鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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暑い そんな時にはミラの竜具が良いんでしょうね。きっと川口先生もアリファールかラヴィアスが欲しいとか思っているに違いない(twitterより)


ではでは6月最後の更新どうぞ


「鬼剣の王Ⅵ」

 

 

 

 

 タトラにある山小屋の一つ。普段ならば、どんな余人にでも見えているはずの小屋は現在、あらゆる人間の視覚に入らない『結界』の中に存在する。

 

 

 その中には二人の少女―――双子と中年男性がいた。簡素な山小屋。登山者や行商人のための一時休憩場所にて、―――馥郁たる香りが充満していた。

 

 

 ムオジネル原産の紅茶の香りは鼻腔を刺激し、双子の顔を緩ませる。

 

 

 

「紅茶の淹れ方にはコツがある。普通に入れてもいいのだが、本当に美味く入れるためには水にも拘らなければならない。タトラの雪解け水をブレンドした井戸水ならば―――この時間でいいだろう」

 

 

「ふむふむ」「なるほど」

 

 

 

 適度な時間に火にかけていた湯かんを開ける。網に入れた茶葉。そこから篩いにかけるようにして湯を落としていく。

 

 

 湯を入れるのではなく「落とす」。肩の高さから勢いよく放水することで、茶葉と湯に対流攪拌を起こさせるのだ。

 

 

 あまりこういったパフォーマンス的なことを店でやるのは好まないが、本当に美味しい紅茶が飲みたい「通」のお客が来てくれれば出す。

 

 

 そういった通好みの紅茶を振舞うのは、自分をここに閉じ込めた一味のメンバー。

 

 

 しかし人攫いをするには幼すぎる12、3歳の少女で、寧ろ攫われるほうではないかと錯覚しつつ自分の娘と同じものを思わせて敵意だけを持つことが出来なかった。

 

 

 

「それでおじさん。この後にはどうするの?」

 

 

「ああ、ジャムを入れるのも一つなんだ。お好みでどうぞ。一先ずは紅茶自体の味をご賞味くださいお嬢様」

 

 

 

 おどけた口調で言って双子の暗殺者風の格好の少女達に紅茶を勧める。本当は攫われた従業員家族に振舞う予定であって、こんなことになるならば、眠り薬でも持ってくれば良かったと思う。

 

 

 暗殺者として訓練されただろう少女達に効くかどうかは賭けであるが。そんな大公の考えとは裏腹に紅茶を飲む少女達の顔を見ると、そんなことをしようという気持ちが薄れる。

 

 

 

「君たちは、何故こんなことをしているんだ? 余計なお世話かもしれないが、こういったことをするにはまだ時期尚早だと思うが」

 

 

「これしか生きる道が無かったから仕方ないの、何より拾ってくれたサラ様にご恩を返すのは当然だよ」

 

 

「お姉ちゃんの言うことは私も同意なの」

 

 

 

 ジャムを入れた紅茶を飲んだ双子―――赤茶色の髪、銀色の髪に―――尖った長い耳を持った少女は語る。

 

 

 彼女らはアスヴァールとザクスタンの国境の辺りで生まれたある貴種の庶子であったとのことだ。

 

 

 庶子とはいえ、闘争が激化する二国の境に生まれた子供である。その運命は定まっていた。

 

 

 そういった混乱続きの国で跡継ぎにもなりえるだろう双子に対して教育を行うのは当然であり8.9歳の頃まで彼女達は、それぞれの適正に準じた「将官教育」を施されていた。

 

 

 

 ザクスタンにおいては、そういった「戦乙女選抜」が行われる地域もあって、彼女らはそれに推挙されるはずだった。

 

 

 もっとも今代の王であるアウグストは、女性士官登用に積極的ではない人間であった。

 

 

 それでも双子の父親はそれを行っていたのだが、やがて政争の果てに殺されてしまった。

 

 

 

「お父さんがどういった考えなのかは知らないけれど、逃げて逃げて、とにかく『生きろ』って言われた。その後―――色々なことをしている内に盗賊団に捕まりそうになった時があった」

 

 

 

 ザクスタンから越境する形でブリューヌにまで逃れた彼女達は、テナルディエ公爵領ネメタクムで盗賊達に出くわした。

 

 

 その時には、もはや彼女らには抵抗する術が無かった。それでも生きようと願った彼女らの前に黒衣の女暗殺者が現れて、盗賊団を一息に殺していく。

 

 

 ある者は絶息、ある者は斬殺、ある者は焼殺で―――そうしてから金髪の暗殺者は、自分達を見て一言、言ってのけた。

 

 

 

『生きたければ―――着いて来なさい』

 

 

 

 本人は自分も売られた身だからこその気まぐれだと言っていたが、それでも双子にとっては嬉しかったのだ。

 

 

 やがて彼女らは、生来の教育もあって双子もサラの選抜する暗殺者集団に加えられることとなった。

 

 

 

「だからサラ様が復讐を求めるならば、私たちはそれのお手伝いをするの。それだけ」

 

 

「……故郷に帰ろうとは思わないのかい?」

 

 

「お父様が攻め滅ぼされたのは私たちのせいだもの……『悪魔の子』を育ててるって……」

 

 

 

 銀髪の子の言葉の後の問いに応えた赤茶色の子が耳を触りながら悲しげに言う。

 

 

 この地域でも「異彩虹瞳(ラズイーリス)」を不吉と呼んだり吉兆としたりする地域がある。それと同じことであるのだろう。

 

 

 耳の長さなど別に人の特徴程度ではないか、特定の他人にとっては重要になってしまうのかもしれない。

 

 

 あるいは、それを『在らぬ咎』として攻め立てたか……恐らく後者なのだろう。彼女達の父親が滅ぼされたのは―――。

 

 

 

「私にも君たちぐらいの娘がいる。少しばかり年は離れているが……父親としては、あまり荒事、裏事をしてほしくないと感じてしまう」

 

 

「戦姫の父といっても普通の親なんだ……」

 

 

「立場だけで肉親の情を超えられれば、それに越したことは無かったがね……」

 

 

 

 そうして、もしも自分の存在がリュドミラを縛り彼女の行動を強制することになってしまうならば、舌を噛み切ろうという思いを持つ。

 

 

 しかし……この双子に自殺した自分の死体を処理させるというのは、あまりにも酷すぎるような気がしていた。

 

 

 そんなことを考えているときに、小屋の窓に見えてきたものは―――雪深いタトラを更に埋もれさすような風と共に落ちる雪。

 

 

 

 風と共に雪が降り積もる様に何か不吉なものを感じてしまうのは――――先代「雪姫」と共に戦った敵が「風姫」だからだろうか……。

 

 

 

 その強風に混じって戦の怒号が響いているような「幻聴」が耳に届いた――――。

 

 

 

 

 

 † † † † †

 

 

 

 

 

「前進!」

 

 

 

 凛とした声が後方から聞こえてきた。同時にライトメリッツ軍は、歩を進める。

 

 

 ブルコリネ平原に二つの軍団が対峙して、幾ばくかの使者のやり取りの末―――遂にぶつかり合う。

 

 

 しかし簡単に突撃は命じない。リュドミラはエレオノーラが騎兵の突破力で出てくると見て重装歩兵を前に出している。

 

 

 全身鎧を身に纏い大型の盾に鋭い槍を前に出して待ち構えた密集陣形(ファランクス)。

 

 

 ぶつかり合うか否かの段で焦らしつつ、100アルシンで相手の隙を窺う。リュドミラもまさかいつも通りの突破を掛けて来なかったことに少しだけ評価を改める。

 

 

 

(義兄様に言われたからなのか、それとも副官がいないからなのか随分と慎重ね)

 

 

 

 如何に色々と訳ありで生臭い戦とはいえ、リュドミラは戦うとなれば全力を尽くす。己の指揮が兵達の命を生かすか殺すかかかっているのだから当然だ。

 

 

 100アルシンの距離で両軍が弓を打ち出しあう。多くの兵士達は無為に放たれるそれを鎧や盾で防ぐ。まぐれ当たりが出ることもあり落馬、落命、兵だけでなく馬自体が死ぬこともある。

 

 

 しかしそれは微々たる被害であり、まだ10人も出ていない。こうして弓を撃ち合っている所、その中に「ティグルヴルムド」らしき恐るべき矢が放たれていない辺り、使者の言葉は間違いないようだ。

 

 

 

(ティグルヴルムド・ヴォルンは、今ライトメリッツ陣内にいない―――帰ったのか、それとも……別件か)

 

 

 

 幕営内にいたのは「自由騎士」「風姫」、この二人だけだという使者の言葉に断を下しつつ、騎兵隊を前に出すように言う。

 

 

 

「縦列で突破を仕掛ける。歩兵部隊、壁の一角を開けなさい!」

 

 

 

 悟られぬようにどこから仕掛けさせるのか分からせずに、各部隊が等間隔で密集に「隙間」を作らせる。

 

 

 

(義兄様―――どう受けますか?)

 

 

 

『歩』を退けて『香車』『飛車』の道を作ったミラの動きに対して前線指揮を任されたリョウは直ぐに前衛「弓騎兵」を両翼に広げる準備をするように伝える。

 

 

 

「蟻の一穴作りのように堤防を砕いてくるはずだ。側面に対して攻撃を加えろ。矢筒一つ撃ち終えたならば、即退却」

 

 

「矢筒一つだけでいいんですか?」

 

 

「奇襲のコツは『早撃ち』『早逃げ』だ。厳命しろよ」

 

 

 

 弓騎兵部隊長の不満げな言葉にどれだけ効果があるかは分からないが、ティグルのような『一人大連弩(ドレッドノート)』のような活躍が出来ないならば、それは当然だ。

 

 

 

「騎兵部隊は弓騎兵の撤退と同時に、あちらに突撃をかける。手負いはともかく五体満足で漏れ出た連中は歩兵部隊に処理させる」

 

 

「サカガミ卿は?」

 

 

「俺は何に乗っているんだよ? そういうことだ」

 

 

 

 苦笑するライトメリッツ歩兵部隊長。どうせ自分が離れればエレオノーラが後方でやりくりしなければならなくなる。

 

 

 それに恐らく向かってくるだろう騎兵の中にはミスリル製の武器鎧のものもいるはずだ。そいつを倒す。出来るだけ歩兵部隊の負担を減らすのみだ。

 

 

 決意すると同時に、物見から報告が上がる。

 

 

 

「作戦開始!」

 

 

 

 同時に重装騎兵が、縦列で突進してくる。その突進力は普通ではない。ブリューヌ軍がその威力を信奉する気持ちが分かる。

 

 

 このようなものの前に戦意は落ち込むは当然だ。180アルシンの距離を踏破しようとする前に、十字に広がっていた前線の内の横一文字が崩れて突出する。ちょうど縦列突進の側面に躍り出る弓騎兵集団。

 

 

 それに驚いたのは重装騎兵達だ。何故ここまで早くに展開できるのか。側面攻撃は予測していたとはいえ速すぎると。見れば分かったこと。

 

 

 馬は騎馬鎧も何も無く、弓騎兵の鎧もそこまで重たくないもの―――レザーアーマーという無いよりは『マシ』程度のものだけを纏っている。

 

 

 

集中発射!(リーヴェニストリェ)

 

 

 

 左右両部隊の隊長からの号令で側面から矢の豪雨が騎兵を襲う。山なりに届くものと直射連ねを左右交互に行う。

 

 

 展開の速さから少しだけ対応が遅れた。

 

 

 縦列突進の数は5列で200といった所か。本来ならば一点を次から次へと強襲する作戦だったのだろうが平原決戦というものにおいて側面に回りこまれるのは敗着の一手だ。

 

 

 

(姉川の時と違うのはナガトの信頼していた「十一段崩し」の「カズナミ」がいないことだ)

 

 

 

 感想を述べつつ、こういう平原決戦の悲惨さを思い出す。

 

 

 とはいえ200の内の70程が五体満足で向かってくる。その中に20人ほどのミスリルアーマーにミスリルスピアのものが見えた。

 

 

 

「騎兵部隊! 待ちくたびれただろうが突撃だ!!」

 

 

 

 エレオノーラは『速力』を重要視するが故に騎兵突撃を標準的な戦法にしている。だからなのか少しばかり騎兵部隊もこの遅滞戦法にはくたびれていた印象がある。

 

 

 しかし、此処に来てようやく膠着が解けて自分達の仕事を出来ることに意気を上げる。

 

 

 

「騎兵隊長、陣地攻撃は任せた。俺は出来るだけミスリル装備の連中を討ち取る」

 

 

「承知しました。では後ほど」

 

 

 

『千鳥』を持ち上げつつ、向かってくる白銀色の鎧の騎兵に目を向ける。飛び出しつつ、20人が一塊となっていることに気付く。

 

 

 

(最初から強力な武器を持っている連中を一纏めにして運用したか―――狙いは、俺かエレオノーラ)

 

 

 

 下手に分散させて動かすよりはいい使い方だと感心しつつ、中央方面から迫る騎兵に馬を飛ばす。

 

 

 先頭にいた騎兵に威嚇の言葉を放つ。

 

 

 

「いきなり『玉』は取れねえだろ!!」

 

 

「オルミュッツ騎兵長フォンサ! 尋常なる一騎打ち願おう自由騎士!」

 

 

 

 敵の騎兵が構わず陣地に向かう中、そんなことを言う兜で面が見えぬ男に千鳥を向ける。

 

 

 威勢がいい。しかし―――。フォンサの槍と打ち合う寸前で穂先はフォンサの前から消え去る。

 

 

 

「惜しいなっ!」

 

 

 

 馬上での薙ぎ払い。真一文字にブレストを砕かれたミスリルアーマー、内側に何も着ていないのが仇となり、薙ぎ払った槍を返す動作で石突を胸郭に叩き込む。

 

 

 衝撃で呼吸が困難になり、骨を砕かれてそのまま馬から落ちるフォンサ。フォンサの次に来たのは同じく騎兵長と名乗った男だ。

 

 

 

「馬上槍が甘い!」

 

 

「ぬっ!」

 

 

 

 しかし、残念ながら自分の相手をするには力量が足りない。薙ぎ払いの姿勢で来た相手に一合することなく、肩を砕くようにして半月刃を上から叩きつける。

 

 

 肩部分を砕きつつ血を噴き出す相手に横薙ぎで馬から叩き落す。

 

 

 フォンサと次の相手は恐らく20人の中でも凄腕だったのだろうが、彼らが一合もせずにやられたのを見て少し怯えているのだろう。

 

 

 

「同じ武器を持ち一対一ならば、俺の方が力量は上だぞ―――」

 

 

 

 面倒だからまとめてかかってこいという意味で言うと、三人ばかりが勇気を振り絞って出てくる。

 

 

 馬を操りつつの騎兵槍舞、前、横、後ろからかかってくる相手だが、リョウとて集団で一人を囲んだ場合の対処法は分かる。

 

 

 

(連環に囚われぬように絶対にかかる相手全員を視界に収めるべし)

 

 

 

 両手で千鳥を振り回しつつも三人を絶対に己の視界から外さない。連携の精度は悪くないが、いくらでも綻びは見える。

 

 

 前の人間を突こうとする構えを見せて、それを偽攻として横の相手の顎を頭の上で一回転させた石突で叩く。

 

 

 下からたたき上げるようなそれを喰らい気絶するのを見届けると同時に、前にいた騎兵につっかかる。

 

 

 後方から仕掛けてくる相手は、横の男の様を見て馬を放した一瞬を突いてのこと。

 

 

 先程までの円舞の如き武を見ていただけに直線的に来るとは思っていなかったようだ。

 

 

 

「くっ! ラムサ! はさみ撃つぞ!!」

 

 

「合わせろよケール!」

 

 

 

 呼びかけに応えて前の騎兵は盾を構え短いミスリルナイフを持つ。一撃をこらえた後に後ろの奴と挟撃するのだろうが―――。

 

 

 前方との間合い5アルシンあるかないかのところで、リョウは馬から消えた。

 

 

 瞠目するラムサとケール。だが、それは必定。リョウは馬を足場に己だけを飛び上がらせていたからだ。

 

 

 

「なっ!!」「俺たちのうえ―――」

 

 

 

 跳躍の終わりはラムサなる前方の騎兵の背後になる。刃を寝せて延髄を千鳥の穂先は叩いた。予想だにしない打撃と攻撃方法は、こらえようとしてもこらえきれるものではない。

 

 

 鎧武者が飛び上がるなど、どんな戦士であっても予想することすらできまい。八艘飛びのそれを行いながら、落馬したラムサ。着地点の馬に「立ち」千鳥でケツを叩き狂奔させる。

 

 

 狭間にいた自分の馬は既に横にそれて退避していたが、真正面にいて挟撃する形を取ろうとしていたケールにとってそれは、驚き以外の何者でもない。

 

 

 

「うわっ!! くっ舐めるな!!」

 

 

「生憎―――終わりだよ坊や」

 

 

 

 ケールの後方よりやってきた目立つばかりの桜色の軍套を羽織った女。女はケールの鎧の隙間に小剣を突き入れる。

 

 

 関節部など動きを邪魔せず、さりとて動くようにした両腕部分から血を出す。騎兵相手によくそんな器用なこと出来るものだとしつつも、リョウは馬から跳躍。

 

 

 矢のような直線跳びでケールの前に出て鎧の胸部分を石突で叩いて気絶させる。

 

 

 

「くっ! ひけぇ退くんだ!!」

 

 

 

 ミスリル装備の兵士20人は自分と一騎打ちする以外にも他に攻めかかっていたようだが、既に6人ほどに減っていた。

 

 

 六人の内の階級が上だろう人間が退却を指示。追撃をかけようにもあちらは再びこっちとの距離を離していく。

 

 

 700アルシン程の距離まで下がってタトラを背にするオルミュッツ軍。

 

 

 一過性の攻撃で帰ってきた騎兵集団の数、怪我と武具の損傷の具合を見るに、こちらだけが大勝したわけではなさそうだ。

 

 

 とにもかくにも戦場の後始末を着けなければなるまいとして落馬した連中を見つつ、歩兵達に人質としてエレオノーラに突き出すように指示する。

 

 

 

「ミスリル装備の兵士だ。たいそう身代金取れるだろうさ。腕前もかなりだったしな」

 

 

「……それを狙ってあえて「殺さないよう」にしていたのか?」

 

 

「まぁ―――やりすぎても不味いだろうからな。テナルディエと違ってオルミュッツは場合によっては、同盟することも出来る」

 

 

 

 戦というのは面倒なものだ。相手が完全にこちらと相容れない存在であれば、とことん殲滅してしまってもいいのだが、今回の相手は数日前までライトメリッツ及びアルサスと一応の「口約束」を交わした相手なのだから

 

 

 フィグネリアの質問に答えながらミスリルの武器を拾い上げる。大半は槍であるのだが、ラムサなる男の落としたミスリルナイフもある。

 

 

 鞘に収めてから、気軽にフィグネリアに渡す。きょとんとした様子。とりあえず―――戦利品の類を回収しつつ、惨状のほどを見る。

 

 

 

「歩兵部隊の被害はあれでも軽微だよ。アンタがあの特殊騎兵を抑え付けてくれなければ、後方部隊はどうなっていたか」

 

 

 

 フィグネリアの言葉で、彼女の言と共に示す視線の先にあるものを見る。

 

 

 歩兵30人ほどの死体の手前にあるのは血に塗れたミスリル装備の兵士。死体を回収しに来た同部隊だったろう人間は40人ほど。全員が結構な重症だ。

 

 

 つまりは―――ミスリル騎兵は一騎で70人分の標準的な歩兵を封じることが出来るという事実。

 

 

 場合によっては、更に被害が増えていた可能性がある。

 

 

 分かっていた事実。故郷でもそういう特殊な装備をした兵士が、それだけの戦力であることは分かっていたのだが、運用と地域によってここまでの被害が違うとは

 

 

 

「まぁ何にせよ……痛みわけだ。オルミュッツ軍は、更に深く後退している。恐らく野営するだろうね」

 

 

 

 ただ引き上げるだけでなく前進するとみせかけてもいる。退陣すると見せかけて、「かかる」つもりを見せてもいる。

 

 

 行軍の進行方向をあえて真っ直ぐ見せない辺りが彼女の優秀さだ。

 

 

 そう感心していると伝令がやってきてエレオノーラの方針を伝えられる。

 

 

 

「戦姫様は、オルミュッツと5ベルスタ開けて野営するそうです」

 

 

「となるとタトラの山風を受けない方向に転進するのか?」

 

 

「そうなります。とにかくここは他のものに任せて転戦に付き合え。とも言われました」

 

 

 

 頭を掻きつつ、仕方無しに馬に跨り1500の追撃軍に合流することにした。

 

 

 

 しかしながら―――結局、その日は最初の一戦のみで、日没に至りエレオノーラの宣言どおり5ベルスタの距離を置いて野営することとなった。

 

 

 


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