鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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新作が発売したので久々の投稿。

前回(MF文庫版)がムリゲーすぎたティグル―――反動なのかすごく恵まれている。

おおっ! なんだこの誰もかれもが虜になる秀吉系統の主人公は……、まぁ少し環境に余裕があればティグルも王道をそれとなく目指せるはな。

チートという程度ではないが、アルスラーン系主人公として多くの武将を味方にしてダリューンなロランも味方に着きそうだし。

ああ、けれど代わりに敵もとんでもないことになりそう……。

赤髭「15万でダメだったから今度は30万で挑ませてもらうぞよ♪」




『タトラ城砦決戦』(1)

 

 

 

 

 最近、どうにもこのアルサスにて良くない噂が上がっている。留守を預かる身としては、こういった事態に対してちゃんと対処しておかなければならない。

 

 

 とはいえ、良くない噂と言えるほどに殺伐不穏なものではないのだが、それでも怪談話に変じそうなものでもあった。

 

 

 この間、オードから帰還したルーリック、ジェラールからも同じような報告が上がっていた。(二人してタッチ半分ぐらいの差で同時に報告)

 

 

 

「どこからともなく夜になると聞こえる楽器の音色ですか……気取ったミネストレーリでもいるんでしょうか?」

 

 

「やはり調べた方がいいんじゃないか? もしも敵の間者でアルサス領民から何かを聞き出していたら不味い」

 

 

「私も聞きましたけど、良い音色でしたよ。ただどこからだろうと窓を開けると、終わっちゃうんですよね」

 

 

 

 リムアリーシャの疑問に対して、机の対面で勉強していたオルガ、そして二人にお茶を持ってきたティッタが答えた。

 

 

 言われてどうしたものかと思いつつも、やはり流しの歌詠いであるならば、堂々と音色を奏でて欲しいもののだ。

 

 

 別に商売の邪魔をしようというわけではないのだから……。何も後ろ暗いことが無いならば出てくればいい。

 

 

 

「今夜辺り、その音色の正体を掴みますか。オルガ様の言葉も一理ありますから、場合によっては兵を使うことも考えます」

 

 

 

 リムはそう決意して悟られないようにセレスタの街の住人にも協力を願って、気取った音楽家の正体を知ることにした。

 

 

 ティグルの館の庭に潜んで件の音楽家の登場を待つ。どうにもその音楽家と言うのは、ティグルの館の周辺まで歩を進めていくことまでは分かっていたからだ。

 

 

 月明かりだけが輝き、街唯一の酒場すらも閉まり、後は闇夜の帳に落ちて静謐の中に沈んだセレスタの街のみだ。

 

 

 そうして―――二刻経つか経たないかという時に、それは現れたのだ。

 

 

 張り詰めた弦が震えて、音を吐き出す作業のそれが静謐の中に心地よく響く。まるで静謐を深くさせようとするそれの前に―――眠りこけそうになるも、それをこらえる。

 

 

 

(き、来ましたよリムアリーシャさん)

 

 

(ええ……見える限りでは……男性ですか―――)

 

 

(またもやルーリックさんやジェラールさんみたいなティグルの小姓希望者だろうか……ティグルが色んな意味で『危ない』)

 

 

((失礼なこと言わないで頂きたい!))

 

 

 

 言葉の裏に隠れた心こそ逆だろうが、オルガの言葉に隠れていた二人の男騎士達は小声で怒るという器用な真似をした。

 

 

 そうしつつも、今回の音楽家は少し違っていた。今までは楽器の演奏だけで済ませていたというのに、今回に限っては、口を開いたのだ。

 

 

 要するに詩を吟じ始めた。それはアスヴァール語での詩だ。

 

 

 あまり知らない言語であるが、それでも―――アルトリウスと円卓の騎士の伝説を歌い上げているのだろうということは理解できた。

 

 

 歌い上げる吟遊詩人は―――おそらく三節程度を歌い上げた後に、何かを呟く。

 

 

 

「うーーーむ。どうやらいないかいるのか微妙な所であるが、僕としてはこのまま帰るというのは情けないことこの上ない……ギネヴィア様とか絶対に怒るだろうしねぇ」

 

 

 

 独り言を呟く吟遊詩人。軽い調子でいながらも、その身体はゆるぎない所作だ。

 

 

 

「それで今夜こそは聞きたいことがあるんだがいいかな? そのように闇の中で見つめられては、私も少々冷や汗を掻いてしまう」

 

 

「気付いていましたか」

 

 

 

 リムが先んじて立ち上がると一斉に全員が潜んでいた所から立ち上がった。その様子に少し驚いている吟遊詩人であったが、落ち着いたのか、こちらに寄ってきて自己紹介をし始めた。

 

 

 何か妖しい動きをすればティッタを除いて誰もが切り捨てることが出来る体勢でいたのだが、構わず吟遊詩人は口を開く。

 

 

 

「私の名前はウィリアム……アスヴァールにて伝説の英雄達のサーガを歌いながら、新たな「英雄」のサーガを作ることを目指すものです」

 

 

「何故ここに来られた? 何となく用向きは察せられますが……」

 

 

「流石は胸の大きな美人は言うことが違う。その度量に完敗してしまいますよ」

 

 

 

 若干、怒りを起こしながらもとりあえず本人の口から用向きを聞きだす。それによれば目の前の吟遊詩人は元々アスヴァールにおいてタラード将軍に重用される人間だったそうだ。

 

 

 タラードなる人物を直接見たことなく、知っているだろう人間からも聞いたこと無いから本当かどうかは分からないが、まぁ自己申告によれば、そういうことらしい。

 

 

 しかし、かの陣営において赤竜の騎士アルトリウスの再来なのではないかと思うほどの卓越した剣士を目にした時から、彼の心……吟遊詩人としての『火』が点いた。

 

 

 

「つまり、リョウお兄さんの『伝説』を完結させたくて、ここまでやってきた、と……」

 

 

「その通りです桃色のお方。タラード将軍及び胸の慎ましやかなブレトワルダの革命が成るまでは、私は義理立てしてジャーメインを打倒するために戦ってきましたが、先においてそれらが成り、私は晴れて自由の身となり、自由騎士の伝説を紡ぐためにブリューヌにやってきたのです!」

 

 

 

 芝居がかった言い方と大仰な身振り手振りをする吟遊詩人である。どちらかと言えば「道化師(クローウン)」か「劇作家」にも思えるのだが、本人はそういっているので、まぁそうなのだろう。

 

 

 

「……あなたが本当にサカガミ卿の既知の人間であるのならば、それなりの信用もありますが、今ここにはあなたの身分証明をする人間もいない。何よりある意味このアルサスは戦争真っ只中なのです。妖しげな、ともすれば間諜の変装でもある職業の方を滞在させるわけにはいきません」

 

 

 

 リムの言葉に対して全員が頷く。かき鳴らしたハープの音色が物悲しく響く。だが、そう言っておきながらリムはある提案をしてきた。

 

 

 

「ですが、タラード革命軍にいたということは、それなりに武芸にも通じているのでしょう。我が軍は大変な人手不足です。伯爵の近衛兵を常に募集しております」

 

 

「まぁ剣も槍も弓も―――一流には届きませんが、それなりです……そして私の一番の武器は……こちらになります」

 

 

 

 持っていた荷物、その中から―――金属製の陶器とでも言えば良いのか、何とも言いがたいものが出てきた。

 

 

 壷と言えば壷だし、瓶といえば瓶にも見える。取っ手のようなものがついていたり、見れば見るほどに分からなく、リムもそれなりの洞察力を発揮するには時間がかかった。

 

 

 

「それは?」

 

 

「我が盟友ラフォールとの共同開発によって作られた手持ち「投射兵器」―――私はこれを、古式に則り「フェイルノート」と称しました」

 

 

「思うに、それはもしや小型の「火砲」……のようなものなのか?」

 

 

「不毛の方。なかなかの洞察ありがとうございます。動力機関や機構は少し違うのですが、それに類するものでして……まぁ日が出ている時にでも威力の程をお見せしましょう」

 

 

 

 ルーリックにそんな風に言いながら、続けて今夜見せるには遅すぎるし、何より結果はそんなに見れないはずだとするウィリアム。

 

 

 とりあえずセレスタの町の宿に一拍させることで、明日の昼にでも、その「投射兵器」とやらの威力を見せてもらうことにした。

 

 

 

 そしてその日の昼に「タラード革命軍」の「『銃』士ウィリアム」は、連合軍の初の雇われ兵となることとなった。

 

 

 彼曰く、その「複合投射『銃』」というもののアイデアはリョウ・サカガミの故郷で使われているある兵器が元であるらしい、更に言えば「自分の武器は、詩です! 詩で皆様の戦意を彩ってあげましょう!」と言うウィリアムに、どういえばいいのやらであった。

 

 

 

 後にその男―――雅号「ウィリアム・シェイクスピア」と名乗り多くの伝説をジェスタ、サーガとして読み上げて多くの人間に「二人の勇者」の実像を見せていくこととなるのは、正しく運命としか言えなかった。

 

 

† † † †

 

 

 剣が振るわれる。斬撃の鋭い音が、狭い室内に響き渡る。

 

 

 疾風、突風のそれが剣だけで吹いていたのだ。まさしく自由騎士の剣に通じるほどのものだ。

 

 

 縦横無尽に振るわれる剣の舞が、厳かさなど欠片もない不吉な闇を孕んだ風を吹きわたらせる。しかしながら、その剣嵐が都合30回も吹きわたると―――、風の音とは違う甲高い音が響いた。

 

 

 

 高い金属音。それは振るわれ続けた剣が砕けた音である。

 

 

 

 振るっていた黒い長髪の男は半ばで砕けた剣を振り下ろした状態で静止していた。

 

 

 状態から回復し、直立しながら砕けた剣を見定める。

 

 

 

「この剣では駄目だな。俺の技術と『力』を受け止めきれない」

 

 

「申し訳ありません。何分、この辺りの製鉄技術は低いものでして…」

 

 

「そういう問題でもないのだがな。神器と言われるような武器はないのか?」

 

 

 

 男。桃生は室内にて瘴気ごとの剣風を浴びていた老人に問いかける。

 

 

 かつて、帝という神の血が薄すぎる支配者より神器を奪ったこともある桃生としては、砕け散った部屋の武器全てが、有象無象の類に思える。

 

 

 八つ首の蛇の尾より生まれたという剣。それは自分の手にありながら最後には、自分を刺し貫いた剣だ。

 

 

 鬼の小僧、不死鬼の息子という死者と生者の混じり物の手に最後は渡った。

 

 

 

 その後は分からない。支配していた巫女の話では、神器を取り戻すために帝が送り込んできたというのも聞いていたので、その後は再び宮に戻ってしまった可能性がある。

 

 

 しかし、ドレカヴァクは面白いことを言ってきた。それは自分にとっても正しく僥幸と呼べるものであった。

 

 

 

「まさか…あの鬼の混ざりものが生き延びて後世に子孫を残したとはな……奇妙奇怪も極まっている」

 

 

 

 面白がるような声を出す桃生。神と人と妖の境界が未分であった時代を生きた魔人は、そのことを思い出しているのだろう。そして、その剣を奪うことを考えているのだろう。

 

 

 

「とはいえ、今の俺は所詮雇われの身……だが、だからと行動を制限されるのは気に食わんな」

 

 

「お待ちください…今はまだ、あの男は必要な存在…」

 

 

「構わぬ。今のフェリックスは、息子の仇を討つべしと凝り固まっている。そういう『執念』だけで、動いている人間ほど操りやすいものだ」

 

 

 

 言いながら、開いた手のなかに闇を凝縮させた玉を出現させた桃生。その闇の濃さに、ドレカヴァクですらもおぞましさを感じる。それを用いれば、恐らくフェリックスの精神を支配は出来るだろう。

 

 

 無論、傍目には正気に見えるだろうが、寸前での判断で割り込みをかけることも出来る。

 

 

 恐るべき精神支配を行おうとしている。如何に魔道邪道を極めたとしても、ここまでのことが自分に出来ようか。

 

 

 

「とはいえ、この国での神器というものがあれば、それを手にいれるのも一興だ」

 

 

「では……お教えしましょう。この国の人間どもが愚かにも破邪の剣と崇め奉っている『魔剣』デュランダルを―――」

 

 

 

 この男ならば、この国を闇に沈めるには容易いとは思うのだが、それでも万にひとつの可能性も残したくはなかった。

 

 

 特にあの剣が、元の神官の家に戻るというのは、あまりいい気分ではなかった。

 

 

 手元にあっても使える人間など『将軍』程度しかおらぬのだが、この男の手にあれば、それは違う結果になるはずだ。

 

 

 

 そうして、場合によっては自分ですら滅ぼされてしまうぐらいの闇に恐れを抱きながらも、ドレカヴァクは話すことにした。

 

 

 それがどのような結果になったとしても、忌まわしき神剣の売り捌いた『退魔銀(ミスリル)』によって、一種の結界を構築されつつあるブリューヌに魔の影響力を取り戻すことになるのだから……。

 

 

 † † † †

 

 

 

 ライトメリッツ陣内は少しのどよめきに包まれていた。それは総攻撃をタトラにかけると思っていただけに気合いを空かされた気分になったからだ。

 

 

 しかし、それだけではない。この男だらけの陣における二輪の華が、昨日までとは『色彩』を変えていたからだ。

 

 

 まるで朝顔の変化のように、二人の『衣装』が違っていたからだ。

 

 

 

「どうだティグル? こういう衣装もいいだろう?」

 

 

「あ、ああ似合っているよ…けど、何だってサフィール殿の衣装を着る必要があるんだ?」

 

 

「用心のためだ」

 

 

 

 なんの用心かと言われれば、想像がつかないほどティグルも鈍くはない。

 

 

 そうして、もう一方の方。桃色の長い髪。オルガよりも癖のない艶やかな髪。それを片方の目を隠すようにして前に垂らしている女性は―――昨日までエレンが着ていた衣装。

 

 

 

 そんな『若すぎる衣装』をしたエレンよりも年上の傭兵サフィールは、何かに耐えるようにふるふると震えていた。

 

 

 気持ちは分からんでもないが、それでも別にその衣装が似合っていないわけではない。ただ本人としては、そういった歳に似合わない衣装をイタイと思っているのだろう。

 

 

 短いスカートを必死で押さえている様子に、同情してしまう。

 

 

 

 お洒落に失敗した女の気分でいるだろうサフィールに近付くリョウ。

 

 

 口が上手く、女の扱いに長けた自由騎士ならば、何かしらのフォローがあるだろうと、任せて見ていた。

 

 

 そうして剥き出しの肩を叩いて、慰めるようにしていたのだが……突然、地面に向けて吹き出した。

 

 

 腹を抱えて笑い出したリョウの様子に、笑顔で怒りをためるサフィール。30秒ほどの大笑の後に、サフィールは、その背中に鋭いヒールで蹴り出した。

 

 

 

「な、何するだぁー!!」

 

 

「五月蝿い黙れ!!! 私だって分かってるんだよ!! この格好の痛々しさぐらいな!! とにかくこんな恥ずかしい格好を終わらせるためにも必死でエレオノーラの真似をしてやる!! だからさっさとあんたらは大公閣下を救ってきな!! ―――野郎共!! あたしらは決死の覚悟で、タトラ城塞の門前で耐え抜くんだよ!! 出来なきゃあっちは戦姫がいないと思って、一気呵成に挑んでくるよ!!」

 

 

『ヘイ、姐さん!!!』

 

 

 

 特殊な趣味の客を満足させる娼婦のように、リョウを蹴りたぐって満足したのか、それとも自棄っぱちなのか、サフィールはそのように言って、百人の決死隊を統率した。

 

 

 恐らく両方だろうな。と結論して、いい傾向だなと感じる。そんな鋭いヒールで蹴られたリョウはさしたる痛痒を感じていなかったのか、平然とした様子でこちらに近づいてきた。

 

 

 

「一匹狼の傭兵だったって割には、随分といい統率の仕方じゃないか」

 

 

「当然だ。サフィール殿は、いずれは私の母親になってくれなかったかもしれない女性だ」

 

 

 

 どういう意味だろうと疑問を口にすると、後で教えてやるとエレンは笑いながら言って来た。

 

 

 ともあれ、偽兵部隊を率いるサフィールが、あの様子でいれば、ばれることはあるまい。

 

 

 髪型、髪色に関してはオルミュッツ斥候部隊の不明さにかけるしかない。

 

 

 

「よし! 準備出来たな。ならば出陣!!」

 

 

 

 全員の戦支度が終わったことを確認したエレンの声が幕営内に響く。目標は見えている。やるべきことも分かってるのだ。

 

 

 為すべきことを為す。それだけだ。

 

 

 

((やれるだけ、やってみるさ))

 

 

 

 奇しくもフィーネとティグルの心のなかでの言葉は同じであったが、その心は少しばかり違っていた。

 

 

 だがやるべきことが定まり、それに対して全力で取り組める。それは、ある意味では幸せなことであった。

 

 

 

 世の中には、そうではない人間もいるのだから――――――。

 

 

 

 

 

 † † † † †

 

 

 

 

 

 

「……つまり、ティグルヴルムド・ヴォルンを殺せば、お父様を解放すると…?」

 

 

「そうだ。あの男は弓一級品であり、神器も操れるが、所詮は弓使いだ。距離を詰めれば貴様の距離だろう―――、もしくはエレオノーラ・ヴィルターリアを抑えておくかだ」

 

 

 

 無茶な注文であるが、この女は聞かないだろう。それこそ決死で挑めとか言いかねない。

 

 

 

「どちらも難題ね……一つ聞きたいわ。何故そこまでティグルに拘るの? あなたにとって、ザイアン・テナルディエとはそこまでの人物なのかしら?」

 

 

「それに答える義理があるか?」

 

 

「私は自由騎士と戦姫に殺されるかもしれないのよ。死ぬ前に全てを知っておきたいぐらいのことはあるわ―――同じ女として狂気に駆られたあなたの動機ぐらいは―――、知らなきゃ死に損よ」

 

 

 

 戦姫専用の部屋。タトラの中に設けたそれなりに豪奢な場所で、紅茶を飲みながらそんなことを聞いた。

 

 

 いい加減うんざりして、殺したくなるような気分だが、それでも賭けに出る前に、理由の一つでも知っておきたい。

 

 

 

 そういう心地で、一応の平静を保つ形でリュドミラは尋ねた。

 

 

 自分に対して、説得を試みたティグルもこんな心地だったのか、そういう境地に思い付くと同時に、サラ=ツインウッドは己の事を語り始めた。

 

 

 

 最初は自分が、こんな西洋までやってきた理由からだった。それは自由騎士ほど崇高な目的があったわけではない……しかしヤーファの事情を知ることに……。

 

 

 

 この辺ではヤーファと呼ばれる故国ヒノモトでは、争いが絶えなかった。その原因は遡っていけば様々なものはあったが、結局の所、旧来の勢力の衰退であった。

 

 

 

 そんな中、自分はある試みの下、作り出された「忍の子」であった。旧来の勢力、公家、没落した武家など多くの「出資者」達が銭を出しあって、異国の情勢を探り出す諜報機関の成立を目指した。

 

 

 いずれは自分達が、ヒノモトの頂点に立つために、情報を制するために。

 

 

 そうして、異国。まだ人権意識が低かった頃に西方よりやってきた奴隷。特に学位のあるものたちを雇い入れて地元の語学に関する発音を学ばせた。

 

 

 双樹沙羅の母親もそのような人間であったらしく、ヒノモトの名前にもあり、母国にもあった名前を付けてくれた。

 

 

 金色の髪のヤーファ人。しかし父と母は、そういった目的意識だけで一緒になったわけではない。

 

 

 ―――それこそが、沙羅の不幸の始まりであった……。

 

 

 忍びであった父は、このままいけば母子は辛く困難な道に従事させられると知り、甲賀の里を抜けることを決意した。

 

 

 

 甲賀忍者は伊賀のような雇われ集団とは違い、職人ではなく、一子相伝の継承伝統。即ち武家などのような性質で成り立っており、事実、大口の出資者は「六角」という武士の家であった。

 

 

 裏切り者、里を抜けるものは容赦なく切り捨てる彼らの追撃は執拗であり、沙羅の両親は、その逃避行の果てに死んだ。

 

 

 この髪と肌の色ではヒノモトでは、目立ちすぎる。両親の亡骸を丁重に弔った後に、残された金銭で外国船に乗り込み……両親の遺言通り、西方に行き……己の生きる術を見出したかった。

 

 

 

「その後は、あえて奴隷に身を落として……いずれ現れるだろう信じられる主君の下で己のシノビとしての技を利用したかった……」

 

 

「聞く限りではザイアンという男は、凡庸どころか愚物にしか思えない人物だけどね」

 

 

「何とでもいえ。世間がどうあれ、私にとっては、信じられる方だったのだ―――」

 

 

 

 あえて怒らせる形で、リュドミラも言ってみたが、少しだけ良い噂もあったといえばあったのだ。

 

 

 それで、人格者と伝えられる曽祖父の代のテナルディエ公爵家を再興出来るかと言われれば……可能性はあったのだろう。

 

 

 

 そして、その可能性を摘み取ったのはティグルということだ。恐らくこの女性とザイアンは深い仲だった。

 

 

 

 全てが結果論ながらも……巡り巡って因果が、彼に巻き付いたのだ。

 

 

 

「ティグルヴルムドを殺せば、貴様の父親の呪いは解いてやる―――それとも、貴様も「愛」に殉じるか?」

 

 

「有り得ないわ。己の領民以上に守らなければいけないものなんて―――支配者には無いのよ」

 

 

 

 言いながら、リュドミラは氷のような言葉が自分に突き刺さるのを感じていた。だがやらなければ、己の領民である父が死ぬ。

 

 

 今回の戦の事情が分かっていない兵士達まで、多く死んでしまうかもしれない。

 

 

 

(野戦に持ち込むしかない!!)

 

 

 

 これ以上は、心の均衡が保てない。殺し殺されるの決着は―――あの『弓聖』につけてほしいのだ。

 

 

 結末がどちらに転んだとしても……。

 

 

 † † † †

 

 

 

 ―――そんなリュドミラの心と乖離するように、ライトメリッツ決死隊100人は、タトラの隠し道を通り、タトラの城砦に辿り着くまでの防御陣地をすり抜けて、山頂まで至ろうとしていた。

 

 

 

「少し変な気分ですな」

 

 

「全てが元通りになったならば、あいつに教えてやれ。間が抜けた相手に戦いを挑むなんて気が抜けることこの上ないから」

 

 

 

 わざわざ主敵が強くなるようなことをしてどうするんだ。という思いを何人かが持ったものの厚手の外套に身を包んだ戦姫の言葉に異を唱えるものはいなかった。

 

 

 とは言うものの、どうせこの道は今回しか使えないものだろうというのは分かる。幾ら何でもこんな奇襲を一度受けて、調査をしないわけがないのだから。

 

 

 

「しかし、今更ながらアルサスが心配になってきた……」

 

 

「戦争準備というのは時間がかかるとはいえ、ジスタートに足を留まらせ続けていたからな」

 

 

 

 ピピンの言葉を皮切りに、ティグルがそんなことを言った。確かにオルミュッツに対する『調略』が終われば、その後はアルサスに向けて出陣であったはずなのだが、それを崩してきたのはテナルディエ公爵の『調略』であった。

 

 

 同盟者の背後を突くことで、こちらを行動不能にしたあの男の智謀に今更ながら感心する。

 

 

 ここから先は手を変え、「武器」を変え、ティグルには使えない「手」で、あの男は自らが動かずにティグルを排除しにかかるだろう。

 

 

 

 だが、戦うしかないのだ。自らの想いを乗せて手に武器を取り戦うものにしか、望むものは手に入らないのだから……。

 

 

 

(武将と忍の違いというのは、そこなんだよ)

 

 

 

 如何に心を縛り付けて、戦いを強要させたとしても、そこに己の「本当」の「想い」が無ければ負けるしかないのだ。

 

 

『坂上 龍』はそう考える。

 

 

 

 そして想いの強さこそが―――戦いの局面を変えるのだ。

 

 

 

「ティッタさんの料理が恋しいのは理解できるさ。その前に―――お前は「囚われの姫君」を助ける事だな」

 

 

「詩人だなリョウ、言わんとすることは理解できるけどさ」

 

 

 

 外套に付いた雪を払う。木々から降ってくるそれらを避けつつ、どこかに斥候がいないかと少しばかり探る。

 

 

 しかしやはり隠し道らしく、そんな人間は一人とていないわけで……。

 

 

 

 そんなこんなの雑談を低い声でやっていると、遂に眼下にタトラの城砦を見下ろす形の場所に出る。

 

 

 

「身を低くしろ。歩哨がいるかもしれない」

 

 

「ああ」

 

 

 

 ある種の感慨が自分達を包んでいたが、流石に一度は来ていただけにティグルは、注意を鋭く言い放った。

 

 

 全員がそれに従うと同時に持ってきた軍旗を広げる。

 

 

 

「手筈どおりだ。山道の連中が、翻すまでに決着を着ける―――もしも間に合わなければ」

 

 

「アタシだって死にたく無いからね。素直に白旗上げるさ」

 

 

「まぁ、そんな格好で死んだらあれだしな」

 

 

「とっとといけっ!」

 

 

 

 サフィールに注意を出したリョウだが、蹴られる形で、二手に分かれた。

 

 

 山道を滑り落ちる形で決死隊とエレンに扮したサフィールが城門から離れた所に陣取り、鬨の声を上げた。

 

 

 タトラ城砦の連中はそれに面食らったはず。

 

 

 どこからともなく現れた連中が掲げるその旗に、そして―――エレオノーラ・ヴィルターリアらしき女がいることに。

 

 

 

「竜具は召喚すれば、いいだけだ。それまではサフィール……いやフィーネに預ける」

 

 

「何だ分かっていたのか?」

 

 

「当たり前だ。―――私の養父の「最後」を知っている相手なんだから……フィグネリアは……」

 

 

 

 外套を脱ぎ去り桃色の衣服を晒すエレオノーラ。混乱の状況に陥っているタトラ城砦。

 

 

 一応、分からぬ程度に御稜威で「探り」を入れると、やはり大公閣下はタトラにいた。

 

 

 

 その呪詛の色もかなり不味い領域にまで広がっているのを感じて、ティグルの『矢』に清め祓いの御稜威を掛ける。同時にティグルにどの辺りに矢をやればいいのかを伝える。

 

 

 それはここからでは見えていても、届けるのは容易ではないほどに城砦の奥まった場所であったのだが、彼は笑みを浮かべながら、一言だけで済ませてきた。

 

 

 

 

 

「容易い」

 

 

 


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