鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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魔弾新作小説!! 別レーベルにて出版―――だが、なんであの姫? ぶっちゃけウチのメインヒロイン(?)でもよくなかったんですか先生!!

あんまりだぁああああああああ!!……などなどしきりにいった所で、川口先生的には堅実な作戦を取る彼女の方が戦記モノとして有用とか考えたのかも。


「凍漣の雪姫Ⅳ」

 あれは、本当に有意義な日であった。

 

 

 ブリューヌ貴族としては、確かに異端ではあろう。だが、その腕は悪くない。国が変われば、弓聖の称号だってもらえるだろう腕前だ。

 

 

 そのくせ、それを何でもないことのように扱う。まぁそうでも思わなければ、あの硬直した国家では生き辛かったのだろう。

 

 

 エレオノーラがしきりに「所有権」を持ち出すわけだ。

 

 

 それ以外の理由は―――――。

 

 

 

(ま、まぁ100人見れば50か60人は美形と見る顔よね……目が肥えてない人間ならば80から90人は―――)

 

 

 

 はっ、とする形で無駄な思考だと考え、誰もいないところで咳払いをするリュドミラ・ルリエ。

 

 

 どうにもこうにもあの伯爵のことばかり考えてしまうのは、まぁ色々と衝撃的だったからだ。

 

 

 エレオノーラの別荘では心に揺り動かされ、ロドニークの湯治場では身体を揺り動かされ―――そういった意味でも義兄に似ている人間である。

 

 

 とはいえ、彼の言と行動は少なからず切りたかった「悪縁」を切る好機だ。

 

 

 確かにフェリックス卿は、ブリューヌを代表する豪傑智将だ。

 

 

 だが彼のようなやり方だけが罷り通れば、いずれは「ブリューヌに人なし」となり隣国からの侵略を容易にしてしまう。

 

 

 そうなれば最終的には一番の取引相手がいなくなることになる。

 

 

 何より重要なことではあるが……彼が王権に辿り着いたとしてもそれを「継ぐ」者がいないのだ。

 

 

 

(仮にザイアン・テナルディエが生きていたとしても、後にはそういったことになるわよね)

 

 

 

 一代でしかありえない王権など、魅力も何もあったものではない。彼が多くのものに支えられ、その物差しをもう少しだけ長めにして合格のラインを緩くしていれば、それはなったはず。

 

 

 どちらにせよ……先代テナルディエの頃から、あの領地は少しだけ変わってしまった。その結実がフェリックスという「短命の巨人」であるならば、既に取引するべき相手からは除外するべきだ。

 

 

 

「後はティグル達が、どうなるかよね……」

 

 

 

 勝つとまではいかずとも、せめてフェリックスを「引退謹慎」させるぐらいの成果は欲しい。

 

 

 現実的に考えれば、それが辿り着ける「勝利条件」だろう。

 

 

 だが、もしもそれを超えることあれば―――その時は、ブリューヌ北部に対して色々と便宜を図ってもらえてもいいはずだ。

 

 

 などと将来のことを考えているとオルミュッツの城門に辿り着いた。衛兵達は、やってきた自分を見て―――急いで駆け寄ってきた。

 

 

 

「せ、戦姫様! よくぞお帰りになられました!!」

 

 

「どうしたのピピン? そんなに慌てて」

 

 

「申し訳ありません。とりあえず中へ……今はお早く大公様の所へ母がいますので、事情は母から―――」

 

 

 

 言葉がどこか真剣さを伴うものであり、何か焦っていることを感じる。ピピンは、普段は衛兵長をやってはいるが、戦時には100人隊の隊長を務めてくれる優秀な槍使いだ。

 

 

 そんな彼がこんな風に言うからには、何かしらの危急の時なのだと感じる。

 

 

 大公―――つまり自分の父だ。父は亡くなった母の代の『文公』であり、今はオルミュッツで宿屋を経営している。

 

 

 影響がありすぎる父が公宮にいては不味いということから父は、あまりこちらには顔を出さなかった。

 

 

 だが、自分が宿に来れば、色々と話してくれるし、自分が知らなかったことも教えてくれる。

 

 

 自分にとっては家庭教師でもあり、存命中だった際の母に怒られたときの避難場所でもあった。

 

 

 

『もしもミラが普通の女の子として生きることになったとしても、ちゃんと食べていけるようにしたかったんだ。もちろんミラのお母さんに何かあった時にもね』

 

 

 

 ならば、その時の為に自分は父の淹れる美味しい紅茶を覚えてウェイトレスとして働きたいと言っていたのが、自分の「チャイ」に対する執着にもなった。

 

 

 三つの国の交わる土地―――オルミュッツ。その利を覚えるに宿屋での人間観察は勉強以上の実践にもなったのだ。

 

 

 見えてきた宿屋には人だかりが出来ていた。その中にピピンの母親であり、この宿屋の給仕長でもある女性の姿を見る。

 

 

 

「マーサ! 何があったの!?」

 

 

「お嬢様!? お帰りになられたのですね!」

 

 

 

 普通ならば、戦姫様や公主様などというのが普通だが、この女性からすれば自分は、父の娘であるのだ。だから彼女は「お嬢様」と呼んでくる。

 

 

 それが―――少しだけ嬉しい。戦姫ではなく、畏まりつつも一人の少女なのだという意識が。

 

 

 しかし、そんな喜びに浸るのも束の間で、そのマーサが泣き崩れる。他の従業員達も泣いている。混乱しつつも何があったかを聞くと、それは予想外の事態であった。

 

 

 自分がロドニークなどに赴いている間に、何者かがこのオルミュッツで人攫いを行ったらしい。しかもたった一日で二十人近い人間をだ。

 

 

 

「そんな早業で―――従業員の家族を……攫ったの!?」

 

 

「はい……従業員の家族を攫った賊。それとの取引の為に―――旦那様が赴いたのですが……」

 

 

「お父様は……!?」

 

 

 

 長めの沈黙の後に、マーサは語りだす。従業員の家族達は、「大公」の身柄と引き換えに開放された。だが、その様子はよろしくないのだ。

 

 

 何かしらの病でも患ったかのように徐々に衰弱しだしていくのだから、そして大公は、未だ帰っていない。

 

 

 

「……お父様が赴いた場所は何処?」

 

 

「タトラの中腹ですが、そこは既に蛻の殻です……ピピン達、百人隊が救出に向かって誰も居なかったのですから……」

 

 

 

 人攫いを行った賊の狙いは恐らく最初から大公である父だけであった。責任感が強い父のことである。

 

 

 領主不在の時に、おまけに自分の経営する宿の従業員の家族だ。

 

 

 槍一本を携えて、赴いたに違いない。

 

 

 

「……とにかく今は、現状に備えましょう……マーサ、予約のお客様はいるの?」

 

 

「いえ、ここ数日はいたとしても他の宿屋に協力してもらっていましたから……」

 

 

「分かったわ。ならば、みんなの家に公宮の薬師と医師を派遣する。今はご家族の看病をしてあげて」

 

 

「はい……申し訳ありませんお嬢様」

 

 

「謝らないでマーサ。私こそこんな時にいなくてごめんなさい。けれど大丈夫よ。お父様だってただの文官じゃなくてお母様と一緒に戦場を駆け回れる人間だったんだから」

 

 

 

 あんまり沙汰事で心配し過ぎなくていいはずだ。そう言って皆を安心させる。だが、自分の心は落ち着かない。

 

 

 公宮に戻り、それらに関する報告を文・武官から受けながら執務室に入る前に私室で着替える旨を伝える。

 

 

 とにかくこんな心身ではまともな思考は不可能だ。

 

 

 状況を整理しようと思ったのだが――――ソファに座り込もうとした自分に気配を晒す者が現れた。

 

 

(―――侵入者!?)

 

 

 その姿を、検めると――――あの時、ティグルを見て笑った女だと気付く。

 

 

 

「状況は読めているな?―――やめておけ。その氷の槍で私を殺したとしても何の事態解決にもならない」

 

 

「………」

 

 

 

 咄嗟にラヴィアスを握った自分を牽制するように言う女。その言葉が正しいかどうかは分からないが、それでも聞いておくに越したことはないだろう。

 

 

 状況のコントロールは、あちらにこそあることを認めざるを得ない。

 

 

 

「お前の領民、及び監禁しているお前の父親に投与した毒及び呪術を解く鍵は私だけが持つ―――その気になればいつでも、呪力を上げることも出来よう」

 

 

「それが真実であるとは限らないわ。あなたを殺せば―――それで解けるかもしれない」

 

 

「否定のしようがない。だが―――そうでなかった場合、私の『残念』『怨念』は、彼らを取り殺すぞ」

 

 

 

 奥歯を噛みながらリュドミラは考える。仮にもしもそうでないとしても、この女だけが父の居場所を知っている。

 

 

 多くの人間ならば、ともかく父ひとりとなると移動は容易い。もはやタトラに篭っているとも言い切れない。

 

 

 焦燥と動揺の中で女は用件を伝える。

 

 

 

「間もなくテナルディエ公の使者がここにやってくるはずだ。用向きはヴォルン伯爵の同盟者であるライトメリッツ戦姫エレオノーラ・ヴィルターリアの排除―――受けなければ領内で30人分の葬儀を上げる必要が生じるだろうな」

 

 

「卑怯な……!!」

 

 

「生憎、私のようなシノビは正面から正々堂々などというのとは縁遠くてな……精々、マツダイラの『ニンショウ』といったところか……」

 

 

 

 後半は殆ど独り言のようであったが、それでもラヴィアスが警告を発するように鳴り響く。

 

 

 それは、まるで女の手に纏わりつく何か茨のようなものの束の光が増した瞬間にである。

 

 

 

「後は事後報告を聞いてみろ……恐らく私の右腕と同じものが攫われた者たちに『憑いている』はずだ」

 

 

 

 そう言い残して消え去る女。それが現実のものとなるように、女の言うことが―――全て的中した。

 

 

 この事態を打開するためには、色々と手段はある。義兄に助けを求めることも出来るだろうし、もしくは他の戦姫にも―――だが、恐らく女は見張っているはず。

 

 

 自分が早馬の使者を出せば、それを殺すはずだ。そして自分が行けば一人一人殺そうとするはず。

 

 

 

『ミラ、仮に私が死ぬような危急の事態と領民の命がかかっている時には、かならず領民の命を優先しなさい』

 

 

 

 短い言葉。恐らくその後にはあれこれと言いたいことがあったのだろうが、父は、母の思いも知っていたのでそれ以上は言わなかった。

 

 

 

(今、かかっているのはお父様と皆の命なのです……どうすれば―――)

 

 

 

 逡巡しても時間はそれほど無いのだと分かっている。だからこそ……とりあえず動くことで状況を整理しようと思った。

 

 

 

「―――別室で待機しているテナルディエ公爵の使者を呼んで、要請に応えるわ」

 

 

「承知しました」

 

 

 

 まだ武官・文官たちにはアルサスとの交渉内容を話していなかったのがある意味幸いした。

 

 

 表向きの事情も裏向きの事情も曝け出せぬものを抱えて―――リュドミラは、まずは要求の一つをこなす。つまりは戦うことにしたのだ。

 

 

 

(話さずにはいられないことを、木の洞にぶちまける―――そんな昔話もあったわね……)

 

 

 

 仮にもしも、それをどこかで聞き届けたものがいたとしたらば……自分をこの苦悶と懊悩の狭間から救い出して欲しい。

 

 

 

 

 

 † † † † †

 

 

 

 

 

「と、そういうことを聞い、聞きましたので耳に入れたく思いました」

 

 

 

 慣れない敬語を使ったのであろう女の様子に苦笑しつつも、その姿を見る。

 

 

 大陸風の艶な衣装『長衫』の変形―――袖がかなり広がった腕部分と二の腕と肩は繋がらず剥き出し。

 

 

 更に言えば鎖骨と胸元が開いて豊かな胸の上が見えている状態ながらも、そこから下は長衫の通りだが、動きやすさを追求して両側にスリットが入っている。

 

 

 金繍をそこかしこに配して豪奢さを演出。首元には金色の鳥を模したと思しき、ペンダントなども下げた―――『桜色の髪』をした美女がいた。

 

 

 

 そうしてエレオノーラとティグル(少し見惚れている)に説明する前の『サフィール』の様子を語ることにしよう。

 

 

 あれは二刻前の話だろうか……。

 

 

 

 

 

「そんな衣装で大丈夫か?」

 

 

「一番いいやつを頼んだ。問題ないよ―――後は髪型と髪色だね……」

 

 

 

 そんなにまでも変装をするというのならば、俺の護衛はいらなくはないだろうかとも感じる。

 

 

 ここまで来るといい加減。この女を連れて行かなくてもいいのではないかとも思えてくる。

 

 

 しかし……何と言うかこの女性からは一種の離れられないものもある。別に色香に絆されているとか、そういうわけではない。

 

 

 荷物の中から、櫛と染め粉を出しつつ、女に語る。

 

 

 

「その辺りは俺にも心得がある。任せろ」

 

 

「男の癖に髪染めと髪結いも出来るとは、本格的に色子だね。アンタ」

 

 

「色々あって慣れちまったんだよ」

 

 

 

 フィグネリア……通称「乱刃のフィーネ」なる女に悪態を突くように返しつつ、こんなことに慣れてしまった自分の事情を話すか話さないかと思う。

 

 

 先ず髪結いに関しては、これはサクヤのせいで覚えたといっていいだろう。

 

 

 自分が宮殿、もしくは彼女が我が家に泊まると、お付の侍女を差し置いて、髪を梳いて結うという『嗜み』を自分にさせてくるのだ。

 

 

 サクヤとしては自分の髪の艶やかさとかを自慢したいのだろうということは分かる。事実、侍女からもそういったことだと伝えられた。

 

 

 サクヤの長い髪を結うのは、如何に自分の手先が器用だとはいえ、それなりに気を遣う所業であった。

 

 

 もっともそれに熟達するためにお袋の髪を練習台にしたりもした。―――今ではいい思い出である。

 

 

 

 髪染めに関しては、「従姉」のような存在に行う際に覚えた。父によれば本当に遠い親戚みたいなものらしいのだが、あちらは「弟」扱いしてくるので自然と、そうした関係が染み付いてしまった。

 

 

 貧乏お嬢みたいなもので、たびたび和紗やサクヤからはいじめられつつも挫けず生きる公方様である。藤孝殿からすれば、主君でありながらも「娘」みたいなものであった。

 

 

 しかし、本当に不幸な手違いなどで「将軍かよォオオオオオ」などと叫びたくなるほどのことが起きたりするのだ。

 

 

 もう彼女の「不幸属性(偽)」は、どうしようもないのだろう。あの白髪はきっと生来のものだけでなく苦労したが故の若白髪でもあったはず。

 

 

 

 ――――そんな無駄な事を考えつつも、フィグネリアの支度は全て終わる。

 

 

 

「どうだ?」

 

 

「……あんた本当に色子だね。アタシが養ってあげようか?」

 

 

 

 手鏡を渡して、仕上がりのほどを見せると感心したように、そんなことを言うフィグネリア。

 

 

 それを丁重に断り、もう公宮に向かってもいいかと聞くと首肯する。

 

 

 

「そういえばさ、全然聞いていなかったけれど、何で隣国の事を探ろうとしているの? 私なんかよりもよっぽど事情通かもしれない間者もいるだろうに」

 

 

「オルミュッツとの間で戦争はしたくないんだ。おまけに俺の殿は、これからジスタートではなくブリューヌで戦うことになるんだから」

 

 

 

 言葉に対して眉を動かすフィグネリア。恐らく「商機(ビジネスチャンス)」だと思っているのだろう。

 

 

 傭兵というものの嗅覚は鋭い。ただ勝ち目がある戦いかどうかは分からないとも伝える。

 

 

 

「傭兵なんてのは雇われれば勝ち目のあるなし関わらず雇われるもんだ。負けそうだったらば、適当に逃げる―――あんたみたいな『変態』もいるけれどもね」

 

 

「変態ってどういう意味だよ」

 

 

「麦畑のために万の軍勢に立ち向かう「変態」ってことだよ」

 

 

「別に勝ち目が本当に無かったわけじゃない。あの村は元々野盗に狙われること多かったから自警団の連中の練度と士気が高かったんだよ」

 

 

 

 工夫すれば勝てる状況だというのに、タラードはエリオットの軍勢を縦深陣地に引き込むためだけに、村を見捨てることにしたのだ。

 

 

 確かに自分が幼かった頃の『サムライ七人』と『村の人々』とも違うが、それでもあの頃『羅刹』を殺すためだけに命を落としたサムライの言葉が自分をそこに留まらせた。

 

 

 そしてその判断こそが自分とタラードの亀裂だったのだろう。あちらはそれをどうとも思っていないが、こちらはそれをはっきりと「汚点」だと結論付けた。

 

 

 

「国王は国を防いで、民を安んずるもの―――、民を流離させるなど敗戦の策だからな」

 

 

 

 たとえそれが、勝算ある作戦であったとしても己を食わせてくれる人間のものを失わせるなど、意味が無い。

 

 

 公爵となり、ギネヴィアを娶り王となったとしても、あの男のやり方は気に入らないのだ。

 

 

 

「甘いこというね」

 

 

「良く言われる」

 

 

「……けど、悪い気はしないよ。そういった理想や夢を語る甘ちゃんは……」

 

 

 

 遠い目をして語るフィグネリア。そんな今までと違う殊勝な様子のフィグネリアを見て一言。

 

 

 

「昔の男にそんな風なのでもいたのか?」

 

 

 

 ―――――返事の代わりとして、尖ったヒールで足を踏まれる。

 

 

 そんなこんなをしている内に、ライトメリッツ公宮が見えてきた。

 

 

 これだけの変装をしているというのに、まだ緊張をするのか少しぎこちなくなるフィグネリア。

 

 

 苦笑してから覚悟を決めてくれと言ってから背中を押す。そうすることで何とか一歩を踏み出したフィグネリアとエレオノーラの因縁とやらに興味が尽きない。

 

 

 

 † † † † †

 

 

 

 ……とまぁ、そんなこんなの末に、サフィールならぬフィグネリアをエレオノーラとティグルの前に立たせて説明させている状況。

 

 

 全てを聞き終えた後に、エレオノーラは嘆息しつつ、自分に推論を聞いてきた。

 

 

 

「そうか……それでお前はこの事態、どう見る?」

 

 

「恐らく宿屋の主人―――ミラの父君を攫ったのは、あの忍たちだ。あれがテナルディエ公爵の手のものだというのは既知だからな」

 

 

「人質を使っての交渉か、下衆な……だがリュドミラもリュドミラだ……戦姫ならば、父親云々なんて情に囚われるとは弱さの証拠だ」

 

 

 

 苦々しいとも、嘲っているとも、何ともいえぬ顔を見せるエレオノーラ。

 

 

 そんなエレオノーラの調子に対して、フィグネリアも少し暗い表情を見せていた。

 

 

 

「それならば、リュドミラの領民と父君を救えば終わりか……簡単そうだが……」

 

 

「だが……今のオルミュッツに潜り込むのは難しいぞ。まぁお前一人ならば面が割れてないから、警戒無く入れるだろうが」

 

 

 

 この中で一番オルミュッツに潜り込んでも良さそうなのは、ティグルだ。方策はある。

 

 

 

「俺たちは数日すればオルミュッツ公国軍とぶつかり合う。その後に彼女は勝敗関わらず「タトラ」に潜り込むはず」

 

 

「タトラ?」

 

 

 

 ティグルの疑問に応えたのは、エレオノーラであった。現在ブルコリネ平原に展開して宿営しつつあるオルミュッツ軍は、そこをライトメリッツ軍との合戦場と定めているはずだ。

 

 

 地図上では、その平原の東側にタトラ山脈があり、そのタトラの山上には要塞が存在していた。その城砦はオルミュッツ軍にとって堅牢なものだ。

 

 

 

「そして篭ったままで、決戦を回避して私たちが退くと同時に、再びブルコリネに展開するはず……忌々しいことにな」

 

 

 

 退陣と同時の侵攻ほど忌々しいものは無い。まぁそれが戦のやり方だということは分かっているのだが、「リン」と「ナガト」が叡山に篭った時のことを考えて、何とも言えぬ顔になってしまう。

 

 

 そんな自分の苦悩はエレオノーラと同じだったが、ティグルはからかうようなことを言ってくる。

 

 

 

「なるほど、彼女も考えているな。エレンのからかい方を分かっている」

 

 

「殴るぞ」

 

 

「悪い。となると、やはり山城攻めになるのか?」

 

 

「そうなる……しかし、彼女の戦う理由を失わせられれば、それで終わりだ」

 

 

 

 オルミュッツ領民と大公閣下という人質さえ取り戻せれば、彼女の戦う理由を無くすことが出来る。

 

 

 そしてそれをやるには、ティグルしかいないのだ。矢筒にしかしていなかった『生弓矢』を『弓』に戻せと言う。

 

 

 赤い朱塗りの和弓に戻った『矢筒』に、フィグネリアは驚いていたが、構わず説明を続ける。

 

 

 その和弓は、戦の神として名高い男の神器にして国造りの神の持ち物でもあった。

 

 

 

「戦の神は人の生死を司るゆえ、傷を与えることも傷を癒すことも出来る。つまりは、そういうことだ―――オルミュッツに入ったらば、こいつを街の中心で二、三回鳴らしてみろ」

 

 

「そうすれば、領民は助かるのか?」

 

 

 

 下手をすれば眉唾物だとしかねない話だが、ティグルは、もはや「慣れてしまった」ようだ。

 

 

 

「ああ。あの忍は恐らく『呪い』を掛けた。呪いを解いた後は―――――こいつをオルミュッツの薬師・医者に渡しておいてくれ」

 

 

 

 察しておくべきだったのだ。忍術を使える以上、毒や呪いを撒き散らすことでリュドミラに脅しをかけてくる事態を―――。

 

 

 フィグネリアの聞く所、大公閣下の代わりに戻ってきた領民の衰弱の症状は―――甲賀『鈎の陣』で「足利将軍」を殺した『毒』だろう。

 

 

 解毒薬を取り出して、ティグルに渡す。結構な量であるが、何人分必要か分からないのだ。大目に持っていかせる。

 

 

 

「それで領民は問題無いとして……未だに帰ってきていない大公閣下というのは、どうすればいいんだ?」

 

 

「――――探し出すつもりか?」

 

 

「山登りは得意なんだ。まぁ街中に潜伏していたらば意味は無いがな」

 

 

 

 最後に大公閣下が人質を救出に行ったのは先程も話題に出たタトラ山である。そこから移動してアニエス、ヴォージュ方面に居を構えている可能性も有り得るが……。

 

 

 

「リュドミラにとって人質の無事が確認出来なければ意味は無いんじゃないか? となるとリョウやエレンが「定まった事」として言うぐらいだ。一戦した後に『篭る』タトラ山脈で人質が生きているかどうかの確認をさせるはずだよ―――大公閣下は、タトラにいる」

 

 

 

 ―――鋭い分析だ。そして納得してしまえるぐらいに、もっともである。

 

 

 

「分かった。軍団の方は俺とエレオノーラで何とかしよう……リムがいないから不安の限りだがな……ただ出来るだけ戻ってきて欲しいね。なんせ―――」

 

 

「はっはっはっ。遂に戦場で謀殺できる機会が訪れた! さらば自由騎士、貴様の墓石の碑文は『女を堕落させた愚か者、此処に眠る』でいいか?」

 

 

「―――お前がいないと多分この調子だ」

 

 

 

 半眼でティグルに訴えかけると、頬を掻きつつも「頑張ってくれ」と苦笑いで言われる。

 

 

 とはいうものの、そんなことを本気でやられるとは思えない。リムが居ない以上、彼女が総指揮官として後方で指揮を取る。

 

 

 前線で指揮を取るのは自分になるだろう。もしくは遊撃兵として各戦線で働かされるかだろう。

 

 

 

 そんなリョウの様子にティグルとしても、どうしたものかと思う。リュドミラ陣営にどれだけの人材がいるのか分からないが、少なくともリムが欠けたライトメリッツ軍よりもいいはずだ。

 

 

 ふと、ここまで殆ど話しに絡んでこなかった女性の事を思い出す。彼女は旅の傭兵だと名乗った。所作からティグルも剣に明るくないとはいえ武人としての技量ぐらいは読める。

 

 

 となれば……。

 

 

 

「サフィール殿、よければ金二枚ついで―――もちろん追加報酬は出すが、それで俺に雇われてくれないか?」

 

 

「道中聞いた、聞きましたけれど、テナルディエ公爵との戦いも控えているとか、それも含めてですか?」

 

 

 

 もはや言い直す必要も無さそうに言ってから敬語で言い直すサフィールに苦笑しつつ、ティグルとしてはとりあえずリョウを手伝って欲しいという意味で依頼を出す。

 

 

 その後どうするかは、そちらで決めて欲しいと言っておく。

 

 

 

「……分かった。そちらの戦姫殿。アタシみたいな素性知れずを入れるのは、どうなのかな?」

 

 

「サフィール殿、一つ聞きたい―――『白銀の疾風(シルヴヴァイン)』という傭兵団を知っているかな?」

 

 

「………名前は知っているよ」

 

 

 

 瞬間、サフィールの表情が少しだけ歪むのをティグルは見届けた。しかしそれは一瞬のことであり、直ぐに冷静な様を取り戻す。

 

 

 

「分かった。ならばリョウの副官として着ける。異論は無いな?」

 

 

「構わないよ。勝率良さそうだしね」

 

 

 

 この女性の調子は、こっちが普通なのだろう。エレンにそんな普通の調子で言うサフィールに、何処と無くエレンは寂しそうな表情をした。

 

 

 どうにも両人の様子に、不吉なものを感じなくも無いが、それでもお互いにやるべきことは定まった。

 

 

 

 ―――ティグルはオルミュッツに行き、「清め祓い」、エレンとリョウは「戦」。互いに全てが定まり―――

 

 

 ……決戦の時は目前であった。

 

 

 

 


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