鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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前話に引き続き少しだけ改行を工夫。

それにしても二次創作者として色々と考えさせられることがあったもので少しだけこっちもどうするか考えてました。


『タトラ城砦決戦』(3)

 ―――リョウと双子が後ろで斬り合い金属音を響かせているのを聞きながら、ティグルとピピンは進んでいく。

 部屋はあちこちにある。扉の全てを見つつも、そこにリュドミラの父親がいるとは考えられない。

 

 迷い無く進むのは―――自分の放った矢が「何処」に当たったかが分かっているからだ。

 不思議な感覚ではあるが、それでも安心感がある。黒弓を使った際には不安感しか残らないというか倦怠感が最終的に出てくるのだが……。

 東方の弓は、そんな感覚を与えないのだ。

 

「―――あの部屋だが……ピピン。大公閣下の救出は、あなたに任せたい」

「ティグルヴルムド殿?」

「―――俺は別件がある」

 

 指で示した部屋、そこに行くよう頼みつつ、差した指の反対方向にすかさず向き直るティグル。

 ちょうどよく影となった廊下の向こうから、一人の女が現れた。

 格好こそ少し違うが、それでもあの時の女―――サラ・ツインウッドが来た。

 

「……勝てますか?」

「勝つさ」

「頼もしいお言葉……あなたのご武勇は必ず皆に、お伝えします」

 

 走り大公の部屋に向かうピピン、その手には解毒薬が握られている。

 後は……予定通り、この忍びに勝てれば、それで終わりだ。

 

 とはいえ……接近戦に持ち込まれれば、正直どうなるやら。機動力で上回れる騎馬戦ではない……だが、ティグルは勝つつもりだった。

 条件さえ満たせば……。勝てない相手ではないのだから。

 

「―――ザイアンは、貴女の良人だったのか?」

「……そんな心ある関係ではないな。ただ……私に向けた一欠片の優しさは、いずれネメタクム領内をいつか善導出来ていたはずだ」

「俺が、その機会を奪ったんだな?」

 

 答えこそ無いが、その怒りこそが彼女をここまで追い詰めた原因だ。だが、言わなければならないこともあるのだ。

 

「あの方が、魔に落ちた末に殺されたのは知っているよ。だからといって恨みを捨てろなどと臭い事を言うわけでは無いだろうな?」

「いいや。違う。ザイアンが最後に望んだ事を……俺はあなたに返したいんだ」

「何だと?」

「あいつが望んだことはただ一つ……己の領民の安寧のみ―――、それを守るための一騎打ち―――。結局、それはあいつが人でなくなった時点で出来なかったけどな」

 

 空間、高さ6アルシン、幅10アルシン。普通の城砦と考えれば広いほうではあるが、それでもこの空間は彼女にとって、一番の戦場だ。

 だが勝つ。ティグルにとって、これこそが本当の意味での戦いなのだから……。

 

「ふざけたことを……!」

「俺はあなたを止める! ザイアンが望んだことはあなたに、そんな修羅の道を歩ませることじゃない!! あいつの変わろうとした意思は、あなたが変えたザイアンの心根は、正しかったと伝えていくんだ!!」

 

 今ならば分かる。きっとあいつも必死だったのだ。抗えぬ敵を相手に気付いた時には、こんな道しか取れずに矛盾した行動をとってしまう自分に……。

 アルサスを襲ったことは許せない。だがティグルとて、非情な決断を迫られた時にどうなるか分からない。

 

『それ』を覆す「昇竜」は、ザイアンに在らず自分に在ったことは……運命の皮肉だ。

 だが、あいつの『心』は持っていく。清濁兼ね合わせつつも、全ての人の思い描いた国のために戦うと……。

 

「全ての怨みを使ってかかって来い。その全てを手折って、俺は―――あなたをザイアンの望んだ「あなた」に戻す!」

「!!!」

 

 これ以上の「戯言」を聞きたくなかったのかティグルに向けて、暗器が交錯しつつ放たれる。その勢いたるやリョウの斬撃に負けないものだ。

 しかしティグルにはそれが見えていた。己の身を抉るものだけに視線を向けて躱すために身を捻りつつ、矢を番える。

 

 狙い澄ました一矢は撃ち終わりの姿勢でいたサラの―――手を狙ったものだ。

 しかし手で払われ、撃ち落とされる。手にはクナイが一本、だが続いてはなった矢はクナイの柄を叩き、彼女からクナイを手放させる。

 

 お互いの距離が10アルシンあるかないかの距離を保ちつつの、射の円舞が生まれる。互いに位置を変えつつの射撃の舞踊は城砦の廊下から離れつつも、決して外の人間に知らせること無い静かにして壮絶なものだった。

 

 手数では無論サラに軍配が上がるも、威力はティグルの方が上だ。飛び道具という観点だけで言えば手だけで投げる「達人技」と弓という補助道具を使った「達人技」。

 傍で聞かされるだけならば、小細工の応酬にも聞こえかねないが、見る者が見れば、その二つの立会いがどれだけ緊迫し、白熱した怒涛のものであるかが分かる。

 お互いに必殺を撃ち合うそれは、一つでも躱し受け損なえば、それで終わりを告げるものだ。

 

 ティグルが今、使っているのは家宝の黒弓である。矢筒に戻したイクユミヤから供給される「無限の矢」でサラ=ツインウッドの交錯暗器と撃ちあっている。

 時には、ジョワイユーズを使うこともあるがティグルは、この『女神の弓』で以って倒すことにした。

 あの時、ザイアンとの決闘で使ったはずなのは、この弓だ。この弓で勝利しなければならないのだ。

 

 流石に女の体力か、それとも山小屋での手の傷が響いているのか、サラの動きに乱れが見えてきた。

 

『嬉しいわ。あの女の命を奪うために私の『力』を使ってくれるのね――――』

 

 黙れ。という思念の声と共に「太矢(クォレル)」。本来ならば弩などに使われるはずの矢を番えて、サラの真芯に向けて放つ。

 ―――それはザイアンを貫いた時と同じく「女神」の力を借りた矢であった。

 

「呪矢!!」

 

 ジュシ。というヤーファの言語と思しき言葉で驚愕するサラだが、クォレルは元々、砕けやすいように細工していたので力を受けて破裂する。

 投石器の樽弾の破裂のように四散する。木で出来た箆。太いものが木片となって勢い良くサラの全身を討つ。

 しかし……、その結果はサラが思ったほど無かった。己に降り注いだはずの木弾の破片で血塗れになっているはずなのに……殆ど傷を負っていなかったからだ。

 

 だがティグルは結果を最初から分かっていた。リョウの話を聞いた時から、「そうなる」と思っていた。

 だから予想が「当たって」安堵する。

 

 そして予定通り飛び退いてくれたサラ―――お互いの距離が、15アルシンにまで開いた。

 

「これで最後だ。――――ザイアンを貫いた矢であなたを『殺す』―――」

 

 番える矢は一つ。されどこの一撃で、彼女の戦う意思全てを叩き折るのみだ。

 

「この距離ならば、私とて貴様を殺せるほどの忍術を編めるさ……印を切るだけの余裕がある……!」

 

『忍術』。もしくは『妖術』と称される戦姫の竜具と同じ超常現象を引き出す「技術」。

 リョウから聞かされたことを思いだしたが、ティグルとしてはそんな馬鹿なという思いだけが、当初はあった。

 しかし現実に、それが出来る人間を目の前にしたのだから、詳細を改めて聞きだした。

 

(妖術なり忍術には一定の動きが必要……それは口訣、もしくは剣訣を切ることによって―――為されるもの)

 

 どんな印で、どんな術が発生するかはティグルには分かるわけが無い。この場にリョウがいれば分かるかもしれないが、それでも不安は無かった。

 

 番える矢。それに込められる力。それこそが全てを決するはずだからだ。

 

 そして――――これは命を奪うためのものではないのだから……。

 

『甘いことを……やれるならば、やってみせることね……加減を誤れば―――『二つ』の魂が飛ぶわよ』

 

 随分と今日は饒舌である。まぁ女神の普段と言うものを知らないから、どうとも言えないのだが力を入れる前から話しかけてくるとは……弓弦を引く手から血が滴りつつも、照準は淀みなく着けられる。

 

「火遁!! 油の地獄!!」

 

 言葉と同時に、サラの大きく開いた手から放たれる熱波は、廊下全てを埋め尽くすほどの―――天井すらも舐め尽くす炎の限りだ。

 

 熱で己が焼き尽くされる未来か、それともと考えていた時に―――――。

 

 ――――ティグルのいる位置から遠くで戦っていた二人の乙女の狭間から氷風が消え去り、それが、全てを悟らせた。

 

 まるで己達の戦い以上に大切なものがあるかのように―――竜具から一瞬だけ力を失わせた。

 

 エレオノーラが、会心の笑みを浮かべ、リュドミラが、視線を城砦内部に向けた瞬間―――。

 

 ―――――タトラの城砦の一角が、轟音と共に盛大に崩れた。

 

 崩れ落ちる岩や木などの城砦の建材。何年もここを守ってきたものの、その呆気ない様に事情を知らぬもの達は、呆然とする。

 

 知るものは少ないが、それでもそれこそが戦いの終焉の合図となった………。

 

 † † † † †

 

「随分と遠回りしましたわね。とはいえ、伯爵にとっては、そこまでする意味があったのでしょうね」

「得心しているようで何よりだが……まぁ、知っていても知らなくても後味が悪すぎるだろう」

「リョウだったらば、問答無用で殺していた?」

「―――汚れ役をいざとなれば、務めるのが俺だ……第一、『ソウジュサラ』の存在の根っこは俺の国に元凶があったんだからな」

「……さらっ、といつの間にか、帰還隊に入っているが、リョウ。その女は誰だい?」

 

 現在、タトラ山を最短で下っている最中であり、怪我を負ったものや、疲れ果てたものを乗せて『大怪獣』は『のしのし』と山を下っていた。

 大怪獣ことプラーミャの背中に乗るものの一人。まるで馬車にでも乗るかのように座っている女とそれなりに真剣な会話をしていたのだが、それに対して、疑問を抱くのは当然だ。

 フィグネリアの疑問に対して答える前に―――女、ヴァレンティナ・グリンカ・エステスは答えた。

 

「自由騎士の妻です。そして子供です♪」

 

 言葉の前半で己の胸に手を当てて、言葉の後半で朱色の鱗を撫でて視線で示した。

 胡散臭げな顔で、自分とティナを見比べるフィグネリア。何か疑問……というか疑問だらけなのだろうが、まぁ自分も疑問はいくつかあるが、この女性は時々「美味しいところ総取り」をやってくるので、タトラでの一件を知っていてもおかしくなかったのだが……意外な答えが帰ってきた。

 

「ソフィーをブリューヌに?」

「ええ、そちらの無理しすぎな格好の女性に簡潔にお伝えすると、公務のついでに単身赴任の夫の仕事ぶりを見ようと思ってアルサスに向かったらば、未だに帰ってこないと聞き、まぁ着いて見ればああいった状況になっていました」

「……それも竜具(ヴィラルト)とやらの効果?」

 

 ティナの長々とした説明に対して気にしたのは、それだけであった。それに対してティナも特別の変化も無しに問われたことに対して答える。

 

「あまり大っぴらに言うことではありませんが、私の鎌はそうしたことが出来るのです」

「それでここまでやってくるとはね……」

「まぁ来て早々に、気絶したテナルディエ公爵の間諜を連れて転移しろと言われるとは、思っていませんでしたけど……」

 

 言葉と同時にプラーミャの背中で一番、安定した所にいる三人の外様の女と、その横に立ち上がっているティグルとエレオノーラの姿が見える。

 

 三人の内の一人は昏睡したままではあるが、その周囲には不可視の結界が張られており、誰にも害されることは無い。

 

「親を思う子は強いですね……」

「同時に、子を守る親こそこの世で一番危険な生物だ」

 

 その結界の生成者は―――、甲賀抜け忍「双樹 沙羅」の胎の中にいる「子供」であった。

 自分とティナの呟きに思う所でもあったのか、少しだけ悲しげな表情で、そちらに目をやるフィーネ。

 視線を感じて起き上がったのかどうかは分からないが、女忍びとの最後の舌戦が、行われる。

 

(さて、どうまとめるのやら……)

 

 睨み合うティグルとサラの姿に昔を思い出す。それは―――、自分にとっても覚えがある光景だった……。

 

 † † † † †

 

「―――殺せ。ここまでされて生き恥を晒すつもりはない」

「断るよ。ただ…シノビというのは武士のように『死ぬ事』を本分とせず『生きる事』を本分としている。とリョウから聞いたが?」

「だとしても三度も殺されかけた相手の命を奪わないなど正気ではないな……」

「ザイアンから聞いていないのか? 生憎、剣とかは不得手なんだ」

 

 捨て鉢な感情のままに、そんなことを言ってきたサラ・ツインウッドは、こちらのはぐらかしの言葉に段々と苛立っている様子だ。

 本当に自暴自棄な人間というのは、こんな反応にはならないはず。

 説得の為の言葉を上手く吐こうとした瞬間に、横槍が入る。

 

「死にたければ、舌でも噛み切ったらどうだ?」

 

 その言葉に、銀髪と赤髪の従者は、エレンを睨んだ。だが構わずエレンは言う。

 

「お前は、私の同輩に余計な心労を負わせ戦いに水を差して、更に言えばティグルを余計な戦いに巻き込んだ。遺族慰労金は出すが、それでも私の兵達にも余計な死を出した」

「……恨んでいないのか?」

「兵士個人の感情は、ともかくとして、ティグル一人を殺すためだけにここまでの計略をめぐらすとはいっそ見事と言いたくなる。だからこそ……もう三度も退けられたならば、ティグルの勧めに応じてくれないか……お腹にいる『赤子』のためにも」

 

 エレンの言葉に俯くサラ・ツインウッド。彼女も本当は分かっていたのだろう。自分の命の他にもう一つの命があることを……。

 それは恐らく彼の豪傑無き後の、ネメタクムを継ぐべき人間なのだろう。血筋だけで言えば―――その筈だ。

 

「一族郎党を全て殺さなければいずれは、お前の禍根として残る……何故、私を生かすというのだ……」

「言っただろう……俺はザイアンの望みを叶えたいんだ。その為にもあなたには――――生きていてほしい」

 

 どんな結果が、訪れるかは分からない。だが、それでも「友人」の後を継ぐものを生かすことは間違いではないと信じたい。

 戦いの後、モルザイムで見つけた刀身が半ばで叩き折れた剣。これだけが、ザイアンという男の生きていた証であったものを言葉の合間に差し出した。

 

 見覚えがあったのか泣いて、剣の柄を抱きしめるサラという女性。それを見守る「アルル」「エルル」という双子。

 

「――――ここまでされては、もはや私に自由意志など無い。そして我が子を活かす為にも、テナルディエ公爵家の全てをお話します」

 

 ザイアンの剣を使って長い金髪を乱雑に切り落としたサラが意を決して、口を開いた。

 仏門に入る際の『剃髪』というやつなのだろうな。と思い付く。これ以後この女性が自分達に害となることは無いだろうと感じて、その話に耳を傾けることにした。

 

 そんなサラ・ツインウッドの独白に対してプラーミャの背中によじ登ってきた野次馬三人ほどもそれを聞くことになる――――。

 

 ザイアンが魔体と化して、テナルディエ公爵家が竜を使役出来ているのは一人の「占い師」の仕業だと伝えられた。

 占い師としてフェリックス卿に召抱えられているそれは、「陰陽師」「妖術師」の類だとサラは伝えてきたが、それは少し違うだろうなと野次馬『二人』は感じた。

 

「占い師ドレカヴァク……どんな人物だ?」

「大旦那様に唯一不敬を許されている野暮ったいローブを被り、髪の毛は手入れされていない老人だ……格好が格好ならば浮浪者と見られてもおかしくない」

「そいつが公爵家に召抱えられたのは、いつだ?」

「正確には知らない。私がザイアン様に拾われた頃には既に居た」

 

 三年前ほどのことだと伝えてきたサラの言を疑う術はあるまい。プラーミャの背中、不安定な所でも構わずハサミを使いサラの髪を出家した尼の如く切り揃えていくティナ。

 疑問は尽きないが、それでもあちらの「力」の大元を知る事が出来たのは僥倖だ。

 

「これからどうするんだ?」

「大旦那様からは解雇を伝えられた。故郷は既に無い。甲賀の里は、風の噂によれば潰されたらしいからな」

 

 ティグルの何気ない質問に対し、子供を養うぐらいの金子はあると伝えられて、とりあえずきままに諸国を歩くと伝えられる。

 全面的に信頼出来るものではないと想いつつも、それでも憑き物でも落ちたかのように晴れやかな顔をしているのは、結局の所……彼女の復讐が失敗に終わったからだろう。

 いや、最初から「成功」するわけがないものが予想通り失敗に終わってしまったからだろう。

 

「サラ様……私達は……」

「―――私は既にお前達の頭領ではないよ。ただ一つ、頼めることがあるならば、大旦那。フェリックス・アーロン・テナルディエの暴走を止めるためにも―――伯爵閣下に協力するべきだ。お前達の『勇者』も、伯爵閣下の幕営にて見つかるかもしれないのだから……」

 

 諭すような言葉で言われた耳の長い「森の精」のような双子は、こちら―――ティグルとエレオノーラを見上げる。

 不安げな眼差しを受けつつも、ティグルは微笑を零して首を縦に振った。

 

「ウチの殿は、広く賢者や戦士を募集している。その来歴に拘りはないさ」

「何でお前が言うんだよ。その通りだけどさ……『アルヴルーン』『エルルーン』、二人ともそれでいいのかな?」

 

 その言葉に……双子は「双樹 沙羅」の身の安全を保障してくれるならば、と言ってきた。

 こちらとしては、これ以上彼女をどうこうしようとは思っていない。ただもしも、テナルディエ公爵家に何かあれば、戻ってきてほしいとだけ含めておく。

 

「分かったの王様、私のご飯のため、私達の勇者を見つけるためにも従うの」

「……ヴァルキリーとしての意地をブリューヌの皆様方に見せてあげます」

 

 強壮で知られるザクスタン傭兵が、自分達の幕営に加わったことは戦術の幅を広げるだろう。

 スカウトにしてファイターにしてセージでもあるべき彼女らの加入は大きい。

 

 だが、そういった打算的な考えとは別に、双子の様子に「……似ているな」と同時に呟いたのは、フィーネとエレオノーラであり、二人とも己の胸中に対して苦笑を漏らすしかなかった。

 

 ―――そんなこんなしている内に、タトラ山を下りた所で―――双樹沙羅はいなくなった。

 

『すまなかった』

 

 そんな一言と同時に『韋駄天の術』で去っていった。彼女の座っていたプラーミャの背中には、丈夫な袋が三つ。

 中身は金銀財宝の限りであり、それが色々な意味を持った『謝礼金』であることは分かっていた。

 

「これで全て終わったかな?」

「アルサスに戻るにはもう『一仕事』あるが、そちらは戦いではなく戦後処理みたいなものだからな」

 

 疾風の如く強襲して、疾風の如く撤退した自分達の功績をリュドミラがどのような形で、落とし所を着けてくるのか、それ次第だ。

 プラーミャの背中に立ち、地平線の彼方に目を向けながら、ティグルに対して、そんな事を言う。

 

 誰にも知られず姫君の杞憂を除き、誰にも知られず戦いを終わらせた自分達に対して人質返還含めて、どんな話が持たれるか……。

 

 それが終われば……遂にアルサスに戻り、テナルディエ公爵との戦いに全力を注げるだろう。

 

 人からは遠回りであり、迂遠な道のりだと思われかねないだろうが、大きなことを成し遂げるものは多くの困難を突破していかなければならない。

 

 ……それこそが「英雄」としての「試練」でもあるのだから。

 


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