鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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『最強の黒騎士』

 

鉛色の空の下、ブリューヌ西部に二つの軍団がぶつかりあう。

 

しかし戦いの趨勢は既に決まっていた。

 

いつも通りに西方国境を超えようとしてきたザクスタン国軍であったが、ブリューヌが誇るナヴァール騎士団の最強。黒騎士ロランは、最強豪傑無双の名に恥じぬ戦いをしてザクスタンが誇る投石器など多くの『切り札』を切り伏せた。

 

 

このザクスタンとブリューヌの小競り合いは今に始まった話ではない。森と霧の国と称される山野多きザクスタンにとって肥沃な土地を持つブリューヌは、喉から手が出るほど欲しいものだ。

 

征服国家として、あれやこれやの理由を着けて越境してくるザクスタンは正しく害虫にも等しき存在であった。

 

 

それを退けるモノとして黒騎士ロランはここに居た。しかし、最近のロランの戦いぶりは以前のように苛烈豪巌な様ではなかった。

 

無論、弱くなったわけではない。

 

寧ろ、静かな―――研ぎ澄まされた氷の『刃』の如きもので、視線一つだけで切り裂かれるような様を感じるのだ。

 

 

相対したザクスタン兵の多くは黒騎士の『爆発』から『冷却』の如き様の変化に―――更に恐れおののいた。

 

 

今までの黒騎士ロランは、強いが猪武者のような様でかかってきたので恐怖をそこまで感じなかった。

 

だが、最近のロランの様は―――武人として『一枚皮が剥けた』ことを意味しており、戦う前からその冷血かつ芸術的な剣技を聞かされていたザクスタン軍は呑まれていた。

 

 

そんなロランであったが、一度だけ『爆発』をしたことがあった。

 

 

血気盛んな若騎士二十人程、真新しい馬具とよく育てられた騎馬を操るレオンハルト・フォン・シュミット将軍の配下―――いずれは、彼を補佐して同じように王国の将軍にもなれた人間達が、鎧袖一触されたのだ。

 

 

彼らは一様にこのようなことを宣ってロランにかかってきた。

 

 

『レオンハルト様は止めたが主神オーディンの名に掛けて、ザクスタン騎士達の怨嗟晴らすために、我らは『自由騎士』として貴様を討ちに来た!』

 

 

瞬間。ロランは爆発をした。黒い軍馬を二十人の騎馬達に向けて腹からの声を出して騎士達を威圧したのだった。

 

 

『自由騎士? 貴様らは自らを自由騎士と名乗るのか!?』

 

 

同時に普通の大剣を隣の小姓に預け、聖剣デュランダルを背中から引き抜いた。その様は周りどころか両軍を威圧した。

 

 

『俺は真の『自由騎士』を知っている! その男は神の教え、王の権威からも自由であり、ただその『心』にのみ忠実だった! 神に縋り、国に依った貴様らに自由騎士を名乗る資格など無い!!』

 

 

瞬間、黒騎士は爆発をして先頭にいる騎兵を殺した。黒い疾風がすり抜けるようにザクスタン騎兵達を砕き裂いていくのだ。

 

振ろうとしたメイス、小剣が黒騎士に当たる事は無かった。それどころか振るう前に鎧ごと腕と胴が離れるなどという技ばかりが披露されていったのだ。

 

 

十九の骸と死馬を作り上げると、残った最後の一人を斬ろうとした所で―――その一人は、自分はアウグスト国王にも連なる王族のものだとして降伏して身代金を払うと怯えながら言ってきたが、ロランは一切構わなかった。

 

 

『貴様らの教義によれば、懸命に戦って死んでも『戦士の野』に行けるのだろう? ならば命乞いなどするな!! 黙して逝け!!』

 

 

真一文字に振るったデュランダルによって、言葉を発しようとした恐れの首のままに宙を飛んだ。

 

 

その一連の殺劇はロランの成長を本当の意味で裏付けており、その様を見せられたレオンハルトは――――。

 

 

『ロラン在る限り、我らにブリューヌへの道は閉ざされるがままなり』

 

 

その言葉は、ザクスタンに一種の『停滞』を促し、後に砂と海の大地に興る『新興国』と赤竜の王国アスヴァールに奪われ続ける未来を決定付けた言葉であった。が、この時はただ単に、そこまで深い未来を予言したわけではなく、ロランを倒す必勝の策無ければ戦うこと無意味ということでしかなかった。

 

 

とはいえ、そういった事情もあってかザクスタンの攻勢も最近は大人しいものであった。しかし、国が乱れたのを感じたのか今日の攻勢は少し強かった。

 

 

それでも200人ばかりが殺されると、撤退を始めるザクスタン軍。対するブリューヌ軍に勝利の余韻や勝鬨も無い。

 

 

「不気味な侵攻だな。俺の恐怖が薄れたわけでは無さそうだが……」

 

「全くだ。しかし、国が乱れていることは察せられているようだな」

 

 

騎士団の副長であるオリビエが、こちらの言に同意しつつも裏側の事情は察せられたことを話す。

 

 

「宰相閣下からは何も無いのか?」

 

「何度か使者を出したが、会えずに帰ってきている……こうなれば、己で―――」

 

「副長! 団長! 王都より急使が城砦に来られました!!」

 

 

戦場整理の指揮をしていた所に、若手の騎士がやってきて報告をしてきた。

 

待ち望んでいたものがやってきたのだと思って、オリビエを置いて一足先に城砦に戻ったロランだったが、再びの落胆と怪訝な想いに囚われることとなった。

 

 

―――ようやくのことでザクスタンとの合戦場の整理を終えたオリビエは城砦の団長室にいたロランの表情と言葉に当惑するも望んだ使者ではなかったのだと気付ける。

 

 

「俺たちに賊討伐をしろとのことだ。それも使者こそ王都からであったが、要請はテナルディエ公爵からだ」

 

「俺たち? まさかナヴァール騎士団でか?」

 

「いや、我ら『パラディン騎士』達でだ。無論、兵も幾らかは連れて行くようだろうが」

 

 

テナルディエ公爵の要請をまとめると、自分がザクスタンとアスヴァールと交渉をして暫くの間大人しくさせるから、その間に国内を混乱に陥れている賊―――『ヴォルン伯爵』を討てとのことだ。

 

ヴォルン伯爵はジスタート軍を引き入れて、王権の奪取を目論んでいるとのこと。そしてそれを裏付けるようにジスタートの客将『リョウ・サカガミ』も、着いていると……。

 

 

「妙だな。直にリョウ・サカガミと話したことも見た事もないから何ともいえないが、リョウ・サカガミは私欲で動かんと思っていたのだが」

 

「テナルディエ公爵曰く、遂に西方にて縁るべき土地を求めて動き出したとの事だ。ジスタートではなく、西方の中でも肥沃な大地を持つブリューヌならば満足するだの……有り得ないな。実に有り得ないことの羅列だ」

 

 

そういう風に縁るべき土地を求めるのならば、自分と共に奸賊テナルディエ、ガヌロンの両者を討たせてその土地を与えるはず。

 

陛下ならば、それだけのことを考えていたはず。寧ろ、そういった考えならばブリューヌ側に『立って』戦うほうが正道だ。

 

最初は王子殿下の近衛騎士ぐらいから始まるかもしれないだろうが……。

 

 

「随分と買っているんだな自由騎士を」

 

「ああ。俺の騎士としての在り方をある意味変えてくれたからな……同時にあのような勇者が、しがらみ無く奸賊を討ってくれればと思っていたぐらいだ」

 

 

他力本願な。と本人には呆れられるかもしれないが、ロランとしては自分のような『国』に縛られた騎士よりも、彼に現状の変更を願いたかった。

 

そんな自分の考えを話すと、オリビエは鋭い指摘をしてきた。

 

 

「―――ということはリョウ・サカガミは、ヴォルン伯爵なる貴族に『義』があると見たんじゃないか?」

 

「その義とは?」

 

「そこまでは、ただナヴァール城砦まで噂程度だが聞こえてきた話では……ヴォルン伯爵の土地に、テナルディエ公爵の軍勢が踏み入ったそうだ」

 

 

それはアルサスにおけるただの『私戦』の話であったが、その戦いの顛末があまりにも『過激』だったからこそ尾鰭を着かせて、この西方国境まで届かせる形になった。

 

栄華を誇ったテナルディエ公爵の軍団―――それに更に色を付けるはずだった騎竜行軍。

 

引き連れてきた五頭の竜が自由騎士と戦姫―――そして『流星』によって砕かれたという話。

 

 

「有り得ない話ではない―――というのが、自分の考えだな」

 

 

だが、ロランとしては竜殺し自体よりも、テナルディエ公爵がどうやって『竜』を調教したのかが気になる。

 

そして『竜』を調教出来るならば、南部の港―――武のピエール公を『黒獣』で討ったのも自ずと分かるというものだ。

 

 

「それでどうするんだ?」

 

「―――如何なる理由があれども外国の軍を引き入れたヴォルン伯爵に王宮がいい顔をしないのは当然だ―――一度、ニースに行って陛下の容態を確認するついでに、ボードワン様に問い掛ける」

 

「アスフォール、オルランドゥも同じ考えだろうから、私の方で連れていく騎士達を選抜しておこう」

 

「頼む」

 

「パラディン騎士の中でも武でお前ら三騎士に劣っているんだ。これぐらいのことはさせてくれ」

 

「卑下するな次席騎士長。お前がいてくれるからこそ、俺は全力で戦えるんだ」

 

 

端正な顔を苦笑に変えるオリビエにフォローを入れながら、出立準備を整える

 

この男の知恵があればこそ、自分は安心して戦えるのだ。

 

ただ本人曰く単騎駆けをする自分はあまりにも見ていられず、近衛騎士か彼を補佐する者が欲しいと漏らしていた。

 

 

(ザクスタン人共には悪いが、彼を守護するヴァルキリーが欲しいものだ)

 

「では行ってくる。落ち会うのは、どの辺がいいかな?」

 

 

オリビエの思考の間に黒騎士は出立準備を整えたようであった。はたと気付かされた時には、軍装が外された状態のロランの姿があった。

 

もちろん、デュランダルは携えている。

 

相変わらずせっかちな男だと思いつつ、考えた上で口を開く。――――

 

 

「ヴォルン伯爵の行軍速度にもよるだろうが、彼の目的を考えるに……ネメタクムに至る前の『オーランジェ』方面で宿営を張っておこう。細かい事に関しては使者を出すからそれに従ってくれ」

 

「承知した」

 

 

黒騎士の諾の声。固い調子で返してそのまま部屋を出ていった。

 

その背中を見送ってから、あの男に就くべきヴァルキリーとでも呼ぶべき存在は死んでしまったのだと気付かされる。

 

 

「ジャンヌ……君が生きていれば、こんなことにならなかったのだろうな」

 

 

レグナス王子の護衛役であった女騎士。自分たちパラディンの同胞。それは永遠に失われたのだと―――オリビエは悲しく思いつつ、彼女の冥福を祈り、各騎士団に幾つかの指示を出す業務に邁進することにした。

 

悲しみを薄めるように激務へと昇華させるかのように、務めて動くことにした。

 


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