鹿な。というのは将軍及びグレアストなどの上層階級の貴族や軍人だけが気づけることだ。
そのような大規模なものを配していたとしても、もう少し轟音は響き、何より斜面に配するには少しばかり難儀するものだ。
土台を作ったとしても『発砲』の衝撃に耐え切れまい。そんな理屈を然程知らないガヌロン軍の歩兵騎士たちは火砲に恐れるあまり、それ以上の被害を与えている弓部隊の狙い撃ちの被害と練度に気づいていない。
「ええいっ!! なんたることだ!!」
「侯爵! 馬にお乗換えください!! 中央軍とはいえ、ここは危険です!!」
頑丈な盾を構えた騎士たちによって、矢を防ぎながらも、火砲のような兵器―――それが降り注げば意味はないだろうな。と気づきながらも、用意された馬に乗り換える。
そうして右翼の混乱が中央に伝播しつつ、無事なはずの左翼部隊の運動にすら迷いが生まれつつある。
斜面を登って敵兵を殺せという命令を出した瞬間に逃げていたはずの騎兵軍が、反転する姿勢を見せていた。
そんな中、前衛に居た『人間』の重要度にどれだけの人が気づけただろうか。否、混乱しきっていたガヌロン軍には、それはあり得なかった。
約四百アルシン以上の距離で『構え』を取る男に――――――。
「剣を振り上げて命令を出した鶏冠付きの兜。あれが『将軍』です」
「分かった」
スポッター。測距手、観測手などと『未来』には呼ばれるだろう役割を受けたジェラールの言葉。
それを聞いたティグルは、目に力を込めてその男を狙い済まして、矢を、魔弾を放った。
混乱している中、放たれたそれは本来ならば当たらないはずであったというのに狙い済まして、漸くのことで部下の進言のもと『軍』の反転に気づけた将軍は、見ると同時に―――放たれた銀矢に眉間を貫かれた。
死相に染まった将軍の顔。その目が最後に見たものは―――馬に跨る黒竜の姿であった。
「ば、か―――な」
四百アルシン先から自分を狙い打ったのだと気付かされる手並み。ブリューヌの騎士達があれほどまでに『臆病者の武器』と謗ったものが、自分の命を奪ったのだと。
指揮官の一人が討ち取られたのだと気付くと同時に、副官が全軍を統率しようとするが、全軍に行き渡らない。
「て、撤退しろ!!」
「待て! 斜面の森から離れれば、まだ倒せ―――」
軍議の中途半端さが、指示の不明瞭さに繋がり、混乱に拍車がかかる。しかしながら―――やはり、勝ちの目が見えなくなり兵士たちも逃げ腰である。
向かってくる反転した騎馬軍団。そして、今まで一番統制が取れていた左翼軍団にも悲鳴が上がった。
どこかに伏せていただろう『伏兵』が果敢な勢いで挑みかかってきたのだ。
強壮な軍馬を操り、先頭に立つ黒衣にして黒髪の長槍持つ男騎士と、小剣を器用に操る妙齢の女性が、『赤い鎧』の騎馬武者達100騎ほどを率いて襲い掛かったのだ。
「――――――!!」
声ではなく言葉では有り得ない叫びを上げて『鬼』の如く長槍を操る男の手で、左翼軍団が『吹き飛んでいく』。
文字通り槍の一薙ぎで吹き飛んでいくのだ。嵐に吹き飛ばされる屋根板の如く飛んでいく人体。
時には、馬を使った体当たり。蹴り上げなども行われるが、何よりその特徴的な槍が上半身と下半身を分かちながら、多くの兵士たちを鎧袖一触していったのだ。
「じ、自由騎士ぃ!!!」
刀こそ使っていないが、正体を看破した誰かの言葉で恐怖が伝播する。恐怖はそのままに、殺劇の悲惨さを上げていく。
腰が退けた戦士などもはや戦えるわけもなく―――。
―――ガヌロン公爵軍は呆気なく壊走に変わっていった。そんなガヌロン公爵軍の背中に追い縋りながら連合軍に命令が発せられた。
「川向こうの賊軍の幕営にまで進撃する!!」
「各々方!! 閣下の命令だ!! 『油断』せずに実行されよ!!」
総指揮官である『弓聖』の言葉で、何人かの耳ざとい公爵軍の指揮官は、『馬鹿め』と誰もが嘲った。
既に日も落ちつつあるこの状況ならば……再び勝ちの目は拾えるだろうと考えた。
足の速い『伝令』役に『指示』を出すように走らせた。川向こうまで進撃してきた所を―――。
そうして後退するこちらとあちら。先ほどとは立場を逆にした自分たち。今度こそは奴らを逆撃してやるという考えで走ってきたのだが、オーランジュ平原と、ガヌロン公爵軍の幕営を分かつ川が見えてきた。
雑兵を押しのけて、指示を出すべく川を我先にと騎馬で渡ったガヌロン公爵軍の重臣。後軍との距離400アルシン離れていても、構わなかった。生きて帰れる可能性を無くしかねない現実。
何よりも『殿軍』を吹き飛ばしていく自由騎士の槍が非常に恐ろしかったのだ。
しかし、ここまでだ。川を渡りきると同時に後ろを振り向き、にやけ笑いをする。我先にと何とか逃れられた二十数人の公爵の家臣たち。
雑兵であり同胞でもある歩兵や残りの騎兵達―――全てではないが川を渡れば、その時は諸共に――――――。
残りの軍が渡ろうと―――川まで残り二百アルシンというところで、『轟音』が響いた。
(は、早すぎるぞ!!)
これでは、アルサス伯爵軍とジスタート遠征軍を巻き込めない。あちらは怒号と馬を翔らせる音で詳細には聞こえていないだろうが、まず最初に川を渡り冷静になっていた指揮官達は、その音を聞けていた。
追撃してきた連合軍が川まで残り50アルシンという所で『急停止』した。同時に――――――――川が増水して『壁として』前軍と後軍を分かった。
川には流木も大量に流されていて、流石の騎馬上手でも難儀して、そこを弓なり何なりで殺されることは簡単に予想が着く。
川を渡りきれたのは100人いるかいないか。そして六千はいた公爵軍の大半は川に飲み込まれ、生き残った連中は、追撃してきた連合軍の槍と剣で『断崖』に追い込まれていた。
ここまでの戦いでもはやガヌロンの家臣たちは察した。ここまでの戦い―――すべてはあちらの計略だったのだと……こちらにも様々な要因があったとはいえ、それでもここまでこちらの思惑を外されては、自ずと察しが着くというものだ。
「まさか水攻めを予期していたのか!?」
「まぁその通りなんだけどね―――もっと早くから、あなた達の行動は読まれていたよ」
驚くガヌロンの家臣の背後から掛けられる声。幼い少女の声だ。
振り返ると、そこにいたのは確かに少女だった。軍馬を達者に操り、そして装飾が施された斧を持っていた。
川向こうの喧騒のなかでも、その少女は油断ならなかった。
少女の後ろには、30人ほどの騎兵がおり……形の上だけならば彼女が総指揮官としているだろう。
「何者……?」
「アルサス客将―――ジスタート戦姫『オルガ=タム』。故あって、ガヌロン公爵武臣方のお命頂戴する」
大胆不敵な挑戦を叩きつけてきた『戦姫』の一人に、誰もが鼻で笑うことは出来ない。
これが尋常の戦場であれば、それなりの油断や嘲笑もあっただろうが、ここまで自分たちの計略が何一つ当たらなかったのだ。
姿かたちだけで目の前の相手の『力』を侮れない。
「オルガ殿か……一騎打ちをする前に、聞きたいのだが……、堰を作っていた部隊を襲ったのはそなたか?」
「そう。戦の序盤の段階で既に我が軍はあなた方が渡河をするために、水嵩を減らすだろうと分かっていた。だからティグルとリョウお兄さんは、『埋め立て部隊』に仕事をさせてから殺せっていったんだ」
寒気がするほどだ。自由騎士とその主君は『人の姿をした魔』か、と思うほどに、読みきられていた。
オルガはあえて言わなかったが、そうした埋め立て部隊に半分ほど仕事をさせてから、そこを襲って後は『竜具ムマ』の『土竜』の如き岩と土掘りで、大きな堤とすることにしたのだ。
大きすぎても小さすぎてもダメであったが、そこは一緒に着いて来てもらったジェラール旗下の測量士達に必死に計算してもらった。
結果として、こうして―――前後を分かつほど『水の大壁』が出来上がってしまったのだ。
「後は、こちらの伝令と合図矢で、堤を落とすタイミングを待ち構えていた。そして―――ガヌロンの武臣達は先頭で川を渡って我先に逃げるからと、ここに来たんだ」
「――――」
「一応の降伏勧告は出しておくけど……どうする?」
「どの道、逃げた所でここまでの失態を演じてガヌロン公が我らを許すわけがない―――『仮面』の中で踊り狂い、『蜂の牢』、『炎の甲冑』で殺されるぐらいならば……戦士としての戦いを所望しよう! 行け!!」
ガヌロン遠征軍の副官の言葉で、一人の騎士が飛び出してきた。
彼我の距離30アルシン。その距離で誰か一人の首でも取れれば自分たちはまだ生きれるかもしれないのだ。
「ハンス、相手を」
「承知しましたオルガ様」
短い言葉ながらも勢い込んで答えたハンスは、槍を持ち飛び出してきた騎士を同じく飛び出して迎え撃つ。
「南海武公が孫と見受けた!! その命で我が運命貰うぞ!!」
「都の真似で酒贅に溺れた騎士崩れが! 己が無謀を神々の庭で嘆け!!」
相手の素性をお互いに看破しあった二人。同時に騎馬と騎馬の鼻先が触れ合う。
交錯の一瞬の早業。相手の騎兵槍を一合で叩き落したハンスは、鋭く突き出した一撃で厚い金属鎧を貫き通して心臓を一突きした。
「グラモン卿!?」
落馬した男の素性が全軍に知れ渡ると同時に、ハンスを狙うように二人の騎馬武者が飛び出してくる。
「やらせるか!!」「卑怯者め!!」
「まさかこいつらも!?」「戦姫か!?」
ハンスを庇うように掛かってきた長耳の大剣持ちと双剣持ちの双子の女戦士に対して、向かってきた男の動揺が分かる。
戦姫ではない。しかしそれに勝るかもしれないザクスタンの『ヴァルキリー』達。暗殺術ではない正統派の『将軍剣術』を振るった戦乙女の得物で、また二人のガヌロン派の武臣が殺された。
こちらは百人、あちらは三十。しかし兵の士気と実力の違いは、この二回の一騎打ちだけで決した。
そしてどこからか船や架け橋でも使って迂回してきたのか、ジスタートの旗を持った一団が横から走ってくる。
(もはや……これまで!!)
「せめて!! 一太刀―――冥土の土産を貰おう! ジスタートの戦姫殿!!」
「―――オルガ様を守―――」
「構わない。全員、動くな!!」
ハンスの言葉を遮ると同時に、軍馬を走らせてガヌロン公爵の武臣―――『将軍』の副官であった男との一騎打ちに挑むオルガ。
この男を殺せれば、これ以上の流血は無くなる。
あのモルザイムの時のザイアンのように一種の「戦闘停止」の合図の如くなるはずだとしてオルガは、自分の手で決着を着けることにした。
あちらとしては、ここを突破するための『勇気』を与えるためのものかもしれないが、それでも―――どちらにせよお互いの軍の運命を決める一騎打ちなのだ。
ムマを伸張させて『
首の無くなった主を乗せたまま走る軍馬は、少しして停止。そして、首の無くなった主を地に落とした。
そうしてから馬に跨りながら宙を飛んでいた首を掴み取ったオルガは、あらかじめハンスや双子から教えられていた将軍の副官の名前を叫び討取ったのは自分だと大声で伝えた。
「―――降伏する……。だからせめて遺体だけは返してくれ」
「分かっている。私たちもそこまで非道ではない。何より同じ信仰の元に居るのだからな」
残っていたガヌロンの兵士、騎士達が一斉に武装解除して裸一貫になって、敵意の無いことを示した。
その目には涙が浮かんでいたので、横からやってきた別働隊に『遺体』の処理や捕虜の移送を任せつつ、何人かを呼びつけて、『本命』がどこにいったのかを聞き出す。
「グレアスト侯爵ですか―――確か、こちらでは見なかったですね……嘘は付いておりません、本当です」
「あの方のことだ。どこかで雑兵の服と鎧でも見繕い着替えて我々とは別の道で戦場を脱していてもおかしくない……」
それを聞かされたアルサス武臣達は、『よっぽど』だなと考えつつも、ティグルに仔細を伝える様にエルヴルーンを韋駄天の術で川向こうに走らせた。
後は……本命の首を取るのみだ。