鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

69 / 86
短いですが、とりあえずあっぷします。

つーか今更ながら美弥月先生と言えば、渋にてティナのいいイラストを描いてくれた人か。

あああっ!! 最近の今作にはヴァレンティナ分が足りない!!(泣)


2018年7月19日 修正


『母娘の会話』

 

 宿営の中は寒さを凌ぐために篝火の数以上に、多くの暖が取られており、食事も暖かいものを全員が作っている。

 

 

「サカガミ卿、そちらの女性はどこで引っ掛けたのですかな?」

 

「いやはや剣だけでなく槍も冴え、女を殺す技術も冴え渡りますね。よっ天下御免の色サムライ!」

 

「うるせ。酒は飲んでも「呑まれるな」だ。あんまり飲み過ぎんなよ」

 

 

 気楽な調子で騎兵部隊の連中に返してからフィグネリアと共にエレオノーラの幕舎を目指す。

 

 見えてきた幕舎の中に入ってもいいかどうかを呼びかける。

 

 

「俺だが入っても構わんか? サフィール殿も一緒だ」

 

『ああ、構わん。食事もあるから構わず入れ』

 

 

 失礼する。と一言だけあってからエレオノーラの幕舎に入る。

 

 ライトメリッツの軍旗と黒竜旗が飾られた幕舎内。そこで彼女は報告書を見ながらシチューを飲んでいた。

 

 簡素な机の上でのそれを見て、どうしたものかと思うがエレオノーラは存外真剣な顔で言ってくる。

 

 

「ミスリル装備とやらの運用を考えていた。回収した装備を採用するにしてもリュドミラ以上の運用方法を思いつかないと負けてしまう」

 

「対策を練ったほうが無難だと思うがな」

 

 

 生産者があちらである以上、どうやっても装備の利はオルミュッツにあるのだから。こちらが奪って修繕した装備では対等にはなりえない。

 

 火砲の生産がムオジネルにあることでの優位性と同じなのだ。

 

 

「お前が侵攻を止めなければどうなっていたか分からんな。8人で300人の被害を与えられたようなものだ」

 

 

 空恐ろしい数字である。しかし分散して運用していたならば、その数字は出ない。

 

 やはり集中運用の一点突破というものを思いついたリュドミラの勝利と言って過言ではないだろう。

 

 

「オルミュッツの戦姫は随分と攻撃的なんだね。あんな戦術思いつくなんて」

 

「いやサフィール殿、実を言うと私は結構驚いているんだ。リュドミラがこんな戦をしてくることに」

 

 

 エレオノーラはそうして、リュドミラの事をサフィール、もといフィグネリアに話し始める。

 

 リュドミラの戦術は基本的には堅実な防御でかかる。如何にライトメリッツ騎兵が強卒でオルミュッツの壁を砕こうとも即座に壁を塞いで、戦線の拡大を防ぐ。

 

 背後や側面を突いたとしてもそれで壊乱するほど間抜けではない。

 

 オルミュッツ兵士の防御戦術の優秀さは装備優良品というだけでなくジスタートの中でも雪深く寒冷な土地であるが故の忍耐強さからも来ているのかも知れない。

 

 故にそういった攻撃こそ最大の防御的に突っかかるエレオノーラ相手に対しては更に堅実に守りを固めるのだろう。

 

 

「今回の戦は、本当に色々と考えさせられる―――特にお前が「余計」なことをしてくれたせいだ」

 

「望みとあらば、お前の領地にも炉を作ってやったのに、まぁサーシャとの取引を待つことだな」

 

 

 強力な武装を考案し与えた自分を半眼で見てくるエレオノーラに肩を竦めながら、そんな風に返す。

 

 

「まぁ野戦に引き込めれば私の方が強い―――問題はどうやってあいつを引きずり出すかだ。いっそ貧相な乳娘とでも罵ってやるか」

 

「おまえねぇ、そういうことをして出てくるとか彼女を侮りすぎだろ。とりあえずお前はまだ後方で総指揮を取っておけ」

 

「ねぇ聞きたいんだけど……エレオノーラ…様と、相手の戦姫って仲悪いの?」

 

「サフィール殿……私と奴との間には深く暗く深海の如き因縁があるのだ…」

 

 

 聞く限りでは、そんな後ろ暗いものがあるとは思っていなかったが、それでもエレオノーラの意見を聞くことにした。

 

 彼女とリュドミラの出会いは他の人間からも聞いていただけに、改めて当事者から聞かされても、そんなに驚かなかった。

 

 ライトメリッツとオルミュッツは元々仲が良くないとはいえ、リュドミラは同年代の戦姫として、自分と同じような時期に戦姫となったエレオノーラに対して、これからは友誼を持っていけると思って祝いで挨拶に向かった。

 

 結果は―――まぁ、色々あって仲たがいに終わった。

 

 そういった話をエレオノーラから改めて聞かされても、自分としては喧嘩両成敗としか言えなかった。

 

 しかしサフィール、もといフィグネリアは納得していないようだ。葡萄酒で湿らせた喉から猛禽の嘶きよりは、白鷺の囀りのような声でエレオノーラに問いを投げた。

 

 

「私もこの稼業長いから傭兵であった戦姫殿のこともそれなりに知っている。白銀の疾風(シルヴヴァイン)のエレオノーラと言えば、団長ヴィッサリオンの自慢の娘だったと聞くよ。腹が立つような侮辱でもすぐさま手を上げるとは思えないんだが……」

 

「―――リム以来だな。こういったことを話すのは……確かにその時の私はリュドミラの態度に腹は立てた。それ以外にも他の戦姫に舐められないように、いい様に言いくるめられないようにして警戒していたんだ」

 

 

 ああ、こいつの喧嘩犬っぷりは昔からだったんだな……と内心で苦笑しつつ思ったのも束の間、少しだけ印象を変えられることを口にした。

 

 

「それ以外にも―――親父を馬鹿にされたような気がしたんだ……」

 

 

 伏し目がちになって悪いことを懺悔するように気落ちするエレオノーラに吃驚する。そんなエレオノーラを見てもフィグネリアは優しげな目を向けてどういうことなのかを問い掛ける。

 

 

「なんでだい? 言ってみな」

 

「そりゃ私は傭兵暮らしだ。市井の平民以上にそういったことに疎かったさ。宮廷儀礼なんてユージェン様から習うまで殆ど知らなかった……けれどヴィッサリオンは私に人間として生きる術を、人としての在り方を教えてくれたんだ。人と人が仲良くなるのに型通りの礼儀よりも『本質』を掴めと言われたんだ。それなのにアイツは、祝いで来たくせに礼儀を習えといってサルを見るような目で見てきたんだ。だから―――反発した。父さんを馬鹿にされたような気がして腸が煮えくり返った……」

 

 

 頬を一発はたかれたい気分であったので、デコを一回だけ叩いてから、そういうことかと思う。

 

 サーシャやソフィーですら気付けなかったエレオノーラの深い内心。それを知らずに少しだけミラに同情的な見方とエレオノーラに厳しい評価を下していたことを心底自戒する。

 

 二人に知られず恥じ入る自分に構わず話は続いていた。

 

 

「それでも―――そこをこらえるべきだった。傭兵だって腹が立つ雇い主もいれば、ろくでもない仕事を押し付けるものもいる……そんな人間にだって、事情があってそんなことを頼んでいるのかもしれない……言う割にはあんたも人の本質を掴めていないよ」

 

 

 しかし、そんなエレオノーラの述懐に対しても、フィグネリアは甘い態度は取らなかった。しかしどこか―――母親のように諭していく。

 

 

「むっ……」

 

「ただ私の知る限りアンタの父親は、そんな相手でも根気強く話していたよ。いずれは国を作るためにも交渉術や顔を売ることも必要だからね―――本当に非道な人間であれば、貴賎に関わらず殺す気概はあったけれど―――そこの自由騎士みたいにね」

 

「ヴィッサリオンを、そこの色欲全開な人間と一緒にしないで欲しいなフィ―――サフィール殿」

 

 

 やはり顔見知りであったかと察して、これ以上の「立ち聞き」は悪いと思って幕舎をクールに去ることにした。

 

 もっともそこで正体を明かすかどうかは別であるのだが……と思いながら外気の変化。雪が降るか降らないかを感じつつ適当な所でスープとパンを貰って、腹につめる。

 

 そうして腹ごしらえと身体の暖かさを取り戻しているとサフィールならぬフィグネリアがやって来た。

 

 

「積もる話は終わったかい?」

 

「別に、ただ単にヴィッサリオンの話を聞いていただけだ。四方山話の類だよ……あの子、他の戦姫とも仲たがいしているんだって?」

 

「同じく「父親」絡みでな……ルヴーシュっていう公国の戦姫だ。俺も良く知っている」

 

 

 返しつつフィグネリアも、自分の隣に座りながら焼けたパンを頬張る。時に人のスープに漬けて食う辺りめんどくさがらないで欲しいとも思う。

 

 しかしそれが傭兵としての処世術でもあるということぐらいは察せられる。

 

 女として扱うなということを示すには乱雑に男と同じ釜の飯を食うことが必要なのだと。

 

 そんなフィグネリアに問い掛ける。

 

 

「エレオノーラの育ての親とやらは、あんたの昔の男か?」

 

「殴るよ小僧」

 

「18の男を小僧扱いとは、よっぽどだなあんた……」

 

 

 余計な一言が結局フィグネリアからの懲罰を食らうこととなってしまった。

 

 

「………傭兵として同じ仕事している時に、あれこれ理想や世間のことを語られただけだよ……その中には、娘の自慢話もあった……父親として振舞っている相手に男を感じるもんかよ」

 

 

 いじけるようなフィグネリアの様子。その内心に対してあれこれ言うことは出来るが、とりあえずもう一回頭を殴られるのは勘弁願いたいので、言わないでおいた。

 

 ただ秘蔵の日本酒を取り出して彼女のグラスに注ぐことにした。

 

 寒い時に「ひや」というのはどうかと思いつつも、生憎熱燗は持ってきていない。それでもフィグネリアは一杯飲み干し「いい酒だ……」として、気に入ってくれたようだった。

 

 そんな風にしていると見張り番の一人が、こちらにやってきた。

 

 

「どうした?」

 

 

 明らかに自分宛ての用事だと察し立ち上がって問い掛ける。

 

 

「ヴォルン伯爵がやってきたのですが、通していいものかどうか少し戸惑いまして……」

 

「何故だ?」

 

 

 歯切れの悪い報告に疑問を呈する。

 

 

「オルミュッツ騎兵長の一人ピピン殿を連れてきたもので……通すべきか否かの判断を仰ぎたかったのです」

 

「分かった。俺が対応する。とはいえ一人の兵士にびびるなんてどうなんだよ……」

 

 

 騎兵長とはいえ、ただ一騎の兵士だ。偽降だとしても、エレオノーラは埋伏の毒に引っ掛かるような人間ではないはずだろうに、と思い急いで野営地の入り口で佇むティグルを迎えに行く。

 

 急いで向かった先にいたティグルは少しばかり疲れ果てている様子であった。とりあえず中に入れつつ、暖まるように言う。

 

 

「すまない。大公閣下を救出しそこなった……」

 

「後で報告は聞く。とりあえずピピン殿と一緒に身体を拭くなりなんなりしてこい。案内頼む」

 

「はい。閣下、ピピン殿こちらに」

 

 

 騎士見習いの男数名に二人を預けつつ、何気なくタトラ山脈の方角を見つめる。夜襲を警戒するのも一つだが……。

 

 だが、今のライトメリッツ軍が動けるかどうかの判断で言えば……動けないだろう。

 

 ライトメリッツ軍とは少し違う勝利条件を設定しているだけに、もどかしさを感じながらも、今はこの流れに身を任せるしか無いままに夜は過ぎていった。

 

 

 

† † † †

 

 

 

 翌日―――昼近くになり、オルミュッツに動きが無いことを怪訝に思ったライトメリッツ軍は斥候を放ち、オルミュッツ陣を走査。

 

 

 幕営や消えた篝火台などだけが残された陣営内は無人であり、奇襲も受けずに帰ってきた斥候部隊の報告を受けたエレオノーラは確信した。

 

 

 オルミュッツ軍は「穴熊」に入り込んだ―――タトラ山脈の城砦に篭られたのだと。

 

 戦いは厳しい局面に移っていった――――。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。